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中国レポート9<極寒の上海・無錫>

    2004.12.29〜2005.1.2
    たしか前回、マイルが貯まったからと上海・無錫行きを決めたと思う。
    ほな今回は?
    ・・・来年コドがまたまた受験生になるので行けないだろうし、その次はもうついて来ないかもしれないから、
    最後の家族旅行になるかもしれないってことで中国行きを決めた。

    というとエライ大層に聞こえるが、実は何の理由もなしにただ「年末年始はまた中国へ行こうかなぁ〜。」
    と漠然と思ってたろころへ、ふとそんな考えもアタマをよぎっただけである。

    今回も「年賀状書いてない」とか「クラブがギリギリまであるのに」とか「宿題が」とかいろいろ言って
    「忙しいからいっそ行きたくない」等とぐずぐずいうコドを説得するということもなく、アタリマエのように
    有無を言わさず引きずっていく。

    お母さんかて忙しいわい!ρ(`θ´) 年賀状はギリギリ済ましたけどロクに掃除はしてないし、
    出発の前日まで荷造りもしてなきゃパスポートも出してないねんで!
    ってソレ、えらそうに言うこととちゃうけどf(^^;)
    それでも年末の最終日、会社で〆の乾杯があったけど、ビール飲んぢゃうと荷造りがめんどくさくなるので
    グッとガマンしてジュースで乾杯し、30分ほどで切り上げてとっとと帰ってきたのに、
    最終日まで飲んで21時過ぎに帰ってきてからようやく荷造りするダンナ。。。

    まったく・・・
    明日から外国へ行く態度とちゃうよなぁアンタ。
    っていうか、中国を外国と思てないよなぁアンタ(-_-;)

    12月29日(水)
    午前6時半。さて、出発!
    と言うときに雨・・・。
    「傘をさして荷物を引っ張りながら歩くのって憂鬱だなぁ〜。」と思ってたら
    ダンナが車で駅まで荷物とワタシ達を運んでウチまでとって返し、自分はあとから手ぶらで駅まで向かうと言う。
    え゛。間に合うんか?
    いやいや、充分間に合った。
    こんな時、駅から5分の街に住んでてよかったなぁと思う。
    後は飛行機に乗るまでうっとおしい目に逢うことはナイ・・・。

    と、思ったんだけど、ソレはちょっとばかし甘かった。
    今回利用した中国東方航空は現在JALと共同就航しているが
    ワタシ達が搭乗したMU056は機材も食事も全て東方航空だった。
    だからなのかどうなのか・・・搭乗口がエライへんぴな場所にある。雨は小降りだったからまぁよかったものの
    国内で搭乗口からバスに乗って飛行機まで行ってタラップを登って乗り込んだのは初めてだ。
    しかも6列シートで小ぶりな飛行機である。大丈夫か?

    ・・・

    大丈夫だった。
    定刻よりちょっと遅れて10時過ぎに飛び立ち、上海に到着したのが11時半頃。
    まぁまぁ時間通りである。
    さぁさっさと荷物見つけて行かなくちゃ〜・・・と思ったら
    入国審査で20分くらいかかってしまった。
    ワタシ達が並んでいた列ではなかったが、ロシアからの団体客がいて、なんだかもめていた。
    エライ大声で抗議してたが、日本のツアーならああいうことにはならないだろう。
    抗議するにしてもあまり大声にならない。日本人っておとなしいなぁ〜と思う。(ダンナは別やけど)

    ようやく入国審査を通り抜け、迎えのタクシーに乗り込んだのが12時頃だったか。
    ダンナが以前に何度か使ったことのあるタクシーを前もって日本から予約しといたのでここはスムーズに乗車。
    で、3人爆睡。
    考えたら外国でタクシーに乗って2時間近く爆睡するってかなり無防備な話だ。(^_^;)
    もしワタシ1人で乗るんだとしたら結構緊張して眠れないかも。。。

