ダンナにとって初の海外出張は専務のお供で中国へ1泊2日だった。
「え゛?1泊2日!?。またせわしないことやな・・・。」
寒いかな?暑いかな?危なくないかな?あーだこーだ言いながら、一応準備して無事出発。やれやれ。
あ、もう帰ってきたわ。おかえり。
ってな感じで最初の出張を終えてダンナの第一声。
「金がなかった・・・。」「え?なんで。」
実は出発するとき、身内のタクシー運転手に送ってもらったが、
思ったより料金がはったので、財布に5,000円ほどしか残らなかったのだ。
ワタシ;「えー、なんで空港でお金降ろして行かへんかったん?」
ダンナ;「中に入ってから降ろそうと思ったら銀行は入る前にしかなかったんや。
専務に金借りるわけにもいけへんし、どうしよかなとおもったけど、カード持ってて助かった。」
だぁ〜っははははは!
海外出張するのに所持金5,000円て、あんた、電波少年とちゃうで!
とまぁ、あっと言う間に通り過ぎた最初の出張。
次の出張の話が来たのはその後どれくらいたった頃だったか、行き先はタイ。
せっかくのチャンスやからどんどんいって、どんどんいろんなもの見てきてやとダンナを送り出す。
今度は3泊4日。まともっぽい出張だ。
撮ってきた写真の中に、キレイな踊り子さん2人と一緒に写っているのがあった。
ワタシ;「キレイやな〜、この人。右の方が美人かな・・・。」
ダンナ;「それ、ニューハーフやで。」
ワタシ;「え゛っ・・・。そういえば、ちょっと体つきごついかなぁ。」
やはり、聞きしにまさるニューハーフ天国なのか?
うっかり好きになったらニューハーフやったーゆうたらショックやろなー・・・。
現地の人はそんな間違いせえへんのかな?
って、仕事の話はどないしたんや!
などと思いつつ、2度目の出張も無事終了。
そして3度目の出張は再度中国。今度は3泊4日で、大連へも行った。
この2度の中国出張がアダいや、きっかけとなり、ダンナは1999年7月、中国へ赴任することになる。
外国に支社・工場がある以上、海外赴任はあり得ないことではないとは思っていたが、
実際、赴任の候補に入っていると聞かされたときは、選ばれませんようにと祈るような気持ちだったし、
赴任が決定したときはさすがにショックだった。しかし、一旦決まってしまえば仕方がない。
気持ち切り替えて、頑張るしかないわなぁと準備に取りかかったが、外国に住むって大変なことだ。
まず、外国人居留書を取得するためには健康診断を受けて、警察で犯罪歴がないという証明ももらってこいと言う。
外国人はほとんどホテル住まいしか出来ないし、その上公安がつくとか。
なんか大層なことになってきたでと思ったが、部屋借りて1人住まいするよりかえって安心かもしれない。
荷物も少なくて済むし・・・。
ほら「もっとでかいスーツケースがいる」だの、やれ「水が悪いらしいから消毒液がいる」だの、
てんやわんやの準備期間約1ヶ月を経て、ダンナは中国無錫へ旅立った。