「ただいま」
ラシェル・スチュワートとサラディーナ・フォアサイトが宿に戻ったのはすっかり日が暮れてからのことだった。
「ああお帰り。ラシェル、サラ」
「ラシェル、お前にお客さんだ。ロビーにいるから会いに行ってやれ」
ロディがぶっきらぼうに言い放った。
「え? 誰だろう?」
ラシェルは不思議に思いながらロビーに出ていった。
「あの、僕に何か用ですか?」
ラシェルはロビーにいた女性に声をかけた。
「あなたがラシェル・スチュワートさん?」
「ええ、そうですが」
女性はそれを聞くと、会わせたい人がいるのと言ってラシェルを2階へと連れていった。
「自己紹介がまだだったわね。私はジオ・ライガ、ミーシャさんからあなたの話は聞いているわ」
「え? なぜミーシャの事を?」
ジオはそう言いながら2階のある部屋の前へ彼を連れていった。
「この部屋の中よ。安心して、悪い人じゃないわ。それならロディさんやリゼリアさんが黙っていないもの」
ジオはそう言うと微笑んでラシェルの背中を軽く押す。
そのままラシェルは狐につままれた思いで部屋へ入った。
部屋に入ろうと足を踏み入れると、突然、目の前に大きくて柔らかいものがかぶさってきた。
「う、うわっ!」
ラシェルは慌てて逃げようとするが、抱きつかれて動きを止める。不意に覚えのある甘い香りがした。
「も、もしかしてミーシャ?」
自分の胸の中にいる銀色の髪の少女、それはミーシャ・フローリアその人だった。
「ラシェルがタスケンに来てるって聞いてね、追いかけて来ちゃった」
「追いかけてきたって、ミーシャ……」
本当は女性が苦手なラシェルが顔を真っ赤にさせる。ミーシャの甘い香りで気絶しそうになっていた。
ロディあたりが見たら思いっきりうらやましがるだろうが、今のラシェルにはただ困惑するしかなかった……。
「どうだった?」
ロビーに降りてきたジオにリゼリアが聞いた。
「ええ、幸せそうにしてますよ」
ジオが子供っぽく笑って答える。
ロディはなんとなくふてくされたような感じで果実酒を流し込む。
「どうしたんだい、ロディ?」
「ん、いや、何でもない……」
ロディはグラスを置いてため息をつく。
「リゼリアさん、少しの間だけ、オレとつき合ってくれないか?」
ロディの誘いにリゼリアはロディの顔を見つめて微笑む。
「あたしでいいんならいくらでもつき合ってあげるよ……」
そう言ってリゼリアはグラスとワインを持ってくる。
「ふぅ、私にもあんな人がいればいいんだけどなぁ……」
そんな事をジオは呟いていた。
「ねえ、ラシェル……」
「な、なに?ミーシャ……」
ラシェルは相変わらず顔を真っ赤にしている。なぜなら、実は二人は同じベッドに横になっているのだから。自分の客のために他の人、リゼリアやサラなどをベッドから追いやる事などラシェルには想像もできなかったからだ。ミーシャが来たことでラシェルは床に寝ることになってしまったのだが、タスケンの夜はかなり冷えた。ラシェルが凍えそうになっているのが耐えられなかったミーシャがベッドに引き込んだのかもしれない。
「ラシェル……私、幸せよ」
「えっ?」
「だって、自分の好きな人の側にいられるのよ、これ以上の幸せってないじゃない……」
「それはそうだけど……」
ラシェルが返事に窮していると、ミーシャがもたれかかってきた。
「ミーシャ……?」
「好きよ、ラシェル」
ミーシャは目を閉じている。ラシェルの心臓もこれ以上ないスピードで鼓動している。
「うっ……」
肩に二つの柔らかい感触があった。いつも見慣れた幼なじみの顔が息のかかるほどすぐそばにある。
ラシェルはミーシャの肩を抱いてゆっくりと顔を近づけてゆく……。
その時、ガシャーンという窓ガラスの悲鳴が部屋の空気を引き裂いた。
「ラシェル・スチュワート……ついに見つけたぞ!」
