「クインティア・ロード」
第4話
「夢見る勇気」



「試みは成功した……この男は我らの忠実なる僕となったのだ……」
 レスターの声が静寂を取り戻した空間に響く。「ケフェウスの外法」は不完全ながらも現代に甦り、ラシェル・スチュワートの精神はレスター・ウェルトの支配下におかれた。「不完全に」というのは完全にラシェルの自我を破壊した訳ではなく、レスターの部下としての人格はラシェルの意識から常に強い干渉をうけていた。それが、古代秘術の犠牲となった若き機導士のせめてもの抵抗かもしれない。
「あ……ぼ、僕は、一体……」
 ラシェルは虚ろな目で呟く。意志も力もない、空虚な瞳がレスターの方にぼぉっと向けられている。
「気がついたか、ラシェル・スチュワートよ」
「お前は私のためにのみ、生きることを許された存在。今までの事は全て忘れて、私の為につくすのだ。よいな」
「はい……」
 ラシェルの水色の瞳には、輝きなどあるはずもなかった。

「ここがエルゴン島……」
 リゼリア・カーナ達は船を岩陰に隠し、エルゴン島へと降り立った。
 以前は緑豊かであったはずの島、今は荒涼とした岩場をさらけ出す「死んだ島」と化していた。ただ、島の中央に位置する工場跡だけが異様な影をなげかけていた。
「すごいね……邪悪な気をピリピリ感じるよ」
「あの野郎、ラシェルやサラに何かしたらただじゃおかねえからな!」
 工場は島のどこからでも見える丘の上にそびえていた。
「行きましょう。また、さっきの兵士に見つかるかもしれません」
 ジオ・ライガが槍をおさめて言う。おそらく、親衛隊隊長ノエル・コンフォードの報告により警備態勢は強力になっているだろう。ジオ達は気を引き締めて進んでいった。
 しかし、見回りの下級兵士は何度か見つけて避けていったが、それほど厳しい警備はしかれていなかった。かえって何か不気味なくらい手薄な感じがして逆に不安になっていた。
「おかしいですね、あまりに手薄すぎる。もしかして何か……」
 ジオが口を開いた瞬間、不意に目の前の空間がゆらぐ。
 ジオ達は驚きながらも身構えてその様子を見つめる。
 そして、その「ゆらぎ」はゆっくりと一人の像を結ぶ。
「ラシェル!」
 ミーシャ・フローリアが進み出る。しかし、幻は何も動じない。そして、言葉を発する。
「レスターを……止めて……」と。
 それだけを残し、ラシェルの姿は空に溶け込んでしまった。
「ラシェル……」
「ぐずぐずしてられないね、急ぐよ!」
 リゼリア達は工場跡へ向けて一気に走り出した。巨大な不安と危機感を胸に抱きながら。

「…………」
 その頃、サラディーナ・フォアサイトは元の地下牢に幽閉されていた。目の前でラシェルの精神が破壊されてゆくのを目撃した彼女。
「私にはレスターを止められなかった……」
 彼女だって人間だ。自分の命が惜しい時もある。
 あの時は、目の前の恐ろしい光景に指一本動かすことが出来なかった。ただ、叫ぶ事しかできなかった。なにか、自分がとても弱い存在のように思える。今まで自分がこれほど無力に思えることはなかった。
「私は……ラシェル一人すら救えなかったっていうの……」
 冷たい牢の中に涙が一粒こぼれ落ちた。
「ごめんなさい……ラシェル……」

