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| <スポーツ>W杯、ブラジル優勝で幕を閉じる |
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2002ワールドカップの決勝戦は、決勝常連のドイツと最多優勝を誇るブラジルの、大会史上初めての対戦となった。 守備的なサッカーが蔓延する中、高いテクニックに根差した攻撃、個人技に依存した局面打開を貫き通したブラジルの戦いは、見る者を楽しませるスペクタクルなものだった。ライバルが相次いで敗退するという幸運はあったものの、イングランド、ドイツという強豪を下しての5度目の優勝は、賞賛に値するものであると思う。 しかし、今回のワールドカップは、これまでになく番狂わせの多い、異例の大会だった。下馬評では優勝候補の本命に挙げられていたアルゼンチンとフランスが、一次リーグでまさかの敗退。ポルトガル、イタリア、スペインも、ホーム・アドバンテージを利した韓国の前に相次いで屈した。 これら強豪国の思わぬ躓きは、日韓の高温多湿の慣れない環境に苦しんだこと、一部の試合で審判があまりにも偏った判定を繰り返したこと、だけが原因ではない。いずれの国にも共通しているのは、主力選手の大半が欧州のビッグクラブに所属しており、年間50試合以上を戦う厳しいシーズンを終えて、精神的にも肉体的にも万全からはほど遠いコンディションで、ワールドカップに臨んだということだ。 ジダン(フランス)、ベロン(アルゼンチン)、フィーゴ(ポルトガル)、トッティ(イタリア)、ベッカム(イングランド)といった各国のエースたちが今大会で見せたプレーは、私たちが知る絶好調時のそれとはほど遠かった。また、ピレス(フランス)、ジェラード(イングランド)、アジャラ(アルゼンチン)、エメルソン(ブラジル)、ダイスラー(ドイツ)など、故障で大会そのものを欠場したスタープレイヤーも少なくない。 前回フランス大会が行なわれた'98年からの4年間は、ヨーロッパのクラブサッカーがビジネスとして急激に肥大化した4年間だった。スター選手の移籍金、年俸は何倍にも膨れ上がり、天文学的な数字の金額がクラブ間を飛び交うことが当たり前の風景になっている。また、各国のリーグ戦にチャンピオンズリーグやUEFAカップを含めた試合日程は過密化する一方である。今回の様々な番狂わせの根底には、現代のサッカー界が抱える根元的な問題が潜んでいるような気がしてならないのである。 日韓の躍進、ブラジルとドイツの復活など、今回のワールドカップは本当に素晴らしい部分もたくさんあった。好ゲームもたくさんあった。日本のサッカーの未来を考えると、本当に多くの人にサッカーというスポーツが認知されたと言う点では、今大会は大成功であったと言える。しかし、である。サッカーを真に愛する者の目から見ると、誤解を恐れずに言えば、今回の大会は本当の意味での“世界一決定戦”ではなかったように思えてならない。 幸いなことに、現在サッカー界も問題に気づいて、具体的な対策に乗り出しつつある。4年後のドイツ大会では、世界のトッププレイヤーが最高のコンディションで最高のプレーを見せてくれることを期待したい。 |
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2002年07月20日 20時56分34秒
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| <スポーツ>W杯、日本代表は史上初のベスト16 |
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日本中を熱狂の渦に巻き込んだW杯は、結局ベスト16という結果が残った。ベルギーと2−2の引き分け、ロシアに1−0の勝利、チュニジアに2−0の勝利でH組1位通過。決勝トーナメント1回戦でトルコに0−1で敗戦。 この結果をどう見るかはいろいろ意見の分かれるところであろう。マスコミの論調を見ても、「今まで勝ったことさえなかったんだから、決勝トーナメントに進出できたことだけでも大成功だ」「トルシエのまずい采配がなければ、トルコにも勝ってもっと上にも行けたのに」など様々である。 しかし、長い目で見たときに今回のW杯が歴史的に大きな意味を持っていることは誰にも否定できない。ということは、もはや今回のW杯は「歴史」なのである。どんなに後悔しても、どんなに嬉しくても、もはや2度と取り戻すことはできない、厳然たる事実なのだ。 