「クインティア・ロード」
第1話
「帝国貴族サラディーナ」



 パジャルメル王国の都市タスケン、王国有数の商業都市である。
 沿海、砂漠を問わず色々な物や人が集まってくる。商人だけでなく、冒険者も訪れ、そして去ってゆく。機導師を目指すラシェル・スチュワートもそんな一人だった。
「ここがタスケンか……僕の住んでる所と大違いだな……」
彼、ラシェルはタスケンの港に降り立ってびっくりしていた。
「おいラシェル。行くぞ」
 一緒に船にのっていた剣士ロディ・クロイツはラシェルをおいて足早にタスケン市内に向かっていった。
「ああ、待ってよロディ」
 ラシェルは急いで追いかけていくのであった。

「すごいね、街中にいっぱい人がいるよ」
 ラシェルには見るもの全てが新鮮に見えた。三千諸島の魚、グラキエース山の毛皮、氷の島のアザラシ……。
「俺達が住んでいたのはパジャルメルの片田舎だったもんな」
 ロディも初めてみる大都市に少し興奮気味だった。
 そして、ラシェル達は一通り街を回り宿を探すことにした。しかし、今日は行くところ全て満室で、やっと見つけた頃には二人ともフラフラになっていた。
「ロディ、僕もう……疲れた……」
「ダメだあ……俺もクタクタだ」
 二人は宿の二階でぐったりしていた。が、物の十分もしないうちに、
「ラシェル、酒飲みに行くぞ! 付き合え!」
 まだベッドに倒れ込んでいるラシェルをひっぱり出して言った。
「ロディ、僕まだ宿にいるよ」
「ダメ、お前も来い」
「そんなぁ……」
 ラシェルは強引に好きでもない酒を飲まされに行くのであった。

「海が好き亭」タスケン中心街にある酒場である。中には半分ぐらい人が入っていて既に賑わっていた。
「ラシェル、何かいるか?」
 嫌々連れてこられたが、お腹も空いてきたので何か食べることにした。
「そうだね、『さわやか小海老煮込み』にしようかな」
 ロディが注文を出してきてラシェルが一人で待っていると、
「お嬢さん、一人かい? 俺と一杯やらない?」と、いきなり声をかけられた。
 ナンパだろう。ルックスはまあまあの美男子だったので、普通の女の人なら良かったかもしれないが、残念ながらラシェルはれっきとした男である。男にナンパされる18才の少年なんてラシェルが初めてだろう。
「おい……僕のどこがお嬢さんだって? ふざけんな!」
 ラシェルはナンパ野郎を絶対零度の視線で射抜いた。
「え? 男? 本当に?」
 うろたえる男。
「当たりまえだろ! 悪かったな、女の子みたいな顔で!」
 そう言われて、ナンパに失敗した男はすごすごと店の奥に行ってしまった。
「参ったな……」
 席に戻ったラシェルはため息をついた。これも自分のせいと半ば諦めが入っていた。
「あら、ラシェルじゃないの。久しぶりね」
 突然名前を呼ばれたラシェルは後ろに振り返った。
「サラさん!?」
 声の主はラシェルの友人、ブレディハールの貴族サラディーナ・フォアサイトだった。
「また女の子に間違えられたの?」
「そうなんですよ、毎日なんですから」
 普段温和なラシェルが一変する時、それは女の子に間違えられる時である。
 昔から会う人ごとにラシェルが男だと思った人は殆ど、いや、まずいなかった。軍へ入隊した時も女の子扱いされて3月14日にクッキーの缶を半ダース差し出されたことさえある。

 別に女装しているわけでもなく、口調も女っぽい訳でもないのに男だと思われていないのが現実だった。
「女の子って言われない日なんてないんですから」
 そう言って、ラシェルはまたため息をつく。
「そういえば、サラさんは何でこっちの世界に来ているんですか?」
 ラシェルが本来ここにいないはずの帝国貴族に聞いた。
「あら……私がここにいたらおかしい?」
「そりゃあ、不思議ですよ。グラディウス山系を越すわけはないし……」
 サラディーナは考え込むラシェルを悪戯っぽく見つめる。
「分からないな……何でです?」
「ふふ、秘密よ」
 なんとなく釈然としないラシェルのもとにロディがかえってくる。
「ん? ラシェル、そこの美人さんは誰なんだ?」
 ロディが相棒に聞く。
「私はサラディーナ・フォアサイト。ラシェルとは友達なの」
 と、それを聞いたロディの目が光る。ロディも群青色の髪と琥珀色の目をした結構二枚目な顔をしているのだが、残念ながら恋人と呼べる人はいない。そんなロディの表情を見てラシェルが危機を察知する。
「ロディ! ロディ!」
 ラシェルは作戦開始しようとしている友人に小声で言う。
「なんだラシェル、もしかして嫉妬か?」
「馬鹿なこと言うなよ、サラさんはブレディハールの貴族なんだよ!」
 驚いたロディの顔を見てサラは再び笑みを浮かべる。
「帝国貴族ね……俺にはちょっと向かんかな?」
 ロディは苦笑いをしていた。

