レポート (2003/8/10)


先日五木へ行き、役場から話を聞かせてもらったり村の知っている人を訪ねたりしていました。
五木東小学校旧校舎などに関する件もありましたが、改めて話を聞かせてもらって、つくづく思ったことはただ一つ。

ダム本体工事着工が伸びれば伸びるほど、
五木村の村づくりが伸びていくという現状だということ。

この「ヘビの生殺し」状態はすでに37年間続いているわけで、37年と
言えば74歳の方にとっては人生の半分。それ以下の人にとってみたら、
人生の半分以上、あるいは大半です。
今は、道も代替地も中高校移転も立村計画も、す!べ!て!がダムと
関連づけて進められているので、村にとってしたら「ダム推進」しか
ない状態になっています。(私はこれこそが元凶だと思う!)
利水訴訟勝訴も、収用委員会の結審延期も、それによる本体工事着工
の延期も、村にとっては(心情的に安堵の気持ちを持つ人がいたとし
ても)現実的には苦しみでしかなく、今の不便な状況が更に続くとい
うことなのだとある村の人に言われました。

「これまで我慢に我慢を重ねて来た。それがもう、ピークに達している」と言われた一般村民の方もおられました。
この五木村を縛り続けてきた最大のものの一つは「河川予定地」指定。
知っての通り、昭和49年に国は頭地を含む村南部地区を、河川法に基づく河川予定地と指定しました。そのため、水没予定地では原則として一切の増築・改築・新築が許されなくなったそうです。五木東小旧校舎にしても、昭和50年代には老朽化を理由に新築を求めるPTAの要望もあったけれど、「どうせ将来ダムに沈むので」という理由で叶わなかった。だから古いまま残ったということもある。東小には体育館もなく、あるのは「僻地集会センター」という小型の講堂だけ。五木中学校も戦後の建設で古い建物ですが、こちらの老朽化は小学校以上にひどいと言ってました。廊下の床下がシロアリでやられてて全体的に沈下しているとか。これも「どうせダムに沈むから」という理由で改築できないまま現在に至ります。
頭地に至る道路も、今でこそほとんどが付替国道になってますが、長い期間、幅3mほどの細い旧道のままでした。離合することすらできず、観光客の車も通れないし、昔は川に何台もの車が落ちていて、旧道の道路端にはよくお地蔵さんがあったと聞きます。
大雨で崖が崩れてきても、木材と鉄柱で「仮」の復旧がなされるだけ。子どもが生まれて家族が増えても、「どうせダムに沈むから」という理由で増築することができず、ひしめくようにして古い小さな家に住んでいたと話す方もおられました。

「ここに暮らす人は生活のすべてを背負っている。人生の一番大事な時をダムによって苦しめられてきた。最初はみんな反対していたけど、どうしようもなくて、国や県に抵抗することができなくて、苦しみの中で仕方なしにダム受入を決めたのに、その頃になってダム反対運動が生まれてきた。だけど、村としてダム受入を決めて、それに基づいた村づくりを進めることに決めたので、簡単に変えることはできない。
知事さんも今は住民討論集会などを開いて説明責任とか言っているが、歴代知事こそが五木村にダムを前提とした球磨川総合開発計画を押し付けた一番の張本人。いわばヘビの生殺しで、それが今も続いている。
 最後にダムのことを決めることができるのは、水没地の意志だと思う。それだけのものを村は犠牲にしてきたのだから。村の人は生活の空いた時間でダムについてやっているわけではなくて、人生や生活、仕事、家族等すべてを背負って、ここまでやってきたのだから。この苦しみと時間は、ここに住んでいる者にしか分からない。」
と、せきを切ったように、ある方は私に言われました。

非常に考えさせられる問題です。

また、役場関係者の中には
「利水勝訴判決が確定した直後から、利水のための工事現場からすべての作業員が撤退し、工事がストップした。もしダムが中止ということになれば、今計画している代替地も、道路も、橋も、全部工事がストップして、国は引き揚げてしまう。五木村としては、それは最悪の事態だ。」
(ダムが中止された際にどんな立村計画を持っているのかという質問に対して)
「それは持っていない。村としては、ダム中止ということは考えられない。平成8年にダム本体工事着工に村は同意し、すべてダムを前提とした村づくりの道を進むことを決めた。誰も喜んでそうしたのではなく、裁判をした水没者団体も村行政も一般村民も含めて、仕方なしにその選択をせざるを得なかった。そういった過去の経緯もあり、ダムが万一中止された場合の立村計画を立てるということは不可能」
と話される方もいました。

村の社会生活基盤整備事業が「ダム関連工事」である限り、村はどんな状況になっても、あくまでダム本体工事着工に固執しなければならない状態に追い込まれてしまうわけです。

これは、あまりと言えばあまりにひどい話。
五木村行政の、ダム反対団体に対する反感や拒絶感も理解できるというものです。
あまりに残酷ではないでしょうか。
 



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