プチ家出
高3の冬休みの間、施設に
住み込んでみんなと暮らした。
担任と校長先生に許可をいただき、
両親にはひどく反対されたまま
家を飛び出した・・・・。
バイトという名目のプチ家出・・でした。
朝7時30分からの勤務は息の凍る朝には
辛いものがありました。
今までの自分が甘かったせいね。
夜は通常9時までが勤務時間。
家庭のように自由な時間の多い施設だったので
みんな遅くまで起きていて8時を過ぎた頃から
適当な人に声を掛けてくる。
私のような新入りの若い子は引っ張りだこで
あちこちから声がかかり大忙し。
歯を磨いて、トイレに行って、パジャマに着替えて
ベッドに寝る・・という当たり前のことを
全部他人に任せなくてはならない人たちが
ここにいました。
歯磨き一つとっても、それぞれに個性があり
一人一人に対応した磨き方がありました。
歯磨き粉が嫌いで、チューブ1本で1年も
持ってしまうのでは?と言うような使い方を
する人もいるかと思えば、それはそれはたっぷりと、
あのコマーシャルのように付けて磨く人もいて・・・。
部屋に戻ると、またいろいろとありました。
それぞれ個室でしたので、自分のこだわりがあって
昼間動かしてしまったものを所定の位置に戻したり
ベットに寝てからも、身体の位置、足の位置など
微妙な角度のずれを一番いい状態に持っていくなどして、
最後にナースコールをしっかりと指の間に置いて
おやすみなさい・・・。時計の針は既に9時半を過ぎている。
そんな毎日を送っていた、ある日、団体様がきた。
近所の人を引き連れた母と祖母だった。
彼女たちは、主なき寮の部屋の偵察に来たようです。
一言言ってくれれば、布団も畳んで少しはきれいに
お掃除もしていたのに・・・・突然の訪問はちょっとまずいよね。
ご近所の手前もあり・・・ね。顔を潰してしまったことは
とても申し訳なく思っています。だけど・・・ね。
友達のお母さんは、ときどきフッと一人で出掛けてきて、
静かに部屋の片づけをして湯飲みの茶渋を取って
帰っていくそうですが我が家の場合は
みっともないったらない!と言うだけ言って
帰っていきました。何かして欲しかった訳じゃなくて
久しぶりに会ったから、優しい言葉が欲しかったなあ〜って。
でも、よく考えてみると母とゆっくり話した事って ない。
話を始めると否定ばかりされていて、気が付くと話しをしなくなっていた。
高校1年の頃だったと思う、身体が母を拒否していた。
御飯を食べる口元やお茶を飲む音までも嫌で嫌で
歩く音がしただけで身震いがした。
どうしようもない嫌悪感を外に出すことも出来ないで
ただ、日記に書き殴りしていた。
「同じ空気を吸うのも嫌、死にたい」と・・・。
母は、そんなことを娘が思っていたなんて全く気づいていないと思う。
きっかけは些細なことから始まっていたのです。
小六の時、友達から電話があった。同じクラスの女の子。
社会科見学のサイクリングにブラジャーしていこうって・・。
だから、休みの日に一緒に買いに行こうって言う電話だった。
唐突だったけれど胸が膨らんできて気になっていたところだったので
そのまま母に話したら・・・・ひどい剣幕で怒り出した。
そんな色気出して・・・と。以来、何かが壊れてしまった。
初潮の時にも母には言えなかった・・叱られそうで・・。
何回目かの生理の時に初めて気が付いた様子で・・でも
特に何も言ってくれなかった・・・。
淋しさの裏返しなのは今になって分かるけど
いつも遠くにいた・・いつも横を向いていた。
私を見てくれなかった・・・・・。
母には母の都合があったんだと思うけれど
子供の私には何も分からなかった。
遠くで哀しいことを言われるよりも目の前で
私を見て叩かれる方が嬉しい・・気がした。
話がしたい・・よ。いろんな話・・。
私、悪い子だけど・・・・心を開けて聞かせて。
生まれる前のこと・・・私が赤ちゃんだった頃のこと
お祖母ちゃんのこと・・・いろいろ知りたい・・・
だって何も知らないんだもの。
不安なの。このまま消えてなくなりそうで。
いつか・・・いつの日か・・・・きかせて・・ね。
menu