    ダンナによると今回の運転手はちっとばかし運転が荒かったらしいがそれでも無事に無錫に到着。
    ホテルに行く前にダンナの元職場に顔を出す。
    夜の忘年会に参加する上海駐在のKさん一家も同じホテルに泊まるので事務所で待ち合わせである。
    気がつくと車の窓がエライ曇っている。車から降りると珍しく寒い。気温が急激に下がってきているようだった。
    とりあえず事務所に入って現地スタッフにあいさつ。
    ワタシが現在勤務している会社は関連会社の端くれでココはお客さんでもあるので
    その点、総経理のOさんにも「ウチの会社をヨロシク。」とあいさつ。(^^)ゞ

    さてこの日の宿泊は太湖飯店。
    太湖畔にある緑豊かなホテルである。
    荷物を部屋に運んで一息ついたら、宴会に出かけるまであと1時間。
    景色が良さそうだから散歩しようとダンナに誘われたが
    寒そうだし、着替えたかったので断ったら、1人で出かけていった。
    ぐるっと一回りしてきての感想は
    「遠くから見たらキレイやけど、近くで見たら壁にヒビ入ってたりしてあんまりキレイやないな。」
    う〜ん、散歩してよかったんだか悪かったんだか(^_^;)

    さて、18時からは恒例の忘年会である。
    毎回行われる抽選会のために、いつも景品を用意して行くが、
    もうエエ加減にカイロとチョコレートではオコられそうなので、
    今回はフンパツして日本製の最新薄型MP3のCDプレーヤー1台ということにした。

    数日前にダンナと電気屋に行って、あれでもないこれでもないと悩んだ結果、
    これならまぁエエやろと決めて代金を支払った。
    数分後にダンナが何気なく店員に「外国でも使えるよね?」と聞いたら

    「電圧が違うと使えません。」

    !( ̄□ ̄;)

    変圧器いるやん・・・(-_-;)
    どうしょう。変圧器も買うか?いや、返品して他の景品考えようか?
    ・・・まぁエエか。変圧器くらい持ってるかもしれんし、なかったら買うやろ。
    ってことでかまわず持っていったちょっと迷惑な景品である(^_^;)

    いつも従業員の歌や寸劇、ダンスなどのパフォーマンスの合間に抽選会が挟まれる形なので
    そのつもりでいたら、今回は中国古典音楽の楽隊を呼んでいた。
    あぁ〜(ーー;)そうとわかってたらカメラ持ってきたのに・・・。
    またもやシャッターチャンスを逃すあんず。ま、いつものことやけど。ヽ(´・`)ノ
    楽隊の演奏が一通り終わるといつも通り従業員のパフォーマンスと干杯の嵐。
    ダンナは後の方の席の人たちとも交流を深めようと(?)干杯に回る。
    ワタシとコドはもう「副総経理の家族」ではナイので、おとなしく席にいて
    向こうから来る人とだけ干杯していた。
    さてそろそろ宴も終盤という頃、一等の抽選が行われる。
    ソレが終わった瞬間、人々は席を立ち、舞台の前を横切って出口へと向かう。
    宴会終了のアイサツやらなんやら聞く人はだれもいない。
    毎回思うが、中国人ってスゴイ(-_-;)

    さてワタシ達はこの後いつもどおりカラオケスナックで2次会である。
    Kさんとダンナが行こうとしているコスモスという店は
    移転して店を大きくしたらしい。
    行ってみると、日本に留学経験があって大阪弁が堪能なママは相変わらず元気そうだったが。
    店は以前とはマッタク雰囲気が変わっていて、中央に大きなダンスホールをしつらえ
    廊下を出ると日本のカラオケボックスのように個室がたくさん並んでいる。
    でもココはカラオケスナック。どの部屋に入っても小姐がついていて
    水割りを作り、カラオケの操作をしてくれる。
    で、ワタシの質問にもいろいろと答えてくれる。。。

    Kさんや子供らが機嫌良く歌い出すのを聞く間もなく、イビキをかいて寝込んぢゃうダンナ。
    あまりの大イビキにKさんがマイクを向けても、みんなが大笑いしても起きる様子はナイ。
    とうとう最後までイビキだけで参加して、帰りの車の中でも眠り続けてホテルに到着したのだった。(^_^;)

    12月30日(木)

