梅村速水(沼田準次郎)

「1842年天保13年小梅村に水戸藩内で生まれる。沼田準次郎
1860年万延元年長兄病没し嫡子となる。
1862年文久2年 御床机廻役となる。藩主に従い京に10ヵ月ほど留まる。
1864年元治元年 潮来勢への工作、江戸水戸藩邸への報告、筑波山や太平山などに赴き、天狗党を説得したが失敗に終わる。
脱藩し、江戸で千葉道場で修行をしている。
6月    水戸へ向かう。
6月26日 長岡宿で梶左衛門から情報を得る。
大津村の長松寺で道場を開き、自衛団を組織する。
水戸で市川の動静を探る。大津において同士百名を結集する。
     武田軍の水戸侵入を待つ。
元治2年3月 梅村は江戸に出て、京へ入る。本圀寺に入る、水戸藩藤田と会う。水戸藩香川敬三と知り合う。
慶応元年4月17日、赤穂の志士児島長年と水戸藩士梅村は、大阪から27日馬関におもむく。
8月、水戸藩の速水と水戸藩の坂本龍馬になりそこねた斎藤左次衛門が島原に探索に来ている

慶応2年11月頃、水戸藩香川敬三の紹介で、岩倉具視と知り合う。
明治元年正月 総督府に美濃・飛騨の行政について意見具申する。
2月22日 岩倉具視の小岩倉具定が東山道鎮撫総督として、大垣に来たとき飛騨国出役に任命される。3月14日飛騨
国取締として高山に着く。4月 徴士・国事努局権判事(笠松在勤) 5月 飛騨県となる。高山の現地視察 6月 高山
県と改名。16日 高山県知事として着任する。


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