人生において大変困難と思われることを、ものともせずに乗り越えていく人がいる。こういう人は忍耐力を持った人だと言われる。
現代人にとって「忍耐」という言葉はなじまないかもしれない。軽いノリ、要領のよさ、インスタント−−−これらが現代人の理想だからだ。しかし、考えてみよう。あなたの欲しいものがインスタントに得られるだろうか。あるいは得られただろうか。何かをマスターしようと思ったら大きな目標を達成しようと思ったら、やはりある程度の期間努力する必要がある。
ただ、この現代人の忍耐嫌い・努力嫌いの多くは、忍耐というものに対する誤解から生じている。忍耐と言う言葉を聞くと非常につらい、苦しいイメージがある。しかし、「苦しい、苦しい」と言っていては、実際の所忍耐にはならないし、程なくしてその人は忍耐を放棄してしまうだろう。本当の忍耐においては、周りから苦しみに見えることでも、喜んで受け止め、苦しみを苦しみと感じない。見方を変えてしまえば、実に楽しいものになるのだ。

【運を期待していてもダメ】
多くの人々は、成功は運が良かったからだと思っている。確かにその要素はあるが、いつも「運」だけを当てにしていたのでは常に失望していなければならない羽目になる。そう簡単に運がやってきてくれる訳ではないし「棚からぼた餅」を期待していたのでは、いつになったら目標を手にすることができるのやら分かったものではない。
SF作家のH・G・ウェルズは幼少の頃から何度も何度も不運に見舞われたという。事故で骨折して一年入院、その後も父親の店が倒産して貧乏のどん底に陥り、職を転々とする。教師時代にはフットボールで重傷を負い、作家として出るまでに二度の入院生活を強いられた。しかし、彼はあっさりと夢をあきらめなかった。単に運命に流されるなら、自分でどうすることもできないことに直面したとき挫折感に襲われて成功を諦めざるを得なくなる。
もし、だれもが当てにできる幸運があるとしたら、それは自分が作り出す幸運だけである。それも忍耐力があって初めて手にすることができるものである。成功への長い道のりを確実に進んでいくためには強い意志の力が必要である。瞬時にできることならいいが、たいていは目標達成までに時間がかかるので、粘り強く続けていかなければならない。
虫眼鏡を考えてみよう。太陽光線を虫眼鏡で一点に集めると、そこに集中した太陽熱で火を発生させることができる。これは集中力に当たる。しかし、これが硬い木材となると、そう簡単にはいかない。熱力が高まって対象物が燃え出すまで、虫眼鏡の焦点をずらさないようにしなければならないからである。つまり一点に集中した後、その集中を継続させなければ大きな目標を達成できないということになる。その継続をさせるのに必要なのが忍耐力である。

