「やめたいけれどやめられない」

禁煙をしたいと考えている人たちの間で一番多く見られる悩みが、この「やめたいけれどやめられない」なのね。

「煙草は体に悪いし、できるなら今のうちにやめておいた方がいいだろう」「将来結婚して子供を生む時のためにも、今から煙草をやめておいた方がいいわよね」「嫌煙の風潮がどんどん強くなってきている。これからもっとひどくなるだろうし、できるなら今のうちに煙草とおさらばしておいた方が自分のため」

だが、でも、しかし、けれども・・・「やめられない」のですね。

これらの悩みはすべて、下記の二点において共通しています。

● 煙草が体に悪いことは充分認識している
●「今のうちに」「今から」など、どうしてか「今」が強調される

まず手始めに「煙草が体に悪いことは充分に認識している」ことについて。これって、要するに頭の中で「煙草は体に悪いんだよね」と理解しているに過ぎない状態。

禁煙したい理由を訊ねられた時に「体に悪いと思うから」的な(曖昧な)答え方ができる人は、おそらく煙草によって健康を害した経験が実際にはないのだと思います。たとえば咳が止まらなかったり、血痰が出たり、胸がしめつけられるように苦しくなったり、最悪の場合、癌になったり・・・。もし不幸にも煙草のせいで本当に命を失いかけたり、狭心症やその他もろもろの疾患を患った経験がある人は「体に悪いし」うんぬん言う前に、一も二もなく禁煙に踏み切っているはず。

逆に、幸運なことにまだ健康が蝕まれていない(本人が自覚している限りで)人たちは、それらの具体的な病気は「自分ではない他のスモーカーが侵されるもの」と考えてしまいがち。ミラ自身、これから先のことはまだわかりませんが、少なくとも今のところは健康体を保っているので「煙草は体に悪い」という事実を身に染みて感じてはいない。ただ「その知識がある」というだけです。

次になぜか「今」が強調されていることについて。これって裏返してみれば「来るべき将来のための予防」でしかない。よって現実味や切実さといった禁煙という苦行(かどうかについては、また別の機会に書きますが)を乗り切る際に必要な精神的下地が希薄。希薄どころか、吹けば飛んでしまいそう。

さらに言うなら「今」というのは一体いつなのか?こう考え始めてしまうと限りなく哲学的な領域に踏み込んでしまいます。わざわざ改めて述べるまでもありませんが、時間というものは常に流動的な性質を有しており(文章まで哲学してきてるじゃん)、いつまでも同じ場所に留まっていません。よって今この瞬間に「今」だと思っていたものは、すぐに「過去」になってしまう。区切りのよい日を選んで禁煙した方がいい、とよく言いますが(ミラもそう信じています)やっぱりそれなりの根拠があると思いますよ。その日が来てしまったら、もう逃げられないもんね(笑)。

以上、言葉ジリを捉えて色々な屁理屈ばかり述べてしまってごめんなさいね。ミラが言いたいのは「今やめておいた方が」あるいは「体に悪いから」という理由を禁煙の動機に挙げている人は、もう一度胸に手を当てて「自分は本当に煙草をやめたいのかどうか」考えてみて。

「やめた方がいいのか?」ではなく「やめたいのか?」です。前者に対する答えは誰がどう答えようとイエスかもしれないけれど、後者は本人の真剣さの度合いによって変わってくるでしょ? 本当はやめたいと思っていないんだけど、やめておいた方がいいものだよね、という気持ちで禁煙を始める人は、自分自身の深層心理という肝心な部分で、納得しきれていないんだと思います。だからもちろん、失敗する確率が高くなる。

「禁煙が成功するかどうかは意志の強さの問題」というのもよく聞くけれど、ここで言う意志というのも、結局はこのことなんじゃないかと思っています。「飲み会の席でついつい隣の友人から1本もらってしまい挫折・・・」というのも、本人が意識下で「煙草をやめたくないんだけどな」と思っていたからではないでしょうか?

ここまで読んで「やばい、私はもしかしたら本当に『煙草をやめたい』とは思っていないんじゃないか。ということは、やめられないんじゃないか」と思われた方もいるんじゃないかと察しますが、ミラの率直な意見は「無理にやめる必要はまったくない」ということ。「禁煙新聞」なんてタイトルのメルマガを発行しておきながら矛盾していますが(だったら言うな)、本心からそう思っています。「たかが煙草じゃん。吸ったって吸わなくたって私の勝手じゃん」程度に考えていいと思います。家

族や友達や恋人や会社の人たちに何と言われようが「彼らのために」煙草をやめよう、と思ってはいけません。もっとも「喘息気味の娘のために煙草をやめたい、と強く思っている」場合のように本人の意志が明確な場合はこの限りではありません。世間がどんなに白い目をあなたに向けようが「よりよい社会のために」煙草をやめよう、と思うのは無駄です。そもそも世間なんていうのは実体のないアメーバのようなものです。世の中ジコチューでいいのです。もう一度言いますね:

肝心なのは『あなた』が煙草をやめたいと思っているのかどうか

漠然と「やめたい」と思っている人は、まず具体的な動機を探すことから始めてみて。それが禁煙への最初の一歩だと思うから。多少こじつけっぽくても構わないから、とにかく見つけてしまうのが先決。動機ったって、別に立派なものである必要はないし、他人に対して胸を張れる種類のものじゃなくたってオーケーです。とにもかくにも具体的で、「体に悪いから」とか「将来のために」といった曖昧なものじゃなければ何でもいい。ミラの場合は恋が一番のきっかけになったわけだけど、その程度のものでいいのです。「彼女とキスをする時に『ヤニ臭い』と思われたら嫌だな」というのも立派に具体的な理由。

それから、たまに必要以上に悲愴感が漂ってしまう人がいるでしょ。「やめようと一旦は決意したんだけど、つい油断して吸ってしまい、また元のスモーカーに戻りつつあります。今やらなければ、と思っているにもかかわらず、相変わらず煙草を吸っている自分が情けないです。恥ずかしいです」みたいな感じの人。肺が黒くなるのを心配する前に胃に穴があいてしまうんじゃないか、とこちらがハラハラしてしまうくらい落ち込んじゃう人(BGMは葬送行進曲でキマリ)。そういう人も、一度開き直ってしまった方がいいと思うんです。上に書いたように「たかが煙草じゃん」って。「吸っても吸わなくても私の勝手じゃん」って。それで、吸いたいだけ吸っちゃいましょう。吸いながら「今は吸っているけれど、本当はやめたいのかもしれない。だとするとその理由は何だろう。やめるための動機は何にしよう」と考えていいのですから。

動機らしい動機が何も見つからなかった人。もしかすると、あなたにとって今はまだ「禁煙適齢期」じゃないのかもしれない。そういう時期に無理してはダメ。それがいつになるかはわからないけれど、いずれ「禁煙適齢期」はやってくる。そう頭を切り替えるのがいいと思います。だってその通りなんだもん(笑)。さあ、リピート・アフター・ミー

「たかが禁煙じゃん」

それぞれの喫煙者には、それぞれの「やめるべき時」がある。現在順調に禁煙中の人は、その「やめるべき時」をすでに迎えているのです。すぐに挫折してしまった人は、まだ「やめるべき時」じゃなかったのです。でも、いつか必ず「やめるべき時」は来るので、焦る必要はまったくありません。それまで「禁煙新聞」を読みながらのんびりと待ちましょう(^^)。

少しでも気が楽になってくれたら嬉しいな。

コラムページのトップへ