秋の感冒

              彼奴と出会ったのはある晩秋の夜であったのだろう。というのは正確には
              自分でも分からないのである。気づいた時にはそこにいるのである。彼奴
              が現れるときはいつもそうだ。その日は真冬のそれとは違った寒さを伴っ
              た、やわらかな風の吹く夜であった。その風のなかには懐かしさすらも感
              じられ、その夜道でしばし物思いにふけった。もう、すぐそこには冬がき
              ているに違いない。そして次の日の明け方になってようやく気づくのであ
              る。今年も彼奴がやってきたのだと。やってきたからにはおとなしくして
              いるしかない。
               これもいつものことである。

               何故か体が少し熱い。好きな人に思いを告げるときのそれに近い。頭の
              中が白くなって何も考えられず、考えるのも億劫である。周囲の事態など
              というものはどうでもよいのである。ただそこに自分が横になっていると
              いう事実だけが静かに転がっているのである。しかしそれは決して嫌なも
              のではなかった。そのときの何も出来ない自分を振り返るたびに、普段の
              何気なく生きていられる自分のありがたみを感じることが出来るのである。
              生きる喜びとでも言えようか。普段は見出すことのないささやかな幸せで
              ある。幾人の者がそれに気付くのであろう。
               そうやって天井を見上げながらゆるりと眠りにつくのである。

               昼過ぎに目を覚ます。まだいる。今日は風がない。窓から差し込む秋の
              日差しがいつになく眩しい。そして昼間の静けさに耳を傾ける。夜のそれ
              とはやはり違う。いつもならただ忙しさに身を任せ、静けさに耳を傾ける
              余裕すらない、そんな時間だ。ただ、今は一人静かに耳を澄ます。そして
              季節のめぐりを感じようとする。秋は過ぎ去っても秋はすぐそばにいる。
              夏と冬の間を風のごとく過ぎ去る秋。そのかぜを感じるたびにやすらぎと
              安心を得る。
               そしてまた眠りにつくのである。

               次に目を覚ましたのは次の日の明け方だ。そして、彼奴はいなくなって
              いた。風のごとく去っていったのである。そこには何か寂しさすら感じら
              れる。それでも窓の外にはかぜが吹く。
               そしてまたいつもと同じ何気ない生活が始まる。
 
               気づけばそこには、柔らかな冬が来ていた。

to colum