アマゾーナスとは日本語で言うアマゾンのことです
僕は12日間という間を留学生60人とともに
アマゾーナスという大自然のど真ん中で過ごしてきました


アマゾーナスとは・・・

アマゾーナスってどこにあるの?

アマゾーナスは、ブラジルの北西の一番はしに位置する州でブラジル、全26州の中で1番大きい州である。

けれど、あるのはジャングルとアマゾン川やネグロ川などの大自然ばかり

僕が行ったところで町といえる町は州都のマナウスぐらいだった  マナウス観光のときの写真

しかも1日1回は必ず雨が降るといっていいほど、よく雨がふる

アマゾーナスの文化って?

アマゾーナスには他のブラジルの地域とは違った文化がたくさんある

たとえば、インディアン。

アマゾーナスには、まだたくさんのインディアンが住んでいて、しかも昔からの生き方でちゃんと生きている

ジャングルにはまだインディアンの集落がたくさんあるし、僕もそこに行った

食べ物の文化ではまったく僕の町で食べた事も聞いた事もないような果物がたくさんある

たとえば、クプアスー      クプアスー と グァラナ

これはアマゾーナスでだけ食べることのできる果物だが、これは実が下に落ちるまで食べることができない

好みの味は、にたところで言うとナシのような味。とても甘くておいしかった

そして、グァラナ

グァラナと聞いて、何かぴんとこない人もたくさんいると思うので説明すると

ブラジルの炭酸飲料にはコーラやファンタ、スプライトなどたくさんあるが、

ブラジル内でもうひとつ有名な炭酸飲料として、「グァラナ」が挙げられる。

その「グァラナ」の味はシャンパンのアルコール抜きといっていいだろう。

アマゾーナスには、その「グァラナ」の原料となるグァラナの農場がたくさんあり、名産地となっている

現に、マナウスのお土産屋にもたくさんのグァラナの粉が売られていた。

そして、アマゾーナスでは、「本当のグァラナ」を飲むことができる

よくある話だが、

ブラジル全土で売られるような「グァラナ」にはグァラナがまったく入っていないというものがたくさんある

いわゆる、果汁0パーセントというやつだ。

しかし、アマゾーナスにはアマゾーナスだけにしか売っていない「グァラナ」というものが存在する

これが本物の「グァラナ」というやつで、「REAL」という名前のやつ

味は確かに、一般に売っているやつよりも、味は濃い。

でも、そのせいでちょっと味が子供用の飲む風邪薬に似てきているのがたまにキズだが

アマゾーナスの音楽

音楽の文化もその他のブラジルの地域とは一線を化している

ブラジルで有名な音楽といえば、「サンバ」「ボサノバ」などがあるが、アマゾーナスにはアマゾーナス特有の音楽がある。

その名前は「ダンサ・ボイ・ボンバー」

ダンサ=踊りなので踊るのだが、この音楽、アマゾーナスという大自然に住む人、特にインディアンの為の歌だ。

よくこの「ダンサ・ボイ・ボンバー」のショーがあるが、そのときに踊る人たちの身なりはインディアンそのものだ

ここ、アマゾーナスにはこの「ダンサ・ボイ・ボンバー」のためだけに作られたような町が存在する

その町の名前は「パリンチンス」

この町には二つの「ダンサ・ボイ・ボンバー」のチームが存在する。

それは、赤の「ガランチード」と青の「カプリショーゾ」

この町に住む人は必ずどちらかのチームをひいきしなければいけない感じになっていて

その応援ぶりは熱狂的、そのもの。

パリンチンスの人は家の壁の色までそのチームの色に変えてしまう。だから、パリンチンスに住む人でどちらを

応援してるかを知りたければ、家を見たらいい。当然のごとく、カプリショーゾの人はカプリショーゾの人たちと

ガランチードの人はガランチードの人たちとかたまって住む為、その周辺が赤だらけのところや青だらけのところが

多々存在する。あのテレマーの公衆電話でさえ、こっちでは赤バージョンがある。(テレマーとはブラジルの電話会社の

名前で、普通、テレマーの公衆電話は青色なのだ)

