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羽生城(玉造町羽生字城山)
羽生館は、羽生小学校や万福寺のある、城山と呼ばれる高台にあった。 万福寺の北側の周辺である。空堀や水堀が一部残り、城後、城前、根小屋、馬場などの地名が残っている。 北側の台地先端が郭であると思われる。 承安元年(1174)、常陸介高階常仲がこの地を鹿島神宮に寄進したので、神宮は、鹿島大禰宜中臣則親を 遣わして支配を任せた。則親は羽生館を築いて、羽生氏を名乗るようになったという。 3郭下の万福寺仁王門は、天正6年(1578)に新利根村逢善寺に建立されたという由緒のあるもので、享保 年間にその古くなった仁王門を譲り受け、霞ヶ浦を船で運んで移築したものだという。芹沢家とも縁の深い寺である。
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