だからこそ、今大会についての反省をふまえて、この「ベスト16」という歴史を塗り替えるために何が必要なのかについて考えていかねばならない。 個人的には、「日本サッカー」という独自性を模索し具現化していくことが、何よりも大切なことだと思う。W杯で決勝トーナメントの常連になっている国は、みんな例外なく自分たちのサッカーを持っている。イタリアのカテナチオ(ゴールに鍵をかけるほど堅実な守備)、ブラジルの華麗なテクニック重視のサッカー、ドイツの高さと強さを全面に押し出した組織力サッカー。今回のW杯で、韓国は今までの韓国のサッカーのいい部分とヒディンク監督の持ち込んだオランダサッカーを見事に融合させた、自分たちだけの「韓国サッカー」の一端をつかんだように見えたが、日本のサッカーは「トルシエサッカー」であって、「これぞ日本サッカー」と言える部分はほとんど見えてこなかった。守備に関してはやりたいことは比較的はっきりしていたと思うが、特に攻撃面に関しては自分たちの「型」にはまった攻撃ができていたとは言い切れないと思うし、セットプレーに至っては一つも結果を出すことができなかった。 トルシエ監督の功績そのものは真に賞賛されてしかるべきだと思うし、何より史上初めてW杯で勝利をあげた国に、今すぐ独自性を求めること自体が酷な話だとは思うが、いつか日本がW杯で決勝トーナメントの常連になる時代が来ることがあるならば、それは同時に自分たちの「日本サッカー」なるものをつかむということに他ならないであろう。 |
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2002年7月10日 23時24分15秒
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| <音楽>ジョージ・ハリスンに捧ぐ |
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11月29日、元ビートルズのギタリストであるジョージ・ハリスン氏が、米ロサンゼルスで亡くなった。58歳だった。 確かに“彼には故ジョン・レノンのようなカリスマ性は感じられない”と言う意見も聞かれるが、僕は、20世紀最高のバンドとも評されるビートルズは、ジョージ・ハリスンなくしてはあり得なかったと思っている。 1943年生まれで、ビートルズでは最年少。ジョンやポール・マッカートニーに比べて地味な印象はあるものの、その実力は疑いの余地もなかった。ギターのコードを熟知し、ピッキングの位置を微妙にずらしたり、スライド奏法を取り入れたりする工夫は、ビートルズが自らの音楽性を深めていく過程に大きく寄与したのみならず、その後の音楽の世界における規範ともなったと言えるだろう。 彼がインドのシタール奏者ラビ・シャンカールの影響を受けて作曲したと言われる「サムシング」「ヒア・カムズ・ザ・サン」は、紛れもなくビートルズを代表する名曲に数えられている。また彼は、ビートルズ解散後もソロで「マイ・スイート・ロード」「ギヴ・ミー・ラヴ」などの名曲を世に送り出してきた。 彼の死で、世界はまた一人、偉大な人物を失ってしまった。しかし、彼の生み出した音楽は、永遠にこの世から消えることはない。この僕が世代を越えて彼らの音楽に魅了されたように、本当に素晴らしい音楽は、生きる時代を選ばないからである。 |
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2001年12月02日 20時48分09秒
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| <スポーツ>W杯の1次リーグ組み合わせ発表! |
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2002年W杯本大会の組み合わせ抽選会が12月1日行われ、1次リーグH組の日本は 第1戦(6月4日・埼玉)対ベルギー 第2戦( 9日・横浜)対ロシア 第3戦( 14日・大阪)対チュニジア となることが決定した。 イングランド、ポルトガル、ナイジェリアなどのシード漏れした強豪との対戦が一切なく、世界ランクベスト20以下が4カ国そろったのは8グループ中H組だけ。 アルゼンチン・イングランド・ナイジェリア・スウェーデンのひしめく「死のF組」と比べれば、他の全てが楽なグループのように思えてくるが、それを抜きにしても、正直、くじ運は良い方だったと思う。 実際英国のブックメーカーも、日本の1次リーグ1位通過のオッズをH組で最も低い2.87倍に設定しており、この流れを受けて、マスコミは早くも「決勝トーナメント進出は確実」と浮かれている様子。 