2000.12.28〜2001.1.5
出発前日、仕事をしている私にあれとこれとそれと買ってきてくれとダンナからメール。
今から帰って荷造りの最終点検しよ思ってんのにも〜。ほんまにしゃあないわっっっ。
さて今回で中国行きも4回目。観光は通訳なしで、訳のわかったようなわからんような
ダンナだけがたよりの親子3人旅。どうなることやら・・・。
12月28日(木)今年は去年の2000年問題の反動もあって、海外への出国者が多いとの
ニュースを聞いていたので、関空は混雑しているだろうと思ったが、
チェックインは待たずに済んだ。
でも、改札を入った手荷物チェックのところでかなり並んでだんごになっていた。
やはり団体ツアーの方はかなり多いようだ。
搭乗口で時間待ちしていたら、隣の釜山行きのゲートで2人乗客待ちをしていて、
さんざん呼び出しているのになかなか来ない。遅れたらあかんやんキムさ〜ん。
やっと乗務員に連れられて、きれいなおねえさんと普通のおねいちゃんがゲートイン。
「走ってください、お客様!」
と、焦って走っている乗務員を後目に堂々と乗り込んでいった。
(エライ待たされて気の毒やなー、他の乗客・・・。)
なんて人ごとのように思っていたら、こっちの飛行機も残り2人待ちで20分ほど遅れた。
もー、誰?!定刻通り出発したことあれへんわ。
それでもそう遅れずに無事上海に到着、ダンナに迎えに来て貰って一旦会社へ顔を出す。
ダンナは来客の予定があったので、先にホテルいっとくようにいわれて、
運転手さんに会社の車で送ってもらった。(いつもすんません。)
半年ぶりに部屋に入ったら、見事に散らかってる。
毎日掃除してもうてんのに何でこんだけ散らかんねーんっっ?
夕食はホテルの近く「万灯火家」という店で中華料理。
新メニュー豚のしっぽに挑戦。味は鶏の足とさほど変わらなかった。
29日(金)ダンナは出勤。
朝9:00頃までだらだらした後、散らかった部屋を片づける。
WOWWOWで映画を見ながら洗濯とアイロンがけ、
とっちらかった洋服と賞味期限切れの食品を全部片づけた頃には夕方になった。
もー。食べるもんはもう持っていったれへんっっ!
17:30頃ダンナが迎えに戻ってきてこの日の夕食は会社の大宴会。
今年は園遊会ではなかったのでカラオケの惨劇はさけられたものの、
挨拶と部門別表彰のあと、約800人対象の大抽選会。
特賞の高級自転車の他、数々の豪華賞品(?)にはずれた人たちのために
私が用意していったのはお菓子10袋と貼るミニカイロ10袋。
大層に舞台に上がって、抽選した割りには景品がちょっと貧相だったか?
抽選会が終わってほっとしたのもつかの間、今度は入れ替わり立ち替わり乾杯の嵐。
今月で帰国が決まった総経理のSさんが全部まわるぞと意気込んで80卓あまりの
円卓をまわり始めたが、途中でタッチ交代してダンナが回り始めた。
お前らも回れと言われて、え゛〜っっっ!と戸惑いながらも、
コドは雪碧(スプライト)、私は碑酒(ビール)をもって、適当に回り始めた。
コドはどんどん先に進んで各円卓で乾杯して進んでいく。
「ひぇー待ってくれ〜。置イテカナイデ〜。」体中に痛いほど視線を感じつつ、
必死でコドの後を追いかける私。私ら親子って一体・・・。
後でコドに「あんた、えらいどこででも乾杯しとったなー。」と言ったら
「目が合うたらみんなお尻浮かすから放っといてどっかいくわけにいけへんかってん」やて。
私はビールコップ1杯で10卓くらいまわって終わっといたけど、ダンナはしこたま
飲んでいたようだ。翌日、「なんかお尻痛いわ。なんでやろ。」やて。
あんた昨日、宴会の後行ったカラオケ「桜」で椅子から転げ落ちとったやん。
覚えてへんねんな。ゴルフで優勝したからゆうて、ボトル1本プレゼントしたのに
