巨大なすりばち状の空間、その中心に配列が組まれている。
普通の配列ではなく、現在のどんな配列師の理解をも超えるものだった。
不意に中心から淡い光が生じた。それは見る間に光と強さを増していき、太陽よりも強く輝く。
そして光が頂点に達した瞬間、辺りはまた静寂を取り戻した。
ただ一つ違ったのは、中心に一人の男が立っていた事。
「サラディーナ・フォアサイト、私からは逃げられはしない……」
その声は沿海世界の闇にいつまでも残っていた。
昨夜の事もあって、ラシェル・スチュワートはよく眠れなかった。どうしてもアルバトゥール王国の事が頭から離れなかったのだ。
「砂漠側の人間が、なぜ沿海世界に関わる? なにか理由があってのことだとは思うけど……」
朝からずっとそのことばかりが頭を支配していた。
「考えてばかりいてもダメか」
ラシェルは独り言を言いながら食堂へと出ていった。
「あ、ラシェル。もう起きたのかい?」
食堂ではリゼリア・カーナが朝食の手伝いをしていた。
「おはようございます、リゼリアさん」
リゼリアはすっかり身支度を整えて鼻歌を歌いながら厨房の人になっていた。
「少し待ってなよ、今サラも来るし、料理もすぐできるしね」
リゼリアは上機嫌でラシェルに話しかけた。ふと見ると厨房には彼女一人しかいないようだった。
「おはよう、ラシェル」
そうしているとサラディーナ・フォアサイトも食堂に出てきた。
「あの……サラさん、なんでリゼリアさんが料理しているんですか?」
不思議そうにラシェルが聞く。
「あのね、旅に出ていると料理の腕が鈍っちゃうから、宿の人に無理言って使わせてもらったんだって」
手際よく料理を作り上げていくリゼリアにラシェルはただ感心していた。
「さあ、できたよ。冷めないうちに食べちゃいな」
数分後、テーブルに並べられた料理はどれも食欲をそそるものだった。
「おいしい!」
「本当ね、ラシェル。私が帝国で食べていたものにもひけをとらないくらいよ」
リゼリアはそんな二人を満足気に見つめていた。
「タスケンはいろんなものがあっていいね。あたしも久しぶりに腕を振るわせて貰ったよ」
サラは食事をしながらロディがいないのに気がついた。
「ラシェル、ロディさんの姿が見えないようだけど……」
「あれ、本当だ。ロディまた寝坊してるんだから。困ったな……」
ラシェルが困った顔をして、僕起こしてきますね、と一言残して、鍋を片手に二階へと登っていった。
「なんで鍋なんて持っていくんだい?」
「さあ……」
すると、「だーーーっ!何すんだラシェル!!」
「何言ってんだよロディ! もう朝だぞ、いつまで寝てるんだ!」
二階からロディの絶叫と誰かの怒号が聞こえてきた。サラとリゼリアは驚いて顔を見合わせる。
「今の……ラシェルの声です……よね? リゼリアさん」
その問いにもリゼリアは沈黙で答えた。
「いてててて……ラシェルの奴、手加減って物をしらねえんだから……」
ロディが頭をさすりながら下へ降りてきた。
「ははは、災難だったねえ、ロディ」
「全くだよ。あいつは普段大人しいくせにこういう時は厳しいんだから……結構恐いんだよな……」
ぶつぶつ文句を言っていたロディの横にラシェルが戻ってくる。
「リゼリアさんがせっかく作ってくれたのに寝てるなんて、もったいないよ」
ふくれ面のラシェルが席についてまた食事を始める。
「ねえ、ラシェル。今日何か予定がある?」
食事が終わってからサラが聞いた。
「うーん、学院の方に行ってきてから……何もありませんね」
「そうなの、私少し用があるから、ラシェルにも来てもらおうと思ってね、昨日のこともあるし……」
そう言ってラシェルに目を合わせる。
「……そうですね、じゃあ昼過ぎに僕戻ってきますから、それからにしましょうか」
「本当? ありがとう!」
そう言ってラシェルは学院へと向かった。目指すホルン魔法学院は歩いて10分くらいの所にあった。それでも朝のタスケンは通り中たくさんの人でいっぱいになっている。
「す、すいません。ちょっと……通してください」
そんなことを言ってもラシェルは人ごみにのまれてどんどん流されていって、気がつけば全然違う方向に流されていた。
「はあ……どこなんだろうここ。これじゃ学院に間に合わないよ」
仕方なく街の人に聞いて学院に行くことにした。
「すいません、ホルン魔法学院ってどう行けばいいですか?」