ロディ達はついに工場跡までやってきた。高さ数十メートルにも及ぶ巨大な建築物。そこは飛空戦艦建造計画「クインティア計画」の舞台であった。石造りの巨大な建物は見る者を圧倒するものだった。
「大きな建物ですね……ここでラシェルが……」
「ここにラシェルにサラ、そして……奴らがいるのか」
「早く行きましょう、さっきのことも気がかりですし」
 ジオが歩き出そうとしたその時、再び空間がゆらぐ。
「ようこそ、我が聖域へ……」
 空間のゆらぎから現れたものは漆黒のマントに身を包んだ男、タスケンからラシェルとサラを連れ去った、まさにその男だった。
「私の名はレスター・ウェルト。アルバトゥールに生を受けし者……」
 レスターは地面に降り立ち、ロディ達に語りだした。
「ラシェル・スチュワートはもはやお前達の知っている者ではない、『ケフェウスの外法』により……いや、直接会った方が早いかな?」
 そう言ってレスターは空中にペンタグラムを描く。レスターの前に巨大な魔法陣が現れ、ヴンッという音と共に一人の「人」を転送する。
 ミーシャと同じ銀の髪、一見すると少女のようなはかなげなその表情、まぎれもなく若き機導士ラシェル・スチュワート、その人であった。
「ラシェル!」
 名を呼んでも返事はない、ただ虚ろな目でリゼリア達を眺めている。
「ラシェル、オレだ、ロディ・クロイツだよ、忘れちまったのか?」
 ロディがラシェルの肩をつかんで怒鳴る。ロディの力でラシェルの身体が強く揺さぶられる。と、不意にラシェルがロディの腕をつかむ。
「お前達は……レスター様に仇なす者か……?」
 ラシェルが口を開く。その声は彼らが知っているいつもの温かい声ではなく、冷徹で、感情のかけらも見いだせない、無機質の声だった。
「お、おい、何言ってるんだラシェル……」
「レスター様に刃向かう者は全て……殺す……殺す!」
 ラシェルが目を見開く。次の瞬間、ロディの身体がはねとばされる。ロディはそのまま地面に嫌と言うほど強く叩きつけられた。ラシェルの攻撃は続く。機導炎招弓から放たれる炎の矢はリゼリアやジオ、ロディ、ミーシャに次々と襲いかかってくる。
「ミーシャ!下がっていな!」
 前に出たリゼリアが風刃剣で炎の矢をなぎ払う。リゼリアの剣技と風の刃でラシェルの攻撃は少しづつ押され始めた。
「僕を……甘く見るなよ!」
 ラシェルがリゼリアに向かって走り出す。わざと風の刃にかするようなコースをたどって、炎の矢を撃ちながらリゼリアに近づいてくる。
 リゼリアの攻撃、いや、防御の手が一瞬ゆるんだ。矢を払いのけるために撃ち出している風の刃がラシェルを直撃したからだ。
 しかし、かがんだラシェルの目がぎらりと光る。ぞっとするような邪悪な光だった。
 次の瞬間、間髪入れずに放った炎の矢はリゼリアを直撃した。
「ああっ!」
 リゼリアの身体が一瞬、炎に包まれる。そのまま地面に片膝をつく。
「ラシェル……一体、あんた何があったんだい?」
 ラシェルは冷たい笑みを浮かべている。誰にも見せたことのない、その冷酷な笑みはリゼリア達の背筋をまさに凍らせるものだった。
「僕の名はラシェル・スチュワート。もう僕は今までの僕じゃない、偉大なるレスター様のしもべ。今、レスター様はある計画を遂行しておられる。それを知りたければこの魔法陣に足を踏み入れるといい。僕らの世界へと案内してやろう。ただし、命と引き替えにね……」
 そう言ってラシェルとレスターは姿を消した。彼らがいたところには魔法陣が青く輝いている。リゼリアはゆっくりと顔を上げる。
「行くよ、ラシェルに何があったか判らないけど、サラも待ってる」  リゼリアは体を起こして魔法陣に足を踏み入れる。青白い光が彼女を包み込む。続いてロディ、ジオ、そしてミーシャも。全員が入ったところで魔法陣は転送を開始した、次々と姿が消えてゆく。
 彼女らがいなくなった後には、魔法陣の低いうなり声だけが響いていた。

「ここは……?」
 最初に魔法陣へ足を踏み入れたリゼリアはロディと一緒に転送された。気がつくとそこは、周りを石の壁で覆われた広い回廊だった。
「どうやら、ジオ達とはぐれちゃったみたいだね……」
「ああ、出来ればまとまって行動したかったんだが」
 ロディが腕を組んで辺りを見回す。その手にはクレイモアではなく、愛用のロングソードが握られていた。
「とにかく行こう、ジオ達にも会えるかもしれない」
 リゼリア達は薄暗い廊下を歩き出す。全神経をとがらせての行動、リゼリアが得意とする、魔法使い顔負けの波動感知能力で敵の気配を探りながら進んでいった。いくつもの角を曲がり、廊下を走り抜け、警備兵を打ち倒しながら下へ、下へと降りてゆく。
「なあ、リゼリアさん。ラシェルの奴、一体どうしたのかな……」
「ロディ、あの子があんな事をするなんて、あたしも信じられないよ。きっと、レスターに何か吹き込まれたんだ。あたし達で目を覚ましてあげなきゃね。ロディだって、そう思うだろ?」
 リゼリアの目にはあの時のラシェルの表情が焼き付いている。あの時の彼の瞳には邪悪、冷酷、残虐、それら全てを凝縮したような、そんな光が宿っていた。できれば信じたくはない、間違いであって欲しい。だが、これは変えられない真実だった。ラシェルの精神はレスターの支配下に置かれ、レスターの野望に力を貸している。
「ラシェル、必ず正気に戻してあげるよ」
 そう心に信じ、暗い廊下を進んでいった。

 一方、ジオとミーシャはロディ達とは他の空間へと運ばれていた。ジオが辺りを探る。ここも薄暗く延々と続く長い地下回廊、重苦しい空気が彼女らにのしかかってくる。特に、冒険者ではないミーシャにはなおさらだった。
「ジオさん、私なら平気です。早くサラさんやラシェルの所へ行きましょう。きっと、苦しんでいるでしょうから」
 ミーシャは気丈に言い放つ。ジオは少し信じられなかった。先程のラシェルを見て一番衝撃を受けたはずのミーシャがなぜ涙の一つも見せずにいられるのか分からなかった。何が彼女をそうさせるのかは、まだ、ジオには理解できなかった。
 廊下を走り抜け、敵兵から逃れながら、地下への階段を下りてゆくジオ。ミーシャもその後に素早くついてゆく。
「やはり、おかしいですね……」
「何がですか? ジオさん」
「前も言ったんですが、敵の数があまりにも少ないんです。レスターの部下達は私達がここに来た事は既に知っているはず。それなのに、こんなに警備が手薄なんて……」
 ジオは一人考え込む。頭の中で何本もの線がからみあい、一層彼女を混乱させる。
「まさか、ラシェルさんが言ってた『ある計画』のこと……?」
 その直後、ズンという音と共に足下から突き上げるような鈍い衝撃が走った。思わず体勢を崩すミーシャとジオ。
「これは……一体?」
「ミーシャさん!離れないで!」
 天井からパラパラと細かい砂が落ちてくる。天井の石がグラグラと動いてはずれかかっていた。砂が潤滑油の働きをしているのだ。
「危ない!」
 ジオはミーシャを抱えて横っ跳びにその場を離れる。次の瞬間、天井の巨石がはずれ、もといた所の床を打ち抜いて落下してゆく。
「ミーシャさん……大丈夫ですか?」
「え、ええ。それよりも、あれ、見てください」
 ミーシャが穴を指差す。直径3メートル程の穴の底には青白い光で満たされた空間が存在していた。ジオ達は息をのんだ。