    いつものようにダラダラと起きて朝食に行き、食後はチェックアウトの準備をする。
    朝から雪が降ってエライ寒い。
    無錫でこんな寒い思いをしたのは初めてだ。
    雪が降って寒い中、中国人民は元気に自転車を走らせる。自転車の多い国だけにカッパもよく工夫されている。
    中国で雨が降ると街がとってもカラフルになるのだ。
    行き先はこの日の宿泊先である華美達。とりあえずチェックインし、昼食を済ませた後
    総経理Oさんの奥さん(ママ)に誘われて「ネイルサロン」に行ってみる。
    他の駐在員の奥さん達やコドも行くと言うので総勢5人。
    中国のネイルサロン・・・どんなとこかと思ったら、ドアはなく
    透明のビニールのきしめんみたいなカーテンだけの畳2畳くらいの小さなスペースに小姐が2人。
    1人は店のオーナーでもう1人は見習いらしい。
    雪が降ってめちゃくちゃ寒い中、見習いの女の子が爪をキレイに磨いてベースを塗り準備する。
    いろんなデザインの見本から好きなのを選んでオーナーの小姐に描いてもらう。
    ママは最近やってもらったばっかしなのであれこれ言いながら横で見ている。
    全部日本語なのに言いたいことが通じているところがスゴイ。
    ワタシのカタコトの中国語なんてほとんど役に立たないのに・・・。
    しかし、ワタシがちょっとだけ中国語を勉強しているとわかると、
    見習いの小姐が
    「いらっしゃいませって日本語でなんちゅうの?」とか
    「“ありがとう”と“ありがとうございました”ってどうちゃうの?」とかいろいろと聞いてくる。
    ワタシはワタシで聞き取るのに必死なので「ゆっくりゆうてや」と言って耳を傾ける。
    「いらっしゃいませ」っていうんだよって教えると
    ノートを引っぱり出してきて「意拉下意馬色」とかなんとか漢字でメモしている。
    日本人で考えるとカタカナで聞いたとおりにメモする感じかな。
    “ありがとう”と“ありがとうございました”の違いを説明するのは難しかったけど
    「“ありがとう”は友達に言う時で“ありがとうございました”は客人や老人に言う時」っていうと
    納得した様子だった。客人は日本語でお客さんだけど老人は目上の人っていう意味で言ったんだけど
    なんせワタシは永遠の初級者である。ホントに通じたかどうかは不明(^_^;)
    とにかく彼女らは日本人のお客さんが来たときにいろいろ役立てようと思っているようで
    そのあたりとても熱心なのだ。
    おかげでマニキュアが乾くのを待つ間も退屈しなかった。

    せっかくなのでワタシも「これ中国語でなんて言うの?アレは?」と
    いろいろ聞いてみたけど、帰国したら忘れちゃった。。。ホンマなってないね;;;

    で、肝心のネイルアートは両手で15元(約300円)コドワタシで30元。
    ママによると、これがドアのついてる店だともっと高くなり、
    もうちょっと広い店だと更に高くなるんだそうだ。ナルホドね。

    で、夕食はOさんちでママの手料理。いっつもご馳走になってばっかりのあんず一家であるf(^^;)

    12月31日(金)

    この日、ダンナはゴルフに行く予定だったが高速が通行止めってことで中止。
    なんせこの日の気温は最低−6℃、最高2℃である。
    高速が使えたとしてもゴルフ場が凍り付いて使えまい。
    ってことで明日上海へ移動することににわかに不安を覚え、ダンナは汽車の切符の手配を頼んでみるが
    既に軟座は売り切れ。
    硬座での移動は結構キツイらしいが、もしそれしかないなら仕方がない。
    最悪、1月2日に上海入り出来ればなんとかなるが、2日中に上海に行けないとなると
    帰国できないってことにもなりかねない。うぅ〜ん、大丈夫かあんず一家。

    ま、そんなこと考えとってもどうなるもんでもないのでその辺は運を天に任せて、
    買い物に出かける脳天気なあんず一家。
    運動不足を気にして何気なく徒歩で外に出てみたが、あまりに寒い。むちゃくちゃ寒い。
    大阪にいるのと同じ服装では、なんぼ体中に脂肪巻いてても凍えそうである。
    で、タクシーを拾おうとするが、いつもはスグつかまるタクシーがほとんど見あたらない。
    たまに見つけても空車でなかったり、近くまで来る前に誰かが乗り込む。
    しかたがないので歩いてカルフールまで行くことにしたが、
    気温が上がらないので雪が溶けずに凍り付き、路面が滑るのなんのって。
    こんな体験何十年ぶりだろうなぁ・・・。

