| ■■ダムと私的五木考■■ シリーズ第8回(2003.3.10)
テーマ:消えた野原小学校(その2)
■ダムサイトの地質
中ノ原へと続く途中の嶽野にあった3軒の民家は、当初はダムによって水没するわけではなく、移転対象地でもなかったのですが、後になって「地滑り危険地帯」という理由から移転を迫られました。
ダムサイト右岸、嶽野のすぐ下になる四浦トンネルを歩くと、天井部に何十本もの亀裂が走っているのが目に付きます。対岸の藤田トンネルには亀裂はありません。国交省が「3つのダム候補地の中で最適地」とした現在のダムサイト予定地は、元熊本大学教授で地質学の権威的存在である松本幡朗氏によって「最危険地帯」とされている場所に当たります。松本氏は五木村や国からの委託で村内で地質調査をした経験もあり、更に自分の足で山中を歩き、建設省に対しては人吉の「手渡す会」と共に地下ボーリング資料を開示するよう要求しました。川辺川工事事務所の庭に、数十メートルのボーリング資料を並べさせたこともあります。自分の足で集約したデータによって、松本氏が出した結論は「極めて危険」でした。
ダムサイト右岸は、2つの山が丸ごと川へ向かって下向きに「動いて」いると言います。そもそも川辺川右岸は、川へ向かって地層そのものが斜め下方向に走っているため、崩れやすくなっています。左岸の旧道は今でも残っていますが、右岸の旧道のほとんどは大雨による土砂崩れで埋まっています。また右岸に現在建設されている付替道路は作るそばから川へと崩れ落ちるため、工事は極めて難航しているようです。網の目のような斜面補強が無数にあり、すでにできた道路の真下から、崩壊が始まっている箇所すらあります。
松本氏の調査によれば、四浦トンネル天井の亀裂は当然のこと。その上、予定されている川辺川ダム水門はアーチ式といって湾曲した形をしています。アーチ式水門はダムサイト両側の岩盤が頑丈な場所でなければ建設できません。東京ドーム107杯分という、1億3300万立法メートルもの水による圧力を支え得るには、相当の堅牢な岩盤が必要となります。ところが地質専門家の資料によると、アーチ式だけは絶対に作ってはいけない場所、ということになります。現在の場所にダムができると、地層が水を含んで川へと滑り落ちて山津波が起きたり堆砂が加速され、早明浦ダムと同じ結果を招くのではと指摘する声もあり、その危険性を裏付けるに足るデータも揃っています。
嶽野地区の移転も、松本氏の指摘を裏付けるものです。付近の住民によると、嶽野地区が移転対象となったのは、国交省が地質調査用の穴を数本掘ったところ、そこから突然大量の水が出てきたこともあるそうです。そのことがきっかけで土砂崩れが起きたのか、それ現在その水は、太いパイプを通って川まで引かれ、そのまま川へと注いでいるそうです。
■一枚の絵
最近、今の野原地区を歩きました。
かつて野原小学校のあった場所には、砂礫が高さ数十メートルに積まれています。『川辺川の四季』の光景を思い出し、一瞬、校舎や子どもの歓声までもが砂礫の下に埋められたような錯覚がして、胸が圧迫されるような気持ちでした。砂礫の山に上ると、看板とプランターがぽつんと建っていました。国交省のマークの入ったプランターでは、枯れた花が首をうなだれていました。いかにも不自然な看板の表には、地図に添えて対岸の仮排水路の説明が書かれています。大きな鮎のイラストと、セメントでできた丸太の作り物がそれを縁取っています。環境に配慮しています、という説明が白々しく目に映ります。
少し上流の藤田地区では、工事の真っ最中でした。緑が刈り取られ、コンクリートの白い建造物が作られています。ヘルメットを被り、黙々と作業を続ける男性や年配女性作業員の方々の中には、地元の住人もいるのかもしれません。ここに学校があり、田んぼがあり、生活があったことは、村外から来た人は誰も想像できないでしょう。
写真集『川辺川の四季』の最後のページには、野原小学校児童の書いた一枚の絵が掲載されています。タイトルは「未来の村のすがた」。
画用紙の下には“?年後の野原”の文字があり、中央にダムの水門、その向こうには広々と湖面が広がっています。
原石山や藤田トンネルも見えます。湖面の上に架かった橋の上を、自動車が2台通り過ぎようとしています。右岸の山腹に見える、十字の印の入った旗を掲げた建物は病院でしょうか。その道向かいには牧場がありのんびりと草を食む牛の姿が、山奥に続く道沿いには「しいばアパート」も建っています。野原から数キロ山に入ったところ広がる椎葉地区です。しかし「未来のむら」の主役であるはずの住人の姿は、どこにも見あたりません。
写真集『川辺川の四季』(建設省川辺川工事事務所発行)より
この絵を描いた児童は、思いつく限りの明るい未来像を描いたのでしょう。この絵を見る度、「発展」したむらの姿とは裏腹に、作者の小さな胸に抱えた、声にならない思いが伝わってくるように思えます。
川辺川ダム計画により、相良村の野原小学校、五木村の五木南小学校の2つが廃校となりました。
注:
「手渡す会」
正式名称:清流球磨川・川辺川を未来に手渡す流域郡市民の会
熊本県人吉市九日町36-3F TEL/FAX0966-24-9929
<参考資料>
・『川辺川ダム問題パンフレットシリーズNo.1 川辺川ダムの
地学的問題』(松本幡朗/熊本大学元教授・理学博士 川辺川研究会刊)http://kawabegawa.jp/book/book.html
・写真集『川辺川の四季』(建設省川辺川工事事務所刊 1983)
※下記のところで\5000にて領布されています。
五木村役場企画振興課TEL0966−37−2211(代)
第8回 おわり
+ + + + + + + + + + おことわり + ++ + + + + + + +
・シリーズ『ダムと私的五木考』は、五木村で見聞きしたこと、文献に当たって調べたことを私的に記すものです。なんでもない話、ダムに関係なさそうな話も出てきますが、広い目で川辺川ダムと村を見ていく時の参考になればと思い内容に含めています。
・このシリーズの目的は、五木村の視点から川辺川ダムを見ることにあります。川辺川ダムのために揺れ続けている五木村を知り、五木村や流域と一緒に、川辺川ダム(中止)のその先を考えていくきっかけになれればと思います。
・私的に記しているため、部分的に正確な文献の裏付けのない部分もありますが、どうぞ御了承下さい。また事実と違う部分があったら、ご指摘お願いします→yu@cown.npgo.jpまで。
・発行者が不精者なので、定期的に流していける自信がありません。気が向いたとき、余裕がある時にだけ発行します。
・川辺川ダム反対を応援してくれる方には、出典が分かる形になっていれば、勝手にメールとして転送して頂いて結構です。国土交通省関係者による引用は絶対にお断りします。
・バックナンバーはどらごんさんがHPに掲載して下さっています。
../../../www.geocities.jp/kawabegawa2002/report/ituki-ko/yu-repo00.htm
・川辺川ダムをめぐる最新の情報は以下をどうぞ。MLもあります。
「子守唄の里・五木を育む清流川辺川を守る県民の会」
http://kawabegawa.jp/
発行:
川辺川を守る福岡の会、STOP!強制収用つんつん椿の会、川辺川流域を考えるユースの会(Youth
Kawabe)
寺嶋 悠 yu@cown.npgo.jp
+ + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + |