第一回 孤独な独裁者アドルフ・ヒトラー

1889年、オーストリア北部ブラウナウで生まれる。少年時代は芸術家を目指していたがウイーン造形美術大学を受験し失敗する。第一次大戦では伝令兵としてドイツ帝国陸軍で活躍。敗戦後「ドイツ労働者党」へ入党、党の規模を巧みな演説で拡大する。1920年党名を「国家社会主義ドイツ労働党(ナチス)」へ改名、武力によるクーデターを画策するが失敗、投獄される。復帰後合法的政権獲得に乗り出しライバルを次々と追放し43歳で首相になる。ユダヤ人を迫害し、その人権までも否定した。1934年ヒンデンブルグ大統領が死亡すると総統に就任、全ての権力を手中に収める。世界恐慌で完全に麻痺した経済を公共事業の推進で立て直し、ヴェルサイユ条約を無視し軍備を増強、旧ドイツ領の復帰を目指しオーストリアを1938年併合する。翌年チェコズデーテン地方を併合、そしてファシスト政権の日本、伊と同盟を結ぶ。勢いに乗ったヒトラーはポーランド侵攻を画策、1939年独ソ不可侵条約を締結し一ヶ月の電撃戦でポーランドを占領、第二次大戦の緒戦はドイツ軍の圧倒的な攻勢だった。フランスをも占領しヨーロッパは恐怖した。ヒトラーは東の最大の敵ソ連に不可侵条約を無視して侵攻、一時はモスクワへあと一歩の所まで迫ったが資源に勝るソ連に次第に後退を余儀なくされる。更に超大国アメリカの参戦で窮地に立たされ、内部では暗殺の危機に瀕していたが強運で難を逃れていた。同盟国イタリアの降伏で追い討ちをかけられたヒトラーは先進兵器を開発し劣勢を挽回しようとしたが物量に勝る連合国に首都ベルリンまで追い詰められ、最期は愛人エバ・ブラウンと自殺、千年帝国の野望は夢となった。

管理人Hの私的人物評

歴史にもしもはありませんがもしヒトラーがソ連との不可侵条約を維持してイギリス、フランスなど西方戦線だけに力を集中していたら欧州はいまごろどうなっていたでしょうか?ソ連との戦争がヒトラー最大の誤算だったのは言うまでもないでしょう。ソ連は広大で寒冷、かのナポレオンもこの巨大な国を滅ぼすことはできませんでした。ただヒトラーとしては資源豊富なソ連はやはり羨ましかったのでしょう。ソ連を占領して資源を確保し、日本と協調して超大国アメリカへ挑む、そんなシナリオがあったのかもしれません。この時代の各国の元首はみなカリスマが有りますが一番のワルはこの男でしょう。二番目は東條秀樹でしょうか?あ、スターリン(ソ連)も相当のワルですね、彼はもしヒトラーがいなかったら間違いなくワルの一番手でしょう。以前NHKスペシャルでスターリンのこと放送していましたが彼もライバルをどんどん殺していって権力の座に就いたのです。赤軍の大粛清も行ってますし。イタリアのムッソリーニは・・・ヒトラーの縮小版といったところでしょうか。ムッソリーニはヒトラーのように強い権限は持っていませんでした。ヒトラーは首相と大統領を兼ねた総統というポストに就き暴虐の限りを尽くすのです。イギリスのチャーチルは英雄?でしょうか。アメリカのルーズベルトは歴代大統領のなかでも偉大な大統領といえるでしょうね。私はべつに右翼ではありませんが第二次大戦に昔から興味があります。過去の過ちを真実を後世に伝え、ヒトラーのような恐ろしい独裁者が現れないよう我々は常に監視しなければならないと思います。今後絶対彼のような独裁者が現れないとは限らないのですから・・・。

 

アドルフ・ヒトラー採点

凶暴度・・・★★★★★

演説力・・・★★★★★

社交性・・・★★★

強運度・・・★★★★

 

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