第1章 不思議の国

何も言えなくて・・・退院直後〜その2〜

アフターは一時間ほどでお開きを迎え、それぞれが帰途につくことになった。おかやんはこのとき一抹の不安を覚えた。それは「うっすぃー」という名の、まるで瀬戸内海の漁師のような男の車に乗ったからだった。あれ?これは船…?車…?おかやんは混乱した。

 
おかやんの不安を煽ったのはそれだけではなかった。なんと横には、あのしゃべるアザラシ、マライアがいたのである。もしやこのまま海へ返されるのだろうか…。
 
うっすぃーはおかやんの重い沈黙を打ち破るかのように、運転席からのっそりと後部座席を振り返った。しかしその瞬間、沈黙を破り裂いたのは、マライアの大きな声だった。

「あんた、キモい顔を後ろに向けんな!」

馬鹿な…、漁師さんに向かってなんていう暴言を吐くんだ。水族館に連れて行かれたらお前は一生、水槽暮らしなんだぞ。おかやんは、不安に不安を重ね、青ざめ空ろになった視線をマライアに向けた。

これだけ調教されたアザラシだ。須磨に売りつければ1千万は下るまい。うっすぃーの頭に”捕らえかけのアザラシの皮算用”が一瞬浮かび上がったのだが、それ以上にマライアは計算高かった。

「あんた、今聞いてるのドリカムやん!いいなぁ!貸して!」

車の中に流れる場違いなドリームズカムトゥルーの曲。しかし、うっすぃーは見かけによらずドリカムが大好きだった。そのことを見透かしたマライアの言葉で、うっすぃーの頭からアザラシ拉致売買計画は夢見る間を与えられることもなく消え去った。

「そうやろ?いけてるやろ?でも貸したらへーん。」うっすぃーは御満悦だった。そしてうっすぃーは気分良く二人を送り届けることになった。車から伸びるアンテナには大漁旗がひるがえっていた。マライアの見事な作戦だった。

このやり取りのなか、呆気にとられっぱなしだったおかやんは、何も言うことができなかった。

 

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