| ■■ダムと私的五木考■■ シリーズ第2回(2002.10.19)
テーマ:ダムで消える川辺川第二発電所
■川辺川第二発電所
相良村から国道445号線に沿って五木村に向かう途中、左手にややレトロな雰囲気の発電所が見えてきます。相良村「六藤」バス停で降り橋を渡ればすぐ左手にあるのが、この川辺川第二発電所です。
発電所の所有者は(株)チッソ。昭和10年に建設された当時は、九電(当時は九配電)の持ち物でしたが、昭和39年に九電からチッソに譲渡されたとのこと。チッソが鹿児島県川内に持っていた層木発電所などがダム建設により水没することになったため、現物補償という形で九電から譲渡されたそうです。
白い壁と三角屋根、積み木のようなかわいらしい発電所は、よく見るとところどころ黒い染みが見えます。戦時中、空からみて白い発電所だと目立ってしまうので、タールか何かでわざと黒い色を付けた名残だとのことです。
この川辺川第二発電所の取水口は、野々脇にある堰堤のところにあります。川辺川ダムができれば、この取水口もダムの湖底に沈むため、第二発電所も閉鎖されることになっています。
「野々脇の堰堤」として親しまれてきたこの堤防は、水没予定集落の一つ、野々脇地区の少し上流にあります。野々脇地区には、かつて20軒ほどの家が並んでいましたが、ダム計画に伴う移転によりほとんどが村外へ移転。旧野々脇地区で五木村に残ったのは、製茶工場も営む森口商店ただ一軒となりました。現在、森口商店は国道445号沿いに移転し、地区の人々の日常生活品を扱っています。
野々脇地区には、堰堤そばから下る旧道沿いに、家の跡地が続いていますが、夏草に覆われ、今ではほとんど分かりません。ただ、平成4年に閉校となった五木南小学校跡地は、校門へ続く上り坂が残っており、正門前には横断歩道も残っているのですぐに分かります。南小跡地に立つと、地面には木造校舎を取り壊した後の細かい木片が散らばり、山際にはコンクリートにペンキで描かれた壁画や、錆びてボロボロになったフェンスも残っています。
■昔の発電所
さてふたたび相良村六藤。
現在、六藤に住む6軒のうち4軒は村山姓。元家は3軒の村山家があったそうで、六藤地区の山のほとんどは、この「村山さん」3軒名義の共有地だそうです。個人持ちの土地は少なく、ほとんどが共有地で、山の高いところや奥の方になると「ダンナ」の土地になるそうです。
発電所のそばに、Mさん(90歳)家族が暮らしています。Mさんは戦前からこの川辺川第二発電所に勤めていました。発電所の所有権が九電からチッソに移った際に、九電人吉営業所へ転勤してそのまま退職まで勤め上げたそうです。昔の話を聞かせてもらいました。
川辺川第二発電所は、昭和62年以降水俣から遠隔操作が可能になり無人化されましたが、それ以前には常時職員がいたそうです。戦前になると多くの人が発電所で働いていたそうで、六藤にも発電所職員のための社宅が数棟並んでいたとのこと。職員は常時2人在駐し、地上と地下それぞれ24時間3交代制で管理していたそうです。
川辺川第二発電所ができる以前、六藤は谷間に数軒の家が並ぶ小さな集落だったそうです。元々、農業や炭焼き・椎茸栽培や焼畑など山仕事をして生活していて、現在の発電所のある土地付近や、以前社宅の並んでいた川沿いの平地はもと農地だったそうです。発電所職員は、村の外から入ってきて社宅や独身寮に住むことも多かったそうですが、六藤の人でも数人は発電所関係の仕事をしていたそうです。
野々脇の堰堤で取水した水は、そのまま隧道(地下トンネル)を通り、自然勾配を利用して第二発電所の上の山腹に出てくるしくみになっています。この隧道掘りの工事の時には、村山スズオさんや六藤の人たちも働いたそうです。チッソ頭地発電所も同じ時期の建設で、そちらの方には朝鮮人労働者もいたそうです。
余談ですが、人吉・球磨地方には、現在の高原台地にあった飛行場や、その地下工場、チッソの発電所建設工事などで、強制連行された朝鮮人が多数働かされていたという記録が残っています。地元の人に聞いても、学校の講堂などでたくさんの朝鮮人が生活していたという話を聞くことがあります。
■かつては川を使って木材運搬
この野々脇からの導水トンネルは、発電所裏手の山腹に出てきて、山肌を太い2本の水道管が降りてきています。その隣りには、水道管の右側には大小二つの水路が走っていますが、小さい水路の方は、その昔、木材運搬用として使われていたものだそうです。まだ車のなかった頃、上流で切り出した木材は川に浮かべて下流まで運ばれました。野々脇の堰堤から下は、一旦この発電所へ向かう地下トンネルを通り、六藤のこの場所からふたたび川辺川に戻していたそうです。トンネル出口のところで、水だけが白い水道管へ流れ込み、木材は狭い水路の方へ流れるようにきちんと設計されているとのこと。トンネルを出た木材は、発電所前の川辺川でまた筏に組まれ、人吉方面へと下って行ったそうです。昔は木材運搬に川か馬を使っていたそうですが、トラックが村に入ってきてからは、川を使っての運搬も減り、現在では木材の切り出しそのものが減っているという状況です。
川辺川ダムができると、3つの発電所が閉鎖することになります。
五木村頭地にあるチッソ頭地発電所と、逆瀬川(さかせごう)の九電川辺川第一発電所は、発電所自体が水没することになります。そして、相良村六藤のチッソ川辺川第二発電所は、取水口が水没するために閉鎖されることになっています。
http://www.qsr.mlit.go.jp/kawabe/qa2-8.html(川辺川工事事務所)
