とげ抜き地蔵と駒込界隈
JR山手線か地下鉄三田線の巣鴨駅で降り、白山通りを板橋方面に進むと、巣鴨地蔵通り商店街の看板が立っています。この道はかつての中山道です。毎月四のつく日はとげ抜き地蔵の縁日で、お年寄りが集まって大変な活気です。
もともと巣鴨のお地蔵様といえば、地蔵通り商店街の入り口近くにある真性寺のお地蔵様のことでした。このお地蔵様は江戸六街道の入り口に置かれた六地蔵の一つでした。それがいつの頃からか、高岩寺の延命地蔵がとげ抜き地蔵といわれるようになり、信仰を集めるようになりました。このお地蔵様の御影を患部に貼って祈願すると、病気の「トゲ」を抜いてくれるとして有名です。境内左手の身代わり観音像を水で洗って、病気の平癒を祈る人が絶えません。
高岩寺横から白山通りへ出て板橋方面へ歩きます。豊島市場を過ぎ、さらに進みますと、右手に入った朝日小学校横にハ禅寺があります。ここには漫画の神様といわれた手塚治虫一族の墓があります。豊島市場まで戻りまっすぐ進みますと本妙寺があります。この寺はもと本郷丸山町にあったもので、振袖火事の火元になった寺として有名です。墓地には江戸町奉行遠山金四郎景元、江戸末期の剣豪千葉周作、幕府お抱え囲碁の本因坊家元、下総関宿藩藩主久世家、将棋名人天野宗歩などの墓があります。
本妙寺を出て左折、染井霊園との間を進みますと慈眼寺があります。山門前の墓地には蘭学者司馬江漢、吉良家の付き人となって討たれた小林平八郎、作家芥川龍之介、俳優芥川比呂志、作曲家芥川也寸志、文豪谷崎潤一郎、英文学者谷崎精二兄弟らの墓があります。
慈眼寺の山門から染井霊園に入り、すぐに左折しますと蓮華寺があり、その先には勝林寺。ここには田沼意次、意知親子の墓があります。その田沼親子の墓碑のそばに、女優太地喜和子の墓もあります。
蓮華寺まで戻り、染井霊園に沿って歩きますと専修寺があります。さらに霊園に沿って進みますと霊園入り口となり、そこから駒込駅へ続く染井通りがあります。染井通りを東に進み、パークハイツ駒込を左折しますと駒込小学校で、小学校横には西福寺があります。ちなみに、この染井という土地は、桜の「ソメイヨシノ」を品種改良により作り出した所です。染井の歴史はまさに花の歴史で、樹木によい土のせいでしょうか、植木屋が多かったようです。『江戸砂子』によりますと、染井では明暦二年に霧島ツツジを植えたのが始まりとのことです。植木屋伊藤伊兵衛政武は享保十二年、八代将軍吉宗によって江戸城内植木御用を命じられたことでその名を高めました。この西福寺に植木屋伊藤伊兵衛政武の墓があります。
西福寺隣は染井稲荷神社です。西福寺横から坂を下ってすぐに右折しますと女子栄養大学があり、その横に妙義神社があります。『新編武蔵風土記』によりますと、大和武尊が東征の時ここに陣営を置き、のちに白雉二年五月に社を建てて白鳥社と号したといいます。
社前から本郷通りに出ますと、すぐにJR山手線駒込駅です。