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旅の諸事にとりまぎれ、数学の仕事のことは忘れていた。クータンスについてから、どこそこへ行くために我々は乗合馬車に乗った。ステップに足をかけた途端、それまでになかったアイディアがひらめいたのだった!・・・・乗合馬車の中では、すでにおしゃべりがはじまっていたので、それを証明する時間はなかったが、わたしにはもう完璧に近い確信があった。証明はカーンに戻ってから、念のために行ったにすぎない。」
これはフランスの有名な数学者ポアンカレが、フックス関数についての発見をした時のエピソードである。
わたしたちの日々の生活の中で、直観が難局を打開してくれることが多い。発明、問題解決、意志決定、創造、未来予測、等の様々な分野において「直観」という能力に期待がかけられている。
直観が鋭いというと、さも「幸福な人」と捕らえられがちで、生まれつきのものだと考えられがちである。しかし、直観という能力は、だれにでも備わってるものであり、訓練次第でその能力をのばすことができるのである。
【直観とは何か?】
ここで少し、「直観」とは何かについて述べてみよう。直観という言葉は、辞書では「言語や記号による論理的思考によらないで成立する直接の了解」となっている。また同音意義語の「直感」という言葉は「物事を、説明や証明などによらず、心や本能で直ちに感じ取ること」となっている。
この2つの語を区別して使う人もいれば、同じものとして使う人もいる。辞書の説明からすると、どちらも直接の認識ということにはなるが、「直感」には「感じる」という点に焦点があって、あてずっぽうでもこの言葉を当てはめることができる。インスピレーションという言葉を使う場合は、だいたい後者が当てられることが多い。ここでは、2つの言葉を使い分け「直観」の方を、正確さという要素があるものとして使うことにする。
よく「直感が当たった」「勘が冴えている」などというと、何か神秘めいた感じを受け、「偶然」「ラッキー」と同義ぐらいにしか考えていない人がいるが、決してそんなことはない。きちんと科学的に割り切れるものなのである。
【直観 VS 合理的経験主義】
問題解決や意志決定を行う場合、皆さんならどうするだろうか?例えば、家を売るというケースを考えてみよう。この場合、まず一つには、相場を知り、様々な条件を分析して、適当な値をつけるという方法がある。これが合理的経験的方法である。よく原理・原則に従うというのはこのことである。もう一つは直観によって判断するという方法である。
一見すると、合理的経験的方法をとる方が賢いように見える。しかし、この複雑な世の中では、その理論の枠組みに当てはまるものばかりではない。あくまでも、合理的経験的方法が有効なのは、次の三つの条件がそろっている場合である。
1.対象に影響する因子が、すべて予想可能または支配可能であること
2.正確に計量または定義が可能であること
3.完全かつ適切な情報が得られること
つまり合理的経験的方法とは、過去の経験から割り出されたものであり、別の新たな要素が絡んでくる場合だと対処できないのである。また、価値、モラル、人の意志といったものが絡んでくると、お手上げである。もちろん、だからといって合理的経験的方法を否定しているわけではないが、その方法でできることは、選択肢をせばめ、具体的な事実と数字をもたらすことぐらいで、最後の決定は、直観に頼るしかないことが多い。
また、直観には合理的に導き出された結論を審査する役目もある。きちんと論理的に導き出されたかのような結論に対して、「これはおかしい」「どうも腑に落ちない」と感じるのは論理ではなく、直観の役目である。
心理学者ドナルド・ノーマンはこう言っている。
「我々はデータが十分そろわないうちに、一挙に答えを得ることがある。決定的な証拠がないにもかかわらず、結論に飛びつき、つかみ取り直観するのである。それでいて、間違うより結果的には正しいことの方が多いのだから、人の知性は不思議なものだ。」
もちろん、だからといって「思いつき」がすべて正しいとは限らない。むしろ単なる自分の願望や感情がそう思わせている場合の方が多い。必要なのは正確な直観であり、その点はうまく見極めるようにしなければならない。
【どのような時に直観が生まれるか】
さて、このでどのようにして直観が生まれるかについて検討してみよう。直観体験は皆個性的であり置かれた環境や個人によって異なるものだが、それらには共通した要素がある。
冒頭にあげたポアンカレの体験のように直観的ブレイクスルーは仕事から離れている時に起こりやすいようだ。この時期は孵化期と呼ばれている。よく日本でも昔から「馬上、枕上、厠上」といって、よい考えが浮かびやすい条件として知られている。
この直観の段階をグラハム・ウォレスは四段階に分けて説明している。まず、第一段階は「準備」の段階である。例えばポアンカレは先の発見の前にぶっ通しで二週間研究したのだが、結果を導き出すために意識的に努力する段階がこれにあたる。第二段階が「孵化」であり「あたための時期」ともいわれる。そして「洞察」「検証」という段階に進む。
準備→孵化→洞察→検証
この「孵化」の段階というのは、直観を得る上で非常に重視されている。心理学では「孵化」の説明として、
1.仕事から離れることによて疲労が回復する
2.ストレスが減少しリラックスする
3.推論的思考習慣(型にはまった考え方)の束縛から離れる
4.有益な情報を見逃す原因となっていた短期記憶を占めていた情報が忘れ去られる
5.無意識のうちに思考作業が続く
6.孵化期に、課題と類似した事物を発見する
などを挙げて、直観的ブレイクスルーが起こる理由を説明している。どれももっともらしい説明であるが、明確な「孵化」といえる時期を経ずに、直観を得ることもある。ただその場合においても、発見の前にはある特別な心理状態、生理的状態におかれているというのは事実のようだ。
【直観の種類】
直観にはいくつかの種類がある。学者にとっては「発見」というタイプの直観が望まれている。つまり真実、現象に潜む本質的な情報を得ることである。
それに対して芸術家にとっては「創造」というタイプの直観が必要となる。発見との違いは「創造」したことが真実というよりは、各人のセンスによって異なる、つまり選択性、代替性というものがあることである。
次に事業家にとっては「予測」や「判断」といったタイプの直観が必要となろう。未来がどうなるか、どの方法を選択するかというのは、原理・原則だけでは割り出せない。未来を読み取る「先見の明」がキーポイントだ。
そして、これはどの人にも必要だろうが、「予告」というタイプの直観もある。これはよく「虫の知らせ」などと言われるようなものである。第二次世界大戦時のイギリスの首相チャーチルは毎夜、車で高射砲陣地を視察に出かけていた。ある夜、彼は陣地を去ろうとしたが、副官が開けたいつものドアからは乗り込まずに車をぐるっと回って反対側のドアから乗り込んだ。間一髪、爆弾が炸裂し、車はもう少しでひっくり返るところだった。チャーチルは笑いながらこう言った。
「あちら側に座った僕の巨体のおかげで、ひっくり返らずにすんだぞ。開いた方のドアに行こうとした時、何かが『やめろ』ってささやいたのさ。」
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