+ 五木の里から不知火海へ 川辺川 - 地域と住民は今 - 



連載18◆ ダム反対運動の10年(3)

 ダム計画の現場で、初めてのダム反対市民グループとして手渡す会が活動を初めて、10年が過ぎた。この10年、手渡す会はほぼ毎週欠かすことなく、月曜日の夜には決まって定例会を開いてきた。ゆっくりと地道な歩みでも、着実に周囲へと理解や支援の輪は広がり、現在では地元密着型の先駆者として欠かせない存在になっている。
 手渡す会会員は全国に広がる。彼らが中心となり1996年には熊本市に「子守唄の里・五木を育む清流川辺川を守る県民の会」(川辺川を守る県民の会)が発足。県民の会の担う役割は、地元に拠点を置く市民グループや被影響住民、川漁師、農家など、地元での動きをバックから支え、その声を大きく全国へと伝える拡声器となることでもある。その後この県民の会は、九川辺川ダム起業者である九州地方整備局、それに利水訴訟第二審の舞台となった福岡高等裁判所のある福岡、本丸国土交通省本省があり国会でのロビーイングの拠点、全国ネットでのメディアへの発信場である東京、それに関東と並ぶ第二の都市圏関西へと支部ができ、それぞれの地でのユニークな活動を展開してきた。こういった流れが、熊本市では「川辺川を守りたい女性たちの会」が発足し尺アユトラスト運動を展開し始めるなど、更に新たな動きを起こしてきた。さらに近年、これまで点でしかなかった運動は横へと連帯し始め、岐阜の徳山ダムや岡山の苫田ダムなど、各地の住民運動との連携を強めている。
 1990年代は、ダムをめぐる論議がその舵を大きく方向転換して行った時代である。1994年にダニエル・ビアード元開墾局総裁(注)がアメリカでは今後新規ダムは建設しないことを宣言、以来米国やヨーロッパでダム撤去と川の再生が大きな動きとなってきた。1998年には、世界銀行や国際的な環境保全NGOとが中心となった世界ダム委員会(WCD)が発足し、世界中の1000を越えるダムを調査し、2001年に最終報告書を発表した。その報告書には「ダムの必要性の評価」「包括的な代替案の検討」「ダム開発事業における全ての決定プロセスにに市民の意見を反映すること」などが盛り込まれ、誰もが認めざるを得ないダム神話崩壊を告げている。
 そのような状況の中、未だにダム神話を信じて疑わない先進国はもはや日本だけと言って良い。政治家、企業、業者との癒着構造と、膿んだ官僚機構が霞ヶ関から全国津々浦々にまで浸透し、ダイナミックな変革を妨げているのである。更に日本はまた、「開発援助」の名の下に世界各地で多くの不要なダムを建設してきた国であることも忘れてはならない。税金と財政投融資を湯水のように使い、まさに公共事業と同じ構造で無数のダムを建設し多くの声なき人びとと環境に深刻な打撃を与え続けている日本は、国際的な批判の的ともなっている。
 「よしんば、河川改修費用がダム建設より多額になろうとも、百年、二百年先のわれわれの子孫に残す資産としての河川・湖沼の価値を重視したい」。
 2001年2月、田中康夫長野県知事が声高らかに発表した脱ダム宣言は、川と水資源をめぐる新しい時代の方向性を指し示している。2002年12月には、潮谷義子熊本県知事が全国で初めて荒瀬ダム撤去を表明し、時代のうねりは着実に、日本のダムと水資源管理政策の再考へと向かっている。
 今年2004年、川辺川ダムは大きな山場を迎える。38年前、九州の山深い山村に計画されたこのダム計画が、地域と世代を越え、今大きな問いを投げかけている。新しい市民社会の夜明けへ向け、時代はいったいどう動くのか。読者の皆さんとしっかりと見守っていきたい。
 長い間、ご愛読どうもありがとうございました。

(注)ダニエル・ビヤード氏来日予定 
■熊本 2004年3月25日19:00八代市厚生会館■名古屋 3月28日13:30愛知県中小企業センター、18:30安保ホール 問合せ/FAX06-6543-8456 rpn@r6.dion.ne.jp(了)



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