「おい、牢から出ろ」
 暗闇の牢獄に響く兵士の声でサラは目を覚ました。ベッドの枕元が少し濡れていた。あのまま泣き疲れて眠ってしまったらしい。
「今更私に何の用? またラシェルに何かする気?」
「そんな事知るか、いいから早く出ろ!」
 涙声のサラを兵士は強引に牢から連れ出した。

 連れて行かれた先はさっきの特別区画だった。そこにはレスター、親衛隊長ノエル、そして……ラシェルがいた。
「観客が入ってきたか。一層これで場が盛り上がるというものだな」
 レスターの朗々とした声が響きわたる。彼の感情の高揚と正反対にサラの感情は急降下していった。
「ずいぶんとご機嫌ね。何かいいことでもあったのかしら?」
「サラディーナ、是非あなたにもう一度『歴史の証人』になって欲しくてね、お呼びした次第だ。光栄に思ってほしいものだな」
 両腕を捕まえられていなければ、サラは強烈な平手打ちを食らわせていたかもしれない。それ程、サラにとって彼の声は不快に響いた。 「私を殺す方法でも思いついたの? それとも外法にかけるつもり?」
 サラはこんな時でも冷静に言葉を返した。それが彼女の強さの一つなのかもしれない。
「せっかくの『証人』をすぐに殺すような真似はせんよ。私の素晴らしい計画を見てもらおうと思ってな」
 そう言ってサラを連れてどんどん奥へ進んでいく。もちろん、ノエル達も引き連れてだ。さらに地下へと降りてゆく。
「もうすぐお前の仲間がやってくる。お前とラシェルを救いにだ。もちろん、そう簡単に渡しはしない、そうでなくては面白くない……」
 レスターの饒舌にはつきあってられないと、半分以上サラは聞き流していた。
「ラシェル、もうすぐお前の愛しい恋人が来るぞ。歓迎のキスの一つでもしてやらねばな。恋人として、な」
 レスターがあざ笑うかのようにラシェルの方へ視線を向ける。ラシェルは相変わらず虚ろな表情をしていた。
「ラシェル……」
 サラはラシェルの表情を見るとやりきれなくなってくる。
 今のラシェルにサラの心境が理解できているのだろうか……。

 薄暗く長い廊下を何度も曲がる。もうどれぐらい歩いただろうか、距離と時間の感覚がなくなりはじめたその時、急に視界が開けた。
「これは……こんな巨大なファトゥムストーンが存在したなんて……」
 その部屋には巨大なファトゥムストーンがあった。かつてこれ程の大きさのものが存在しただろうか。全長60メートルを超す大きさのファトゥムストーンがそびえ立っていた。
「驚いたかサラディーナ、このファトゥムストーンは私の故郷のアルバトゥール、お前の国ブレディハール、そして、このパジャルメルにあった巨石を合成して出来た物だ。七界広しといえどもこれ程巨大なものは私にしか作りだせん。こいつに知恵は貸してもらったがな」
 レスターはおもむろに奥のカプセルを指さす。透明なカプセルの中には青白い炎のような物がゆらゆらと揺れていた。
「お前もよく知っている人物だよ、サラディーナ・フォアサイト」
「まさか……機導技術総監ドルフス・アッシリア……?」
 サラの言葉を聞いてレスターはうなずく。
「奴はここが襲撃された時に全ての責任をとって自害した。しかし、奴の優れた政治力と技術力をおめおめと無くしてしまうのは我々にとって巨大な損失……だから私は秘術を用い、奴の意識を現界に留めさせた。奴の意識では今でも建造計画は遂行中のままだ。私は奴の夢をかなえてやっているのさ。だが、その役割ももうすぐ終わる……我々は新しい人材を手にしたのだ。奴のような老いぼれはもはや必要では無い……」
 レスターの歪んだ倫理観にサラは戦慄をおぼえた。

 レスターの演説は続く。
「ドゥーラザム、サランディーン、アルバトゥール、パジャルメル、様々な所の文献を読み、ドルフスに研究させた。そして、私の望みはかなえられる。今のカルディアス王のような生ぬるいやり方では何時か帝国に侵略されるだろう。その前に帝国をねじ伏せなくてはな!」
「狂っている……」
 サラは憎々しげに呟く。この男の過剰な愛国心が自らの倫理観をねじ曲げ、帝国打倒という時代遅れの野望へと歩ませたのだとサラは心の中で痛いほど感じている。
「間もなく開演時間だ。ノエル、出迎えに行ってやれ。有史以来最大のショーを見せてやるのだ」
 ノエルは一礼し、通路の奥へと駆け出してゆく。
「お前の仲間……私の理想の礎になってもらわなくてはな……」
 レスターは自らの野望に満ちた目を光らせていた。