そして、そのパリンチンスに不運にも(?)観光に訪れた人もそのとばっちりを食う。

僕たちがお土産屋さんに行ったときのことだ。当然、お土産屋には「ガランチード」のグッズも「カプリショーゾ」の

グッズもある。しかし、買うものはどちらかのチームに隔たらないと、店員さんにいやな目で見られる。

日本では「プロ野球ファン」が存在できても、こっちでは「ダンサ・ボイ・ボンバーファン」は存在できないのだ

それは観光客も同じなのだ

日本人が・・・

ところで、僕のブラジル人友達の中でアマゾーナスに行ったことのある人は意外にいない

ブラジル人はあまり近づきたがらないところらしい。けれど、日本人となると話は別。

現にマナウスにもたくさんの日本企業のビルが立ち並んでるし、

マナウスにあるアマゾーナスに生息する生き物が展示されている博物館(博物館の写真)の館長は日本人だった

そして、アマゾーナスには日本の皇太子さまが訪問されたことがあるらしい。

そこの博物館に展示されているもの全てに日本語の解説がついていた

また、パリンチンスという町に行ったときに、晩御飯を食べたピッツァリア(ピザ屋さん)で、

日本語をやけに知っている人に出会った。その人はお父さんが大阪に出稼ぎに行って、

自分も今年の終わりに大阪に出稼ぎに出かける予定といっていた。

なるほど、アマゾーナスは意外に日本と交流が深い地域らしい。ちょっと嬉しかった

アマゾーナスの川について

船の生活                滝 と 川

僕と、他の留学生は旅行の12日間の中の3日間を船の中で過ごした

船といっても、中型の木製で、2階建ての全長25メートルぐらいの船である。

昼はその船にくっついてきた10人乗りのボートで、川の周辺を散策して、夜はハンモックで寝た

僕たち留学生やその付き添い以外でのほかに乗っているのは、クルーとマナウスなどで売られているアマゾンで

取れるもので作ったアクセサリー(ネックレスや腕輪など)の作り方を知っている人が乗って、無料でアクセサリーの

作り方を教えてくれた

食事は船に乗り込んでいるおばちゃんたちが作ってくれるのだが、食事したあとに出る生ごみは全てアマゾンに捨てる

プラスチックはさすがに捨てないが、鶏肉についていた骨、スイカの皮・たね、時にはまずくて食べれなかったものまで

「ぽい」っと捨てる。最初はちょっと勇気がいる作業だったが、慣れてくると元野球部のピッチャーの血が蘇ってきて

思いっきり投げていたりした

その間にしたことで、とても楽しかったのは「ピラニア釣り」と「ワニ獲り」

ピラニア釣りとワニ獲               ワニ写真

アマゾーニアといえばピラニアというのが、日本にまだいたときの僕の頭の中にあったが

アマゾーニアはその僕の考えを裏切らなかった。

はっきり言います。

アマゾーニアの川には普通にピラニアはいます。しかも、僕たちはその川で普通に泳ぎました

でも、心配しないで欲しいのは、川に入っても、ピラニアは人間を食うということはありません。

だって僕たち食べられなかったもん。

しかもそのピラニアを僕は釣った。ピラニアの釣り方はいたって簡単。

ボートで川の岸辺近くに生えている木の陰などに行く。そして、釣りざおに糸と針をつけて・・・

ここまでは普通の日本でもするつりですることと同じである

ここからが違うのが、針にえさとなる牛の肉の切れ端をつけて、川の中に糸をたらす。