    カルフールで買い物を済ませた後、ピザハットでお昼にする。
    日本とはメニューが違うが、これがまた美味しいんだなぁ〜。

    めちゃくちゃ寒い散歩の後は、空調の効いた部屋に戻ってくつろぐ。
    この日の夜は中国人スタッフ達との夕食会で火鍋。辛くてあったまるぞ〜。
    集まった人たちはほぼ顔見知りだけど、yueさんという男性と通訳の白さん以外は日本語はしゃべれない。
    ワタシは「今夜はミナサンとお会いできてとってもウレシイです」と言ったっきり
    人が話すのを必死に聞きながら辛い鍋をつついていたが
    ほとんど何言ってんだかわからなかった。(-_-;)
    白さんが2歳になる娘を連れてきていて、みんなその子に話しかけたりしたので
    そのあたりはちょっとわかりやすかったかも知れない。

    食事が終わった後、白さんが「ウチに来ませんか?」と誘ってくれたので、
    ちょっとだけ寄ってみることになった。

    中国で初めてのお宅訪問である。
    タクシー中心街からタクシーで15分くらいだったか
    日本の公団住宅に少し似ている感じのマンションだけど暗くてよく見えない。
    入り口には鉄格子があって暗証番号かなんかで開くようになっているようだったけど
    直前に人が出入りしたのか、ワタシ達が通るときには少し開いていた。アカンがな(-_-;)

    白さんの家は4階。階段を上ってドアの前に辿り着くと、彼女のお母さんが出迎えてくれた。
    白さんは敦煌出身で今はダンナさんと娘と自分の両親とで住んでいる。
    敦煌から出てきてるご両親は普通語が全く話せないそうで、
    「ニーハオ」とアイサツした後はニコニコ笑っている。
    ってことは白さんは敦煌の方言の他に普通語と日本語を勉強して無錫で外資系企業に勤めているってことだ。
    そして今も更に日本語検定を受けようと勉強中である。
    スゴイ。。。
    きっと自慢の娘なんだろうなぁ〜と思った。

    家の中はキレイに片づいていて広い。
    写真を撮らせてもらいたかったが、やっぱしシツレイかと思い直して断念した。

    1時間ほどいただろうか。
    タクシーをつかまえるのにかなり歩かないと行けないだろうなぁと思いつつ、外に出てみると
    ちょうどタクシーに乗ってきた人がいて、とても助かった。
    だって寒いし暗いし、慣れない者には不安なところなのだ。。。

    ホテルに戻るとOさんとこからTELが入る。
    「なにしとんの?はよ来なさい。」
    Oさんちには娘のMちゃん夫婦も来ていて、紅白を見ながらマツケンサンバを踊っているらしい。
    とりあえずお邪魔して飲んで食って一緒に紅白を見て大晦日を過ごした。。
    しばらくするとホテルで日本料理店を営むご夫婦からTELが入って一緒に飲みませんかというので部屋にお邪魔する。
    今回はヒトんちにお邪魔して飲み食いしたあげくにふと気付くと年が明けたという
    厚かましくもありがたい正月を迎えたワタシ達。

    すんませんなぁミナサンf(^^;)
    懲りずに2005年もヨロシク。

    2005年1月1日(土)

    なんとか道路の凍結も緩み、心配した高速の通行止めも解除されたので
    予定通りタクシーで上海へと向かう。
    10時に無錫を出て上海に到着したのは12時前後。
    しかし、前日よりはマシだとはいえこの日も寒くて、陰になってる部分は相変わらず凍結したままだ。
    足元に気をつけながら古北にあるカルフールで買い物をする。
    この日の夕食は上海駐在の人々との新年会。
    88元前後のナニかを買ってプレゼント交換しようという提案があってソレを買いに行った。
    あれこれ悩んだ結果、ワタシ達が選んだのは陣地取りゲームとディズニーの皮の財布とネックレス。
    自分が当たってもイヤでないものを選んだつもりだけど。。。