「ちくしょう、なんて広い所なんだ……」
 ロディ達はようやく石造りの部分の最深部までやって来ていた。二人はここに来るまででかなり体力を消耗していた。こんな状態で、レスターや親衛隊長ノエルと互角に戦えるのだろうか……という思いが頭の中をよぎる。
「落ち着くんだロディ、焦ったら何にもならないよ」
 リゼリアが自分にも言い聞かせるように呟く。ロディも壁にもたれかかって一息ついた。あっちはミーシャが行ったはずだ、冒険者ではない彼女に今回の事はさぞかし辛いことだろう、さっきのラシェルのこともあるしな……と考えていた。

 同じ頃、ジオ達もリゼリア達と合流しようとしていた。
「ミーシャさん、リゼリアさん達がいますよ」
「あっ、本当だ。行ってみましょうか」
 ミーシャはリゼリア達に駆け寄ろうとする。しかし、その腕をジオが引き止めた。
「ジオさん? どうしたんですか?」
「しっ、静かに。誰かこっちに来ます!」
 ジオ達は素早く廊下の角に身を隠して様子をうかがった。

「貴様……そこにいるのはロディ・クロイツだな!」
 突如響くその声を聞いてリゼリアとロディは身構える。
「しまった、よりにもよってこんな時にあいつと遭うなんて……」
 あいつとはもちろんエルゴン島上陸前の戦いで死闘を演じた、親衛隊長ノエル・コンフォードに他ならなかった。
「まだ生きていたかロディ・クロイツ。まあ、当然といえば当然か。我が兵士はほとんどこの下の階層に移送してある。貴様らがここまで易々と進んでこれたのもそのせいだ」
 今になってジオの言葉を思い出すロディ、しきりに警備の薄さを疑問視していた彼女の真意はここにあった。
「おや、海上での時よりも頭数が足りないようだが……。仕方が無い、レスター様が貴様らを連れてこいとの仰せだ。ついてこい」
 ノエルはそう言い残し、回廊を突き進む。ロディ達もその後についていった。
「行きましょう、ミーシャさん」
 ジオ達も素早く後についてゆく。ノエルに見つからないよう足音をたてずに巧みに身を隠しながら追跡していった。
「やはり、警備が薄かったのはその為だったのね……」
 廊下をどんどんと進んでいくノエル達の足が止まった。
「この奥だ。しっかりとその目に焼き付けておくんだな」
 ノエル達は扉の中へ消えてゆく。ジオ達もその様子を見つめていた。
「行きますよミーシャさん。どんなことがあっても、負けないで」
「ジオさん……私、信じてます。ラシェルのこと……」
 ジオ達も開かれた扉をくぐった。強い光が二人を包む……。

「こ、これは一体……どうやって地下にこれだけの空間を……?」
 扉をくぐった先は広大な空間が広がっていた。天井は数十メートル級の高さはあるのだろう、少しかすんで見える。
「驚いているようだな。だが、まだまだこの程度ではないぞ」
 ノエルはさらに進んでゆく。見回すと屈強な兵士達が等間隔で並んで監視していた。さっきの区域を警備していた兵士達だろう。
「なるほどね……ジオの言ってた通りだよ」
 リゼリアの言葉にロディは無言でうなずく。その間もノエルの足はどんどんと進んでいった。

「やっと来たか。待ちかねたぞ」
 ノエルを先頭にしてリゼリアとロディがレスター達のいる中枢区画へとやってきた。
「リゼリアさん! それにロディさん!」
「サラ! あんたまでこんな所にいたのかい!」
 その様子をラシェルは相変わらず虚ろな表情で見つめている。
「レスター様、あと二人いるはずなのですが……」
「ああ、その事は既に判っている。いずれここへとやってくるだろう」  そう言うとレスターは背を向け、巨大なファトゥムストーンの前にその長身を向ける。
「私はこの瞬間を待っていた。生まれてから今まで宿敵の打倒を目指し、常に帝国の打倒を唱えてきた。だが、王国人は名誉や誇りというくだらん物にばかり目がくらみ、重要な事が達成される前に力つき、帝国人に先を越されてしまう。だから私は砂漠世界を抜けだし、沿海世界で行われていたこの計画を利用し、望みをかなえようとしたのだ」
 広大な空間にレスターの声が響く。その様子をノエルは黙って聞き、リゼリアとロディは身構えながら見守っていた。
「ようやく……長年の夢がかなえられる。忌々しい帝国をこの手で滅亡させる、この私の高尚な望みを……」
 そう言って、胸の前に手を組み印を結ぶ。そして次の瞬間、周りにあった宿命石が淡く光り出す。
「ラシェル、今こそお前の力で『クインティア』を目覚めさせるのだ!」  レスターの言葉に促されたかのようにラシェルは手にダガーを持ち、ゆっくりとサラに近づいてゆく。その瞳は凍り付くように冷たかった。ラシェルはダガーを構えサラにじりじりとにじり寄る。
「サラさん……あなたの『血』が必要なんだ……協力してくれるよね、僕のために……ねぇ、サラさん……」
「い、いやっ、ラシェル、やめてっ、お願い、目を覚まして!」
 サラの美麗な顔は恐怖で一層ひきつっていた。ラシェルの姿をした恐怖は彼女の息のかかる所まで近寄ってきた。
「さようなら、サラディーナ・フォアサイト!」
 ラシェルはサラの心臓を一気に貫いた! 真っ赤な鮮血がほとばしり、辺りを鮮やかな赤で染め上げた。そこにいる誰もがそう思った。
「待て! お前なんかにサラさんは殺させない!」
 その声と共にラシェルは頭を抱えて床に倒れる。サラには傷一つついてはいなかった。
「お前なんかに……誰も殺させはしない!この体は僕の物だ!」
「な、に……ラシェルの精神は破壊したはず……なぜ今になって?」
 頭を抱えながら悶絶するラシェル。破壊されたはずの彼の精神が目に見えない戦いを始める。二つの人格から発せられる声が交互に空間へ響いていく。今まで意識の底に封印されていたラシェル本来の精神が支配者を押さえ込もうとしていた。
「さあ、僕の体を返せ!」
「うがあぁぁっ! まずい、このままでは……」
 支配した方の精神が鋭い眼光でレスターを見上げる。レスターは冷たく笑った。その冷笑が何を意味するかは支配者には一目瞭然だった。
「……このまま、奴に身体を取り戻されるくらいならいっその事……!」
 彼の目に今までにない一層邪悪な光が宿った。そして、ラシェルはダガーを逆手に持った手を高く振りかざし、そのまま彼自身の胸めがけ一気に突き立てた!

