| ■■ダムと私的五木考■■ シリーズ第4回(2002.11.3)
テーマ:代替地に暮らす人々〜大平代替地編〜その2
建設省が約束した代替地完成は遅く、待ちきれずに一軒、また一軒と村を離れて行く中、様々な事情で最後まで残った家族だけが、現在の代替地へと移転しました。
大平地区の他の家々は、人吉や相良、錦町、熊本市などへと移転しました。Hさん、TさんとYさんの3家族だけが残り、平成6〜7年に順次、代替地へと移転しました。Tさんが平成6年9月に移転してから半年間、旧大平ではYさん夫婦一軒だけがひっそりと暮らしていました。
「今思うと、よく二人だけで半年間も暮らしたと思います。夜はすぐに暗くなって、家の明かりもうち一軒だけでした。」
住人が移転した家屋は解体され、周囲には家屋の残骸や石垣だけが残っていたのだろうと思います。せまい集落で、一つの家族のように暮らしていた人々にとって、たとえ一軒でも村を離れることの寂しさや、残された者の心細さは想像に難くありません。まして、最後の別れの挨拶と新しい連絡先を告げに尋ねる離村家族の心中は、どれほどのものだったでしょうか。
大平地区には公会堂(集会場)がなかったので、月に一度の村の寄り合いはいつも各家持ち回りで開いていました。地区の祭りも同じく、各家の「回し」。昔から3月18日はお堂さんのお祭りで、前日から準備に取りかかりました。コンニャク芋からコンニャクを作ったり、大豆を挽いて豆腐を作ったりと、前日からごちそうの準備に大忙しだったと言います。子供でも、中学から上は大人と同じ分だけ食べるので、一人3合から4合は準備しなければなりませんでした。「昔はみんなよく食べていたもんです。子供も多かったですし、一軒に子どもが8人いる家などは大変でした。」とYさん。
また毎年11月23日は、霧島神社のお祭りでした。お堂のお祭りと同じように、前日からご馳走を準備します。Yさんの好きな白和えや、サバの刺身、赤飯などのごちそうを作り、神主さんがやってきてお祭りが行われます。代替地へ移転した今でも、このお祭りにだけは、あちこちから離村した人々が集まり、にぎわうそうです。
Yさんと話していると、隣りのHさんのおじいさんがやって来ました。80歳になるそうで、74歳の奥さんと二人、この時期は毎日栗園に収穫をしに行きます。毎日お弁当を持ち、人を雇っての仕事だそう。会釈をしてYさんの家の庭を横切り、川を見下ろす方へと歩いて行きました。「メートルば見にきなさったかな・・・」Yさんがつぶやきます。Yさんの家の庭先にある、何かの計器のメーターを見るのを日課にしている様子です。
ここ数年五木村では、猿や鹿、イノシシが増えて、作物を荒らし地元の人は大変困っていると平野さんは話します。栗畑に何十万円もする網を張って、猿が入らないようにしても、猿は網を飛び越えて中に入ります。栗を一カ所に集め群で食べてしまうそうです。Hさんの話に「今日もさっき、川から山の方さい上って行ったもん。」とYさんも相づちを打ちます。
去年の冬、Yさんの家で隣の人たちと4人でお茶を飲んでいたら、なんだか猿の気配がしたそうです。
「あらー猿じゃなかか。猿のおるごたる感じがすったい」と勝手口のドアを開けてみたら、庭先では、猿が大根を引き抜き、今にもかじり付こうとしていたところでした。猿はYさんたちに驚き、あわてて大根をその場に置いて、山へと上って行ったとのこと。微笑ましいようですが、毎日の野菜や農作物に大きな被害が出るとなると深刻な問題です。シカやシシの駆除も行われていますが、数が多すぎるために大きな効果は上がっていません。猿は格好が人間に近いので、駆除の許可は出ていても、かわいそうに思えて誰も撃つことができないのだと言います。
私が役場で買ってきた、国交省が資金を出して作った水没予定地の写真集を3人で見ました。Yさんが写真の女性を指さし、「こん人は××さんタイ」と話します。Hさんのおじいさんは「そうやろか?××さんにしては、ちぃとばかり肥えとらんね」と写真集に目を近づけつつ、「もう亡くなったばってんが、生きとううちに知っとらしたらねぇ」と話します。
土間のテーブルには、ニガウリと梅干しの煮物、それに高菜漬けが並んでいます。どれもスミエさんが育てて漬けたもの。私の湯呑みに2杯目のお茶を注ぐついでに、Yさんはちりめんじゃことミョウガの煮物を奥から出してきてくれました。Hさんと私に勧め、濃い味付けのお茶請けに、またお茶とおしゃべりが進みます。私がおいしいですねーと頂いていたら、「若か人はミョウガは食べんと思って出さんばんばたい。悪かったねー」と更に勧めてくれました。
毎日のお茶を淹れる水は、国道沿いにある樋を通って湧き出しているものだそうです。家の台所やお風呂には、葛の八重地区からパイプを伝って山水が引かれていますが、地表を這ってくるのでどうしてもぬるくなり、味もおいしくないそうです。たまたま国道沿いに山水が湧いていて、樋から汲めるようになっているので、お茶にはその水を使います。夏でも冷たくておいしく、枯れることもありません。Yさんは毎朝1.5リットル入りペットボトルで4本分の水を汲み、仏様の花瓶の水やお茶などに使っています。「前は瓶を使っとりましたが、家の前まで来たとに、いつだったか袋の持ち手がちぎれて水ば全部こぼしてしまいよりました。」それからはペットボトルと台車が大活躍です。
