柴又帝釈天界隈 

京成本線の京成高砂駅から金町線に乗り換えて、一つ目の駅が柴又駅です。駅前には平成十一年八月に建てられた「寅さん」の像が立っています。二百メートルほどの狭い参道は、どこの町よりも違った懐かしい郷愁のような雰囲気があり、名物草団子や煎餅を売る店が、山門の前まで並んでいます。「男はつらいよ」シリーズのモデルとなっただんご屋「高木屋老舗」もあります。
柴又帝釈天は、正確には経栄山題教寺といい、千葉県市川市の中山法華経寺の末寺です。題教寺でもっとも注目すべきは、帝釈堂内陣の外側にある彫刻群です。「彫刻ギャラリー」として拝観できます。(入場料四百円)「法華経」の説話を十の場面にして彫ったものです。大正から昭和九年まで十五年をかけて、当時、東京において一流とされた彫刻家十人が手がけました。材はすべてケヤキの一枚板で、大きさは縦四尺二寸、横七尺五寸、厚さ二十センチ。これだけのケヤキ材を集めるのは容易ではなかったそうです。
もう一つの見所は、大客殿の南天の床柱です。樹齢千五百年のものといわれ、京都の金閣寺にも南天の柱があるそうですが、それをしのぎ日本一と植物学者牧野富太郎の折り紙つきです。南天はあまり太くならない木で、樹齢千五百年といっても驚くほど細いものです。根の部分は直径三十センチはあるといわれますが、すぐに幾本かに分かれているので、大木という感じはしません。ただこれだけの南天は滅多にないものだということは判ります。
柴又七福神巡りは恵比須の医王寺からスタートします。京成高砂駅から北総開発鉄道線に乗って、一つ目の新柴又駅で降り、駅からのびる高架線の東側そばに医王寺があります。高架線の下の道をくぐって四十メートルほど行くと、右に入る道があります。この道の左側が題教寺の墓地で、その並びが大黒天の宝生院です。宝生院を出て左に直進、五つ目の十字路を左折、次の十字路を右折、煉瓦を敷いた道を越してゆくと、左に万福寺があります。
万福寺から少し戻り、煉瓦の敷いてある道を、右に進みますと柴又街道に出ます。そこを右折して進みますと、帝釈天の参道と交わります。帝釈天の題教寺には、毘沙門天が祀られています。帝釈天を出てすぐに右へ進み大通りに出ますと、斜め左の道の向こう側に弁財天を祀る真勝院が見えます。真勝院を出て右折し、進みますと交差点で、ここを右へ進みます。やがて左を金町線が走っていて、これに沿って進みます。右手は金町浄水場。線路を横断する踏切がありまして、そこを渡りますと布袋の良観寺です。
寿老人を祀る観蔵寺は京成高砂駅下車です。観蔵寺だけが離れています。京成高砂駅の北側に出て、すぐに左へ進みます。民家に突き当たりますので左折し、五メートルほどですぐにまた左に折れる道があります。曲がった道で、左に墓地が見え、その墓地の先が観蔵寺です。駅から六分ほどで、線路のわきに建っているので判りやすいと思います。

ワンポイントアドバイス
葛飾柴又寅さん記念館 (入館料五百円) 葛飾区観光文化センターの中にあります。

矢切の渡し 寅さん記念館の屋上から外に出ますと江戸川の土手に出ます。土手はサイクリングロードになっていて、周りは公園、土手の下は江戸川の河川敷です。河川敷の端の江戸川べりから対岸の松戸市に側向けて渡し船が出ています。対岸がもとの矢切村(現松戸市)で、この渡しは寛永八年に始められたそうです。大人片道百円、子供片道五十円。十二月から三月十日頃までは、土、日と祝日のみの運航です。