「があぁぁぁっ!」
「ラシェル!」
 胸からは赤い血が吹きだし、目の前の巨大なファトゥムストーンに真紅のカーテンをひく。そのまま、ラシェルは床に倒れ込んだ。次の瞬間、ファトゥムストーンは激しく共鳴し、妖しい光を発しながら、部屋、いや、地下の部分全体が激しく揺れ動きだした。
「フハハハハッ!『クインティア』がついに目覚めたのだ!」
 その声と共にレスターとノエルはさらに奥へと進んでゆく。
「レスター……お前達、絶対に、絶対に許せねぇ!」
「待ちなロディ! 一人で行くんじゃない!」
 リゼリアの制止を振り切って、ロディが鬼のような形相でレスターの後を追っていった。
 その直後、ジオとミーシャが中枢区画に乗り込んできた。
「リゼリアさん! この揺れは一体……?」
 そこまで言いかけてジオは目の前の光景に言葉を失う。
「ラシェル!」
 ミーシャとジオが床に倒れたラシェルに駆け寄ってくる。
「ラシェル! しっかりして! ラシェル、お願いだから!」
「ミー……シャ……? それに……ジオさ……ん?」
 ラシェルは朦朧とした意識の中で恋人の名を呼んだ。
「早く……レスターを……僕なら……大丈夫だから……」
「いやっ、私、ラシェルを置いてなんていけない! 今までだって、ずっとあなたを信じていたからここまでこれたのよ! それを……」
 ラシェルはゆっくりと身体を起こす。そして、動揺するミーシャに優しくその唇を重ねた。それは一瞬のような、永遠のような……。
 時間にしたらほんの数秒の後、ラシェルは唇を放した。ラシェルは紅潮しているミーシャの肩を抱いて優しく微笑む。
「いいかい、ミーシャ……もう少しだけ、今の自分を信じてみて……ミーシャには……誰にも負けない『意志の強さ』があるんだから……」
 ラシェルは弱々しくミーシャの手を握った。動揺していたミーシャの瞳に強い決意の灯がともる。
「これを……中央制御装置にセットして……全機能が停止するはず」
 そう言ってラシェルが渡したのは宿命石エメラルドの宝玉だった。
「わかったわ、ラシェル、私、負けない!」
「行きましょう、レスターの野望を止めに!」
 ジオもワルキューレの槍を構えてロディの後を追っていった。
「ラシェルさんは任せて下さい、私が命にかえても救ってみせます!」
 サラも決意に満ちた表情でラシェルの応急処置にかかる。
「ミーシャ、あたし達も行くよ!ラシェルならきっと大丈夫だから!」
 リゼリアの言葉と共にミーシャ達はレスターの後を追っていった。

「ほう……ついにここまでやってきたか……」
 レスター達のいた所はちょうどブリッジにあたる場所だった。
「ロディ、といったな。ついに飛空戦艦『クインティア』は完成した。お前達の努力は全て無駄に終わったわけだ、見るがいい!」
 レスターが一歩身を引くと、背後の空間に青く澄みわたる夢想の大海原が遥か下に広がっているのが映し出された。
「うるせえ! そんな事はどうだっていいんだ! ラシェル達を傷つけたお前だけは絶対に許すわけにいかねぇんだよ!」
 ロディがロングソードを構えて一気にレスターに向かってゆく。剣を上段に構えて斜めに渾身の一撃を振り下ろした!
 ガキィィィン! その直後鋼鉄の悲鳴が上がる! すんでの所でノエルの剣がロディの斬撃を受け止めていた。
「貴様の相手はこの私だ、ロディ・クロイツ!」
 ノエルとロディの剣がギリギリと音を立てる。二人の鋭い眼光が火花を散らす。
「そうだったな、レスターもお前も一緒に地獄に送ってやる!」
「出来るか? 私を倒せないようならレスター様の足下にも及ばんぞ!」
 二人はぶつかり合ったまま手前の区画へとなだれ込んでいく。海上での戦闘の第二ラウンドが始められようとしていた。