窓の外には漆黒のマントに身を包んだ男が浮かんでいた。
「くっ!」
とっさにラシェルは枕元にあった機導弓に手をのばす。
「無駄なことを!」
男は手を払うとそこから真空の刃が襲いかかってくる。
ラシェルはミーシャをかばって肩や腕で受け止めてしまう。
ザシュッと身体を切り裂く音、真っ赤な血しぶきがラシェルの肩や腕からあがる。
「ああっ!」
「ラシェル!」
ラシェルが手で傷を押さえながら男を睨み付ける。
「何者だ?、お前達……何が目的だ?」
「目的はお前自身だよ、ラシェル・スチュワート。動力炉の封印を解けるのはお前だけだ」
「何だって……もしかしてお前は……」
記憶の中を総動員するまでもなく、ラシェルはすぐに答えを導き出した。
「お客様! どうかなさいましたか!」
「ラシェル! 何があったんだ?」
騒ぎを聞きつけて宿の主人、ロディにジオ、そしてリゼリアとサラが上がってくる。主人はラシェルの部屋のドアを一気に開けた。
「お客様……ヒィッ!」
「下がってて下さい、ここにいると危険です」
主人は情けない悲鳴を上げて下へ降りていってしまった。
ジオがワルキューレの槍を構えて先頭に立つ。ロディも新調したクレイモアを抜く。
ラシェルがロディに視線を送るのを見ると、男は手を振りかざして何か呟く。
「まずは、お前達からだ……」
次の瞬間、ロディとリゼリアの足元が不気味に光りだした。
「!」
光を増していくのと同時に徐々に体の自由が失われていく。数瞬後にはまるで金縛りにでもあったかのように全く体が動かなくなってしまった。
「何だい、これは……体が……」
「ちっ、普通の魔法じゃねえな……」
リゼリアとロディは剣に手をかけたままの状態で停止していた。
「ほう、サラディーナ、お前もいたのか。これは好都合、二人とも戴いていくぞ!」
「サラさん! 逃げて下さい!」
ラシェルが悲痛な叫びをあげる。サラは一瞬判断に困るような顔をしたが、振り返ってドアの方へと走って行こうとした。
「逃がすか!」
男は念を込めて両手を前に突き出し、強力な衝撃波を放つ。
「うぐっ!」
「きゃぁぁ!」
ラシェルとサラは直撃を受けて壁に叩きつけられる。気絶した二人にジオが駆け寄る。
ジオはそのまま男をキッと睨み付けた。男は不敵な笑みを浮かべている。
一人だけ自由のきくジオがワルキューレの槍を構えて男に向かってゆく。
「邪魔だ!」
再び払った腕から風の刃がジオに襲いかかる。
「くっ!」
ジオはとっさに身をかわして男に槍を突き出す。
完璧な間合いだった。ジオの鋭い一撃は男の左胸をまっすぐに貫いた。
「ほう、この私に傷をつけられるとは……」
「なっ! 心臓を貫通しているはずなのに、そんな訳は……」
男の胸元を見てみても血の一滴すら流れていない、確かに槍は彼を貫いているのに。それどころか男は平然と笑みさえ浮かべてジオを見つめている。
男は冷たく笑ってジオの胸に手を当てる。
「だが、これで終わりだ!」
そう言った瞬間、ジオの体はまるで紙屑のように吹っ飛ばされた。
「きゃぁぁぁ!」
部屋の入り口のドアを突き破り、そのまま宿の石壁に嫌というほど叩きつけられる。
「あ……か、体が……」
ジオは胸を押さえて力無く床に倒れ込む。
「フフフ……さて、ラシェルとサラディーナは戴いてゆくぞ」
さらに、男が手をかざすとラシェルとサラを透明な球体が覆う。
それはラシェル達を包み込んだまま縮小し、二つの美しい水晶球へと姿を変えた。
「ラシェルもサラディーナも手に入った。計画再開できたも同然だな」
二つの水晶は空に浮き、男の手の中に収まる。
「二人を取り戻したかったらエルゴン島にある工場跡へ来るがいい、歴史の証人は多い方がよいからな……」
男はマントを翻すと夜空へと溶け込むように姿を消した。
「待ちやがれ! ラシェルとサラを返せ!」
