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平間 重助
常州芹沢村出身(現玉造町) 文政7年出生
平間家は芹沢家とは室町時代以来の主従関係であり
重助は鴨から剣術を習い目録を得ている
芹沢鴨が清河八郎と共に浪士組参加のために上洛するときに妻子を芹沢家に預かってもらっている。
そのような関係から重助は鴨暗殺の報を伝える為に見るからにボロボロの状態で鴨暗殺を芹沢家に報告する為に帰
ってきたのである。
脱走してきた重助は新選組などの幕府方や諸生党などの官軍方両方から終われる立場の為ひっそりと隠れるように
暮らしていたようである。
しかしながら平間重助は忠臣としてその役目を果たした忠義心あふれる誠の家臣と推測することができる。
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