【成功へのテスト】
現実に成功を手にした人々は忍耐の重要性を理解していた。ファニー・ハーストという作家のエピソードはそれをよく示してくれている。ナポレオン・ヒルの「成功哲学」の中で、次のように紹介されている。
彼女は作家として身をたてるためにニューヨークへやってきた。四年間、出版社に通している同じ道を通い続けた。編集者と会った後の足どりは重かった。彼女は昼は働き、夜は希望に燃えて著作に専念していたのだ。この苦悩に満ちた日々の中で希望の光が消えかかったときでも彼女は「いいわ、ブロードウェイ。あなたの勝ちよ」とは決して言わなかった。かわりにこう言ったのである。「いいわね、ブロードウェイ。あなたは大勢を追い出してきたけれど、わたしは追い出されはしないわよ。あきらめるのは、あなたのほうね。」
ある出版社では彼女に断わりの手紙を36回も書き送った。それでも彼女はあきらめなかった。普通の人なら最初の断り状で諦めていただろう。
そしてついにブロードウェイが持っている断絶という名の呪縛が解けたのである。目に見えない何ものかが彼女をテストしていたのだ。彼女はそれをパスしたのだ。そのとき以来、今度は出版社の方がその道を通う羽目になった。
「断じて行えば鬼神も之を避く」というが、あきらめずにじっと耐え続けることにより、ついには道を切り開いていくことができるのだ。人生の難関にさしかかったとき、あと一踏ん張りができるかどうか。それによって難局を破ることができる。忍耐強い人たちだけが、最後の勝利を得ることができる。多くの人々は最初にちょっとした不運や障害に出会うだけで、すぐに目標や願望を放棄してしまうものである。目標を達成するまで、あらゆる障害を乗り越えていくという人はわずかしかいない。ナポレオン.ヒルはこう述べている。
「忍耐力を習慣として身に付けた人は、たとえ失敗しても、あたかも失敗そのものを保険にかけているように涼しい顔をしているものだ。そのような人こそ、どんな失敗を重ねても、最後には梯子の最上段に上り詰めることのできる人なのである。ときには何者かが陰に隠れていて、あらゆる種類の失敗を経験させることによって、忍耐力のテストをしているように思えるときすらある。だが、その失敗にもめげず、挑戦を続ける人たちだけが目標に到達するのだ。このとき、世界はこう叫ぶだろう。
〈おめでとう! あなたならきっとやり遂げると思っていた!〉
裏に隠れているこの何者かは、忍耐力のテストをパスしていない人に祝福をしたりはしない。テストにパスできない人々には賞賛も勝利も与えられないのだ」
そう、多くの成功者はこの壁を乗り越えてきたのだ。成功者というと、常に順風満帆に進んでいるように思えるかもしれないが、実際は途中で必ず幾度もの失敗に出会っているのだ。エジソンは電気を使った明かりを夢見た。一万回以上にわたる失敗にもめげず、実現するまでその夢を捨てなかった。ベーブ・ルースは1330回の三振の後、714本のホームランを打った。英国の作家ジョン・クリシーは753回も原稿を突き返された後、564冊もの著書を世に出した。
それを考えれば、一度や二度の失敗なんてものの数ではないではないか。失敗を恐れていたら何も行動を起こせない。もし失敗したらどうしようとかいった考えは、無視しなければならない。失敗は避けられるなら避ける方がいいが、すでに起きた失敗によって目標をあきらめてしまうのはもっと避けるべきことだ。

【あらゆる誘惑に打ち勝つ】
大きな目標を持って、それに突き進んでいこうとすると、多くの人が足を引っ張ろうとする。「そんなの無理だよ」「お前には無理だ」「もっと楽に生きろよ」と。本人は親切のつもりかもしれないが、大変なお節介なのだ。わたしたちはこのような批判に対して闘っていかなければならない。残念なことに、多くの人は他人へのはばかりということで自分の一生を台無しにしてしまう。失敗をしたら批判されるのではないかと思い、批判されることばかりを恐れる結果、行動を起こせないのだ。
しかし、今の生き方から脱皮しようとするときは、必ず周りとの摩擦が起きるものである。それに打ち勝たない限り、変容を遂げることはできない。人間社会に上下ができるのも、ある意味でやむ得ないところがある。下にいる方がずっと楽なのだから。多くの人は下にいることから脱皮しようとしない。上に上がっていくためには大変な努力が必要だからである。怠惰なのは楽ではあるが不本意な一生を送らなければならないことは言うまでもない。だいたい他人の発言というものは無責任なもので、だれも言ったことの責任をとってはくれない。損をするのは自分である。

【逃げ出さないこと】
もちろん、だれでも目標を達成する途上で苦難にぶつかったとき、逃避という誘惑に駆られなかった人はいないだろう。しkし、もしその誘惑に駆られて逃避してしまったらどうなるのだろうか。それによって抱えていた問題から解放されるかというと、そうはいかない。一時的な慰めにすぎず、問題は未解決のままずっと引きずられていく。そして再びいつかその問題と対面しなければならなくなるのだ。
かつてイギリスの首相チャーチルが世界大戦中、ドイツ軍との戦いに際して言った言葉がある。「危険が迫った時、逃げ出すようでは駄目だ。かえって危険が二倍になる。しかし、決然と立ち向かえば危険は半分に減る。何事が起こっても決して逃げ出すな」
もちろん作戦として一時的に一歩退き、準備を整えてから再び立ち向かうということもあるだろうが、勇気は決して失わないことだ。