ロディの叫びは空しくタスケンの闇に飲み込まれてゆくだけだった……。
「く、ううっ!」
「ジオさん……動かないで下さいね」
朝になってリゼリアとミーシャは宿で本格的にジオの治療をしていた。
「リゼリアさん、包帯取ってもらえます?」
「こ、これかい?」
実際の所、ジオの手当をしているのはミーシャだった。
慣れた手つきでてきぱきと手当をしてゆくミーシャにリゼリアはただ目を丸くするしかなかった。
「はい、これで終わりですよ」
包帯を巻き終えたミーシャがにっこりと微笑む。傷自体は大したものではなく、ジオの体力があればすぐに治る程度のものだった。
「ミーシャさん……ありがとう」
ジオがミーシャに礼を言う。
「はあ……しかし、あんたがこんな風にできるとはねぇ」
リゼリアは腕を組んで感心していた。
「ええ、少しでも人のためになろうと思って勉強したんですけど……」
ミーシャは一息つくために椅子に腰を下ろした。
「それは、ラシェルさんのためにも?」
ジオが少し意地悪く聞く。笑った表情の中にも悪戯っぽさが見て取れる。
「そっ、それは……」
顔を真っ赤にさせたミーシャがうろたえる。その様子を見てジオは再び微笑んでみせる。
「でも、ラシェルが遭難してこのタスケンに流れ着いた時は、本当に彼の事しか考えられませんでした。私はただラシェルを救いたい一心で。あの時は本当に夢中で、教わった手当の方法をありったけ使って、手当したんですよ……」
そう話すミーシャの目には涙が浮かんでいた。ミーシャの恋人は彼女の目の前で水晶に封じられ、連れ去られてしまっていた。屈強の冒険者ならともかく、18歳の普通の少女には想像を絶する出来事だった。悲しさで自らを閉じてしまうこともなく、このように気丈に振る舞っていられるのが不思議だった。
「……ごめんなさい、ミーシャさん」
ジオがミーシャに詫びる。
「私がもっと強ければ、ラシェルさん達はさらわれることもなかったのに、私のせいでラシェルさん達は……」
ベッドのシーツをつかんで歯がみする。
ジオは泣いていた。ラシェルとサラを守れなかった自分の無力さに涙していた。ラシェル達とはつきあいはあまりないが、関わった人が目の前で傷ついてゆくのが彼女には耐えられなかった。
「私……このままじゃいけない、もっと強くならなきゃ」
シーツを掴む手に力が入る。涙が一粒シーツにこぼれ落ちる。
「ラシェルさんや、サラさんを取り戻すまで、私は……負けない」
ジオの目は決意の光でいっぱいだった。
「そうだ、ラシェル達の為にも負けちゃならねぇな」
そう話しているとロディが地図を片手に部屋へ入ってきた。
「エルゴン島の場所が判ったんだ。この地図を見てくれ」
ロディは持ってきた地図をテーブルに広げる。
「エルゴン島と言ってたな、それでラシェルの航海図で調べたんだが、大体このタスケンから船で三日ほどの場所にあるそうだ」
ロディはタスケンから一本の線を引いて、ある島に丸をつけた。
「この島がエルゴン島だ」
ペンを置いて腕を組むロディ。
「人は住んでいるの?」
「正確には『いた』だろうな。周囲16キロに渡る島だ、何人か住んでいても不思議ではないが、そんな工場のある島に一般住民なんて住まわせないだろうさ。それよりも……」
なぜかロディの表情が曇る。ジオとリゼリアが目を見張って次の言葉を待つ。
「船を、オレが動かすことになりそうなんだ……リゼリアさんやジオはできるか?なるべくならやってもらいたいんだが……」
意外な言葉にリゼリアが吹き出した。
「ははははは、ロディ、そんなことで悩んでたの?」
「仕方ないだろう? 操船技術はラシェルの方が上手いんだから」
ロディの言葉にも一理ある。ラシェルの所属は小型機導艇、今で言う水雷艇や高速巡視艇の類の操船担当、ロディは同じ海軍でも陸戦隊、つまり海兵隊の所属だから航海術に自信がないのは仕方がなかった。