そして、川の表面をバシバシと底にいるピラニアに聞こえるくらいの音を立ててたたく

普通の魚だったら、その音にびっくりして逃げるものだが、ピラニアはやっぱりちがう

その音がえさが落ちてきた音だと勘違いして、逆に音のするところに近づいていくのだ

そして、そこに肉が「運良く」ある

喰らいつく

釣り上げる

おしまい

でも、僕がつれたのは1匹だったけどね。小さいやつ

けれど、昔僕もつりをよくしたけれど、つりはつれなくては釣りというのは面白くない。そこにいてボーっとしてるだけ

で良いんだって言うやつは、それは釣りをしているのではなくて、ただボーとしているだけの人なのだ

アマゾンではつれたのが一匹だけだったが、それでも僕はボーっとしていることはなかった

アマゾンには何が起こるかわからないというのは本当のことで、釣っている間に、何か水面をジャボ・・・ジャボ・・っと

言う音がした。そのときにガイドさんが言った。「あ、イルカが泳いでいる」

そうなのだ。アマゾンにはなんとイルカまでいるのだ。しかもぼくが見たのは普通のイルカだったが、

ピンクのイルカといういかにもかわいらしいやつも存在するらしい。そんな事もあって、僕の釣の時間は飽きるということはなかった

夕方はピラニア釣りの時間なら、夜はワニ獲りの時間だ

ワニはいつも夜に行動している。だから、僕たちもボートで夜にワニを探しに行った

でも、どうやって探すのかと思って、捕まえる為に一緒に来たガイドさんの行動を見ていたら、あることを思った

ほんとにあんた、ワニ探してるの?

なぜかというと、たださえだだっ広い川の真中にボートで行って、懐中電灯で、川べりを照らすだけ

最初、友達と一緒に「これって、今、何してんねんやろな?ってか、まさか探してないよな」といった

けれど、ちゃんと見つけちゃうんだな。これが

しかも、取り方もアバウトの一言に尽きる

エンジンの音をがんがんにさせながら、懐中電灯に照らされて動けないワニに近づいて
(ワニは懐中電灯に照らされるとまったく動かなくなる)

手でガシッと捕まえるのだ

僕の言っているワニとは、映画とかで人などを喰うあのごついワニのことではなくて

大きくても体調1メートルぐらいの小型のワニのことで、

捕まえてしまえばワニの方も「もうどうにデモして・・・」とおとなしくなって暴れないから

こっちも「よしよしかわいがっちゃる・・・・」となかなか好感を持ってしまうワニなのだ

ピラニアよりも怖いアマゾンの魚

アマゾンというとどこの国でも「ピラニア!ピラニア!」と猫も杓子も騒ぎ立てるのだが(特にブラジル人と日本人は)

アマゾンに住んでいる人間にとってピラニアより怖い魚が存在する

その名前はカンジルー     カンジルー

この魚の怖さというのは川の中に入ってきた動物の体内に鋭い歯を持つ丸い口でぐいぐいとは入っていって

ぐりぐりと体をねじりながら喰っていくのだ。ここがピラニアとはちがうところだ

実際に生きたものはアマゾンでは見ることはなかったが、日本で見た「ムツゴロウさん」の番組でカンジルーの

いる川に死んだ牛の頭を放り込んでいた。少し経ってから引き上げるといくつか点々と丸いカンジルーの口と

同じ形をした穴があいていて、死んでいるはずの牛の頭の皮膚がヒクヒクと動くのだ。

その時ナレーションのムツゴロウさんの言葉がえげつない

「これは今、カンジルーが牛の脳みそを食べてるんですねー」     おい!!

