| ■■ダムと私的五木考■■ シリーズ第7回(2003.3.9)
テーマ:消えた野原小学校(その1)
■野原地区と藤田地区
ダム水門予定地を、地元の人は「藤田谷」と呼びます。
相良村から川沿いに上っていくと、この辺りから急に山が深くなります。ぐっと曲がった藤田谷を越えた向こうには、仮排水路の砂礫が小山を形作ります。
ここにはかつて、木造校舎がありました。相良村立野原小学校です。
うららかな日差しの下、一面の迫田の中にすくっと背筋を伸ばした校舎を写真で見ると、さながら絵本に出てくる「分校」のイメージにぴったりです。明治29年に相良村四浦小学校野原分教場として始めて設置され、昭和36年、児童数140名6学級の野原小学校としてスタートして以来、相良村上四浦地区の多くの児童を送り出して来ました。
1983年に当時の建設省川辺川工事事務所が刊行した写真集『川辺川の四季』には、この野原小学校の姿も収められています。菜の花畑の奥に見える焦げ茶色の校舎。体操服を着て校庭で準備体操をする児童と生徒。ページをめくると、子供たちの歓声が聞こえてくるようです。
■野原代替地
野原校区は、野原小学校のある野原集落と、間をS字に蛇行する川辺川によって仕切られた対岸の藤田集落がその中心でした。右岸の野原、左岸の藤田は元々、それぞれの奥へ広がる小さな集落群と共に2つの行政区を作っていました。相良村の最北端であるこの地区は、昭和31年に下流の川村と合併して相良村となる以前は、四浦村と呼ばれていました。このことからも分かるように、現在の相良村中心部である川辺川中下流部とは、地理的にも歴史的にも少し異なった背景があります。野原・藤田地区には、五木村と同じく、各集落ごとに薬師堂や地蔵堂があります。山あいに飛び地のように形成されている小集落でもそれはほぼ同じで、コバ作(焼畑農業)や炭焼き、椎茸作りなど山を中心とした生活共同体を形成したようです。
野原・藤田地区は、ダムができると最も深い湖底に沈みます。両地区合わせて59戸、184人が一方的に移転対象と指定されました。小学校があることもあって、国交省は計画よりかなり遅れてですが野原代替地を造成しました。野原小学校はここへ移転し、村内移転を希望する地区住民に対しても「適切な価格で」分譲するためでした。
国交省のダム計画地図には、右岸を少し上ったところに野原代替地の字があります。四浦トンネルをくぐって、野原代替地へ行ってみました。急カーブの続く道を少し上ると、「集落センター」と建設会社の事務所を示す案内板が建っているだけで、どこにも集落が見あたりません。野原小学校は1994年、すでに廃校となり、野原代替地にはただの一軒も移転することなく、造成後の土地には工事事務所のプレハブと、公民館代わりの集落センターだけが建っていました。代替地の一番端、谷を見下ろす場所には、野原小学校記念碑がひっそりと雨に濡れていました。
■取り残された山間部
V字に深く切り込んだ藤田谷の両岸には、航空写真と地図上からでしか分かりませんが、山間部へ続く村道が両翼を延ばしています。相良村は川辺川を背筋に、細長い逆三角形のような姿をしています。上流部は人口こそ少ないものの東西9キロ、川辺川を下って南の人吉市との隣接するまで南北24キロあります。その最上流部に、野原・藤田を境にした道が東西へと続き、カーブミラーだけが頼りの急カーブや、上り道と下り道が切れなく続きます。野原「代替地」はその西側の山浅い所に位置し、そこからさらに奥へと上っていくと、嶽野や中原(なかのはる)、山口や椎葉へと続いています。
嶽野地区は3戸の民家が寄り添う、ごく小さな集落でした。元はタケと呼ばれたそうで、漢字も「岳」と書いたり「竹」と書いたり。地図には「嶽野」と書かれています。曖昧なのは、長い生活の中では漢字よりも呼称にこそ意味があったためでしょう。
嶽野へ左折せずにそのまま道を登ると、6軒ほどの中原地区が見えてきます。道は狭く、両側にはわずかな田畑が広がります。以前、普通乗用車で中原へ行った帰り道、迂回することも駐車するスペースもなく、集落入り口付近までバックミラーを見ながら冷や冷やして戻ったことがあります。集落の入り口には庚申塔とお堂。堂の隣りには、苔むした無縁仏と新しい世帯ごとのお墓が並んでいます。
中原の住民に話を聞きました。
■私たちもダムの被害者
「福岡から来られたっですか?まぁまぁそんな遠くから・・・。ダムの話ですか。・・・わしどんは何も分からん、隣りにでん行きなはったらよかたい。・・・。
わしどんたちも、言ってみればダムによる被害者ですたい。移転対象になった野原や藤田ん人たちゃまだ、補償ばもろうて町へナオッて、新しか家ば建てらるっとヨカたいな。まぁ故郷の代償としての補償ばってんが、家も建てて便利か生活になってな。ばってん、わしどんたちのような集落は、真ん中の野原や藤田だけが無うなってどぎゃんするとか。ドーナツと同じたい。小さい集落だけ取り残されで、行政区はバラバラになった。国も補償は水没地だけじゃなくして、わしどんたち周辺の被害者にも払ってもらわんば、理屈に合わんとたいな。