川辺川ダムをめぐる動きについては、五木でももちろん大きな関心事。私が、治水効果が少ないなどさまざまな理由で、以前に比べたら下流で随分反対の声が増えているようですねと言うと、Yさんも「ダムはどげーなっとでしょうか」と聞かれます。もしかしたら止まるかもしれない、様々な事情が以前とは違うし、反対や見直しの声も随分強い。その一方で、ダムで振り回され続けた五木村の人、移転して行った人たちのはどう思われているのかと気になります、と私は話しました。
「できてもよか、できんでもよか。私たちはどぎゃーでもよかですもん。便利な道もできた、家も新しくなって、それで十分です。」
Yさんはそう話します。以前の大平は、家の前まで車が入れないほど道も狭かったそうです。川沿いの旧445号線(頭地は国道ではなかった)でさえ、見通しが悪くて狭い上に、大雨が続くと斜面から大きな石が落ちてくることもありました。五木村は誰もダムを歓迎しているのではない、ダムと一緒にやってきた広い道や現金収入を歓迎したのだとも言われていますが、Yさんの話を聞いて、それも一つの事実だろうなと思いました。
ただし、ダムについては複雑な思いがあり、多くの人が一言では言えない気持ちを持っているようです。
頭地にも、まだ下(旧集落)に残られている方が何人もおられるようですねと私が言うと、「そうですか?もうほとんどおんなれんでしょう」と言われました。いえいえ十数軒は残っていますよ、橋の手前や田口にもまだ家はありますし、久領にも家はありますよ、と私が話すと「そうですか・・・最近はあちらにもあまり行かんもんですけん分かりません。どうせナオらんば(移転しないと)いかんのだったら、はよナオりんさればよかとに。」とYさんは言われます。
早くに移転したために、早くに新しい便利な生活を始めることができたYさんは、頭地に残る人々も「早く移転したらいいのに」という思いがあるようです。どうせダムのでくっとなら、ということを前提として。
10月半ば、五木村からの帰りに再びYさんのお宅に立ち寄りました。ちょうど持っていた抹茶最中を少しだけお裾分けしました。「まぁまぁ、誰かと思いました」とスミエさんに笑顔で迎えられ、「甘いもののお返しに何もなかばってん・・・。前にお茶受けばおいしかて言われよりましたが、ちょっと持って行かれんですか」と高菜のお漬け物とニガウリと梅を炊いたものを分けて下さいました。ニコニコと「ゴマも摺っときますけんね」と、高菜にゴマを振りかけてくれました。
その後しばらく私の家の食卓には、この思いがけない「五木からのおすそ分け」が並びました。この野菜や梅が採れた土地のこと、これを作った人のこと、五木村のこと、ダムのこと・・・様々な思いは時に私の舌に重く、喉の奥につかえるようでした。
ダムで沈むとされてきた村はどうなるのか。
五木村はどこへ行くのか。
繰り返し浮かぶ、水没予定地とされた村から見たダム問題への答えは、まだまだ見つけられそうにありません。
(第4回−おわり−)
+ + + + + + + + + + おことわり + ++ + + + + + + +
・シリーズ『ダムと私的五木考』は、五木村で見聞きしたこと、文献に当たって調べたことを私的に記すものです。なんでもない話、ダムに関係なさそうな話も出てきますが、広い目で川辺川ダムと村を見ていく時の参考になればと思い内容に含めています。
・このシリーズの目的は、五木村の視点から川辺川ダムを見ることにあります。川辺川ダムのために揺れ続けている五木村を知り、五木村や流域と一緒に、川辺川ダム(中止)のその先を考えていくきっかけになれればと思います。
・私的に記しているため、部分的に正確な文献の裏付けのない部分もありますが、どうぞ御了承下さい。また事実と違う部分があったら、ご指摘お願いします→yu@cown.npgo.jpまで。
・発行者が不精者なので、定期的に流していける自信がありません。気が向いたとき、余裕がある時にだけ発行します。
・川辺川ダム反対を応援してくれる方には、出典が分かる形になっていれば、勝手にメールとして転送して頂いて結構です。国土交通省関係者による引用は絶対にお断りします。
・バックナンバーはどらごんさんがHPに掲載して下さっています。
../../../www.geocities.jp/kawabegawa2002/report/ituki-ko/yu-repo00.htm
・川辺川ダムをめぐる最新の情報は以下をどうぞ。MLもあります。
「子守唄の里・五木を育む清流川辺川を守る県民の会」
http://kawabegawa.jp/
発行:
川辺川を守る福岡の会、STOP!強制収用つんつん椿の会、川辺川流域を考えるユースの会(Youth
Kawabe)
寺嶋 悠 yu@cown.npgo.jp
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