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個人ページ〜OB&OG

   たかはし     かずたか
高橋 和敬
1.ゼミの
印象と思い出

 
ゼミの準備は,チームごとに集まり,時間をかけ,議論をしました。私が在籍中のゼミで取り上げられたテーマは,環境問題,NPO活動,消費社会,まちづくり,福祉問題と,どれも今日の社会を考える上で重要かつ簡単には答えを出すことができないものばかりでした。私自身,力不足のため毎回考えや議論がまとまらず,全く時間が足りませんでした。だから,ゼミの印象と思い出といえば,とても大変でいつも時間が足りず余裕がなかったということです。勿論,それは私の力量不足によるところが大きいのですが,それだけ難しいテーマを取り上げていたのだと思います。これらは今日においても重要な問題であり,大学時代からそうした問題意識を持てたのは高畑ゼミのおかげだと思います。当時考えた時間を無駄にしないためにも,今後も継続して宿題を減らしつづけていきたいと思っています。
2.卒業してからのゼミの評価
 
上述したように高畑ゼミでは非常に難解なテーマについて取り組んでいたと思います。それらは,大学生活という限られた期間だけとどまるような問題ではなく今でも考えるべき重要な問題であると思います。大学を卒業してから高畑ゼミで取り上げたテーマがますます現実の,身近な問題として,解決すべき問題であると実感するようになりました。しかし同時にこれらは自分とは縁遠い問題としても存在しているようにも思われます。身近な問題であるにもかかわらず,同時に離れたところにあって自分の思惑だけでは解決できないのが現代の問題の特徴であると思います。このことは矛盾していますが,これらの問題が縁遠いからといって,決して切り離してしまってよいということではないということを表していると思います。大学時代は特にこうした問題を遠くの問題,他者の問題と考えてしまっていました。しかし,高畑ゼミに参加したことで,これらの問題が決して他人事ではなく自分の問題として考えられるようになりました。私は今,大学院でマーケティングを勉強していますが,マーケティングを選んだのも,マーケティングがそれを行う企業のためだけのものではなく,またマーケティングで問題となることがその企業にとってだけの問題ではなく,私にも影響を与えるものであり,私の問題でもあると思ったからでした。高畑ゼミで様々な問題について,他人事ではなく自分の問題として考え,議論することができたのは貴重なことであったと思います。そしてそのような当時の時間があるからこそ,ゼミで議論した諸問題について今も難しいと思いつつも,しかし正面から考えていかなければならないと思えるのだと思います。このように勉強する環境として高畑ゼミは申し分のないゼミだったと思います。一方でゼミ活動が勉強面に片寄っていたという点は私自身反省するところだと思っています。学生なのだから勉強するのは当たり前ではありますが,ゼミ生どうしのやりとりがもっとざっくばらんでも良かったのではないかと思います。当時は,力不足ゆえに時間の配分がうまくできず課題に追われていました。ゼミで議論するテーマを自分の問題としてとらえればこそ,話題を広げたり,もっと身近なことに引き付けて話しても良かったのではないかと今では反省しています。このように私は申し分のない恵まれた環境である高畑ゼミを不完全にしか活かせませんでした。私が卒業後の高畑ゼミでは,ゼミ生の積極的かつ主体的な運営によって,自分達に合ったゼミ活動を実現させています。このことが示しているのは,私の反省点,つまりゼミ発表の準備にゼミ活動の大半の時間を費やしてしまったということが,実はゼミの構造によるものではなく,ゼミを構成する私の努力不足によるものであるということを物語っています。つまり,ゼミ生の関わり方次第でその内容はどこまでもすばらしいものへとなっていく環境が高畑ゼミなのです。卒業後,改めて自分がゼミ生だったときのこととその後の高畑ゼミの活動のことを比較すると,もっと良いものができたのではと思えてなりません。自分自身の努力がそのまま反映されるのですから高畑ゼミの評価としては,「申し分ない」といえると思われます。
3.先生の評価
 
「納得と難解」,これが先生の講義の感想です。「その通りだなぁ」と思う反面,「難しいなぁ」と思うことも多々あります。どちらも深く考えさせられます。先生の言っていることを理解するのはかなり時間がかかりますし,今でも本当にわかっているのかと聞かれればはっきりいって自信はありません。また先生の説明と同じように説明できるかといえば,やはり自信はありません。かなり奥が深いです。研究室はたくさんの書物とたくさんのクラシックのCDや絵画があるかと思えば,野茂のポスターとトトロの人形もまた主役級の位置に陣取っており,高畑ワールドの幅広さと奥深さを垣間見ることができます。また,「お笑い」をこよなく愛す先生でもあります。「お笑い」といえど「真剣」です。かなり深いです。というわけで,評価は「幅広くそして深い!」です。
4.卒業後の自分の紹介
 
高畑ゼミで多くのことを議論しましたが,結局私の中ではそれらをきちんと把握し,自分の見解を持つことができず,宿題を抱えてしまいました。その宿題をなんとかなくし,その上でそれらについて具体的に回答し実践していきたいと思い,大学院に進学しました。高畑ゼミに所属時関心を持っていたのは消費についてです。しかし,消費の問題は消費自体に注目していてもなかなかわかるものではありません。私が関心をもつ消費は,現代社会における商品の消費であり,他者によって提供されたモノの消費です。消費するモノは,自分のものでありながらも,その形成は自分から空間的にも時間的にも人格的にも乖離したところで決定されています。今でこそ,消費者の意見やニーズが反映されたり,生産現場に立ち会うことができます。こうしたことは,消費問題が消費にとどまるものではなく,流通や生産においても問題となるということを示しているのであり,消費を考えるためには流通や生産も当然問題としなければならないということを表しているのだと思います。そのため現在は,生産から消費,そして消費後の廃棄物問題など広く考慮に入れざるをえなくなっている「マーケティング」を勉強しています。「マーケティング」の考察を通じて私たちの生活づくりや環境づくりについて考えております。また,大学院進学の理由としては,ゼミでの勉強を進めることの他にもう一つありました。当時,高畑ゼミのように様々なテーマを議論し考えるゼミはあまりなく,授業を受け単位を取るだけの受身的な大学生生活に終始してしまう学生が多かったように思われました。学生が主体的に参加して大学生生活をつくっていくための空間が高畑ゼミでした。そのような空間を自分もつくりたい。常に刺激を与えあい,常に積極的に自分たちの環境をつくっていきたい,そう思うようになり私も高畑先生のようになりたいと思い,大学院に進学しました。まだまだゼミでの宿題は残っていますが,なんとか高畑ゼミのような空間をつくれるよう現在進行形で研究しています。
5.後輩および閲覧者へ一言
高畑ゼミもOB会もこのホームページも自分たち次第でいくらでも良いものになると思いますし,またその逆もあると思います。私もこうして高畑ゼミを改めて振り返ってみてやっと気づいたことです。誰でも参加でき何でも議論できる空間をつくりあげていきましょう。                                 





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