私達のシルクロード旅行

菊川 真也のシルクロード旅行日記

8月19日(土)〔前日〕:明日から中国旅行が始まるので、期待と不安でいっぱいです。

中国の会話を覚えた数はわずかに4つ(苦笑)!うぉー!ちょーやばい(泣)!

しかも、中国に持って行く準備もしっかりできているかどうか不安…。

8月20日(日):いよいよ出発の時がやってきた。

生まれて初めての海外旅行!行き先は中国!僕が7歳の時、父がいったところ。

まさか自分が行くとは思いもよらなかった。

さて、前置きはこのくらいに(笑)!僕は朝7:30に起床!それから2時間くらい準備し、AM9:54の名鉄バスに乗る。

それから、地下鉄に乗り、新名古屋から名鉄で西春駅へ。

西春駅から名古屋空港行きの名鉄バスに乗り、12:30に空港到着!予定より1時間早く着いた。

13:30全員予定通り集合した。15:35初めて飛行機に乗る。名古屋から西安行きの飛行機に。

下の写真は機内食です!初めて飛行機に乗るものだから、機内食が

つくとは知らなかった(笑)。

そうそう、飛行機に乗る前に必ず、服装検査があるのだが、金属のついているやつはゲートに入れないという規則がある。

僕は、初めての海外でまいあがってたのか時計とベルトを付けたままゲートに入ろうとした(笑)。

「ブー」というブザーが鳴り、警備に止められた(笑)。あーあ、恥ずかしい。あ、そういえばようへいも捕まったっけ(笑)!

15:35に出発し、途中上海でパスポートと空港チケットのチェックと健康状態のチェックカードを書いたりして、20:35に西安に着く。

そこで、李さんという、今回僕たちのスルーガイドをしてくれる人と会う。

西安空港から、バスで西安賓館という西安にある高級ホテルへ向かう。

その間に李さんが自己紹介とこれからのスケジュールと軽く西安について語ってくれた。

それと、バスの中から見ていて驚いたことがある。

夕食中にきつーい酒を飲んでしまったためちょーと(?)酔っ払って しまいました(笑)。ここはバスの中です。

21:00〜22:30、夜にもかかわらず、車や自転車が山ほど道を走りまわっている。

市街に入るとそこには、何千人、何万人の人達が群がっていること。本当にびっくりした。

けど、その反面、街の活気が西安には、いや中国にはあるんだなーと思った。

そして、ホテルに着いたのは23:30。

早速、ホテルの部屋に入ると、まぁーすごい豪かなこと(笑)!もう驚愕と嬉しさでいっぱいでした。

この日はようへいと部屋は一緒でした。そして、就寝に入ったのは翌日のAM1:00でした。

この日に泊った西安のホテルです。

8月21日(月):AM6:00起床!10:00頃から14:00まで、飛行機で約4時間かけて西安からウルムチへ。

この飛行機で移動しました!

移動中の飛行機の中からみた景色です。もう感激しちゃいましたー(笑)!!

ウルムチに着いてから僕たちはアイさんという、今回ウルムチとトルファンのガイドをしてくれることになった人に会う。

このアイさんがいい人で、後で知ったことだけど、あの外見で25歳だったとは・・ちょっと驚いたね。

なんかベテランみたいな人のように見えたから(笑)。

まっ、余談はこのくらいにして(笑)、ウルムチ空港から、まず、自治区博物館に行って、織物や陶磁器などを見に行った。

それと、みんなでミイラも見た。笑えたのがミイラを見てる際、田中先生と李さんから、

「お前の体は溶けてミイラになるぞー!」と言われた。

何故言われたのかは知らないが、おそらく肌が焼けてたのと体が細かったからだろう(笑)。

言われた瞬間、みんなに笑われ、中条さんからは「ミイラ、ミイラー!」と呼ばれるはめに(苦笑)。

博物館の中を見学し終わったあと、紅山公園に行って、ウルムチの街を上から見下ろした。

なんか街の活気のよさと景色のよさに感動した。

それから、絹の工場へ行き、織物を作っている様子を見ることができた。

20:00〜21:00この間に夕食を取ることになった。

この日からなんだけど、実は田中先生と男3人は昼、夜は必ずビールを飲んでいた。

僕は先生を含む4人の中では、一番酒が弱い(苦笑)。

おかげでこの日、僕は酔っ払ってしまい、ビールを何本も飲んでハイテンションになり、くるってしまった(笑)。

そして、23:00、くたばってしまい寝てしまった(笑)。

8月22日(火):この日は、ウルムチからトルファンへ!