「ホルン? ああ、それならこの通りをまっすぐ行って、学院通りに行けばすぐだよ」
「どうも、ありがとうございます」
その人に礼を言って通りを歩き続けた。
「……何?」
途中、何か奇妙な感じがするのをラシェルは感じた。
魔法使い特有の波動感知能力がそうさせるのだろうか、この街に潜む何かを感じとっていた。しかし、それがどこにいるのか、どの程度の強さまでは今は解析不能だった。学士クラスにまでなればそれも可能なのだろうが、何故か巧妙に防御(プロテクト)されていてラシェルは感じとれなかった。
「機導術だけというのも考えものだな、ちゃんと波動感知や他の魔法の勉強もしておかないと……」
それから十数分歩き続けて、やっとホルン魔法学院の扉を開いていた。
「えーと、機導術の講座は……よかった! まだ始まっていなかったよ……」
掲示板を見てラシェルは胸をなで下ろした。
数分後、講義室のドアが開き、ラシェルはその中に入っていった。
「……であるからして、この機関は、ファトゥムストーンから発生する魔力を動力として……」
教授の講義を聞いてから、すぐに実験をするのが機導学科の特色だった。
「昔、軍にいたときもこんなことやらされてたな……」
ラシェルは目の前の機械をいじりながら、そんな感傷にひたっていた。
ラシェルが軍にいた時、公爵アナスタシア・オーリアンの軍縮政策に反して、パジャルメル軍は一大プロジェクトを進めつつあった。
「陸はガルハドに土竜族、海はドーランドット族に制圧されつつある。我らが パジャルメル軍の力をもってしても、これら全てを駆逐することは困難だ。
ならば、戦艦をも凌ぐ大火力を搭載した飛空船を建造して、空から攻撃を支援すればよい」
当時の機導技術総監ドルフス・アッシリアの言葉を機に、飛空戦艦建造計画「クインティア計画」は進行していった。
軍の内部だけの機密事項だったので、一切口外無用。友人や家族、さらに恋人等本人以外の人には話すことを厳しく禁じられていた。
当時16才だったラシェルも機導術の腕を生かすため、計画に参加していた。
「16才のエンジン整備士か……我が軍もここまできたか?」
ある兵士の一言にラシェルはカッとなった。
「おい、ずいぶんな言い方じゃないか? 僕は機導術の腕をかわれてここにいるんだ、仕事の邪魔をしないでもらえるか?」
「ふん、女顔のお前がなにいっても無駄だよ」
「何だって……!」
そういう周りの視線に対する怒りをラシェルは全て戦艦の建造に向けていた。
そして一年、二年たち、ラシェルも17才になり、まだ雪の残る3月の事、戦艦はほぼ完成していた。
完成前夜、エンジンの整備を終えたラシェルが工場から帰る途中、意外な光景をみかけた。技術総監ドルフスが誰かと密談している所を。
「いよいよ明日ですな」
「ああ、あれができればパジャルメルはもちろん、ブレディハール帝国も敵ではない」
「砂漠世界はあなたがたアルバトゥールにお任せいたしますよ」
「うむ、我々は砂漠のみ制圧できれば良い、沿海世界は貴様等にくれてやる」
「それはそれはありがとうございます」
「うむ、明日を楽しみにしているぞ」
それを聞いてラシェルは元の工場へ急いでいた。
「なんてことだ! 僕としたことが……」
冷静に考えてみれば、そんな大火力を持った兵器が完成すれば軍はそれを平和目的だけに使うわけがありえない。必ず侵略に使おうとするだろう。ラシェルはそのことに気付いてはいたが、怒りと焦りで冷静さを失ってしまっていて、心の片隅に追いやってしまっていた。
「僕としたことが……2年間もその事に気付かないなんて! なんてバカなんだ! くっ……なんで……」
ラシェルはエンジンの前で泣いていた。この2年間、自分がやってきたことが全て正しい事だと思っていたのに……。
ひとしきり泣いた後、巨大なエンジンの動力に使うファトゥムストーンにある仕掛けをした。エンジンの出力が一定以上になると、自動的に機関をストップさせて、動けないようにする装置を取り付けた。それと、主砲をはじめ全ての攻撃兵器を制御する装置にパスワードをかけて、パスワードを自分の持っているファトゥムストーンに封印した。
そして無言で出ていった。次の日、工場にガルハド族が奇襲をかけたことを聞いた。もちろん、戦艦は何も抵抗できなかった。炎上する工場を見ているラシェルの手には、彼の宿命石のエメラルドが握られていた…………。
