第2章 理由

午後のない日

 もうすぐバスケができると思っていた。痛みも消え、腫れも引き、駆け足くらいならできるようになっていた。しかし、少しスピードを上げると膝はカクッと折れてこけそうになるし、階段を一段抜かしで上り下りするとこけそうになった。

 何かおかしい。

 おかやんは友人とともに、膝の治療において世界的な権威であるという医者のいる病院に行った。おかしいと少しは思っていたが、きっと、もう治りかけですよ、と言われるだろうと思っていたから、何も臆することなく診察室に入った。

 2ヵ月くらい前に靭帯を伸ばしてしまったみたいなんですけどね。そろそろスポーツしてもいいかなと・・・。

 おかやんがケガをしたときの様子を語ると医者は看護婦に向かって何か指示を出し、見たことも無い器具を持って来させた。医者はおかやんをベッドに座らせてその器具を膝に取り付け、膝を触りながらしきりに何かを測っていた。

 今にして思えば。人は一生のうちに何度この言葉を使うだろう。現実の映像や音の機械的な記憶と、人のみがなせる高度な論理的思考が結びつく瞬間。そのとき人は、今にして思えば、と思う。おかやんの記憶にある医者の顔は“今にして思えば”やはりそうだったか、という表情をしていた。さらに、看護婦に指示をしたときの顔は、もしかしたら、という表情だった。今にして思えば。

「靭帯は手術しないと治らなないねぇ。前十字靭帯っていう靭帯なんだけどね。切れてるんですよ。たまに膝がガクッとなることなかったですか?この靭帯が切れるとね、前後の動きに対して膝が固定されないんですね。」

 医者の説明を聞き、正確な診断をするためのMR−CTの検査日を決め、大まかな手術日程を決めて病院を出た。その病院のすぐそばに大きな体育館があった。視線の先にリングは見えなかった。

 その日の午後の記憶はなかった。

 午後の記憶がなくなるのは2度目だった。 

 

 流川のツッた足は桜木の蹴りで治ったが♪おかやんの切れかけた靭帯はてっぺいの蹴りでまっぷたつ♪

 大人たちがまことしやかにささやくうちに、いつのまにか子供たちが口ずさむわらべ唄となっていた。

 定期的にバスケの練習を始めて半年。なんだか上手くなってきたかも知れないぞ、と少なからず実感があった。パスが回ってくるようになってきて、シュートが入るようになってきて、リングに楽々手が届くようになってきた。ジャンプショットというものを知って、サークルの誰が目の前にいても、たいていジャンプをするとディフェンスの手を気にすることなくシュートが打てそうだということに気が付いた。

 左45度だった。一番得意なコーナーからジャンプショットを放った。手ごたえが悪かったからシュートは外れると思った。すぐにディフェンスに戻らなければと思いながら着地をした。いや、着地をしたはずだった。

 ボキボキッ!!

 膝が二度鳴った。その瞬間は痛くもなんともなかった。ただ変な感覚だったことを記憶していた。膝のなかに指が入ってきたような感覚だった。

 その直後激痛に襲われた。目が開けられず言葉も出なかった。とにかく痛い、痛い、痛い、痛い。何かわからんけど、かなりやばいケガな気がする。明日自動車教習やのにどうしよ。おかやんはそんなことを考えていた。

 誰かにひきずられてコートの端に連れて行かれ、ようやく目を開けると、心配そうに上から見つめる人たちの顔の輪が見えた。その中にてっぺいの顔が入ってきたと思ったら、

「そんなもん、こうやったら治るんや!」

 桜木花道ばりのローキックが炸裂した。おかやんは気絶した。

 その後、救急車で病院に運ばれ、レントゲンを撮り、靭帯が伸びただけで特に異常はないでしょうということで、ニーブレスという膝のギプスのようなものを巻いて帰途についた。靭帯はレントゲンにうつるはずはなく、その病院の医者は、ボキボキッと膝が二度鳴るという、前十字靭帯断裂特有の典型的な症状を知らなかった。あの時・・・、あの時・・・、もっとしっかりと最初から治療することができていたら、と退院から数ヵ月後、おかやんは思っていた。それも、今にして思えばなのだが。

 ケガの2日後、月曜日の昼過ぎ、おかやんは学校の体育バスケを見に行った。膝をギプスのようなもので固定され、松葉杖を突く姿は、一瞬人目を引いた。

「あれ?どうしたん?」

 みんなおかやんに一度は声をかけた。でもそれは一瞬だった。ケガをした素人は、ただの素人だった。いつも楽しくバスケをしていたみんなが遠くに見えた。笑い声は目の前を通り過ぎた。

 ボールの音がどんどん遠くなっていった。

 その日の午後の記憶は無い。

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