ぜんぜん覚えてくれてへんって、ママにもぼやかれとったやん。
「腹立ったら殴っといて。」ってゆうといたけど・・・。
30日(土)朝8:30に笑顔のステキな田さん(会社の女性)が迎えに来て、
親子3人で霊山大仏と宜興(イー・シン)観光。
霊山大仏は最初の夏、宜興は昨年の冬どこだかわかりもせんと白さんに連れていって
もらったが、ダンナは宜興は今回が初めて。2時間がかりで辿り着くドークツ探検だ。
お昼頃に洞窟の前に着いて、門前のレストラン(・・・とういよりめしや)で昼食。
肉・野菜・スープ・ご飯のセットで1人8元だった。
洞窟に入り、前回聞いた話を思い出してダンナに話しながら歩く。
舟にのったら船頭さんが何か色々説明してくれているようだったが、さっぱりわからなかった。
それがわかるようになる頃にはダンナはきっと帰国していることだろう・・・。
夕食は関連会社・合弁先と会食。なんだかよくわからない集まりだったが、
その席でテニスの話題が出て、合弁先の劉さんに一緒にやりましょうと誘われ
ダンナとコドが対戦(?)することに。私は運動神経の抜け落ちてるやつなので、観戦専門。
食後、カラオケ「秋桜」へ。日本人のオジサンにとって食事とカラオケってセットなのか?
おとなしく歌ってる分にはいいけど、酔った勢いかなんかしらんけど、店の女の子に
露骨にいやな顔されてるおっさん目撃。
すぐさわる、偉そうにする、文句を言う。あ〜やだやだ。見ててけったくそわるいわ。
自分の娘くらいの女の子の体さわって、歌う曲が「娘よ」やて。
あんたの脳味噌どないなってんのん?
日本のおっさんはみんなあんなんやと思われたらいややなぁ・・・。
そのおっさん、「わしの曲、いつになったらかかるんじゃ!おまえらわざと入れてないな!」
ってさわいどった。女の子達は「ソンナコトナイヨ。オカシイナ。チョットマッテクダサイ」
ってゆうてたけど、そら完璧にわざとやでおっさん。
調子に乗っとったら水割りに水道の水入れられんでしまいに。
31日(日)ダンナは午前中出勤。
今回、21世紀の正月を上海で迎えようと13:00に出かけた。
世界で3番目の高さといわれるホテルハイアット上海が半額セールをやるって事で、
12月初旬にダンナが予約してくれようとしたが、時すでに遅し・・・。
あきらめて交通の便がよい城市酒店(CITY HOTEL)で2泊することに。
夕食は、新錦江ホテルの3Fの日本料理店「味彩」で、お任せコースにした。
ちょっと早めの年越しそばもついていて、お腹いっぱい。
ホテルに帰ると日本酒を飲んだせいもあってか、2時間ぐらい寝てしまった。
目が覚めてもしばらくごろごろして、22:30頃にようやくふっか〜つ!
花火を見に行こうと外へ出てタクシーに乗り込んだ。
外難あたりで打ち上がるんじゃないかと見当を付けていたが・・・。
ダンナ;「仕事忙しい?」
運転手さん;「せやなー、結構忙しいわ。」
ダンナ;「あ〜そぉ。これから花火見に行こうと思うねんけど、外難でやってるかなぁ?」
運転手さん;「え゛っ、今年は外難ではやってないで。反対方向でやってるわ。」
ダンナ;「い゛っ、ほんま?!ほんだら今きた道戻って、そっちの方へいってくれる?」
運転手さん;「ええよ。ほな戻ろか。」
ダンナ;「ほんまに花火やってる?」
運転手さん;「うん。大きいのん上がると思うで。」
(というやりとりがあったと思われる。たぶん。)
で、花火が打ち上がる場所に連れてってくれた。
華山路。ホテルからタクシーで12〜3分程のところで、街中の交差点のど真ん中。
日本やったら絶対許可おりへんやろなと思うような場所で、
カウントダウンの後、約20分間の花火。結構近くで見られて迫力満点だった。

1月1日(月)21世紀あけましておめでとう!