3つの発電所の発電量最大出力は1万5900KW。川辺川ダムによって、水力発電されるという電力は最大出力で1万6500KW。わずかに600KWの発電量増加にしかならないのですが、ダム建設目的の一つに「発電」も含まれています。
現在の第二発電所で作られている電力は、逆瀬川発電所から一緒に水俣へ送電され、地元の電気をまかなっているわけではありません。ダムができなければ、現在の3つの発電所はそのまま残るわけですし、国交省がダム建設目的の一つに「発電」を入れ、自然エネルギー利用の好例として宣伝しているのも、実際には大いに説得力に欠けるわけです。
■Mさんと発電所の仕事
現在では無人化されている川辺川第二発電所も、メンテナンスだけは、チッソから業務委託を受けた作業員が一人で担当しています。
Mさんは、発電所そばのチッソ職員住宅に家族で暮らしています。元はチッソの職員で、結婚前からこの発電所の仕事をずっと担当してきましたが、数年前からチッソの業務委託会社の社員となり、現在では第二発電所のほか数カ所の発電所の管理を担当して、曜日ごとにあちこちへ仕事場が代わります。Mさんの奥さんは「リストラなんて、育ち盛りの子供もいるのに大変ですよ」と苦笑します。
発電所の管理で最も大変なのは、大雨で川が増水した時ではなく、台風で山の木が倒れたり、雷が山に落ちたりする時期だそうです。木が倒れて途中で送電線が切れたり、送電線に落雷して高い電圧が流れたりすると、すぐに送電が止まります。すると、発電所運転を止め、送電線の復旧作業が終わるまで待たなければなりません。山に入って取水口や関係設備を確認して回ったり、運転休止中は発電できないため、取水口で取った水も発電所内に入れるのではなくそのまま川へ流れるよう操作したり、とにかく忙しいそうです。台風が来ると、Mさんは夜中でも仕事に出かけなければいけないとのことです。発電所自体の故障は今ではほとんどないそうです。以前には、台風で発電所の屋根が飛んだこともあったそうです。
昭和38年、大雨によって川が増量し、五木村では山崩れや鉄砲水が起き、死者も出る災害となりました。Mさんが下流の大神橋(現在はない)付近で遊んでいたら、上流から突然濁流が流れてきて、家や木材などが流れて行ったのを覚えているそうです。六藤の第二発電所自体には被害はなかったそうですが、その時の大水で発電所前の橋が流されたそうです。現在発電所の前の川辺川にある、鉄骨のむき出たコンクリートの固まりは、その時に流された橋の残骸だそうです。
「ダムができるとこの発電所も閉鎖になるんですかね」と私が聞くと、Mさんは「会社の上の方のことはよう分からんですけんね」。
ダムができなかったら発電所はまだ現役で使えるそうで、現役で発電できる限り、チッソは電力を九電に売電することによって収益になります。「この発電所が閉鎖されても、金銭の補償ではなくて代替発電所の現物支給を受けるとかになるのでは。金銭の補償は一時的なものですからねぇ」と言われていましたが、詳しいことは分からないとのことです。
「ダムのできるできると言って10年たち、さらにまた10年が過ぎましたもんね」とMさんは話します。「ダムができたら仕事もなくなるかもしれんですけど、具体的な詳しい話は今でも聞いとらんです。ダム問題をめぐる状況も、最近では変わってきましたもんね。またあと10年ダム建設が延びたら、自分も定年退職になりますけん、ダム計画が延びれば延びるほど、自分としては助かるという面もあるんですけどね」とMさんは苦笑します。
(第2回−おわり−)
+ + + + + + + + + + おことわり + ++ + + + + + + +
・シリーズ『ダムと私的五木考』は、五木村で見聞きしたこと、文献に当たって調べたことを私的に記すものです。なんでもない話、ダムに関係なさそうな話も出てきますが、広い目で川辺川ダムと村を見ていく時の参考になればと思い内容に含めています。
・このシリーズの目的は、五木村の視点から川辺川ダムを見ることにあります。川辺川ダムのために揺れ続けている五木村を知り、五木村や流域と一緒に、川辺川ダム(中止)のその先を考えていくきっかけになれればと思います。
・私的に記しているため、部分的に正確な文献の裏付けのない部分もありますが、どうぞ御了承下さい。また事実と違う部分があったら、ご指摘お願いします→yu@cown.npgo.jpまで。
・発行者が不精者なので、定期的に流していける自信がありません。気が向いたとき、余裕がある時にだけ発行します。
・川辺川ダム反対を応援してくれる方には、出典が分かる形になっていれば、勝手にメールとして転送して頂いて結構です。国土交通省関係者による引用は絶対にお断りします。
・バックナンバーはどらごんさんがHPに掲載して下さっています。
../../../www.geocities.jp/kawabegawa2002/report/ituki-ko/yu-repo00.htm
・川辺川ダムをめぐる最新の情報は以下をどうぞ。MLもあります。
「子守唄の里・五木を育む清流川辺川を守る県民の会」
http://kawabegawa.jp/
発行:
川辺川を守る福岡の会、STOP!強制収用つんつん椿の会、川辺川流域を考えるユースの会(Youth
Kawabe)
寺嶋 悠 yu@cown.npgo.jp
+ + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + |