病気はまさに”気”から

 気持ちの持ち方 〔7月17日より〕

母は最近頻繁に”このままでいいのだろうか。遊んでばっかりで...”と話す。癌
の告知を受けてから7ヶ月以上が過ぎている。その間、体の調子の良いときに
は母のやりたいことを可能な限り行ってはきたが、時間が経つと共に自己の欲
求のみを満たすことに対してかなり疑問を感じてきているように思う。
自分の人生は何だったんだろうかと考えまた、 毎日人に世話ばかりなってい
る事への一種の罪悪感のような物を感じているのではないかと思われる。

母が一日でも 元気でいてくれるということが自分にとってどれほど意味のある
ことかそして、 自分としてはまだまだ母とやりたいことがありまた、 教えてほし
い事も 同様に多くあるということをこれまで以上に 話すことが大事である様に
感じます。

母の存在が精神的に支えになっている部分は言うまでもなく大きいのだが、こ
こにきて今まで以上にその事実を本人に再確認させることが母のかかえる日
々の不安を取り除く為には大切である用に感じる。
母が存在している理由を肯定的に捉えさせることは、 ”生きる” という気力に
直接繋がるため病気との戦には薬以上に必要なのかもしれない。

一寸先は闇である事実を否定的にとらなければそれは残された時間が 如何
に少なくとも未来は存在すると言うことだと思う。 これは自分の知らない未知
の体験は最後の瞬間まで出来るということに繋がる。今後もちろん辛いことも
起こる訳だが、 同時に予期もしなかった幸福感も味わえる可能性も否定は出
来ない。”何が起こるかわからない?”  を可能な限り肯定的に見つめられる
よう家族の方々は本人をサポートする必要があると思う。