+ 五木の里から不知火海へ 川辺川 - 地域と住民は今 - 



連載15◆ 森にはためく大漁旗 漁民の森づくり 

 川辺川は、一級河川球磨川最大の支流で、その流域面積の3割を占める。急峻な斜面を滑り、蛇行と合流を重ねて球磨川が流れ出るその先に、八代海が広がる。「宝の海」とも言われる不知火海である。
 藤原成治さん(47)は八代漁業協同組合の職員。海と共に生きていた漁民の息子で、小さい頃から夏休みになると毎日漁の手伝いに出た。透き通った海底で、数百株の藻が草原のように揺れていたのを覚えている。
 近年、八代海では赤潮の発生や漁場環境の悪化による漁獲高の減少が大きな問題となっている。
 数十年前から徐々に藻の姿が消え、「草原」は荒涼とした砂漠に変わった。汚泥が増え、干潟の減少も著しい。かつて見られなかった赤潮が起こるようになり、漁場では当然に漁獲量が減少した。海で生活できなくなった人が増え、後継者不足もあり組合員の数は大きく減った。
 国土交通省は「川辺川ダムによる八代海への影響はない。あっても無視できる程度」という結論を出した。海と川はひと続きだが、では球磨川のどこまでなら影響が出るのか聞いても、返ってくるのは「河口辺り」という曖昧な返事のみ。川の変化が海の変化につながることは、車エビの漁場や干潟を例に挙げてもよく分かると藤原さんは話す。国の主張には、根拠となる調査も、裏付けとなる確固としたデータもないと知り、矛盾を感じた。
 結論ありきの国に任せておいていいのか。漠然と考えていた5,6年前のこと、八代の市民団体から球磨川の源流を見に行かないかと誘われた。組合員と共に、川の流れを辿る。行く道々では、伐採後そのまま放置された山を目の当たりにした。「山のこともちょっと考えてみようか」。八代へ戻った組合員らから、自然にそんな声が出始めた。
 2001年、球磨川流域の各川漁師組合、八代や天草、人吉などの市民団体と共に、「八代海・漁民の森づくり協議会」を発足。八代海の漁民が川を遡り、五木村元井谷に広がる3.5haの山に、2000本の苗木を植えるという事業に取り組む。年2度の下草刈りでは、網を手繰る漁民の太い腕が、その海の恵みをもたらす山で、鎌を振るう。
 2002年9月からは、漁協独自の漁場調査を開始した。毎月2回、八代海の漁場を巡って変化のデータを記録していく。これまでやって来なかったのが恥ずかしいぐらいだと苦笑するが、藤原さんたちを突き動かすのは「自分たちの漁場は、自分たちの手で守る」という思いだ。
 「これからも生きていけるような川と海を残してほしい。それがわれわれ八代の漁業者としての思いです」。
 ダムを推進する建設業従事者も、自分の仕事を守るために必死なのかも知れない。しかし、主人公が住民であることだけは間違いないと藤原さんは考える。(了)



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