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フロイトの無意識の研究以来、世界中で潜在意識ブームが起こった。能力開発、願望成就、ニューサイエンス、神秘主義、トランスパーソナル心理学等々にとって潜在意識は、欠くことのできない重要なコンセプトになっている。
日本においても、ニューソートの流れをくむジョセフ・マーフィーが火付け役となり、その後、多くの人が潜在意識について語り始めた。雑誌を見れば、必ずといっていいほど、潜在意識を利用するプログラム広告が出てくる。サブリミナルテープ、自己暗示、自律訓練法、イメージトレーニング、ペンダント、バイオフィードバック、etc....
これらのプログラムが強調する潜在意識とはいったい何であろうか。また、それらは本当に効果があるのだろうか。今回は、この潜在意識について見てみよう。
【潜在意識とは何か】
わたしたちの意識は、重層構造をなしている。通常知られているのは、表層意識あるいは顕在意識といわれているもので、その背後に、無意識あるいは潜在意識というものがある。わたしたちは一見自分の意志ですべてを選択して生きているように感じているが、実際には、この潜在意識が大きく影響している。氷山の一角という言葉があるが、表層意識はちょうど氷山の表面に現われている部分に相当し、潜在意識は水面下に隠れている部分に相当するといわれている。
サブリミナルというのはこの水面下の意識を表しているのだが、これにまつわる有名なアメリカの実験がある。映画の中に、見ていても気付かない速度で1コマだけ、ポップコーンの画面を入れる。すると、売店のポップコーンが売り切れてしまったと言う。これはどういうことかというと、1秒の1/24で過ぎてしまう画面が、人間の通常の意識では捕らえることができなくても、潜在意識ではしっかりと、とらえられているということである。だから、わけもなくポップコーンが気になったり、ポップコーンを見た時に「これだ」という思いが出てきたりして、つい買ってしまうということである。もし表層意識で捕らえられる通常の速度であれば、表層意識の判断が働くため、そう簡単に行動に影響を与えることはできない。
これは、表層意識と潜在意識が認識力において断然差があるということを表している。そして、その力を利用できるようにするために、潜在意識開発、潜在能力開発ということがいわれるのである。
先のサブリミナルの話を続けると、この話が広まった後、アメリカでは悪用を防ぐために、テレビにサブリミナルメッセージをはさむことを禁止する条例ができたという。しかし、実際にはサブリミナルメッセージは、あちこちに氾濫している。映画のみならず、雑誌や広告などに巧みに仕組まれている。日本でも、今では雑誌、広告、商品のほとんどに「SEX]等の文字が刷り込まれている。これは、人間の意識がSEXという言葉に強く反応することを利用したもので、それによってその商品を強く印象づけようという狙いがある。これは巧みに刷り込まれているため、ちょっと見ただけでは気づかないのだが、パソコンを等を利用してフィルタをかけると明らかに刷り込まれているのが分かる。
このように、よきにつけ悪しきにつけ、わたしたちは気づかないうちに潜在意識にデータを入れられており、また気づかないうちに潜在意識の強い影響を受けている。潜在意識が強い影響力を持っているということは、その利用法を学ぶことによって、広大な力を得て、人生において成功することも可能だということである。逆に利用法を間違えると、挫折や敗北を生むことになる。
【自分の性格を変えるには】
普通わたしたちは、表層意識でものを考え、表層意識の働きしか知らない。しかし、その原動力となるものは潜在意識である。潜在意識の指令によって、それを受け取った表層意識がものを考えている。
となると自分を変えたいと思う場合、いくら表層意識にアプローチしても、それは火の粉にアプローチしているようなもので、あまり効果はない。そうではなく、火の元である潜在意識にアプローチしなければならないのだ。そのアプローチの方法としては、いろいろあるが、そのなかで一般的なのが表層意識にしつこくアプローチしていけば、そのデータを潜在意識に到達させることもできる。また、瞑想等によりアプローチすることもできる。
瞑想等により潜在意識にアプローチしていくにつれて、潜在意識を知ることができるようになる。潜在意識と表層意識は相反する性格を持っている。潜在意識は、直接的、本能的なもので、「ある」か「ない」かという二極的な性質を持っている。
例えば、人を愛する愛さないのどちらかで、中間がない。少し愛してるとかいうことがない。少しおなかがすいているとかなんてこともない。つまり、両極端しかない。