この日は上海三越で、ダンナがカシミヤ100%のコートを買ってくれた。
去年、買ったろかと言われて見に行ったが、やっぱりいらんと言ってそのまま帰った。
日本の6掛けくらいでいいのが買えるってんで、今回とうとう買ってしまったのだ。
値段は3,100元(1元=13.5円)ちょっともったいなかったか?
え゛、豚に真珠・あんずにカシミヤ?そんなことないわー!
そんなことないわ!そんなこと・・・ないとおもう・・・かな・・・。
その後、上海伊勢丹へ行ってみた。最近、上海の若い女の子の間で、
ここの紙袋を持って歩くのが流行っているらしい。
前回までは上海に来ても工事しているところがたくさんあって、埃っぽく、
しかも外国人かお上りさんが集まるような所によく行ってたのであまり気がつかなかったが、
上海の女の子はきれいでおしゃれだ。
若い人たちはみんな服装も小綺麗で、無錫とは少し違う。
八尾と神戸くらいの差はあるわな。(それって少しか?)
この日、昼前から私は何となくお腹の調子が悪くなり、正月早々ホテルに戻って寝てしまった。
ダンナとコドは2人でマクドナルドに行って昼食。その間、私は気分が悪くて
食べずに寝ていた。気がつくと夕方。隣で2人とも寝ていた。
あんたらまで寝んでもええがな。
夜になって、古北にある高級焼肉店「大谷」へ焼き肉を食べに行ったが、
私は胃の調子が悪くて殆ど食べられなかった。
う゛ーっっ。朝ホテルの朝食で食べた表面が乾いたキュウリが原因か?!
油断したでほんまに・・・。
2日(火)ダンナは昨日のうちにホテルで火車(汽車)のチケットを予約していた。
森茂ビルで本屋さんへ寄ったり豫園でちょっとぶらぶらしたあと上海駅へ。
15:35上海発17:07無錫着で、今回は信号待ちもなくダンナも機嫌良く乗っていた。
今回も携帯で長電話している人がいたが、、相手にいやがられへんのかなー?
中国では料金は折半やってことになってるらしいねんけど・・・。
3日(水)ダンナは出勤。
コドと私は例によって、9:00頃までごろごろして、後は洗濯と片づけとWOWWOW。
昼頃にダンナから劉さんがテニスやろうって連絡してきたとTELが入った。
本気やったんやな・・・。
コドのテニスシューズ買ってこいっていうので、ホテルの向かいにある好買得(ハオ・マイ・ダ
HOME MART)へ買いに行った。(中国人って漢字で名前付けるのうまいなあ・・・。)
テニスシューズかどうかはよくわからんけど、とりあえず運動できる靴で、
88元(1,200円くらい)。これでいつ来てもお父さんとテニスが出来る。
18:00に相手側4人とうちの家族3人+通訳の孫さんの8人で、「D&D」という店で食事。
劉さん、気を使って中華じゃない所へ連れてってくれた。
日式(和風)、美式(洋風)各種サラダ等、いろんなメニューがある中、ステーキを頼んでみた。
ボリュームがあって肉も軟らかく、おいしかった。
デザートはどうかと聞かれて、もうお腹いっぱいだからとコドも私も断ったがあまり何度も
すすめられるので、私だけ西瓜をを頼んだ。(瓜と西瓜はいつでもどこの店でもある。)
で、半分以上コドが食べた。いらんゆうといてしっかり食べてるやんかあんた。
みんな同じような食事とビールの後、相手側4人のうち3人がフルーツサンデーを、
1人がケーキセットを平らげていた。(全員男性)
よ〜〜食べんなーあんたら。
19:20頃から1時間あまりテニス。コドも楽しそうだった。
この時、夜になって外気温が下がりじっと見ていると結構寒かったが、
テニスをしている人たちは汗をかいただろうと思う。ダンナ以外は見てもわからなかったが・・・。
大汗かきのダンナだけはナイター照明に照らされて、
怒ってもせんのにアタマから湯気が出ていた。冗談でなく本当に・・・。
4日(木)ダンナは休み。日帰りで南京へ観光に行った。
7:30出発、9:30頃南京着。車の中では3人とも熟睡。
南京長江大橋を渡り、辛い歴史ではあるが南京大虐殺記念館を見学。
ここに関しては色々思うところはあるが、長くなるので別の機会にコメントしたいと思う。
その後、夫子廟へいったらにぎやかに露天が並んでいて、縁日のようだった。コドの目が輝く。
昼食は、ケンタッキーで食べて、昼から中山陵(孫文の墓)へ。
392段の石段をゼーゼーいいながら登ると
景色のご褒美をもらった。
中にはいると大理石のような棺があって、蓋には等身大と思われる孫文の彫刻がしてあった。
この中に遺体が納められてるのかなぁ?
