四谷界隈
 
         
地下鉄丸の内線四谷三丁目駅の五番出口から外苑東通りを南へ歩き、四谷警察署の脇から裏通りへ入ると、道の両側に赤いのぽり旗が見えます。右側が「於岩稲荷田宮神社」、左側が「於岩稲荷霊神」で、両方ともお岩の霊を祀っています。「四谷怪談」は有名ですが、もととなった話をかいつまんでみますと、「田宮又左衛門の一人娘お岩は婿伊右衛門を迎えたが、あまりにも伊右衛門の浮気がひどいので、改心させようと旗本屋敷へ奉公に出る。ところが伊右衛門の浮気はかえってひどくなり、お梅という女を自宅に住まわせ子供までつくる。奉公先に来た行商人からこの話を聞いたお岩は、逆上して我が家へ駆けつける途中行方不明になる。その後、怪奇な事件が続き関係者はみな死んでしまった」というものです。これをもとにして、鶴屋南北が芝居に仕立てたのが「東海道四谷怪談」、南北はそのお岩に江戸で評判になった怪事件や忠臣蔵関係の人物を組み合わせ、虚実とりまぜて、江戸の人たちが喜びそうな怨霊劇を創作し、これを文政八年に二代目尾上菊五郎が中村座で初演したところ、三カ月のロングランになる大当たりで、江戸中の話題をさらいました。今二つの於岩稲荷のある場所に、お岩の田宮屋敷があったといわれています。
続いてお寺めぐりですが、まずはいちぱん東の西念寺を訪ねることにしました。この市瀬は「槍の半蔵」と呼ぱれた戦国武将服部半蔵が、徳川家康の長男信康を弔うために出家して建てました。信康は天正七年、武田勝頼と内通した疑いで織田信長の怒リにふれ、父家康から切腹を命じられます。半蔵はこの時に介錯をつとめたのですが、後にこのことが心の重荷になり、この寺を開きました。本堂の脇に半蔵が信康のために建てた五輪塔と半蔵の墓があります。
次はここから近い愛染院へ。江戸中期の国学者塙保已一と内藤新宿増設に尽力した高松喜六の墓があります。この寺の向かいが東福院。ここは本堂前に立つ豆腐地蔵が有名です。東福院坂を下って右へ行くと日宗寺。
安房の小湊誕生寺の末寺で、「夜明け鬼子母神」を本尊とします。門を入った左側に小さな堂があって浄行菩薩石像が安置されています。墓地には『広辞菟』の編者で文化勲章を受けた新村出、幕府の医官を勤め、薬用植物や虫魚類の研究者として『千虫譜』二巻を著わした栗本瑞見の墓があります。
東福院坂の下まで戻って右に曲がり、須賀神社前の急な石段を上ると勝興寺。ここには「首斬り山田浅右衛門」の墓があります。浅右衛門は罪人の処刑や刀の試し斬りを生業としていたが、ひそかにその死体から肝臓や脳ミソをとり出し、丸楽にして売っていました。黒ずんだ墓石は怨霊が籠るようで薄気味悪い気がします。本堂裏には三メートル程の高さの墓石群があり、これは西尾氏遠江横須賀
三万五千石の側室たちのもの。東側には映画監督小津保次郎の墓があります。
道を挟んで隣に並ぶのが戒行寺。池波正太郎の小説『鬼平犯科帳』の主人公である「火付盗賊改め鬼平」こと長谷川平蔵の墓があります。
戒行寺前の坂を右へ上ると、古めかしい山門の奥に毘沙門堂が見える本性寺。山門も堂も総ヒノキで、釘を一本も使わない切組造り、手斧削りで、建築年代は元禄年間といいます。堂内に安置されている毘沙門天は、江戸城本丸にあったもので、五代将軍綱吉の側室春麗院から堂とともに寄進されました。この像は別名を「北向毘沙門天」といい、家康は北方の仙台伊達氏が謀反を起こさぬよう北の主護神として北向きに安置し、祈願したと伝えられています。
墓地には塙保己一の師で歌人でもある萩原宗因の墓、江戸の和算家馬場正督・正統父子の墓があります。
少し離れていますが、新宿通り四谷四丁目南側にあつて「笹寺」の名で知られる長善寺へ足をのぱしてみます。天正三年の創立で、『甲陽軍鑑』の著者とされる高坂弾正の屋敷内に開かれた草庵から出発したといいます。
笹寺の名の由来は寛永年間、将軍が鷹狩のさい立ち寄り、周りに熊笹が茂っていたのを見て命名したと伝えられています。この寺で有名なのが「瑪瑙観音」と俗称される赤メノウ造りの観世音菩薩像で、二代将軍秀忠の念持仏だったのを夫人の崇源院が寄進したものです。また江戸の勧進相撲発祥の地としても知られ、境内には「江戸勧進相撲始祖」の碑があります。
笹寺から四谷第二中学校の協を通って外苑東通りを信濃町方向へ歩き、左門町交差点を渡ると文字座の看板が見えます。
沼和十二年、岸田国士・久保田万太郎・岩田豊雄(獅子文六)らによってつくられ、戦時中も弾圧を免れて活動をし続けた日本を代表する新劇団です。

ワンポイントアドバイス 消防博物館
四谷三丁目交差点の角に建つ消防博物館は、平成四年十二月にオープンした消防庁のPR施設です。ここには地下一階から七階までの各フロア(二階は事務所)に、江戸時代から現在に至るまでの消防の歴史や使われた器具などが分類・展示されています。地下一階では大正から、昭和にかけて活躍した消防自動車・梯子車五台が並び、一階には明治時代に馬が引いた蒸気ポンプ、昭和五十七年まで現役だった、ヘリコプターを展示し、三階では現代の消火、救助活動をアニメと模型とショーステージで見ることができます。四階では明治から昭和にかけての消防の変遷、五階では江戸の火消し達の働きぶりを映画と模型で解説しています。しかも最上階は展望休想室で、四谷の街を見降ろしながら一休みできるし、持参のお弁当を食べるのも自由。子供も大人も楽しめ入場無料。九時三十分〜十七時、月曜日休み。
          
              お岩稲荷田宮神社                                 長谷川平蔵墓