「分かったよロディ、あたしがやったげる。これでも得意なんだよ」
リゼリアは笑いながらロディの肩をたたいた。
「そのかわり、向こうではしっかり働いてもらうよ」
「う、ん……」
冷たく固い石の感触が意識を目覚めさせる。
「こ、ここは?」
ゆっくりと身を起こして辺りを見回す。
どうやら牢の中らしい。しかし体に傷はなく、何も取られた様子はなかった。あたりは薄暗く、なにやら言葉が聞こえてくる。
「お目覚めかね、サラディーナ・フォアサイト……」
目の前にはサラ達を襲った、あの男が立っていた。
「あら、こないだはどうも。丁重なお出迎えありがとうと言えばいいのかしら。でも、その前に名前ぐらい名乗ってもいいんじゃない?」
サラは薄く笑って男を見上げた。明らかに皮肉が込められている。
「ふふ、そういえばそうだな。私の名はレスター・ウェルト。砂漠側の者だよ。お前と同じな。」
男は口元に笑みを浮かべると、近くの部下にサラを出すように命じる。
「くっ……」
兵士風の男が二人、サラの腕をつかんで引っ張り上げた。
「ついてこい」
レスターはサラ達を連れ、さらに下へ降りてゆく。
最初は石造りの壁で覆われた地下室、頑強な兵士が部屋を見張っていた。サラは辺りを見回す。見たところ帝国で手に入れた情報通りだった。
(ここまでは、情報通りね……でも、これからはどうなるか……)
さらに四人は下へ降りてゆく。タラップを降りてゆくと、周りの景色が一変した。見たこともない金属でできた壁、粘液で覆われた異形の生物の大きなカプセル、巨大なファトゥムストーンを中央においた機導装置、その空間にあった物の全てがサラの想像を超えていた。
「これは……一体……? どうやって地下にこれだけのものを……」
「驚いたろう、サラディーナ。さて、これを見たらどう言うかな?」
そう言ってレスターはサラを別の区画へ連れてゆく。
「さあ、サラディーナ、この奥だ。自らの手で扉を開くがいい」
サラはレスターをキッと睨み付けて扉に手をかける。
そしてサラは金属製の扉を開いた。
次の瞬間、サラの視界に飛び込んできた物は彼女から言葉を奪った。
「な……ラシェル!」
彼女の目の前には共に連れ去られた少年、ラシェルがいた。
ラシェルは巨大な配列の中央に膝をついた状態で繋がれていた。
配列は何人かの魔法師で補助配列法を組まれていた。
数種類の宿命石の光が部屋に妖しく影を投げかけている。
「レスター様、異常ありません。全て順調に進んでいます」
「うむ、そのまま精神介入を続けろ。残された刻は僅かしかないのだ」
「はっ、お任せ下さい」
サラは何が行われているか全く分からなかった。
ただ、とてつもなく恐ろしい事が行われている事だけは分かっていた。
「サラディーナ、これから私が何をしようとしているかわかるかね? これは生者の精神を破壊して術者の意のままに肉体と魂を操る魔法……大空白時代以前の魔法だ。別名ケフェウスの外法と言われているがね」
レスターはサラの腕を捕らえて言う。呪法の言葉はだんだんと熱を帯び始め、禍々しい空気がサラの肌にも感じられる。
「精神を……破壊する……?」
サラの身体に戦慄が走る。そんな事は全く想像の地平を超えていた。催眠術や魔術で精神を支配するのは聞いたことがあったが、これから行われようとしているのは精神そのものを破壊するものだった。言いようもない恐怖にサラは襲われていた。
「ふふふ、驚きのあまり声も出ないか、無理もない。しかし、喜んで戴きたい。『ケフェウスの外法』が現代に甦る歴史的瞬間を目撃できる名誉ある人間になったことを」
レスターは朗々とした声と共に配列の中心へ進み出る。
「始めるぞ、失われた法を再び呼び起こすのだ!」
そう言うとレスターはアメジストを高く掲げる。