小学校も移転するち話やったばってん結局無うなって、今は集落センターまでスクールバスで来てもらわんば小学校にも行けん。集団登下校たい。・・・そりゃスクールバスを出すのは、野原小学校が廃校になるごとなった時に約束させたっですたい。そうせばん、相良北小にも遠かっで歩いて行けん。
前は行政区も、藤田と野原で別々やった。ばってん人口も減って、藤田と野原も無うなったど。今は常会も集落センターたい。川向こうは藤田に、川のこっちは野原でやりよったばってん、今は川向こうの夜狩野あたりからも、ずっと迂回して常会に参加しに来るたい。野原の橋が工事で通行止めの時は、ぐるっと下流から回らんばいかん。車が無からんば生活もでけんとたい。
ダム反対は新聞で読んどる。この前の住民集会もえらいたくさん来たらしかたいな。わしどんはあんなのに行こうゆう人の気持ちも知れん。なー、地元が反対しよった時や無視しとってから、何を今頃たい。今さら言うたちゃ遅かて言いたかたい。
夏の暑か時も、環境団体がやってきてクマタカの生態調査しよったたい。あーつかとに一日鳥ば観察してご苦労さんたいな。だいたいクマタカなんかおらんど、わしどんたちゃ生活には何も関係なかたい。環境団体な、クマタカんごたるとは保護しろちゆうて、わしどんたちん山ば荒らすサルやシカを撃ったら、動物虐待ち抗議する。なんば言いようとかち言ってやりたか。人間様よりクマタカやサルがえらかとかて。
この辺り、サルやシカ、シシの被害はそりゃひどかもんたい。サルは集団でやってきて、栗から椎茸から大根からごっそり食い尽くす。わしどん栗林も、群で襲ってきて一箇所に栗ん実ば集めて、全部食べ尽くす。何十万出して電気の流れとる防御ネットば買うたっちゃ何も一緒たい。シシは電気の流れとらん針金だけ、上手によけて畑に入る。サルは木から飛び移るけんが、何も役に立たんとたい。サルは軒下の干し柿まで食うもんな。さっきもその先の家の屋根に大きかサルと小さかとの来とったもん。
前はシカもメスは獲ったらいかんごとなっとった。ばってん、この十年間でサルもシカもそりゃ爆発的に増えとる。申請したら、猟の許可されとる期間でなくとも猟でくっごとなっとる。シカはともかく、頭のずる賢かサルが一番困るとたいな。ばってんサルは人間に似とるもんで、人間ば撃つようで撃ちたくなかち思うとたい。ただ銃の音だけ撃って追い払うだけ。またサルは来っど、人間とサルんとの知恵比べたい。
あぎゃんサルでん「保護獣」になっとっで、わしどん栗林はそん保護地域ん中にあるもん、栗ば全部食われても追い払うだけたい。こっちの生活の為に撃ったら、環境保護団体が動物虐待ち言うとたい。だいたい環境団体ば言うとの、町で時間も金もある人たちゃたい。サルとシカに山ば荒らされて、生活が立ちゆかんでサルを撃つと虐待扱いされっで、クマタカんごたるおってもおらんでも関係なかんとは保護しろば言う。ここはクマタカやサルん村じゃなかとたい、人間様ん村たい。村も経済的余裕がなかち言うて、サルによる被害が出ても補償はなか。
ここまで来たら、もうダムでんはよ出来てしまうとのよかたい。ダムのでくっと、ダムの上ば通って川向こうにも行くっごとなっで、便利になるたい。地元ん反対しよる時は何もせんで、今になってダム反対ち、そぎゃんこと通るかち。はよダムの出来てしもうたらよかたい。」
第7回 おわり
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・シリーズ『ダムと私的五木考』は、五木村で見聞きしたこと、文献に当たって調べたことを私的に記すものです。なんでもない話、ダムに関係なさそうな話も出てきますが、広い目で川辺川ダムと村を見ていく時の参考になればと思い内容に含めています。
・このシリーズの目的は、五木村の視点から川辺川ダムを見ることにあります。川辺川ダムのために揺れ続けている五木村を知り、五木村や流域と一緒に、川辺川ダム(中止)のその先を考えていくきっかけになれればと思います。
・私的に記しているため、部分的に正確な文献の裏付けのない部分もありますが、どうぞ御了承下さい。また事実と違う部分があったら、ご指摘お願いします→yu@cown.npgo.jpまで。
・発行者が不精者なので、定期的に流していける自信がありません。気が向いたとき、余裕がある時にだけ発行します。
・川辺川ダム反対を応援してくれる方には、出典が分かる形になっていれば、勝手にメールとして転送して頂いて結構です。国土交通省関係者による引用は絶対にお断りします。
・バックナンバーはどらごんさんがHPに掲載して下さっています。
../../../www.geocities.jp/kawabegawa2002/report/ituki-ko/yu-repo00.htm
・川辺川ダムをめぐる最新の情報は以下をどうぞ。MLもあります。
「子守唄の里・五木を育む清流川辺川を守る県民の会」
http://kawabegawa.jp/
発行:
川辺川を守る福岡の会、STOP!強制収用つんつん椿の会、川辺川流域を考えるユースの会(Youth
Kawabe)
寺嶋 悠 yu@cown.npgo.jp
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