向島界隈

東部伊勢崎線鐘ヶ淵駅南口から、先ず多聞寺へ向かいます。茅葺きの山門の右脇に錆びた鉄塊が置いてありますが、これは東京大空襲で被災した浅草国際劇場の鉄骨だそうです。境内には座像の六地蔵があります。多聞寺から十分ほど南へ歩きますと、木母寺があります。寺の由来は貞元元年(976)にさかのぼるとされる古いお寺ですが、現在の本堂は近代ビルになっています。その昔、貴族の子の梅若丸は父親と死別し、七歳で比叡山に入りますが、僧兵の争いで大津に避難したとき、人買いにだまされて、関東に連れてこられ、この地で病気にかかり十二歳で亡くなります。これを憐れんだ僧侶と村人が梅若丸を葬り、塚を造ったのが木母寺のはじまりです。
この話は謡曲「隅田川」や、歌舞伎、浄瑠璃でよく演じられています。
寺を出てさらに南へ進みますと、左には東白髭公園があり、右には源頼朝が創建した隅田川神社があります。珍しいのは、狛犬のかわりに石亀が置かれていることでしょうか。さらに進みますと、公園が途切れ、墨田区立堤小学校の敷地になります。ここに「近代映画スタジオ発祥の地」というプレートがありますが、日活向島撮影所があったところです。
さらに数分進みますと、左にアーチ型の白髭橋が見えてきます。これを渡らずに左に曲がり、次の大きな交差点を右に行きます。少し進むと白髭神社があり、神社脇の狭い道に入りますと、すぐに向島百花園が見えてきます。ここは商人の佐原菊塢が造った庭園で、文人墨客と親しく交流したところから、彼らが建てた石碑が園内に散在します。また、日本橋と刻まれている石柱がありますが、これは最後の将軍徳川慶喜の筆だということです。百花園の売店では、甘酒やお茶の接待が受けられます。甘酒は二百八十円、お茶は菓子が付いて三百円です。
百花園から地蔵通りを西に向かいますと、墨提通りに合流します。その丁字路の角に子育て地蔵堂があります。
アサヒビール工場、屋内プール体育館、少年野球場を過ぎたところで、隅田川堤防下の道へ入ります。墨提通りとは数十メートル離れてほぼ並行する道です。この道の間に長命寺、三囲神社、牛嶋神社と続きます。長命寺の敷地の周りは石碑だらけですが、その中には松尾芭蕉の句碑などもあります。長命寺の表門を出ますと、隣接して弘福寺があります。巨大な山門を入るとすぐ右手に二体の石像があります。翁婆尊という咳を止める神様です。弘福寺では咳止め飴を売っています。弘福寺脇の小道を入り堤防下の道を越えて、堤防上に上がりますと大きな橋があります。この橋は人道橋で、橋の中央には鶴が仲良く飛んでいる絵が彫られています。原画は平山郁夫氏です。このあたりは桜の名所で、川には屋形船が沢山集まり、堤防では屋台の店が出て、花見客で賑わいます。
堤防下の道に引き返し、三囲神社へ入ります。この神社には大黒天と恵比須が祀られています。ちなみに、弘福寺には布袋尊、長命寺には弁財天、白髭神社には寿老人、向島百花園には福禄寿、多聞寺には毘沙門天が祀られていて、お正月には隅田川沿いの七福神巡りをする人も少なくありません。神社を出て言問通りを横断しますと、牛嶋神社です。境内には牛の像が多く、表面がつるつるなのは、像をなでると病が癒えるという言い伝えがあるからです。神社の前の公園は水戸徳川家の屋敷跡です。

ワンポイントアドバイス
セイコー時計資料館(墨田区東向島3−9−7) 時計が一万六千点収蔵されています。朝十時から十二時、午後一時から夕方四時。入場無料ですが予約が必要です。月曜、祝祭日、年末年始休み。
アイビーアンティークギャラリー ライター博物館 (向島1−27−6)世界中から収集された古いライターが展示されています。
朝十時から夕方六時半。日曜祝祭日休み。
吉備団子屋(東向島1−2−14)吉備団子を売っています。五本で二百五十円。昼十一時から夕方五時。月曜休み。
長命寺の桜餅(向島5−1−14)長命寺のすぐ裏にある二百八十年の歴史を持つ和菓子店。三枚の葉でくるんだ桜餅は昔から評判です。朝九時から夕方六時。月曜日休み。  

      

         
        牛嶋神社                                    徳川邸跡