空間に妖しい光が走る。それは配列の始動を意味していた。
「ああ……う、ああああっ!」
「ラシェル!」
ラシェルが悲鳴をあげる。「ケフェウスの外法」がラシェルの精神をむしばみ始めていた……。
「あっ……」
「どうしたい? ミーシャ」
ミーシャは突然肩を抱くように身体を震わせた。心配そうな目をしてリゼリアが言葉をかけてくる。
「何か、嫌な予感がするんです。もしかして、ラシェルの身に何か……」
ミーシャ達はエルゴン島へ向かう船に乗っていた。リゼリアの舵取りは思ったより上手く、比較的快適な船旅になっていた。
「ラシェルさんなら大丈夫ですよ。あなたが沈んでいたらラシェルさんも悲しみますよ。ほら、勇気を出して」
ジオはミーシャの肩に優しくふれると、ミーシャは無言でうなずく。
しかし、ジオも不安なのだ。ラシェルを取り戻す為にはあの男レスターとの戦いは避けられないだろう。次に対峙する時には勝てるだろうか。傷はミーシャの治療でほぼ癒えていたものの、神槍ワルキューレの槍が通用しない敵にどうやって立ち向かうのか、それだけがジオの心を支配していた。
「むっ……」
リゼリアが波間に何かを見つけ、風刃剣の柄に手をかける。
「みんな、気をつけな。どうやらお出迎えが来たようだよ」
波間から大型の揚陸艇が姿を現す。一隻、二隻、全部で敵は三隻だった。二隻は見る間にこちらに近づいてくる。ロディ達は戦闘の準備を整えていた。敵は一隻につき十二人、あわせて三十六人。
ガツン! という音と共に何人かの兵士が飛び移ってくる。
そのせいでリゼリアの船は大きく揺れる。
「ロディ! 船の事は心配するんじゃない! あたしに任せな、思いっきり暴れておいで!」
そう言って左手に舵、右手に風刃剣を持ち近寄ってくる兵士を片っ端から袈裟斬りにしていった。ジオもミーシャを守るようにワルキューレの槍を振るっていた。ロディも先頭に立って次々と敵をなぎ倒してゆく。
「どうしたお前ら! ロディ・クロイツにかなう奴はいねぇのか!」
ロディは大声を張り上げて敵兵を挑発する。しかし敵兵は恐れをなして動こうとしない。
「下がっていろ、私が行く」
三隻目に立ち、黙っていた隊長らしき者が前に進み出てくる。
黒鉄鋼の胸当てと楯、軽装の防具全てが漆黒で統一されている。
鎧と髪の黒に端正な顔立ちの白い肌がよく映えていた。
漆黒のブロードソードを鞘から抜き、剣を構えロディと対峙する。
「お前達、船を空けろ。そのくらい余裕があるはずだ」
低い声の命令に負傷者を含む敵兵が別の揚陸艇に移っていった。
それを見てロディが揚陸艇に乗り移る。全長15メートル程の広さが確保された。二人は互いに剣士の礼をとり、剣を構える。
「名前ぐらい、名乗ってもいいだろう?」
「ノエル、ノエル・コンフォード」
「ロディ・クロイツだ、行くぜノエル!」
それを合図に二人は激突した。互いの剣が悲鳴をあげる。ロディは切り返して一気に飛び退く。そして再び立ち向かってゆく。ノエルも冷静にロディの動きを見て斬撃を受け止める。その度に剣撃の音が高く海原に響き渡る。その音にリゼリア達や敵兵は一時我を忘れて聞き入る。
それは鋼鉄の歌。まさにロディとノエルは絶好の相方を見つけ舞い踊る一対の舞踏家の様だった。互いの汗が宝石のように光り、南海の決闘に彩りを添えていた。
双方は一気に飛び退く。二人の間に広く間合いがもたれる。
「やるじゃないか、久しぶりに燃えてきたぜ」
「貴様もやるな、敵にしておくのが本当に惜しいぐらいだ」
互いに剣を構え直したその時、揚陸艇に一人の兵士が乗り込んでくる。
「ノエル隊長! レスター様から撤退命令が!」
伝令の報告にノエルの表情が歪む。
「くっ……お前達! 撤退だ。エルゴンへ戻るぞ!」
ノエルと共に揚陸艇は一気に下がってゆく。