移動にはかなり時間がかかった。

トルファンにはいってから、まずはホテルに向かう。

この日に泊まるホテルは緑州賓館というホテルでこれがまたいいホテルだった。

ホテルに行って、昼食をとり、交河故城へ行く。

交河故城に入って、まず目にしたものは、数多くの墓。

そして、陶器や漆器、絹布があちこちでみられた。

そうそう、故城を去る際に、無邪気な子供たちに会う。

子供はウィグル人であったため、僕が中国語で自分の自己紹介を軽くしたのだが、

子供たちには中国語が通じなかった。

自分の名前、ジューチャンだけは、通じた。言葉が通じなかったが、一緒にいて楽しかった。

このあと、ぶどう園に行った。

ぶどう園にあるぶどうを食べてみた。美味しかった。

けどなんか話を聞くとマスコットだといっていた。

僕の見た限りではマスコットはもっと大きいはずなのに、なんかぶどうの粒くらい小さかった。

そのあと、バザールに行き、ジャスミン茶と鞄を買った。

はぁー、言いたくはないが、笑えることがあったんだなーこれが…。

鞄を45元で買ったのはよかった。日本円でいえば、600円。

しかし、翌日、鞄のひもが「ブチ!」と切れてしまった。

はっきりいってショックでした。

「騙された…!」おかげで翌日みんなにまた笑われるはめに・・わっはっはっ。

そして、夕食をとり、後は、のんびりしました。

8月23日(水):この日は自由時間の多い一日となった。

なぜなら、17:00に乗る夜行電車が急遽、政府に乗っ取られ、

翌日の2:45の電車に乗ることになった。おかげで、午前中は自由時間。

午後からは、昼食をとり、まずはベセクリク千仏洞へ行った。

ここで、ヴィグルの文化を知ることができ、壁画や仏像も数多く見られた。

次に、高昌故城へ行った。高昌故城へは、ロバで行った。

気温は40度近くあったけど、ロバで移動してる時、なんか心地よかった。

なんていうか、砂漠と空しかない景色だがなんかその中で移動しているのがよかった。

そして、高昌故城につき、そこでは日干しレンガの城壁や王宮が、

風化し山をなす廃土が広がっているのが見てとれた。

高昌故城から、ロバで帰ろうとした時、行きからついてきた子供たちが、

鈴を持って、「10元で買いませんか?」と何度も僕らに声をかけていた。

僕は子供たちの頼みを拒否した…けど、その反面「この子たちも生活費を稼ごうと頑張ってるしなー!

気持ちはわかるけど…」と思った。仕方がない、僕だってお金がないのだから。

高昌故城へ行ったあと、火焔山へ行った。

そこもはるか目の前には、火焔山があるだけで、あとは全部土であった。

僕らトレッキング3人は自由時間を使って、大きな岩に向かって走った。

意外と着くのに時間がかかった。それに走ってるとき息が切れ汗だくになっていた。

ついた後、しばらく休んでまた走って引き返した。

そうそう、走ってる時に気づいたことだが、地面が乾燥して地割れしてるところがいくつかあった。

無理もない。40度近くの気温でしかも雨が降らないんだから。

引き返した後、また汗だくになり、お腹もすいてきた。

まっ、今まであんまり体を動かさなかったかったから、いいんじゃないっすか(笑)?

長時間のバス移動のあと、夕食をとった。

その時、佐倉さんの体の状態が良くなかったことに気がついた。

僕も日が経つにつれ、食べる量が少なくなっていた。

それでもあまりにも中国料理がうまいものだから、ついつい食べてしまう(笑)。

そうそう、この日はビールを飲みすぎてしまった。

まぁ、火焔山へ向かって走って引き返して汗を流した後のビールがあまりにも最高だったもんで(笑)。

またしても、僕と田中先生は酔っ払ってしまった。

また、これに加えて林君も酔っ払ってしまった(笑)。

また、夕食の時間に途中、外に出ていくつかの屋台を見に行った。

そこで僕らはいくつか入ってるりんごやぶどうなどを買った。

そう、りんごは10くらい入ってて値段はたったの2元。安い!!

しかも、屋台の付近はとても活気があり、最高でした。

「夜になるととても活気のある街になる。

これは人一人一人が活気のある街にしようという気持ちがあふれてるんだな。」と感動した。

この現状は日本ではそう毎日みられないものだと思った。

いいものを見せてもらったと思います。

夕食後、明日から2日間旅する敦煌へ向かうため、僕らは駅に向かい、

そしてAM2:45の夜行列車に乗りました。

乗ってすぐベットに寝ようと思ったら、また先生のいびきにやられ、しばらくは眠れませんでした(苦笑)。

8月24日(木): この日は朝食をとるためだけに、AM8:00起床!

