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+ 西俣(にしまた)  +
五木小川の両岸を指す。すなわち川辺川の右岸。しかし、同じ右岸であっても平沢津は西俣には含まれない。それは甲乙丙の割り方と同じ考えであると思われる。(→「甲乙丙」の項)
なお長じて、西俣の久領にある阿蘇神社のことを言うことも。

+ 人情淵(にんじょうふち)  +
宮園地区右岸、平野そばの川辺川にある大きな岩のこと。てっぺんに赤松があり、小雨のけぶる日などは一幅の掛け軸にでもなりそうな趣深い姿をしている。
昔平家のお姫様が身投げをし、この淵に流れ着いたのだという。岩の上にはほこらがあり、平野の黒木家(ペンション黒木)が祀っている。今は岩の上のほこらではなく、道沿いの場所に分社してそこを祭祀している。


 仰烏帽子山(のけぼしやま) 
五木、山江、相良村の境付近にある高さ1,301.8mの山。登山道は、勾配がゆるい元井谷からの道と、勾配がやや急だが距離の少し短い相良村からの道の2つがある。登山道沿いには自生の福寿草やシャクヤクが咲くことでも知られており、福寿草の季節には週末に1000人ほど訪れるほどの人気らしい(ただし、福寿草は持ち帰らないよう!)。また途中、仏石と呼ばれる石灰岩の奇岩や清水の飲めるポイントなどもあるらしい。花の見頃や登山道については、五木村役場企画振興課TEL0966-37-2211へ。

+ 野々脇代替地(ののわきだいたいち) +
 → 「代替地」

+ 野々脇の堰堤(ののわきのえんてい) +
野々脇地区の川辺川にある堰堤のこと。相良村六藤のチッソ第二発電所の取水口にあたる。

+ 野原(のはら)/相良村 +
ダムサイトをくぐってすぐの川辺川右岸にあった集落。野原と嶽野、中の原、椎葉など山手の集落で一つの行政区を形成していた。野原には野原小学校があり、田んぼの中に立つ木造校舎は牧歌的な雰囲気をかもし出していた。国交省は野原代替地を造成し、一般家屋や小学校の移転に当てるよう計画したが、結局誰も移転せず、人口の少なさから小学校も移転できなかった。その代わり、周辺の住民は村にスクールバスを出すよう約束させ、現在では相良北小学校までバスで集団通学している。野原代替地には現在集会所が立っている。
野原と藤田という川辺川沿いの大きな集落がダムのために消滅したことにより、周辺のちいさな集落は行政区の中心を失うという「ドーナツ」状態になり、極めて不便を強いられることとなった。集会所では月に1度常会(定例会)があっているが、川向こうの旧藤田集落からは常会に参加するのにも車で1時間近くかかるらしい。

+ 野原代替地(のはらだいたいち)/相良村 +
 → 「代替地」

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なお、このキーワード解説は寺嶋の個人的視点に基づくもので、村の公的な定義ではありません。ご了承下さい。
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