「ロディ・クロイツか……忘れぬぞ」
ノエルは船中で呟く。
「ノエル・コンフォード……」
遠ざかっていくノエルの船を見つめながら、ロディはそのまま立ちつくしていた。
「怪我はなかったか?」
船に戻ったロディがリゼリア達に聞く。
「ああ、あたしの方はないよ。ジオやミーシャも大丈夫だ」
ロディは大きく息をついて船底に腰を下ろす。
「しかし、すごかったですね。ロディさん」
ミーシャがロディの傷の治療をしながら言う。
「ああ、奴は相当な強さを持っている。次が恐ろしくなるな……」
ロディの言葉は何よりも強い説得力があった。あの場にいた二人にしか分からない感情だった。
「エルゴン島が見えてきたよ」
リゼリアの声にロディ達は身体を起こす。
「あれがエルゴン島……」
ジオは島影を見て呟く。ロディは無言で手に力を込める。
「行くよ。ラシェルとサラが待ってる」
リゼリアの言葉にロディ達は決意を新たにした。
「がぁっ……ぐっ、あああーっ!」
「ラシェルーッ!」
悲鳴をあげ続けるラシェルの姿をサラは正視できずに叫ぶ。
「レスター様、侵入回路全て良好です。指示をどうぞ」
部下の言葉にレスターは笑みを浮かべる。
「よし、あと一歩だ。補助配列でラシェルの自我を乗っ取るのだ!」
その言葉に宿命石は一際強く光を放つ。妖しい光が空間を満たす。
「ああああーーっ!」
「いやあぁーっ! レスター、やめてぇーっ!」
ラシェルの悲鳴が自分の身体を引き裂くかのようにサラは感じた。
涙声でサラは叫び続ける。レスターは邪悪の光に酔いしれていた。
「ラシェル……ラシェル……」
「誰? 僕のことを呼ぶのは……」
ラシェルは支配されてゆく意識の中で誰かの声を聞いた。何かとても暖かく、傷ついた心をそっと包んでくれる優しい、いつも自分のことを想ってくれる……そんな声を聞いた。
「ミーシャ!」
彼の目の前にはミーシャがいた。銀色の髪の愛しい少女をラシェルは強く抱きしめる。ミーシャの甘い香りがラシェルの肺を満たす。
「ああ……ラシェル……」
「ミーシャ……」
突然、がくん、とミーシャの体が揺れる。背中に当てられている手から急に力を失う。
「ミーシャ?」
ラシェルは少女を見る。ミーシャの胸からは大量の血が流れ出していた。力無く崩れ落ちるミーシャの体。必死に抱き止めようとしても、腕をすり抜けるようにして地面に落ちてしまう。地面に落ちたミーシャの体は急速に腐敗し、みるみるうちに醜く変わっていってしまい、最後には塵となって消え果ててしまう。
「あ、あ、ミーシャ、そんな、そんな……」
ミーシャは声をあげることもなく事切れる。
背後から高く勝ち誇ったような笑い声が響きわたる。
「ラシェルよ、大切なものを失った気持ちはどうかね? 助けたいかね? しかし、お前に何ができる? 今のお前には何一つする力などないのだよ!」
男の一言一言が鋭いナイフのようにラシェルの心に突き刺さる。
「ミーシャーッ!」
ラシェルの叫びは暗闇の意識にいつまでも響きわたっていた……。
「ガァッ!」
レスターの近くの魔法師が頭から血を吹き出して倒れる。まるでそれを合図とするように付近の魔法師達にも異常が見え始める。突然全身を震わせたかと思うと、同じように血を吹き出してもんどりうって倒れていく。
「ラシェルの深層思念が暴走しています! 侵入回路より逆流して……」
「外法陣を崩すな! なんとしても持ちこたえろ!」
レスターが叫んだ瞬間、空間が轟音と光で満たされる。全てが、真っ白になる……。
静寂を取り戻した部屋の中心にラシェルは立っていた。
レスターもその長身をゆっくりと起こしてラシェルを見る。
「来い、ラシェルよ。そして、私に跪くのだ」
ラシェルはゆっくりとした歩みでレスターの下へ行き、そして跪く。
若き機導士の瞳には感情の色など、もはや、ありはしなかった。
終