「……ところで、ラシェルは何故タスケンに来ているの?」
 サラは軽くグラスを傾けてそう言った。
「僕は機導術の勉強に来てるんです。つい、こないだ魔法学院に行ってきたばかりなんですよ」
 ラシェルは運ばれてきた料理をつつきながら話した。
「機導で作られたものなら、大体のものは作ることが出来るんですよ。翼飛機や飛空船とか戦車や鉄球砲も……」
 話しかけたラシェルの顔が急に曇る。
「いや、僕は人を殺すためだけに軍隊に入ったんじゃない。パジャルメルの人を……守るために。でも、僕のやった事は……」
 ラシェルの声は暗く沈んでいた。
「ラシェル……」
「いいんですよ、昔のことですから」
 そう言ってラシェルは席を立った。
「何だか疲れちゃった、外に出ようか」
 ラシェル達は食事の代金を払い、外に出ようと扉に手をかけた。

「お前等ちょっと待て。そこの女、帝国貴族だろう?」
 声は入り口近くのテーブルからだった。4、5人の男がラシェル達に近づいてくる。
 反射的に、ロディとラシェルはサラディーナをかばうように男たちの前に出た。
「よお、剣士の兄ちゃん。そこの女を渡してくれないか?素直に渡しゃ、危害は加えねえ。そこの魔法使いの嬢ちゃんにもな」
 ラシェルはまた女の子に間違えられたことも気にしながらも、辺りの様子をうかがっていた。
「こっちは3人、向こうは5人か……」
 3人と言ってもサラは戦えないし、ラシェルの武器は弓なので、接近戦は不可能だ。ここは三六手目の兵法が最善策だとの答えに達した。
「ロディ! サラさん!」
 思い切りドアを開けたラシェルはサラの手を引いて外へ飛び出した。それにロディも続く。
「逃がすな! 追え!」
 ロディ達は夜のタスケン市を疾風の如く走り抜けた。
「畜生! なんなんだ一体!」
 ロディ達は自分達が泊まっていた宿を目指して夢中で走っていた。
 そして、宿まであと数十メートルの所まできていた。

 が、しかし、運の悪いことに宿の手前で挟み撃ちにあってしまったのだ。
「へへ……もう逃げられんぞ」
「大人しく渡す気はないか?」
 敵の数がさっきより増えているようだ、ざっと数えても20人はいるだろう。
「ラシェル……囲まれちまったようだぜ、どうする?」
「やばいね……これは」<
 ラシェルの背中を冷たいものが走りぬけた。敵はジリジリと囲いを狭めてくる。
「さあ、渡して貰おうか?」  敵のリーダー格らしい男が言う。
 さらに敵は近寄ってくる。心臓が破裂しそうに鼓動している。
 ラシェルは覚悟を決めた。「もう駄目か」と思った。
 その時、突然ラシェルの前にいる数人が血を吹き出して倒れた。
「だ、誰だ!」
 狼狽しながらも男が叫ぶ。ラシェル達も訳が分からず辺りを見回す。
「気に入らないねえ、大勢で人を襲うなんて。そのぐらいにしたらどうだい?」
 声は通りの先から。伸ばした赤い髪を後ろに縛った戦士が月明かりに照らされていた。そして手にした剣を振るい斬りかかってきた。
「あんたらなんて、あたしの敵じゃないよ!」
 次々に襲いかかる敵をなぎ倒していく。
「何だかわからねえが、上手くいきそうだぜぇ!」
 ロディもロングソードで応戦する。ラシェルもサラの側にいてショートボウを射る。
「風刃剣!」
 彼女は剣を最上段に構えて一気に振り下ろす。すると、剣の刃からカマイタチが発生して、敵を切り裂いた。ロディも直接命を奪わずに腕や足を切り付けて自由を奪う。
 敵も戦ってはいるが、真空の刃と縦横無尽に動くロディ達に翻弄されていた。
「く、くそっ! 退けっ、退くんだ!」
 辛うじて足の利く数人は散り散りになって逃げていった。

