Kさんは高度の円背で歩行練習や温熱治療を少しでも待たせると息が苦しくなり、座位の保持が困難になって大きな声で「だれかぁ〜」っと人を呼んで「まだですかぁ〜」と言います。「待たされるんだったら帰ります〜」って・・・・(^^;
担当した看護実習生がこの人は高度の円背による心肺の圧迫により長時間の座位の延長が困難ですね、
と分析していました。
でも週一回の民謡の会でマイクをもって黒田節を延々と歌い1時間以上、上機嫌で歌っている姿のKさんがいます。
老人保健施設に実習に来る看護師の学生さん、老健=リハビリの施設ということで、私の利用者さんへの関わりを熱心に見学しにきてくれる。
機能訓練大嫌いPTとしては傍でじ〜っと見学をされることは何か違和感を感じる・・・
「このかたのリハビリの目標は何ですか?」「普段、部屋でどんな訓練をしていただいたらいいですか?」・・・・・・
あまのじゃくな私としてはついつい、「この方の目標は訓練をしなくても在宅生活の継続をしていただくようになることです。」と言ってしまう。
「リハビリの時間」や「訓練の場面」を設定し本人様の(リハビリ)訓練意欲の動機付けを行い実施するだけでは、たとえ施設での廃用性症候を予防できても、在宅になったときに自立支援の何の解決策にもなっていないことを私は散々経験してきた。
前にも述べたが、そういうお年寄りを作ってきたのは私たちリハビリに関わるスタッフの罪である。
それを分かった上で看護師さんにはどうぞ、お願いしたい。m(_ _)m
(リハビリ)訓練だけが生きがいで、あとはベッドの上の生活・・・・そんな価値観にお年寄りを向かわせないようにしていただきたい。
身体運動機能なんて、ごく一部分だけを見ていては「その人らしい生活」って見えてきませんよね。
逆に、やりたいこと、行きたいところ、ほしいもの・・・・・その人の欲求、希望をかなえるための生活意欲があれば、身体機能、精神機能は維持できているんじゃあありませんか?
でもリハビリをやってもらわないと悪くなると思い込んでいる人があまりにも多すぎる現実・・・
診療台の撤去
リハビリ(訓練)も生活にメリハリをつけるための一つの手法・・・
お年寄りの生活意欲を高めるための楽しみの一つ(QOL)・・・
そんな自分勝手な理由づけをして診療台でのストレッチや筋力強化を行ってきたが、上記した理由で、前からやってみたかったのだが、ついに診療台を撤去した。
これで、あとは平行棒だけになってしまった。(これもいらないなぁ・・・・)
本当に起立、荷重訓練の必要な人は療養室や廊下のベッドや手すりを持って訓練すればいい訳だから・・
でもそういう場面設定をしなければ立ってくれない人もいるじゃあないかというPTの先生の声が聞こえますが、移動の目的があれば這ってでも在宅では生活している現状を見れば、何の目的もなく4メートルの棒の間を行き来しても面白くはないですよね^^
お風呂までの移動、食べるためにテーブルまでの移動、入浴場までの移動、トイレまで゛の移動、こんなときに行ってもらうことがやはり、生活に直結しているといえるのでは?
関節可動域訓練や筋力強化訓練よりも生活行為そのものこそが訓練になっている、そんなサポートをするのが専門家の役割ではないのでしょうか?