【忍耐力を培うには】
忍耐力の重要性を述べてきたが、どのようにしたら忍耐力は身に付くのだろうか。忍耐は我慢とは違う。困難な状況に出会った時「苦しい、苦しい」という思考を繰り返していたのでは次に同じ状況に出会った時に恐怖してそれをさけたいと思うだろう。これでは壁を乗り越えたことにはならない。あるいは、ダイエットなどでよく聞く話だが、我慢して食事を制限するのだが、心の中で「食べたい、食べたい」という思考を繰り返してしまう。これは単にストレスになるだけで、反動が出て一気に食べ物を貪ってしまい、かえって太ってしまう。これでは逆効果である。
これに対しては少し頭を使わなければならない。「恋して通えば千里も一里」という言葉があるのだが、「千里」という、端から見れば堪え難いような距離でも、恋して通う当人にとっては一里にも感じない。この人には恋人に会いに行くことしか頭にないので、周りで雨が降ろうと風が吹こうとまるで眼中にないのだ。つまり、恋人に会いに行くためには、多少の犠牲を払うことなどわけもないことなのだ。これと同じで端からみて、ものすごい忍耐をしているように見えても本人にとってはまるでそんな意識がない場合がある。
忍耐というと大変つらいものという印象があるが、そんなに恐れるものではない。だれにでも培えるものだ。忍耐力を培うための要素としてナポレオン・ヒルは次の8つを挙げている。

1.目標・願望の明確化
あなたが何を望んでいるかをはっきり知ること。これが忍耐力を養う最も重要なステップである。強力な動機付けこそ、困難を克服する力の源泉になる。

2.強い熱意を伴った目標実現意欲
あなたの熱意を周囲が燃え出すほどに高めれば、忍耐力を発揮することは少しも難しいことではなくなるのだ。

3.自信
あなたの能力を信じること。あなた自身の価値を信じること。自信が勇気と忍耐力をもたらす。

4.計画の明確化
計画をきちんと立てること。そうすればやがて忍耐力が養われてくる。

5.正確な知識
あなたの経験、観察をもとにして計画を立てること。この正確な知識を使わず、単なる憶測や推察だけの知識で判断することは、忍耐力をたちまち破壊してしまう。

6.マスターマインド
人々に対する思いやりと調和のとれた協力心のことで忍耐力を強化させる。

7.意志の力
明確な目標に対して常に心を集中する努力は優れた忍耐力を発揮する。

8.習慣
忍耐力は習慣の結果である。だから忍耐力を習慣として身に付けるようにしなければならない。

特に第一の「目標・願望の明確化」は大切な要素である。目標が明確になっていなければ、忍耐をしようとすらしないだろう。例えば50度のお湯に何分手をつけていられるかやってくれ、と頼まれても意味が分からなかったら馬鹿馬鹿しくて耐える気にならないだろう。我慢大会などは目標が設定されて褒美もあるから、耐えるための動機が与えられるのである。
そもそも目標意識のない忍耐とは次のようなものだ。かつてシベリアで捕虜に対して”穴掘り労働”が強制された。土を掘り返して大きな穴を掘っては、次に今掘り出したばかりの土で、その穴を埋めていく作業を繰り返さなければならない。この作業には、終わりというものがなく、いつまでも続く。終わりというゴールのない労働がいかに苦痛なものであるかを、この話は物語っている。「わたしは忍耐力を鍛えたい」と漠然と思ったところで目的がはっきりしなければ、放り出してしまうのは目に見えている。
早稲田大学の本明寛教授によれば、我慢は消極的な根性であり、困難の打開というのが積極的根性だという。一生が忍従という封建時代の女性の話があるが、それで何かが進歩するわけではない。困難の打開とはまさに、欲求を押さえ付けて我慢することではなく、欲求を自己の目標に一点に集中させることである。苦難に伴うストレス、閉じ込められたエネルギーを一気に目的の方向に爆発させるのだ。
要するに目標がしっかりしていて初めて、忍耐強く続ける意志や、苦難にぶつかったときに耐える力や、周りの批判に耐える力、失敗をものともしない力、つまり継続力、忍耐力、意志力、決断力、集中力、といったものが活動を始めるということである。
また、5の「正確な知識」についても、どのようにして目標が実現されていくのかについて知識や、自分の今の状態についての正確な知識を持っているなら、忍耐するのもわけはない。しかし曖昧な知識しか持ち合わせていないなら、今やっていることの意味が分からなくなって投げ出してしまうだろう。