馬込文士村を歩く
大正の終わりから昭和十年代にかけて現在の大田区馬込周辺には多くの作家、詩人、画家たちが住んでいました。これが馬込文士村と呼ばれるゆえんです。その顔ぶれの多彩なことは驚くばかりです。
時代にずれはありますが、順不同で挙げれば、作家では尾崎志郎と同居の宇野千代、石坂洋次郎、稲垣足穂、川端康成、山本有三、子母沢寛、倉田百三、弘津和郎、室生犀星、山本周五郎、高見順、小島政二郎、城昌幸、吉屋信子、佐多稲子、村岡花子など、詩人では萩原朔太郎、草野心平、北原白秋、佐藤想之助、日夏耿之助、藤浦洸、三好達治、立原道造など、画家、彫刻家では川端龍子、小林古径、佐藤朝山、奥村土牛など、その他『古寺巡礼』で知られる和辻哲郎、劇作家の真船豊など、まさに壮観といってよい顔ぶれです。
場所は現在の地名でいうと大田区南馬込、山王、中央あたり、当時は馬込村、入新井、新井宿と呼ばれたところで、その頃はまだ丘陵地に田畑と林が広がる農村地帯でした。
ただし現在では、当時の住まいはほとんど残っておらず、案内図や標識、解説板に往時をしのぶしかありません。
都営地下鉄西馬込駅の改札を出ると、第二京浜国道でこれを右に行きますと寿司屋とそば屋がありますのでその間を右へ入ります。坂道を上りきると手前右側に大田区郷土博物館があります。(月曜休館、無料)玄関脇に文士村の大きな地図があります。ここで発行している『馬込文士村ガイドブック』(二百円)は地図付きで大変役に立ちます。
博物館を後にして坂を上りきり、バス通りに出ます。これを右折、交番のある信号交差点を右折。突き当たりに地図入り案内標識があり、尾崎士郎と宇野千代宅跡の解説板があります。二人が大正十二年に同居したのがこの地です。尾崎士郎は昭和十年『人生劇場』で人気作家となりました。一方、千代はその後『おはん』など数々の小説を発表し活躍。画家東郷青児と同棲し、作家北原武夫と結婚するなど話題をまきました。
バス通りに戻り、それを横切って北へ下りますと、広津和郎、三好達治のいたところ。坂を下りきると環七道路へ出ます。これを左折。東海道新幹線の線路の手前で右へ上がる細道に入ります。
坂上には児童公園があり、その入り口に北原白秋と添田さつき宅跡の解説板があります。
北道を下り、環七の手前で左へ細い道を行きます。山王商店街を通り、坂道を登ると区立山王草堂記念館(年末年始以外開館、無料)入り口の階段があります。ここは徳富蘇峰が住んだ所で、階段上に胸像があります。記念館には蘇峰の原稿、資料などを展示しています。ちなみに明治のベストセラー『不如帰』の著者徳富蘆花は蘇峰の弟です。
階段下に戻り、さらに坂を上ると左の東芝会館敷地の中程あたりで、右へ車一台がやっと通れるほどの道があります。この道は品川区、大田区の境になります。やがて不規則な十字路に出て右へ、細道の商店街から広いとおりに出ると、左手の突き当たりにJR大森駅があります。
大森駅を左に見て池上通りを進み、さくら銀行の先で右にヘアピンカーブを描く道に入ります。坂上右に富岡美術館(月曜休館、五百円)があり、東洋の陶磁器、書、絵画を収蔵、展示しています。坂上を左折すると、坂道が区立山王会館に通じています。山王会館の一階には「馬込文士村資料室」があり、文士たちの写真や本、資料などを展示しています。
山王会館から坂を下り、環七道路と並行する細道に出ます。この曲がりくねる道沿いに藤浦洸や作家の榊山潤が住んでいました。環七を横断して、坂を上って臼田坂上への途中に川端康成、石坂洋次郎らが住んでいました。
臼田坂下の信号から右へ細い道に入っていくと、左に区立川端龍子記念館(月曜休館、二百円)があります。
記念館の先で道は広くなり、都営地下鉄西馬込駅までは十分くらいです。