それに比べて、表層意識は全く違う。確かに潜在意識の指令を受けて、表層意識は働き出すが、潜在意識のように両極端とはならない。今までの経験から得たデータによって、「これくらい食べると自分は満足できる」あるいは「これは、おいしそうだけど、これ以上食べると胃を悪くする」などというように、分析し判断するわけだ。そして食べたり、食べなかったりという行動に移る。
潜在意識は表層意識に比べて断然力の差があるので、うまくアプローチして利用することができれば、絶大な力を発揮することができる。
しかし、コントロール不能な状態で、潜在意識に入ってしまうと危険がある。というのも、あるかないかの両極端しか存在しない意識で、欲求がダイレクトだからだ。その人の潜在意識に性欲があれば、即、性的衝動に駆られてしまう。その強力な力に押し流されて、とんでもない結果を生む時もある。よく精神の分裂ということがいわれるが、それは存在意識に入ったために起きる現象である。つまり、あるときはAという心の働きが極端に出て、またあるときはBという心の働きが極端に出る。表層意識はそれを理性の力によって抑制するが、潜在意識に入っているとダイレクトに出てしまうので、端から見ればおかしく見えてしまうわけである。
というと、潜在意識をいじらない方がいいのかということになるが、そうではない。原動力となっている潜在意識をいじらなければ表層意識は変わらぬままである。普通の人は、潜在意識のけがれにふたをし、表層意識の美しさだけを追求して生き、その表層意識をもってこれが自分であると考えてしまう。ところが、ふたをしていた潜在意識が現れ、自分自身のけがれに気づいた時、唖然とする。これが自分かと。これでは幸福になるはずはないと。
ただ、潜在意識は単純だから、非常に理解しやすい。したがってデータの入れ替えさえスムーズに行えれば、自分の思い通りに変えることができる。
潜在意識のさらに奥に超潜在意識がある。ここにはすべてのデータの根源がある。ここに到達するためには潜在意識を綺麗にしなければならない。というのは潜在意識が雑多なデータで詰まっていると、超潜在意識にアプローチできないのである。
よく潜在意識には無限の知性があるとか、あるいは、ユングが「個人の潜在意識の底には過去200万年にわたる人類の全体験・知識・知恵が圧縮され記憶されている」とか言ったりしているが、超潜在意識というものを考えれば当然のことである。ドイツの科学者フォン・ヘルムホルツがこう語ったことがある。「ことわたしに関する限り、素晴らしいアイディアはは、なんらの努力もなしに、あたかも霊感のように不意に頭に浮かんでくるのであって、わたしの精神が疲労しているときとか、仕事机に向かって緊張しているときには決して思い浮かばない」。歴史上の発見の多くは、超潜在意識との関係からもたらされたものだといってよいだろう。
もし、意識の最も深い部分である超潜在意識に自由にアクセスすることができるようになるならば、未来予知、発見、洞察力、必要な知識すべてを手に入れることができる。つまり天才へと変身することができるようになる。
【潜在能力】
人間の潜在能力のすごさは、例えば身近な例でいけば、スポーツにおいても見受けることができる。プロ野球の場合、球速が130キロとか140キロとかになるわけだが、これを工学的に見ると、ボールが投手の手から離れて振ったのでは完全に振り遅れてしまうという計算になる。ところが、バッターは、きちんとその球をストライクボールかボールかを見極めてうまくバッティングをする。かつて王選手は、球が止まって見えると語ったことがあるが、人間の能力というものには常識ではとらえられないものがある。
また、「火事場の馬鹿力」というものもある。これは、火事などの場合には、普段ならとても持ち上げることができないような重い物をも運んでしまえることを表している。普段なぜそのようなことができないのかというと、表層意識にある理性が抑制してしまうからである。この抑制することによって無謀な行動へ暴走することを防いでいるともいえるが、能力を覚醒させようとする者にとっては、これはしばしば邪魔になる。人間は本来莫大な力を持っているのだが、観念によってその力にブレーキをかけてしまうのだ。
では、どのようにしたら、その抑圧を取ることがができるのだろうか。これは、自分自身の心の働きに対して素直に生きる、ということが大切になってくる。自己を抑圧して生きる人のエネルギーは弱く、逆に解放的に生きる人のエネルギーは強いといわれている。もし自己の心のままに、そしてしかもそれがまともな方向にむかっているなら、エネルギーは増大し、よい方向へと向かうことは間違いない。