「ロディ! 加勢しに来たよ!」
 リゼリア達もブリッジの手前まであがってくる。目の前ではロディとノエルの激しい戦闘が行われていた。
「リゼリアさん! ノエルはオレに任せてくれ、早くレスターの方へ!」  ロディは鍔迫り合いをしながら叫ぶ。力と力、技と技の熾烈なぶつかり合いが続いていた。
「ロディ……死ぬんじゃないよ!」
 リゼリアの言葉にロディはとびきりの自信に満ちた笑いで応えた。それを見たリゼリア達はブリッジへの階段を次々と駆け上ってゆく。
「加勢してもらった方が良かったのではないか?」
「へっ、そんな必要なんてないね! それに、今は最高の気分なんだよ! オレの22年の人生で最高の相手と戦っているってなぁ!」
「ならば私の持てる全ての力と技で貴様に応えてやる!来い、ロディ!」
 ロディとノエルの戦いは激烈を極めた。ロディが攻めればノエルはそれを受け流して容赦ない反撃を加える。逆にノエルがスピードにまかせて攪乱させようとすると、ロディも隙をついて的確に剣を薙払う。海上での戦いを遥かに超えた、息の詰まるような剣劇が繰り広げられている。二人の戦いはもはや神であっても止めることは不可能だった。
「行くぜぇ! これで終わりにしてやる!」
 剣を構えたロディの姿がふっと消える。それでノエルに一瞬の隙が生まれた。視線がロディの姿を求めて宙をさまよう。
「これで終わりだ! 必殺『残像踏斬!』」
 次の瞬間、ノエルの胸元に現れたロディの剣はノエルを強襲した! 手応えは充分だった。確実にノエルの胸当てを破壊し、肩から脇腹へと渡る傷は致命傷のはずだった。血を流しがっくりと膝をつくノエル。
「ふ、ふふ、そうか、『残像踏斬』か、これは気づかなかったよ……」
 ノエルの言葉にロディは視線を敗者へと向ける。その時、ロディの見たものは彼の想像を超えたものだった。ノエルの傷からは人間の内臓ではなく、機導の産物が覗いていたからだ。
「知られてしまったな……笑うなら笑うがいいさ……」
 ノエルが自嘲気味に呟く、ロディは何も言えなかった。
「この通り、私は機導を体に持つ人間。だが、私の体は完全ではない。出来損ないのケルマンダー、と言えば分かり易いのかな……」
 息も絶え絶えになりながらノエルの話は続く。
「私も……そう、レスター様の計画の一環として生み出された兵士の一人だった。通常の人間の力を機導で最大限引き出すという計画の実験台として、王国人の私が選ばれたという訳さ……」
 ロディは瀕死のノエルを抱き起こす。ノエルの目に涙が光っていた。
「畜生! 何故、お前だけがこんな悲しい死を迎えなくちゃならねぇんだよ! お前みたいな最高のライバルが!」
 ロディは泣いていた。その涙は彼の恋人ローナ・ファンテを失った時と同じ、限りなく純粋な涙だった。
「そう言うな……私だって今まで戦った中で最高の敵と戦えたことを神に感謝している。私のような命にも微笑む神がいればだが……」
 ノエルは悲しい笑みを浮かべる。ノエルも……泣いていた。
「さあ、もう行け……お前には、仲間が待っているのだから……」
ノエルの言葉に促され、ロディはレスターの待つブリッジへと上がっていった。敗者の剣士はただ、力無く微笑むのみだった。

「あぐぅっ!」
 レスターの魔力をもろに受けてジオが吹っ飛ばされる。ブリッジでの戦闘はレスターの絶対的優位で進んでいった。
「どうした! 私をもっと楽しませてはくれないのか?」
「こんな所で死にはしない、ラシェルさんやサラさんを助けるまでは負けないって心に決めたから!」
 ジオはレスターの魔力にも屈しなかった。彼女の瞳には強大な力に立ち向かう者の意志の強さが表れていた。以前為す術なくラシェル達を奪われてしまったことに対する悔しさが余計にジオを強くさせていたのだ。
「心に決めた、か。だが、私の理想の邪魔をするのならば、殺す!」
 レスターの魔力がさらに膨れ上がった。気迫が一層強く感じられる。