一方、ピラニアはそれに比べるとかわいいもんだ。確かに鋭い歯を持っているし、肉を食う。けれど、カンジルーと

違うところは、川に入ってきた人間などを食べないところだ。よく見てみたら、なかなかハンサムな顔をしてるじゃないか

そう思うと、ピラニアもかわいいなあと思ってしまうのは仕方のないことだろう

ジャングルについて       ジャングル写真(その1)

アマゾンといえばやっぱりあの広大なジャングルを思い出す人は少なからずいるだろう

確かにアマゾン川の流域のすみずみにまでジャングルは広がっているし、そこをちょっと離れた町でもジャングルの

散策というのは意外と簡単にできるものなのだ。

ジャングルでの生き方

僕たちといっしょにジャングルの説明をする為に来たアマゾーナス州に住んでいるガイド(これからはパパと呼ぶことにする

なぜなら、このガイドの男は旅行に来た日本人留学生のさやかという子に多大な父のような愛を注いでいて、そのため、僕たち

はその男をひそかに「さやかパパ」と呼ぶようになり、そして略して「パパ」などと呼ばれたためだ)がジャングルの入る前に

口をすっぱくして言っていたことは「ジャングルの中は黙って歩くこと」

ジャングル内では数え切れないほどの音が存在する。その音のほとんどが、そこに生息している動物の音で

その音は「ざわめき」というのに等しい。ここだけは大昔から変わっていないということを痛感するところだ

こんなところで人の話し声などはまるで必要がない。ジャングルを理解するのに声など入らない。

ジャングル自身が話さずして、体のどこかで感じることによって、まったくもってわかりやすく教えてくれるからだ

パパはもうひとつ言っていたことは

「ジャングルはマナウスにもあるショッピングセンターと同じ役割を果たしている」

確かにジャングルには何でもある。食べ物・衣服・水・家具・家までも

家や衣服はただ作る手間がかかるだけで、ジャングルで生きようと思えば、いくらでも生きられるのである

ジャングルで生きるための知恵

婦人雑誌とかで「生活の知恵」みたいなものの特集が組まれてご婦人方はすこしでも生活を楽にしようと、

それを読んでいるようだが、ジャングルにはその「生活の知恵」というものは生死にかかわるものだといえる

知らないと死んでしまい、知っているとそれなりの生活ができる。それを知っているのはアマゾンで今まで生きてきた

動物であり、それを知って今までその生き方を変えなかった人間をインディアンと呼ぶ。

たとえば、食べ物。

インディアンは動物の食べた跡のある果物しか食べない。なぜなら、動物が食べたあとがあるということは

その果物に有害なものがないという何よりの印でもあるし、これは水についても言える

ジャングルには水は本当にたくさんあるが、その周辺に回りに動物の足跡がない水は飲んではいけない

ジャングルではやはり人間は一種類の動物であり、他の動物の手助けがない限り生きられないのだ

ジャングルの仕組み             ジャングルでの写真(その2)