学院が終わってから帰り道にまた「あの何か」を感じとっていた。
「やはり……何かいる。僕をつけているのか? それとも……」
少し不安を抱いてラシェルは宿へたどりついた。
「あら、おかえりなさい。ラシェル」
宿ではサラが笑顔で迎えてくれた。ラシェルは思わずその笑顔にドキッとした。
「ラシェル、顔が赤いわよ?」
「い、いえ、何でもないです」
小さい頃からラシェルはサラに対してあこがれに近い想いを抱いていた。サラの持つ「年上のお姉さん」的な魅力に彼は知らず知らずのうちにひかれていたのであった。
「サラさん、お昼からどこか出かけるんですよね?」
「ええ、そうよ」
サラはもうでかける用意が出来ていて、あとはラシェルを待っているだけだった。
「行きましょう、ラシェル」
「ああ、待って下さいよぅ」
ラシェルはサラの後について忙しく出ていった。
「ねえ、ラシェルには好きな人っているの?」
サラは買い物を終えた後、突然、言い出した。
「な、なにを言い出すんですか!? サラさん!?」
ラシェルは顔を真っ赤にしてうろたえる。
「そ、そんな、そりゃあ仲の良かった女の子はいましたけど、僕の顔が女の子みたいだから……」
「ふーんラシェルにも気になる娘っているんだぁ」
サラはラシェルをからかうようにしゃべっている。なんとなく、恋人同士には見えないが仲の良い友達のようには見える。それがラシェルの心を嬉しいのと悲しいのが半分ずつに分けていた。
「サラさんって美人だよなぁ……あいつも綺麗だったけど……」
そう話しながら歩いていると、サラは突然立ち止まった。
「ねえ、ラシェル。 タスケン港の方に行ってみない?」
「え、ええ、いいですよ」
そう言って港の方に歩き出した。
「タスケン港」。タスケンでも一番人通りの多い所だ。それも、朝から昼にかけてのことで、夕方には殆ど人がいなくなる。ラシェル達がここに来るまでに日はかなり西のほうに傾いていた。
「ラシェル……」
サラはラシェルに背を向けたまま言った。夕日がキラキラとタスケンの港を赤く美しく染めていた。
「ラシェル、憶えている? ここの事……」
サラは遠い目をして呟くように言った。
「ええ、憶えていますよ。僕がガルハドの襲撃から逃げてくる途中でしたね」
「そう、あの時私は偶然タスケンに来ていたわ。そして、海岸でひどいケガをしたあなたと一生懸命ラシェルを手当てして助けを求める女の子を見たのよ」
今年の3月、ラシェルはガルハドの襲撃から逃げていた。行き先はどこでも良かった、ガルハド族と狂った軍の手先から逃れさえできれば……。ラシェルは小さな木造船で三千諸島をさまよっていた。
「はあ……はあ……ここは、どこなんだろう? 軍はもう追っては来ないと思うんだけど……」
突然、雲行きが怪しくなり、雨が降りだし遠くでは雷が鳴りだしてきた。
「まずいな、ひどくならければいいけど……」
ラシェルのそんな危惧を嘲笑うように嵐は容赦なく彼の船を弄ぶ。ますます雨と風はひどくなり、巨大な波が次々と舳先や舷側にぶつかってくる。
それに続いて、不意に上空が光った次の瞬間、船の帆柱めがけ、雷が落ちてきた。
「うわぁっ!」
落雷のショックで彼は一時意識を失いかけた。
「ま……まだ……僕は……ここで死ぬわけにはいかないんだ!」
ラシェルは体中の力を振り絞って嵐に立ち向かっていった。燃え上がる帆の火を消し、壊れた所を修理しながら、どうにかこの嵐を抜け出ようとした。しかし、運命は彼に味方しなかった。嵐は枯れ葉のように翻弄されるラシェルの船に止めの雷剣を叩きつけたのだ。
「ああっ!」
船は文字通り木端微塵に砕け散り、ラシェルは直撃に近いダメージを受けて海に投げ出された。どうにかして泳ごうとしても体が全く動かない。
「だめだ……もう体が動かない……ミーシャ、ごめんね……」
ラシェルは薄れていく意識で幼なじみミーシャ・フローリアの名を呼んだ。
意識を失う前に、ミーシャの声が聞こえたような……。
そして目の前が真っ暗になった。
「……ェル、ねえ、しっかりしてよ! ラシェル!」
眠りの底にいた彼を揺り起こしたのは聞き覚えのある声。
「う、ん……」
ラシェルは薄く目を開けた。すると、見覚えのある少女が一生懸命彼の手当てをしていたのである。
「ミーシャ? そんな、ミーシャがいるはずが……」
とりあえず目を開けた彼はさっきの思いを撤回せざるを得なかった。
「ラシェル! よかった、気がついたのね!」