「ジオ! 大丈夫かい!」
 リゼリアがブリッジへ駆け上がってくる。手には数々の戦いをくぐり抜けてきた愛用の風刃剣が握られていた。
「リゼリアさん……前に戦った時よりも格段に手強くなってますよ!」
 目の前に立ちふさがるレスターは強大な魔力で圧倒してくる。長期戦になればなるほどジオ達に不利になるのは見えてきていた。
「クククク、私の力は今や『クインティア』がある限り幾らでも強力になる。私はこれが欲しかったのだ。戦艦クインティアを統べる者、『クインティア・ロード』の力が! これで、帝国も終わりだな……!」
 レスターの魔力はさらに膨れ上がる。何者をも寄せ付けない強烈な威圧感がレスターの全身から発せられていた。
「そんな事させないよ! あんたみたいな奴がいるから、ブレディハールとアルバトゥールはいつまでも平和にならないんだ!」
 リゼリアが風刃剣を構えて走り出す。狙いはただ一つレスターの首。
「無駄な事を! クインティア・ロードの私に勝てると思っているのか!」
 彼はリゼリアの剣を避け、素早く後に回り込んで背中に手を当てた。
「私に逆らった報い、受けてもらうぞ!」
 レスターの手が不気味に光る。次の瞬間、凄まじい爆発が起こった。
「うわああああっ!」
 リゼリアは後ろ向きに吹っ飛ばされ、ブリッジの内壁が破壊されるほど強烈に壁に叩きつけられた。が、しかし、すぐに立ち上がって剣を構える。それはゆっくりとした動きであっても。
「な、何故だ? なぜ私の魔力を受けて、すぐに立ち上がってこられる?」
 レスターの問いにリゼリアは軽く笑って答える。
「あたしの命はね……あたし一人の物じゃないんだよ……。あたしと、子供のカリンの物なんだ……。それにサラ、ジオ、ロディ、ミーシャ、そしてラシェルだって戦ってくれてるんだ。あたし一人だけ、簡単に休むわけにいかないんだよ……」
 リゼリアの口から一筋の血が床に落ちる。傷はかなり深刻だろう。
「リゼリアさん、休んでて下さい。私が相手を……」
 傷を察したジオが前へ進み出る。が、その腕をリゼリアがつかむ。
「いいんだジオ……あたしだって、まだ戦えるよ」
「でも、リゼリアさん……その傷じゃあ……」
 ジオの言葉にリゼリアは無言で微笑む。
「さっきも言ったろ……あたしだけ休むわけにいかないって……」
 リゼリアの言葉にジオは力強くうなずいた。そしてレスターに神槍「ワルキューレの槍」を向ける。
「まだ、諦めないのか? 私に勝てる可能性などありはしないのに」
「諦めが悪いのはあなたの方じゃない? いつまでも帝国打倒なんて、時代遅れの考えにしがみついている方が、よっぽど諦めが悪いわよ!」
 ジオがレスターに向かって言い放つ。彼女の瞳は意志に満ちあふれ、闘志が体中から感じられたが心の中では勝てるだろうかという焦りが渦巻いていた。それでも、今ここで諦めるにはいかないという強い意志がジオの心の中で燃え上がっている。
「それで余裕を見せたつもりか? そんな事で私を倒せるのとでも?」
「やってみないとわからないじゃない!」
 ワルキューレの槍を構えて一気に駆け出す。直線的ではなく、曲線的に、レスターの攻撃を避けながら向かっていく。
「愚か者が……神槍は私に効かぬというのがまだ分からないか!」
 ジオの目が鋭く光る。そして手に持った小さな宿命石を取り出す。
「炎賦!」
 ジオの声と共に槍が炎に包まれた。炎はジオの力で強く燃え上がる。
「レスター、覚悟!」
 レスターは余裕を見せたのか一歩も動こうとしない。そのレスターの体を槍は容赦なく切り裂く。だが、彼は涼しい顔をしていた。
「ふふふ、やはり無駄だったな……」
 レスターがそう言った瞬間、肩から真っ赤な血が流れ出した。
「ぐあぁぁっ! な、何故、私に傷を……?」
 ジオとリゼリアの表情に一気に光がさす。ダメージの大きさは分からないが、レスターの動揺を見るとかなりの効果はあったはずだ。
「リゼリアさん、何事もやってみるもんですね!」
「行くよ、ジオ!みんなの為にも!」
 リゼリアとジオは傷を負った「ロード」に向かっていった。

 一方、ミーシャは中央制御装置を目指して進んでいた。ラシェルの言葉通り制御室を探してはいたが、広い艦内をミーシャ1人で探すのにはかなり無理があった。
「ラシェル……私、あきらめないわ!」
 そんな時、ノエルのいる区画へ入り込んだ。
「あなたは……!」
「お前は……確かロディの……」
 ノエルは壁を背にして倒れ込んでいた。傷口の機導はそのままに。ミーシャは傷口を目にしたが必死になって叫ぼうとする自分を抑えつけた。 「ロディなら……もうブリッジへ上がったぞ……だが、レスター様は倒せはしない……。戦艦の機能が動いているうちは……」
 ノエルが呟く。だが、ミーシャが手にしたエメラルドを見て表情を変える。
「それは……もしかしてラシェルが持っていたエメラルド?」
 ノエルに対してミーシャはうなずく。するとノエルは傷を押さえながら立ち上がる。
「恩返しをせねばな……素晴らしいライバルに出会ったという……。すまないが……肩をかしてもらえないか……」
 ミーシャは怪訝そうな顔をしながらもノエルの肩を支える。
「中央制御室へと……案内してやる……」

 中央制御室へと向かう途中、ノエルが口を開いた。
「お前……あのラシェルを見て何も思わなかったのか?」 「確かに……ラシェルを見た時は悲しかったですよ……でも私、信じてましたから、ラシェルの事……必ず元に戻ってくれるって……」  ミーシャははっきりと言葉を発した。負けてたまるかという静かな気迫が彼女の華奢な体から伝わってくる。それは何よりも恋人のことを信じるという心から生まれてくるもの。ミーシャの言葉を聞いたノエルは黙り込んだ。
「私には……そんな私のことを愛してくれる人はいなかった……」
ノエルが消え入りそうな声で呟く。心なしか言葉が震えているような気がした。