でも、思い出して欲しい。前回ワールドカップで1勝もあげられなかった国は一体どこだったのかということを。そして、日本のライバルの韓国(日本が前回初出場だったのに対し、韓国はW杯アジア地区代表の常連)でさえ、今までW杯本大会では1試合も勝利したことがないという現実を。それだけ、世界のレベルは高いのである。F組の中のイングランドも、H組の中の日本も、自分たちのレベルを考えれば、おかれている立場には何ら大差はない。 ただ、ここ数年日本が強くなってきているのは紛れもない事実だし、なにより今回のW杯はホームである。もし1次リーグを1位で通過できれば、ベスト8を賭けた決勝トーナメントの初戦は、恐らくC組のトルコ、中国、コスタリカのいずれかとの対戦になる。つまり、ベスト8への扉は決して閉ざされてはいないのである。 W杯においては、楽に勝てる相手などどこにも存在しない。しかし同時に、絶対に勝てない相手などというのも、どこにも存在しないのである。来年、日本のサッカーの歴史に輝かしい1ページが付け加わるであろうことを、本当に心から期待して止まない。 |
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2001年12月02日 20時02分22秒
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| <スポーツ>佐藤琢磨、F3マカオGPを制す! |
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F1の下のカテゴリーとして知られるF3だが、今までその“F3世界一決定戦”とでも言うべき“F3マカオGP”のタイトルは、今まで日本人には全く無縁のものであった。 ところが今年、世界最高峰のF3と言われるイギリスF3シリーズのチャンピオンを獲得した佐藤琢磨が、その実力を遺憾なく発揮し、ついに日本人として初めてマカオGPを制した。 ちなみに、かつてあのアイルトン・セナも、イギリスF3とマカオGPのダブル制覇を成し遂げてからF1にステップアップしており、来年からF1に参戦する佐藤に対する期待も、未だかつてないほど高まっている。 そのF3マカオGP(第48回)は18日、中国・マカオ市街地コースのギア・サーキット(1周6.120km)で決勝第2レグが行われ、前日の第1レグを制した佐藤琢磨が、ポール・スタートからイギリスF3王者の貫禄をみせつける走りを披露。15周/33分35秒772で2位以下に4秒410の大差をつけて第2レグを制し、悲願のマカオF3制覇を成し遂げた。 総合2位は01年全日本F3チャンピオンのB・トレルイエ、総合3位には予選でトップ・タイムをたたき出したB・ヴィルドハイムが入っている。 その他日本勢は、松浦孝亮、井出有治が総合4、5位に入るなど、下馬評以上の大健闘を見せた。 |
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2001年11月22日 01時58分25秒
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| <スポーツ>中田スタメン落ちのみならず、なんとトレードの噂が! |
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18日のユベントス戦で、ついにスタメン落ちとなってしまった中田。その中田に、ついにトレードの噂までが出だした。 それは、ボカ・ジュニアーズのアルゼンチン代表MFリケルメの代理人が20日、イタリア入りしたためだ。複数のクラブと移籍交渉を行うことが確実で、候補としてはパルマ、ラツィオ、ユベントスが挙がっている。中でも元アルゼンチン代表監督のパサレラ監督が指揮を執るパルマが最有力となりそうなのだ。 また、パルマはモナコのMFガジャルドの獲得も同時に進めており、いずれかのアルゼンチン代表指令塔を獲得した場合は、ポジションの重なるMF中田英寿を放出する可能性も出てきた。 20日付の地元紙ガゼッタ・ディ・パルマは、チェルシーだけでなく、パリSGも中田に興味を持っていると報道しており、フランス代表MFミクーのどちらかが移籍することになりそうだ。 |
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2001年11月22日 01時20分12秒
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