FORMOSAツアーで行く廬山温泉泡湯・清境農場(合歡山)二日遊

1月26日・27

行ってきたぜ!山の奥の奥、廬山へ。

1.26 730 高雄中正技擊館
バスはすでにオレたちを待っていた。総勢38名の団体旅行。こんな旧正月真っ只中でもけっこう客はいるんだな。
下は赤ちゃんから上は73歳のおばあちゃんまで幅広い年齢層を乗せてバスは出発した。

まずは高速を北へ進み、斗南まで突き進む。
北へ行けばいくほど、雨がひどくなっていった。
バスの中では、早速自己紹介が始まった。中には、スピーチ上手なおじさんもいて、そこに台本があるかのようにぺらぺらと5分ぐらい挨拶を続けた。
丁度今は旧正月で新年の挨拶も交えて行われたのだが、みんなそれぞれ様々な新年の挨拶の言葉があって興味をそそった。
そしてオレの番が来た。当然このツアーで日本人はオレ一人。
バスガイド(30代・男)は照れくさそうに、「ごめん、オレ日本語分からないから。スリッパ・ハンドル・あそび・・・。」
とありったけの日本語外来語を口にしてくれた。

なんとか無難に事を済ませ、あとはVCDで映画が流され、オレは寝続けた。


1.26 1130 集集明新書院
バク睡してたら、あっちゅう間に着いた。
廟みたいなところ。とりあえず拝拝だけして、ここをあとにした。
ちょうど対面に戦車公園というのがあり、2台の戦車がまるで滑り台のようにのさばっていた。
朝飯を食っていなかったオレたちはここで、玉米(とうもろこし)を買う。
台湾では“焼き”より、“茹で”のほうが圧倒的に多い。
“焼き”を正道だと思っていたオレは來台3年間“茹で”を邪道とし、口にしてこなかったが食ってみると、いい塩加減でむちゃうまい。
2本食っちまった。オレ台湾来て、食わず嫌いで損してた事多いよな、臭豆腐を筆頭に…。

ちなみにこの集集というところは、921台湾大地震のあった震源地。


1.26
 1330 水里蛇窯
雨止まぬまま、水里蛇窯に到着。
傘を忘れたオレは、昨日買ったばかりのフード付コートが役に立つ。新品だから水を弾くぜ。
ここはどうやら蛇のように細長い窯が特徴のようだ。
小屋に入り、VCDで壷の作り方を紹介してもらう。
古い映像やなと思いつつも、その手間の多さに感心する。最後に文化の継承問題を投げかけられて終わった。

その後、おねえさんが登場し、「クイズ」が始まった。
ちゃんと見てる人はちゃんと見てるよね。完璧な答えを返していた。
正解した人には、そこの特製帽子がプレゼントされた。
1問目、何人かが間違えたあと、おじさんが見事に正解。帽子ゲット。
2問目、また何人かが間違えたあと、今度はおじさんの奥さんが正解。
おねえさんは、ばつが悪そうに帽子を渡していた。夫婦そろってゲットするなんて…。


1.26
 1630 埔里酒場
921
大地震関連のパネル
やはり倒壊した家々の写真を見ると、地震の凄まじさを感じた。
安い酒
まあ、その場の流れ的に紹興酒を買ってみた。
酒アイス
紹興酒紅豆冰棒(10)というアイスがあり、そこにいた観光客ほとんどすべての方が口にしていた。
ほんのちょっぴり酒の味がしたが、これが後で妻を悪夢に誘うことになろうとは…。


1.26
 1700 霧社を経由して廬山へ
途中、台湾中心碑(台湾の中心地点)をバスの窓から眺めた。噂では、地震で中心が何メートルかずれたと聞いていたが…。
そういえば、オレが台湾に来たときからずっと行きたいと思って忘れている嘉義にある『北回帰線標誌』に行きたくなった。

