| ◆ 2001/04/30(月) 今朝の新聞から<7>−中国、愛人との同居ご法度 |
| 記事によると、中国は28日の全国人民代表大会(日本でいう国会)で、愛人との同居禁止をを盛り込んだ「婚姻法」改正案を可決、施行したらしい。 ってことは愛人と同居してるおっさんがいっぱいおるってことか? 読み進めていくと、「中国でも近年、不倫に伴う離婚が急増したり、党幹部や金持ちの間で愛人を持つ風潮が蔓延、法規制を求める声が強まっていた。」となっている。 改正の中身としては、離婚原因として増加中の家庭内暴力の処罰、愛人と同居した側に離婚の賠償責任が発生する、離婚後の財産分与の方法など、なかなか充実しているように思える。 そういえば最近までNHK中国語講座の中で使われていたドラマもダンナの不倫が原因で離婚に至るという筋だった。 「賄賂代わりに若い女性を権力者の元へ送り込む行為が一部で横行、党・政府としても引き締めの必要があったといえそうだ」とも書いてあった。どひゃ〜、なんかすごいことやってるね〜中国。 愛人と言えば、空港や飛行機の中で見かけるカップルで、「あんたら絶対夫婦とちゃうわなぁ」って思うようなのを何組か見かけたことがある。 特に笑えたのが、チビデブハゲの三拍子揃った白人のおっさん(ツインズでシュワルツェネッガーの相棒やった人と似てた。)と、おっさんより背の高い長い黒髪のあだっぽい小姐。 上海から同じ飛行機に乗り合わせ、関空で降りたときずっと前を歩いていたが、おっさんは彼女の肩に腕を回し、もう片方の手は後ろ手につないでべたべたとうれしそうに歩いてく。 ぶわぁ〜っはっはっは。 フォークダンスしてんのんちゃうでおっさん、後ろから押したったらコケよるやろな。 あの小姐にしてみたらエエ金づるやねんやろなぁ〜と、妙に感心したものだ。 |
| ◆ 2001/04/26(木) 好久不見。 |
| ものすご〜く久しぶりにOL時代の友達3人と会った。 4人それぞれ結婚して3人は子持ち。職種は違うがみんな働いている。 忙しい毎日の中で何かしらの不満や悩みを抱えながら一生懸命生きている。 仕事のこと家のこと子供のこと人間関係のこと。 何か問題がある時、もちろん解決するのは自分自身ではあるが、気持ちを吐き出すのは大切なことだ。 人間、あまり言いたいことを言わずに胸にためておくとストレスに押しつぶされて体調を崩す元となる。 自分の思ってることを吐き出して聞いてもらう。それはかなり効果的なストレス解消法のように思える。 たまにはこうして会って話をしたいものだ。しかし、だからといって毎週のように会ってしゃべり続けるのは×。 非日常の出来事こそがストレス解消になるのだから。 |
| ◆ 2001/04/17(火) 河島英五 |
| 昨日、河島英吾が亡くなった。死因は肝臓疾患だそうだ。 えっ!?あの体格のいいごっつい人が病気で死ぬなんて・・・。 河島英吾については高校時代の懐かしい思い出がある。もう、25年ほど前の話になるが、 へたくそなアマチュアバンドをやっていた仲間4人で、 河島英吾とホモサピエンスのコンサートの前座を賭けたコンテストに出た。 未熟な演奏では優勝にはほど遠かったが、敢闘賞かなんかもらったような記憶がうっすらと残っている。 それをきっかけにセミプロでバンドをやってた彼の弟の月例コンサートに行ったり、バンドの仲間の人たちに 練習を聞いてもらったり、楽しいひとときを過ごした。 今思えば恥ずかしいが、その頃は頑張って練習し、根性でバンドを続ければそれを仕事に出来るかもしれないと 半分本気で考えていた。 「キダタローのミキサー完備スタジオ貸します」とか「ヤンタンアマチュアバンドのコーナー」に 出たりして喜んでいた。 一所懸命小遣いをためて、仲間とコンサートをやり、レコードを買い、音楽中心に物事を考えていた。 勉強はしなかったが毎日が夢中で、必死で、熱く過ごしてた。 そんな事を思い出させてくれる彼の訃報にふれて胸が熱くなった。 |
| ◆ 2001/04/13(金) ダンナの帰国 |
| 10日ぶりのよもやま話。 実は4月3日ダンナが日本出張で帰国した。 その夜は晩ご飯を食べた後、どうやら好評を博しているアジアンコスメ、シルククリームを持って、 「帰ってきてるで」と友達の家を回ったら 「久しぶりやんか〜、まあ入りぃな!」といわれ、お言葉に甘えて ちょっとだけと言いつつそれぞれの家で飲ましてもらって3軒ハシゴしてしまった。 友達の家ハシゴして飲んで回る夫婦っていったい・・・。 翌日から3日間はダンナは仕事で外食、7日の土曜日家族3人で寿司。(帰国の際、必ず1回は寿司デーとなる) 日曜日は「たこ焼きを食わしてやるからこい!」という友達のお言葉に甘えて (って、甘えてばっかりやん!)たこ焼きパーティー。子供たちもゲームしたりして結構盛り上がっていた。 翌日から2泊の予定でダンナは高松出張。 11日に帰阪し、12日は1日だけ休みとなったので、ワタシも仕事を休んで昼過ぎまで一緒に遊んだ。 しかし、この日は3:30から中国語講座のため、朝から晩まで遊ぶことはできなかった。 講義が終わって帰宅後、軽く夕食を済ませた後、最後にまた友達と近所で飲んだ。 こうやって振り返るとどうも私たちは、毎日どうやって遊んだろか、今日は何食べよか、誰と飲もうか ってそんなことばっかり考えているようだ・・・。 たまに会って一緒に遊ぶためにそれぞれ毎日地味に働いているといえるかもしれない。 そして今朝、またダンナは中国無錫へ戻っていった。 今度会うときは何して遊ぼうかと、子供みたいなことを考えつつ、今日も1日頑張ろうと思う。 |
| ◆ 2001/04/03(火) 今朝の新聞から<6> |
| 神戸の灘タクシーは、この度女性の深夜帰宅をサポートするエスコートタクシーを始めたらしい。 台数は52台。なんでも、若い一人暮らしの女性が運転手さんに 「私の部屋はあそこなんですけど、明かりがつくまで見ててもらえませんか?」って 頼まれたことがきっかけだったとか。 タクシーを降りた後、玄関まで女性を送り届けてくれて、それについての料金は無料。 ルールも色々取り決めがあり、必ずお客さんの後ろを歩くこと、エレベーターではお客さんに 背中を向けて入り口側に立つこと、エスコートは玄関までとし、決して部屋に立ち入らないことなど、 女性に嬉しい気配りがされている。 万一、夜道で襲われたら警報ベルを鳴らして、素早くお客さんを逃がす。 なかなかやるなー灘タクシー。 ウチのコドが働き始める頃までには大阪でも登場してほしいものだ。 若い女性だけでなく、給料日のおばちゃんもエスコートしてくれると更に喜ばれるかも・・・。 |