政治家、軍人の旧宅並ぶ赤坂を歩く

地下鉄銀座線、丸の内線の赤坂見附駅を青山通り側へ出ると、目の前が弁慶堀です。寛永時代(1624〜43)に弁慶小左衛門という人が掘削した堀で、堀の向こうにホテルニューオータニと赤坂プリンスホテルが見えます。彦根藩井伊家と紀州徳川家の屋敷でした。隣の上智大学が尾張徳川家だったので、三つの大名家の頭文字をとって現在の地名、紀尾井町となりました。
弁慶堀遊歩道は、クスの大木が茂り都会とは思えない自然が残っています。ここから紀伊国坂を下り、さらに九郎九坂を下って豊川稲荷へ。
豊川稲荷は愛知県豊川市にある豊川稲荷の別院です。大岡越前守忠相が深く信仰したことから盗難よけに霊験ありとされます。
青山通りを越えると赤坂の繁華街の真っ只中に入ります。一ツ木通りはその中心街で、いまや飲食街、高級クラブ、TBSなどが並びます。
一ツ木通りを抜け、ビル街の細い道を入って赤坂通りの南へ行くと、勝海舟の屋敷跡があります。現在、東洋英和小学校の仮校舎になっているところで、平成四年までは氷川小学校でした。明治五年にここに移り、その後明治三十二年に七十七歳で死ぬまでここで暮らしました。校門を入ってすぐ右手に、立派な「勝安芳邸址」の石碑があります。
東洋英和小学校から西へ行けば氷川神社ですが、その南にある南部坂に寄っていきます。途中から曲がった細い坂道で、南部藩の屋敷があったための呼び名ですが、それよりも忠臣蔵の「南部坂雪の別れ」で知られます。講談や歌舞伎で知られていますが、実際にはなかった話で、坂も短くてあまり期待をすると拍子抜けします。
氷川神社は紀州藩ゆかりの神社で、紀州藩出身の八代将軍吉宗の時に現在地に建立され、社殿は東京都の文化財に指定されています。境内には推定樹齢四百年というイチョウの大木もあります。
氷川坂を下り赤坂通りを渡って報土寺へ。門の横の練塀は江戸時代に造られた築地塀です。この寺には江戸中期の力士、雷電為右衛門の墓があります。
報土寺前の坂を上ります。この坂は三分坂といい、急坂のため車の賃料を三分増しにしなければなどの話があります。三分坂を過ぎたら一度下ってまた上り返します。坂の形が薬研に似ているというので薬研坂。青山通りへ出て左折すると二百メートルほどで高橋是清翁記念公園があります。高橋是清の邸宅跡で、昭和十一年の2.26事件の時邸内で落命しました。
この公園から南へゆるく道を下り、赤坂小学校の裏手へ回り込み、赤坂通りに出て右折するとまもなく乃木坂。乃木希典が晩年を送った乃木邸は、乃木坂に隣接する乃木公園内にあり住居と馬小屋が残されています。乃木神社はその隣にあります。乃木邸から地下鉄千代田線乃木坂駅はすぐです。

おすすめコース
地下鉄赤坂見附駅−弁慶堀−紀伊国坂−豊川稲荷−一ツ木通り−赤坂不動尊−浄土寺−勝海舟屋敷跡−南部坂−氷川神社−報土寺−高橋是清記念公園−乃木坂−乃木公園−乃木神社−地下鉄千代田線乃木坂駅

ワンポイントアドバイス
大蔵集古館 ホテルオークラの初代会長は大倉喜七郎で、その父喜八郎は明治以来の実業家。事業経営のかたわら、文化財の保護と収集にも力を注ぎました。集めた文化財の収蔵、展示のために創ったのが大倉集古館です。建物はホテルオークラの正面玄関前です。所蔵品は約千点で、国宝三点、重要文化財十二点、重要美術品四十四点を含みます。


       
       豊川稲荷                   勝海舟邸跡                    報土寺と三分坂

                 
          乃木邸                   乃木神社                      乃木邸の馬小屋