    海鴎舫というレストランで宴会が始まったのは午後5時半。
    初対面の人、ものすご〜く久々に会う人、一昨々日も会った人と様々であるが
    プレゼント交換もあって結構盛り上がった。
    会費は中国の宴会としてはものすご〜く高かったんだけど
    ナニがよかったって上海ガニがエライ美味しかった。
    普段、ワタシは甲殻類はあんまり食べない。
    決してキライなわけではない。じゃまくさいので食べないだけだ。
    「オマエはホンマに〜(-W-)」
    と、ダンナがブツブツ言いながら自主的に剥いてくれたときだけ食べることにしているが
    この時は小姐が丁寧に食べやすいように全員の分を剥いてくれたので食べてみた。
    もぐもぐ。
    お!
    うきゃ〜!うま〜!(≧∇≦)
    コレがホンマに美味しくて
    次に食べるときは自分でほじくってでも食べようと思った。

    1月2日(日)

    この日泊まっていたのは上海虹橋迎賓館。朝9時前後に起きて、例によってダラダラする。
    帰りの飛行機は18:00発なので夕方までたっぷりと時間はある。
    でも昼までにはチェックアウトしないといけないので、部屋を出た後フロントに荷物を預けて街に出かけることにする。チェックアウトを済ませた後、タクシーが来るまでの間、コドはそのあたりの風景を撮り
    ワタシはロビーにあった一度座ると誰かに引っ張ってもらわないと立ち上がれないソファーでくつろぐ。
    くつろぎすぎて寝てしまいそうになる前にタクシーが来たので、ダンナに引っ張り上げてもらって出発。

    特にコレと言って行きたいところがあるわけでもないが、徐家匯で大阪のでんでんタウンのようなところを
    ちょっとウロウロした後、味千ラーメンでお昼にする。普段なら並んでたら他の店に行くが
    急いでないし、ラーメンも食べたいかなぁということで店の前に出来ている行列に並んでみた。
    行列の途中に求人の看板が立ててあった。流行ってて忙しいんだろうか?
    中国には珍しく、暇そうにぼ〜っと立ってる従業員いないもんなぁ。
    しかし、よく見ると求人広告の日付は2003.12.9となっている。
    「え。今って2005年の1月やんな・・・
    延々と募集してても人が来ないのか、仕事がきつくてすぐ辞めちゃうのか?
    それとも単に表示が間違ってんのか???」
    不思議に思ったが、まぁ中国人民はおおらかだからそういう細かいところに気付いてないんだろう(^_^;)
    食事が済んでもまだ3時間くらい時間があるので、もう少しウロウロして会社用に軽くお土産など買ってみる。
    しかし、こう何度も中国に来ていたのでは目新しい物も特になく、
    普通の人がお土産としてナニをもらうと迷惑でないのかよくわからなくなってくる。
    結局、タバコとかチョコレートとかどうでもいいもの買っちゃったよ(-_-;)

    まぁ、だらだらと過ごしているうちに時間は過ぎて
    帰国の時間となる。
    帰りもまた搭乗口からバスに乗って飛行機まで辿り着くパターン。。。
    まぁ雨が降ってなかったからよしとするか。

    ってことで1年ぶりの訪中を終えて無事帰国したあんず一家。
    レポート8では、次のレポートはいつになるかわからないのでとりあえず一段落と書いたけれど
    思いつきで9回目の訪中をしてしまうあたり
    ダンナの無錫時代の友達Yさんには「趣味が中国」と言われたりなんかしています。
    単に行きたいから行くとか、もう赴任してるわけでもないのに中国語ジャーナル読んでるとか
    そういう行動から出てきた言葉でありますが。
    ほな、そろそろ飽きて趣味としても一段落か?
    いやいや中国とは縁が切れるどころか、再度赴任の可能性も色濃く残っているので
    レポート10は今年中に取りかからなければならない予感も・・・。
    ま、それはまだわかりませんが

    あんず一家と中国のつきあいはまだまだ続きそうであります

    ってことでとりあえず今回はここまで。(^_^)/

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