ジャングルというのはただ何の意味もなく木が生えてきるというところはまったく持って存在しない

何事も何かあるというのはそれなりの意味を持って、そこにあるのであって、まったく意味のないものなどは

この世には存在しない。絶対に。

ジャングルにある木々にもそれは当然あって、ジャングルの木々には大きく4つのタイプの木がある

1つ目はマデイラ ジ レー と呼ばれるもので

これは樹齢300年ぐらいの木々で、人々はこれを家を作るための材木に使う。当然、大きくて、ジャングルでも

とても目立つ木だ

2つ目はマデイラ ノブリ と呼ばれる種類

これはマデイラ ジ レー よりも細身の木で、家具の材料となる。

3つ目はアーブリ メデシアル という種類の木々

この単語は日本語に直訳すると、「薬の木」という意味になり、そのとおりで薬になる成分を持っている木の事である

本来、薬というものは石油などからできる前は完全に木々からできていたわけで、今になっても基本的に自然から得る

というスタイルは変わっていない。というよりも変わることができない。いくら人間であっても自然には敵わないのだ

4つ目はマデイラ ブランカ という種類

これははっきり言って人間には直接的にはまったく関係もなく、恩恵も得られない木々である

しかし、この木々がないとジャングルは存在すらできない。なぜか・・・

この木々は今まで説明してきた木々をジャングルの存続の為に殺していく木々なのだ。この木々はまず

比較的大きくなった木の幹を中心にとぐろを巻くように生えていく。それから、このマデイラ ブランカは

そのとぐろを巻いて行った木の樹液を吸って生きていくのだ。樹液は人間の血のような物だから、

当然その吸われていく木は弱くなっていって、最終的に死んでいく。そして、死んで地面に倒れてしまった木は

腐って、そしてジャングルに生息するカタツムリ・ミミズなどに食われて、そして分解されていく。

その食われた後には栄養分の豊富なたくさんの木々が生長する苗床のようなところになって、次の新しい木の

育つ場所となる。こういう風にして、ジャングルには世代交代が訪れるのだ

そういう意味でこのマデイラ ブランカは必要でならないのだ

ジャングルの木々はこの4つの種類に分かれている

またジャングルは木々の生え方が場所によってちがうのだ。これは普通の森とも似ているところがあって

高木は鬱蒼と立ち並ぶところがあると思えば、低木、そして中くらいの木々が立ち並んでいることろもある

そしてアマゾンにしかない生え方をする場所がある

そこには低木しか茂っていなくて、地面にはその木の葉がびっしりと落ちている。

その葉の多さはまるでベットの上にいるような感触にまでなる。しかし、そこはたとえ人間であったとしても

そこにある木を切ってはいけない。なぜなら、そこにある木は幹・根・葉、どれ一つ欠けても

生きていけない木しかないからだ。そこにある木は葉がすべておちるとその木は必然的に死んでしまう

そしてそこからまた新しい木が育ってくるのだ。こんな木々たちはアマゾンにしかないといわれている

ジャングルの動物達について

ジャングルにはさまざまな動物がいるということは、ブラジルの真裏にいる日本人でも想像は難しくない

ジャングルを歩いているとその物音の多さにジャングルを住処にする動物の多さを気付かざる負えない。

ジャングルにはたくさんの大型の動物も住んでいる。たとえば、虎・ワニ・アナコンダ・ヒョウ・サル

しかしこの大型の動物は僕たち人間が見るという確率はきわめて低いといわれる。

彼らもさすがに動物で、よほど事がない限り人間の前には出てこない。

よく見ることができるのは小さなサルや鳥等である。

アマゾーナスの自然の未来について

僕がまだ日本にいる間、ブラジルに行ったら僕はどうしてもアマゾンに行きたいと思って止まなかった。

それは、せっかくブラジルに行くのだからという気持ちだけではなくて、この大自然が人間の手によって

消えかかっているという事実を知っていたからだ。ブラジルに来てから見た雑誌で、アマゾンの特集を組んでいたので

見てみると、驚くべき事実が記されてあった。それは2010年のアマゾンの森林の分布予想図だ。

2010年のアマゾンは楽観的な見方をしても今のアマゾンの3割の森林はなくなってしまっている

悲観的に見たら、当然もっと最悪になる。アマゾンの半分の森林はもうなくなってしまっているのだ。

この特集を見たとき、僕が最初に思ったことは「それなら消える前にぜひ行っておこう」 

まだ、僕はアマゾンの事を何も知らなかった。

僕がアマゾンに行って感じたことは、人間だって結局は一つの動物の種類であって、この自然を頼って

生きなければならない運命にあるということ。どれだけ、人間が地球で一番優秀な動物だといばって見せても

それは地球の自然あってこそのことであり、人間が自然を支配できるというのはまったくの見当違いだ

それを人間で理解できているのは多分アマゾンに住むインディアン等、森に生きる人間だけだろう

あの「ダンサ・ボイ・ボンバー」のショーなどで表現されるインディアンのもの悲しいイメージはなんなんだろう

自分たちの生死にかかわってくる自然に今の人間のように立ち向かっていって、結局はやられてしまう

インディアンはもう悟っているのだと思う。自然とともに生きなければならない運命だということを

だからこそ、人間は世界最大のジャングル、アマゾンを消すわけには行かないのだ

これはもはやブラジルだけの問題ではないのだ。