粋な下町情緒漂う人形町、浜町を歩く
かつて現在の中央区日本橋人形町、日本橋浜町一帯は東京湾の浅瀬の水面下でした。それが陸地になったのは、慶長八年徳川家康が江戸幕府を開き、大規模な埋め立て工事を行って以後のことです。
その埋め立て地に町割りをして、京、大阪、近江、堺から商人を招き城下町を造らせました。町の目抜き通りには織物、雑貨、酒、金物などの問屋が軒を連ね「江戸一番の繁華街」といわれるほどになりました。
華やかな歴史を残すこの町も度重なる火事、震災、戦災などで往時の姿は失われ、記念碑だけが立つ史跡が多いようです。
地下鉄日比谷線の小伝馬町駅から人形町通りに出て、江戸通りとの交差点を渡り、一本目の道を右に曲がると宝田恵比須神社があります。毎年十月十九、二十日にこの神社の周りで開かれるべったら市は、江戸時代から伝わる年中行事で、神社前にはべったら(大根の浅漬け)を売る露店が出て大賑わいとなります。
人形町通りに戻って次の交差点を渡って二本目の道を右折すると、椙森神社があり、江戸時代にこの神社で盛んに行われた富くじ興業の記念碑である「富塚」の字を刻んだ大きな石が立っています。
人形町交差点まで行くと、角の東京三菱銀行の脇に玄冶店(げんやだな)の碑があります。玄冶店とはこの地に住んでいた医者岡本玄冶にちなんで付けられた町名です。歌舞伎「世話情浮名横櫛」でこの町名は「切られ与三」と「お富」とともに知れ渡りました。
人形町交差点からさらに南に進むと道端に石段があって、この上が大観音寺。さらに進むみ新大橋通りの交差点を過ぎますと、町名は蠣殻町になり、水天宮通りとなります。水天宮は安産の神様です。現在も妊婦らしい人、赤ちゃんを抱いてお礼参りの人の姿を多く見かけます。水天宮から元の通りを少し戻ると甘酒横町。甘酒横町を隅田川の方へ進むと浜町で、左手に明治座があります。いまや十八階建の大劇場に変身しています。

散歩コース
地下鉄日比谷線小伝馬町駅ー宝田神社ー椙森神社ー玄冶店の碑ー水天宮ー下町おもしろ工芸館ー甘酒横町ー明治座ー浜町公園ー賀茂真淵県居跡

ワンポイントアドバイス
下町おもしろ工芸館 
この工芸館は地下鉄半蔵門線水天宮駅のA7口から人形町通りに出て、二本目の道を右に入ったところにある。
江戸手拭い、歌舞伎や祭りを象徴した木綿風呂敷、端切れのパッチワークで丹念に作った袋物や人形、木版画のテーブルマット、封筒や便箋、千代紙等々...。とにかく下町情緒があふれる物がよくこれほどと思うほど集まっています。お土産にするのも良いし、見るだけでも楽しい。水天宮のお参りを済ませてから覗いてみてはいかが。
所在地 日本橋人形町2−2−6 第二堀口ビル一階 十時より十八時半 無休

                   
                  玄冶店の碑                    清洲橋遠望