さてと、廬山温泉てのは標高1,000mを越すところにある温泉街。
そこにたどり着くまでには、過酷なワインディングロードが立ちはだかっている。
廬山の道は、勾配は低く、ゆっくりゆっくり登っていくという感じ。
それに比べて、去年の夏に行った阿里山は勾配がきつく、一気に2,200mを登りきる感じ。
しかも、ガードレールがなかったり、崖崩れがあったりと恐怖度は計り知れない。その点、廬山の道は“安全”だった。
廬山温泉に行く途中にある抗日記念碑でバスを止め、休憩に入ったとき、3人の乙女(妻を含む)がこの過酷なロードの犠牲(車酔い)にあった。
妻、さっき食べた酒アイスの影響もあり、K.O.。マットに沈んだ…。
山道に2時間以上揺られたことになる。


1.26
 1915 碧緑大飯店
さすがに寒い。ここは川をはさんで両側に温泉宿があり、山口・長門湯本の温泉街を髣髴とさせた。

1.27
 000 
おやちゅみ

1.27
 630 朝食
朝食はお粥、具はバイキング方式で選ぶ。
漬物やここの名産らしき高麗菜(キャベツ)、そぼろ肉などを載せ、味はグッド。

朝から腹いっぱいになったところで、更に上にある清境農場(1,800)へ出発。ここでは自由行動。

天気は快晴、空気もひんやりとしてキモチイイ。
清境農場てのは、羊がいる他はこれといって特徴はないが、3,000m級の山々に囲まれた景色は雄大で、心を落ち着かせるものがある。
そばには養蜂場があり、ミツバチがうようよいて、そこで蜂蜜ドリンクを買った。

また露店も建ち並び、烤山雞(焼き鳥:丸焼きだった)や炸香(揚げ椎茸)、蜜蘋果(リンゴ)などのいい匂いがオレを誘った。
結局烤地瓜(焼きいも)といつもの香腸(ソーセージ)を食って、また腹を満たした。

おっと、山の天気は変わりやすい。
一瞬にしてまわりが濃い霧に包まれ、1m先も見えないくらいだった。山を甘くみ見んな。

で、集合場所が、ここから3qぐらい下りたところにあってバスがそこで待っていた。
オレたちは40分ぐらい歩かされ、グロッキー。
で、バスも霧に隠され、どこにあるか分からずイライラ。
30
分遅れで何とかみんなが集まり、出発。
さすがにこの時は、バスの中にいや〜な空気が流れてた。

1.27
 1300 眉渓餐廳(レストラン)
昨日の昼食・晩飯・今日の昼食と場所は違えどメニューは同じ。
雞肉・山菜・猪肉・魚・キャベツ・スープ・・・。

これですべての予定を消化し、あとは高雄に帰るだけ。
しかしこの旧正月、大渋滞が待っているらしい。最悪10時間かかると聞かされていた。
山を降りるまでは快調に飛ばしていたバスも街に出れば動かね〜。
またいや〜な空気になりかけたところを、導遊(バスガイド)がカラオケで乗り切ろうとした。
ノッてこないオレたちに、導遊(バスガイド)2曲立て続けに歌ってた。
ちょっとブル〜な導遊(バスガイド)の姿を見て、73歳のおばあちゃんが手を挙げた。
以前にも述べたが、台湾でお年よりの方の中には日本語を話せる方が多い。
おばあちゃんは『港町ブルース』を歌った。
導遊(バスガイド)がオレに「5点満点で採点してくれ。」って言うんで、5点満点を差し上げた。

これでバス内はカラオケの大音響に埋まった、時間を忘れて…。

旅も終わりに近づいたころ、導遊(バスガイド)がみんなに旅の感想を求めた。
「清境農場でお年よりもいるのに、歩かせすぎ。」
「説明不足。」
「旅館で布団が足りなかった。」
「『テレビが映らない』とフロントに言ったら、『すべてのテレビが壊れているんです』と言われた。」
「バスの運転がうまかった。」
などなど、けっこうストレートに発言。
これを参考に旅館・旅行社ともに発展し続けてくれ。

1.27
 1930 高雄中正技擊館
運良く高速では渋滞に襲われず、比較的すんなり帰ってこれた。

みんな、バイバイ。