「大丈夫だったかい?」
 彼女は束ねた髪を直しながら声をかける。
「ええ、平気です」
 ようやく落ち着きを取り戻したサラが答えた。
「災難だったねえ、最近ああいうのが増えてるんだよ……ん?」
 彼女は話しながら何かに気付いたようだ。
「あら、誰かと思ったらラシェルじゃないか。あんたこんな所にいたの?」
「リゼリアさん、助けに来た時に気付いて下さいよ」
 赤い髪の戦士、彼女の名はリゼリア・カーナと言う。ラシェルとは「宝石商殺人事件」の時に知り合った仲だった。
「ごめんよラシェル、あんたのことすっかり忘れてたよ。それにしても変わらないねえ」
 リゼリアは再会を祝してこう言った。
「リゼリアさん……」
「おいラシェル、いつまでも表にいると危険だ。中に入ろう」
 ロディの言葉にリゼリア達は黙って頷いた。

「しかし、なんでまたあんなゴロツキ共に襲われたんだい?」
 リゼリアは部屋に戻ったラシェル達に聞いた。
「分かりません。いきなり酒場でからまれて……」
 サラは酒場での一部始終をリゼリアに説明した。
「なるほど、そんなことがあったとはね……」
「でも、連中は何故サラがブレディハールの貴族だって判ったんだ? 服だって別に変わらんし……。連中の事は知らないんだろう?」
「はい、全く。でもリーダー格の人はアルバトゥールの紋章をつけていました」
 サラはあの時、確かにアルバトゥールの紋章を見ていた。帝国の宿敵とされるアルバトゥール王国のエンブレムを。
「アルバトゥール?」
 ラシェルは首を傾げた。アルバトゥールと言えば砂漠世界で帝国と肩を並べる程の強国で、沿海世界でも殆どの人はその名を知っている。
「何故アルバトゥールの人が沿海世界に来ているんでしょうか。2、3人なら、判らなくもないですが、今日の人数から見るともっと多くの人間がいると見るべきでしょうね……」
 ラシェルはこう言って腕を組んで考え込む。
 何故アルバトゥールの人間がサラを捕らえようとするのか。その前に砂漠側の人間が沿海世界に来た理由が彼には判らなかった。
 両世界の間には険しいグラディウス山系があり両世界の交流を阻んでいる。そこを越えるのは屈強の冒険者達でも不可能に近いことだった。
 が、こうして話しているのは砂漠世界の人間、酒場からここまで追われたのも、砂漠側の人間だった。
「ラシェル、確かアルバトゥール王国の人は結果よりもその経過を重要視するって聞いたけどさ、そこの人間が人さらいなんて真似をするのかい?」
 リゼリアはラシェルに質問した。
「そこが判らないんですよ、何故サラさんが……」
 そんな話がずっと続いていた。議論は絶え間なく続き、神経を消耗させていた。

「なあ、皆疲れてるみたいだから休まないか? 話し合いなら明日だってできるだろう?」
 その様子を黙って見ていたロディが口を開いた。
 何しろロディらは今日タスケンに着いたばかりで、旅の疲れの上に今日のことで二人は疲れきっていたのだ。
「そうだね、ラシェル。あんた達は休みな、サラの事はあたしが見ててやるからさ」
 リゼリアはラシェルに向かって言った。
「リゼリアさん……いいんですか?」
「あたしは構わないよ。それにね、危なっかしいんだよ。あんたを見てるとさ」
 リゼリアは顔に微笑を浮かべた。
「一度関わった事は必ずやりとげる。あの時もそうだったじゃないか。でもね、体を壊しちゃ何もならないんだよ」
 ラシェルはその言葉を重く受け止めていた。
「そういえば、リゼリアさんには故郷に子供がいたんだっけ……」
 心の中で、そう思いながら。子供の事をラシェルに投影している、そんな感じがした。
「すいません、リゼリアさん、お願いします」
「安心して休みな、あたしなら平気だからね」
 そう言ってサラとリゼリアは奥の部屋へ入った。
 ロディ達もベッドに入った。
「しかし……何故アルバトゥールが……」
 ベッドの中で寝転びながらラシェルは考えていた。
「まあ、明日になれば……」
 このまま考えてもよい考えは浮かびそうにない。そう考えてラシェルは眠りについた。

「あの人達、ラシェル達になら……」
 サラも寝る前に呟く。
 様々な謎を残してタスケンの夜はゆっくりと過ぎてゆく。
 丸い大きな満月だけがすべてを知るように見守っていた。