ただし、心のままにといっても、他人を傷つけたり、排他するようなものであってはならないことは言うまでもない。
【暗黙の知識の効用】
人間の行動のうちの多くは、無意識が担当している。例えば、棚にある荷物を取ろうとして、歩き出す。これは何でもない行為であるが、実際その過程の行動を一つ一つ意識していたら大変である。日常慣れた動作でも、意識した途端にぎこちなくなるのは、だれもが経験していることだろう。普通は、こうしようと思ったら、あとはほとんど自動的に体が動いてくれる。自動車の運転なんかも、初めのうちは一つ一つの動作を確認しながらするものだが、慣れてくると自然に体が動いてくれる。
これは、行動だけではなく思考についてもそうである。例えば英文を読む場合、一つ一つ単語の意味を確認しながら読んでいたのでは、なかなか先に進めないし、内容を味わう余裕もない。単語の意味を直感的に把握できるようになれば、すらすら読んでいけるのである。
そして、性格についても同じである。例えば、非観的な性格であれば、あらゆるものごとに対して無意識のうちに悪い方向へ悪い方向へとらえてしまう。本人が意識できるのは、そこで加工された結果だけだから、自分がどのような間違いを冒しているかについてまるでわかっていない。
このように、一般に何かをマスターするという場合、いかに意識的な行動を無意識の領域に持ち込むかということになってくる。意識的な過程を経ずに自動的に処理できることが増えてくると、注意を払う必要が少なくなってくる。意識が細部にとらわれずにすむので全般的なことに向けられるようになる。そこで、あとは全体を眺めながら、指令を出すだけで、ことはスムーズに運ばれる。
もちろんベストなのは無意識のうちに行動することもできて、かつそれを意識的にもできるという状態である。意識が働いた途端に、やり方がわからなくなるというのはよくあることであるが、それでは困る。数学などでもよく言われることだが、わかった途端に、わからない状態がわからなくなるという。これは教える側に立った時困ることである。かつて柔道の山下選手が語ったことには、まず初めに稽古(けいこ)の時に、徹底的に体に覚えさせ、無意識のうちにその行動がとれるようにする。次に、その無意識にできるようになったものを今度は意識的にできるようにするという。このようにできればベストだろう。
これとは逆に、わたしたちはよくない行動や、心の働きを無意識的に行っているケースがある。この場合、自動的に行われているため、なかなか本人は気づかない。そのため、まずこの無意識的な行動がどのようなものになっているのかをしっかり知る必要があるだろう。
【潜在意識にメッセージを送る】
潜在意識にデータを入れるには、「記憶する」という方法がある。これは一度、二度、三度、ではなく、十万回、あるいは百万回といったレベルで何度も何度も記憶していくことである。なぜ、何度も何度も記憶するかというと、これが一定の回数になると、わたしたちの表層意識から潜在意識にデータが入り、そして潜在意識から超潜在意識へとデータが流れていくからである。
要は、その人が無意識のときにぽっと出てくる、あるいは眠りから覚める時に、そのデータが口をついて出てくるぐらいのリピートを行うことである。例えば、月曜日になって、「ああっ、会社に行くのはやだな」と思うのと、「さあっ、今日からまた頑張るぞ」と思うのとは、表層意識ではなく潜在意識にかかわる問題なのである。
はじめのうちは、効果が全くないように感じられるかもしれないが、データが徐々に徐々に潜在意識へと植え付けられてくると、その植え付けられたデータをもとに、ある日力を発揮するようになるのだ。
特に効果的なのは寝入りばなに行うことである。寝入りばなで十分ということと、表層で一時間、二時間やることとでは、寝入りばなの十分の方が効果がある。
ただし、潜在意識で思考を始めてきた時には、自分の思念したいいことや、悪いことの両方が生起してくるということである。よってエゴイスティックな考えを持ってはならないし、他人に害を与えることなどは、決して潜在意識に入れてはならない。それは、恐るべき力になってしまうのである。ただ、「お金が欲しい」なとという情報を潜在意識に入れてしまうと、たとえお金が手に入っても、欲望が増大するだけで、なんにもならない。人の欲望は満ち足りることを知らない。それによって、他人を排斥してでもお金を得ようという心を持ってしまったら、心を汚してしまうことになる。他人のためにという考えを持つことが理想であろう。
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