■■ ダムと私的五木考 ■■ 第12回(2004.7.23)

 川辺川が谷を南北に走る五木では、山は川を挟み東西に向かい合います。
朝日に照り出された西の山を覆う木々は、昼前にはもうかげり始め、午後になると今度は東の斜面が昼の強い日差しを浴びます。高い山の向こうに太陽が沈んでもなお空は明るく、少し涼しくなった夕暮れのもうひとしきり、畑仕事が続きます。
 午後7時近く。旧道を歩いて外灯のスイッチを入れる尾方茂さんの姿がありました。診療所の前と、家から20mほど歩いた電柱の2つの外灯だけは、自動点灯ではないため、誰かがスイッチを入れなくてはなりません。
 ここ2,3年の間、電柱に下がった紐を引っ張り外灯をともすのは、尾方さんの日課になりました。

 20年前、商店や役場、学校などを含め280戸を数えた五木村頭地地区。村の中心地だった頭地地区も、川辺川ダム計画の水没予定地に指定されました。国と村との間で一般補償基準が妥結された昭和56年以降、多くの家族が村を後にしていきました。平成13年にようやく代替住宅地が完成すると、残っていた90戸ほどの民家も、代替地や村外へと次々に移っていきました。
 川辺川の左岸には、下手、田口、溝の口と、旧道と細い路地沿いに500mほど続く集落がありました。しかし、現在この左岸側岸で生活しているのは尾方さんともう1家族のみ。右岸にも1家族がいますが、尾方さんをのぞいた2家族は現在代替地に家を新築中で、それが完成すると、水没地内に暮らすのは尾方茂さん一家だけになってしまいます。

 尾方さん方は少なくとも300年は続くという代々の農家。
 頭地地区田口でも古くからいた農家のうちの一戸で、先祖はいつからここに住み始めたのか分からないと言います。奥さんのチユキさんと2人、受け継いだ家と土地を守ってきました。
「ダムのいつでくっとかも分からんとに移転はでけん、ち言います」。
 国土交通省が時々、移転補償契約に調印しないかと訪ねてくることがあります。
 五木で水没地住民がダム賛成反対に割れたのは、計画が発表された昭和41年から50年代末のこと。水没者団体で唯一、ダム基本計画取消を求めて裁判を起こした「五木村水没者地権者協議会」も、昭和59年末には訴訟を取り下げ、苦しい思いで和解の道を選びました。
 尾方さんも地権者協議会の会員の一人。ただ、昔に比べると今の方がダムができないことを望む気持ちが強くなったと言います。10年前から生まれた下流でのダム反対運動や、近年の世論の動き、熊本県のダムに対する慎重姿勢などに励まされているためもありますが、年を重ねるにつれて、子どものいない老夫婦で将来の生活に対する不安も持っているようです。

 「年金だけじゃ生活でけん」と尾方さんは繰り返し言います。
現金収入の少ない五木での暮らしでは、昔からほとんどが自給自足でした。店で買うのは調味料ぐらいだったと言い、サトウキビを育て砂糖を作っていたこともあったのだとか。今でも味噌や梅干し、漬け物など、納屋にはたくさんの保存食の壷が並びます。野菜もほとんどが自家製。家の周囲の畑には、この時期は大きなジギューリやニガウリ、オクラなど夏野菜が次々と実を結び、その向こうの畝には、シソやトウキビ、カボチャ、イモ類が育っています。

「さみしくなかかち言わるるばってん、さみしかことはさみしかたいな。誰もおらんごとなれば」。
 先月始め、近くの家がまた一軒、取り壊されました。家々の名残りをしめす川石で組んだ石垣にも、夏草が繁り始めました。
「ばってん、百姓には百姓の仕事があっでな。堆肥つくったり野菜ば作ったり…いろいろせんばんで(しないといけないから)」。
梅を収穫したら梅干しや砂糖漬けにし、春小麦が終わった後には今度はソバや大豆を蒔く生活。素朴で穏やかな老父は、小柄な体で今日も一人、畑に鍬を入れます。
「ここらも水を撒けばよかばってんが…」。今年の梅雨は雨が少なかったので、日照りが続く最近は空模様が気にかかります。乾いた地面を歩きながら、少し言い訳するようにそう言うと、持って帰らんですかと、畑からニガウリとオクラをちぎって持たせてくれました。

 尾方さんの生活を中心に、五木村の様子をお伝えしていきます。

(写真=6月、空き地になった隣家の跡地で、畑を耕す尾方さん)

(第12回終わり)

    + + + + + + + + + +     おことわり     + + + + + + + + + +
・シリーズ『ダムと私的五木考』は、五木村で見聞きしたこと、考えたこと、文献に当たったことなどを私的に勝手に記すものです。ご意見ご感想もお待ちしています
・発行者が不精者なので、定期的に流していける自信がありません。気が向いたとき、余裕がある時にだけ発行します。
・川辺川ダム反対を応援してくれる方は、必要あれば自由に転送して下さい。バックナンバーはこちら。最近のものは写真も掲載。 
http://www.geocities.co.jp/HeartLand-Cosmos/6168/column.html
・川辺川ダムをめぐる最新の情報は「子守唄の里・五木を育む清流川辺川を守る県民の会」http://kawabegawa.jp/ とそこからのリンクを参照下さい。

発行:
川辺川を守る県民の会(福岡の会)、STOP!強制収用つんつん椿の会、川辺川流域を考えるユースの会(Youth Kawabe)
寺嶋 悠  yu@cown.npgo.jp
*川辺川と子守唄の里五木へようこそ。五木三昧*
http://www.geocities.co.jp/HeartLand-Cosmos/6168/
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