朝食をとったあと、熟睡やボーと外の景色をみたりして過ごした。

そして、昼に敦煌に着いた。

この日はまず、太陽大酒店というホテルへ行った。

このホテルも結構いいところでした。

ホテルで一休みしたあと、鳴沙山へ行きました。

鳴沙山へは、まずラクダに乗って移動しました。

ラクダで乗って移動しながら見た景色はもうなんともいえないくらい見晴らしのいいものでした。

移動後は、鳴沙山に登りました。

登る際は、階段があったので、結構楽に登ることができたが、気温が相変わらず40度近くありました。

登ってしばらく休んで、下る時はそりを使っておりました。

もう気分は最高(笑)!砂の上を滑ってくこの気分。実にいいね(笑)。

8月25日(金): この日はAM5:30起床。

予定が狂ってしまったために、まだ観光しなければならないところが何個もあるからだ。

移動も時間がかかるし。

この日の午前中は莫高窟へ、午後は陽関、敦煌故城、白馬塔へ行った。

午前中に行った莫高窟では、大仏や観音菩薩や釈迦やいろんな絵を見た。

いろいろありすぎて、ガイドさんがいってることがわからないこともありました(苦笑)。

午後に行った白馬塔や敦煌故城では、建物がいくつかあり、歩き回って散策することができたが、

陽関だけは、なんにもなくてただ崩れたのろし台だけが唯一の観光物であった。

周りはすべて砂漠でおおわれてる。

正直なんともいえなかったが、この場で観光するのもめったにないなと思いました。

なぜなら、移動にものすごく時間がかかったのだから。

そうそう、陽関でのんびりしてる時、風が吹いてきてとても気持ちが良かったです(笑)。

その後、ホテルへ引き返し、夕食をとるまえに、先生と僕を含む6名と、

張さんという今回敦煌のガイドをしてくれる人と一緒に、敦煌の街を歩きまわりました。

その際に土産を買おうと思いましたが、なかなかいいのが見つからなくてね(苦笑)。

困ったさ。結局、ホテルの中で販売されてた飴しか買えんかった。

そう後は、西安で土産を買うしかないと西安にかけました。

夕食をとって、そのあとまたみんなで、街を歩き屋台をみていった。

その時、ラーメン屋を発見して僕らはそこへいった。

しかも僕らはすごいものを見た。

ラーメンを手打ちでつくっている姿を目の当たりにすることができた。

もう感激した。従業員の手さばきのすごさ、あれは忘れられない。

これが、ラーメンを作ってるところ!!

僕らは従業員の人達が一生懸命つくったラーメンを食べた。

まず、麺を食べ、スープを飲んだ。正直美味しかった。

「こんなうまいラーメン生まれて初めて食べた!」というくらい、感激しました。

また、敦煌の屋台のほうも活気があっていいなと思いました。

僕はホテルへ戻った後、とんだアクシデントに見舞われた。

睡眠をとってる間に、下痢にあってしまった。

食あたりがひどかったのか、水にひっかかったのか知らないが、やばいことになった。

この日一睡もできなかった。

8月26日(土):この日も5時30分起床!

私の体調は万全ではなかった。

下の写真は敦煌空港から見た日の出です。とてもきれいで

思わず感動しました。

下の写真は敦煌空港内です。もう言葉ではいいつくせない

ぐらい見晴らしがいいですね(笑)!

そのなかで、敦煌から西安へ飛行機で移動!

移動には4時間かかった。

西安についてから、私たちはまず、兵馬傭博物館へ行き、そこで見たものは6000体以上の

兵馬!鎧や甲や武器を身につけてる兵馬をみてると、なんかいかにも動き出しそうなリアルな迫力

が感じられた。しかも、1体ごとに表情が異なってるのを見て、一人一人どんな思いで

戦っていたのかがなんとなく想像できた。

下の写真は数多くの兵馬と馬です。

次に私たちは大雁塔へ行った。この塔は「西遊記」で知られる唐の高僧、玄奘三蔵がインドから

持ち帰った経典の保存と翻訳のために建立を進言し、652年に5層の方形として建てられたという。

下の写真は大雁塔です。この名は玄奘がインドで修行中に空腹で

空を見上げると、雁の一群が飛んでいた。ふとそれを食べたいと思った瞬間一羽の雁が目の前に

落ちてきたという逸話に由来してるという。それと写真にのってる2人は

李さん(左)と田中先生(右)です。

すべてを観光し終わって、土産も買って、私たちは餃子を食べに行きました。みんなこの機会を

楽しみにしてた。出された餃子はすべて中国の餃子ならでは(笑)!

もう、美味しいの一言です。腹の調子が悪くあまり多くは食べられませんでしたが(苦笑)、

中国の餃子を食べられただけでも幸せだと思いました。

下の写真は餃子です。珍しい形をしてますが、味のほうは最高でした。

そして、すべての観光が終わり、あとは初日に泊まった西安賓館に泊まりゆっくり寝ました。

8月27日(日):7泊8日の中国西域旅行もあっという間!ついに終幕を迎えた。

私にとって生まれて初めての海外旅行!!貴重な思い出と体験を手に入れた。

私たちは10時頃、西安空港を出発した。出発する前に李さんと別れの握手をした。

いや、別れというより、感謝の気持ちで握手した気持ちのほうが勝ってます。

李さんは本当にいいガイドでした。私が腹を壊した時、心配をかけてくれたり、

また、バスの中で、李さんの人生について語ってくれたり、もういろいろです。

李さん本当にありがとうございました。

そして、14時頃、名古屋空港到着!!みんなそれぞれ自宅へ帰っていきました。

みんなと別れる時、また、中国の土地から離れる時、少し寂しい思いもありましたが、

いつの日だったか、「旅行は自宅へ帰るまでが旅行だ!」ということを聞いたことが

あります。だから、私はまっすぐ自宅へ帰りました。