それとも大理石の彫刻と思ったのは特殊加工された遺体?
ばーっと樹脂塗ってがーっと固めたぁんのか。
って、んなあほな。
帰り石段を下りる時、ミニスカートに厚底ブーツの女の子2〜3人のグループを見かけた。
こちらでも厚底は一部流行ってるようだが、何か違和感あるなぁと思ってよく見ると
日本ではきっと寒そうな足が出ているはずの黒いミニスカートに黒い厚底ブーツの間に
見えてるのはぱっち!
スパッツちゃうで、らくだ色のぱっちやでぱっち!
しかもぱっちとブーツの境目から白いものが見え隠れしてる。
!!。
中にもう1枚白いパッチはいてんねんわ!!
なんでミニスカートにぱっち・・・。岡っ引きとちゃうで。
ひとしきり笑った後、美鈴宮と南京博物院をまわって無錫に帰った。
夕食は総経理のSさんと、正月で日本へ帰国していてこの日戻ってきた
もう一人の駐在員Bっしょさんとで「竹屋」。
(これってアルファベットにしてる意味ないんじゃ・・・?)
この時、カシミヤのコート買った話が出た。Bっしょさんはこっちへきて
カシミヤ20%混のコートを10,000円で買ったとか。
なあ、それって自慢?どや、安いやろって?
Sさんは横で何聞いてもニコニコしている。彼はこの1月末で帰国が決まったのだ。
今ゆうといたらなんでも決済してくれるかも・・・。
(って、そんな入れ知恵誰にすんねんな。)
5日(金)ダンナは一旦出社。
荷物を片づけて10:30頃に迎えに来てもらってホテルを後にした。
12:45空港に到着、チェックインを済ませて3人で昼食。
今度会えるのは・・・20日後!
ダンナは春節にあわせて帰国のチケットを手に入れていた。
さぁ、出国というとき、出国カウンターでひっかかった。
え?なんで?
突然、出国カードの様式が変わっていたので書き直し。
もーっっ。いつ変えたん!この半年の間にっ。
せっかく前もって全部記入してそろえてんのにっっ。
しかたなく見本を見ながら書き直してやっと飛行機に乗り込んだ。
又ちょっと出発が遅れたが、機内で飛行予定時間を見ると1時間37分。
え゛、今日もぶっとばすねんなー。
客室乗務員はにこやかながらもめっちゃ忙しそうだった。
水平飛行になるかならんかでおしぼり、その後スグ飲み物、そして食事と休む間もない様子。
ばたばたしているうちに着陸態勢に入ったが結構揺れた上に、
着陸はぐらぐらしたあげくデデーンと衝撃があった。
なんやへたくそやなーもう、びっくりするやん。
とまぁ、ぶつぶついいながらも無事帰国した。やれやれ。
さて、次回の訪中は5月になるか8月になるか・・・。今のところは未定。
でもダンナが中国にいる限り中国レポートは続くよどこまでも。
ってことで、またお会いしましょう!
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