彼の目の前には、幼なじみの少女ミーシャが涙をいっぱいにして立っていたのだった。
「ラシェル!」
彼女はいきなりラシェルに抱きついてきて思いっきり泣きだした。
「お、おい、ミーシャ、痛いったら、まだ傷が痛むんだから」
「私、ラシェルが遭難したって港で聞いて、すごく心配したのよ……。冒険者の人も手伝ってくれて、どうにかあなたを見つけたときはもう、私……」
涙声でミーシャはラシェルに話した。
ラシェルと同じ銀色の長い髪がタスケンの夕日に美しく映える。それを廊下で聞いていたのは他でもない、サラディーナ・フォアサイト。そしてサラは小さく微笑むと夕闇迫るタスケンの街に消えていったのだった。
「そう、あの時から私は沿海と砂漠を自由に行き来していたのよ」
サラは歩きながら意味ありげにラシェルの方を振り向く。真摯な瞳が重い事実を伝えるように、まっすぐ彼の方に向けられている。
「ラシェル、あなたは知っているでしょう。私のいたブレディハール帝国の近くには、パジャルメルと結ぶ配列があることを」
ラシェルは息をのんだ。
「私の家、フォアサイト家は代々、砂漠と沿海を結ぶ道を守らされてきたわ。そして、クインティア計画の事を聞いて帝国から沿海世界にやってきたの」
軍は秘密にしてきたはずの計画がブレディハールには既に漏洩していたのだ。
「もちろん、技術総監ドルフスとアルバトゥールの密約も、私には分かっていた。彼は戦艦と引き換えに沿海世界の実権を握るつもりだったのよ」
ラシェルはサラの話に絶句した。まさかそこまで帝国が計画を知っていたとは信じられなかったからだ。
「ラシェル、私の話はここでおしまい。次はあなたの話も聞いてみたいな」
サラはラシェルに向き直って言った。
「ええ、けれどリゼリアさんやロディも心配してるだろうから、宿でお話します」
そういってラシェル達は帰路についた。相変わらず夕日が二人を照らしていた。
「遅いなぁ、何やってるんだ? 飯が食えないじゃないか」
宿ではロディが悪態をついていた。
「そんな事言うんじゃないよ、子供じゃないんだから、ちゃんと帰ってくるって」
リゼリアも心配なのか夕食の準備をしながら何か落ち着かないでいた。
「ま、そのまま待つことだね」
そう言って、リゼリアは厨房に戻り、ロディはまた食堂にとり残された。
しばらくして、宿の扉を叩く音が聞こえて、誰かが宿の中へ入ってきた。
それを見てロディは様子を見るために散歩がてら玄関へ出た。そこには一人の女戦士と銀色の髪をした少女が立っていた。
「どうした? ここに泊まるのかな?」
ロディはチャンスと見たのか即座に声をかけた。
「人を捜しているんです」
銀髪の少女は不安で消え入りそうな声でそう答えた。
「ええ、なんでもラシェル・スチュワートとかいうらしいんだけど……」
「港で一生懸命捜しているのを見かけてね、つい断りきれなくなって一緒にこうやって捜しているのよ。ほら、この辺りは物騒だから」
この少女と一緒にきた親切な(?)人はジオ・ライガというチェンジリング妖魔の女戦士だった。
「それにね、『恋人を捜してる』っていわれたら断れないじゃない」
ジオのその言葉にロディはまたショックを受けた。
「ラシェルの奴……」
ロディはもう内心思いっきり泣いてしまいたいくらいだった。サラといい、今回のこの娘といい自分の女運の無さにほとほと嫌気がさし始めてきているのだ。
「それで、あんたの名前は?」
ロディはギリギリの線で表面上平静を装い、少女に聞いた。
「ミーシャ、ミーシャ・フローリアといいます」
ミーシャは小さく答えた。
「ミーシャ、あんたの恋人はちゃんとこの宿にいる。もうすぐ戻ってくるはずだもうすぐ、な」
ロディがそういうとミーシャの表情に一気に光がさした。
「本当ですか? ラシェルがここに?」
ミーシャはジオとロディの手をとって、ありがとうございます、と深く頭を下げて何度も礼を言う。
「よかったねぇ、本当に」
ジオの目も少し潤んでいた。
「騒々しいね、なにかあったのかい?」
リゼリアも玄関の騒ぎを聞きつけて出てきた。
「ああ、リゼリアさん。聞いてくれよ」
ロディがそのことを言うと、
「そうかい、じゃあまたすごい物つくらなきゃ」
そう言って厨房へ走っていった。
「ラシェル、早く戻ってこいよ」
ロディは表へ出てそう呟いた。
今日も月が大きく美しく輝いている。まるで恋人達の再会を祝福するかのように。
終