「これが……中央制御装置だ……」
 ノエルに案内された部屋には巨大な機導装置があった。ここに戦艦「クインティア」を制御する全てのシステムが集積されていた。制御装置は静かな音を立てながら戦艦の機能を維持し続けている。
「さあ……ここにラシェルのエメラルドを……」
 ノエルは軽く装置に手をかざす。すると、目の前にミーシャの持っているエメラルドと同じ形の「型」が現れた。ミーシャはそれにエメラルドをはめ込んだ。エメラルドは静かに装置へと吸い込まれた。
 静寂が場を支配する、長い、長い時間。永遠に続くような時間。
「なぜ……私をここに?あなたの主人を裏切ってまで……」
「知らぬよ。私にも分からない。こんな感情は初めてだ」
 すると、装置の光がだんだんと薄れ、機能がだんだんとストップしてゆき、そして沈黙する。それは、戦艦の心停止を意味していた。

「ウワァァァッ!!」
 レスターが突然悲鳴をあげる。リゼリアとジオの攻撃の手が止まる。
「うおおおおっ! 何故、何故だ、なぜ『クインティア』がーッ!」
 レスターは喉をかきむしりながらもだえ苦しむ。レスターの身体がだんだんと膨れ上がる。体内に蓄積した魔力が暴走を始めたからだ。
「リゼリアさん、これは……?」
「わからないよ、あたしにも……」
 暴走する魔力はレスターの身体を次々と破壊していった。全身から血を吹きだし、苦しむレスター。その姿にさっきまでの威圧感はない。
「ぐおおおおっ!何故だと言うのだ、私は……私はただ、王国……アルバトゥールを守りたかっただけだというのにーっ!」
 その言葉と同時にレスターの身体が一気に膨張する。
「ウオオオオオオーッ!」
 凄まじい断末魔の叫びをあげて、レスターの身体は爆発した。戦艦クインティアを統べる者「クインティア・ロード」の最期だった。すると、戦艦全体が大きく揺れ出す。推力を失った戦艦が海面に向けて落下を始めたからだった。戦艦の各所が次々と爆発している。
「ここは危険です、早くここを出ましょう!」
 ジオとリゼリアは肉片と血が飛び散った凄惨なブリッジを後にした。

 戦艦の崩壊は早かった。次々と壁が崩れ落ち、廊下は暗く、しかも大きく揺れているため走るのは困難だった。ミーシャは中央制御室から一気に抜け出そうとしていた。もちろん、ノエルと一緒に。
「早く! ノエルさんも一緒に!」
「私は……この艦と運命を共にすることにしたよ……それに、この傷なら長くは持たないしな……」
 そう言ってノエルは床に崩れ落ちる。
「ノエルさん!」
「一つだけ……私の願いを聞いてくれないか……」
 ノエルは自分の持っていた黒いブロードソードを取り出す。
「これを……ロディに渡してくれないか……私の代わりに外の世界を見せてやって欲しいんだ……」
 ミーシャはノエルの手から剣を受け取る。ノエルの剣は大きさの割にとても軽くミーシャの力でも充分持つことが出来た。
「さあ……行ってくれ、ここはもう持たないだろう……。ブリッジの下層通路を走り抜ければ翼飛機の格納庫に出られる……」
 それきりノエルは目を閉じて何も言わなくなった。
「ノエルさん……ありがとう」
 ミーシャは一度振り返ってノエルの方を見た。一瞬、ノエルが笑いかけたような気がしたが……それを確かめる暇もなく、ミーシャは格納庫を目指して一気に駆け出していた。
「次に生まれ変わる時は……平和な世界に生まれたいものだ……」
 ノエルの末期の言葉が悲しく虚空に消える。レスターの野望の犠牲になった命の炎がゆっくりと静かに消えていった。

「どこかに脱出出来る場所があるはずなんだが……」
 ロディはブリッジから逃げる途中、脱出口を探して走り回っていた。
「ロディさん!」
「ジオ! それにリゼリアさん! レスターを倒したのか!」
 ロディの問いにリゼリアは親指を立ててにっこりと笑う。
「ああ、バッチリさ! ラシェルやサラを傷つけた罰だよ!」
「でも、出口がみつからないんですよ! このままじゃ……」
 ジオが半分悲鳴に近い声を上げる。リゼリアもかなり焦っていた。ロディも探してはいるのだが、なかなか脱出経路の発見には至っていなかった。また、爆発が起きる。ロディの身体に戦慄が走った。
「どこかに救命用具みたいなのはないのかよ!」
 ロディが叫ぶ。だが、その叫びは空しく戦艦崩壊の轟音にかき消されてゆく。
「リゼリアさん! それにジオさんとロディさんも!」
 廊下の向こうからミーシャが走ってくる。サラとラシェルも一緒だ。ラシェルは胸からの出血のためか顔面蒼白だった。サラのスカートを引き裂いて作った布は鮮やかな紅色に染まっていた。
「ジオ……さん……リゼ……リア、さん……無事で、よかっ、た……」
 一瞬の微笑み……その途端、ラシェルの身体ががくん、と重くなる。まだ、息はあるようだが……。
「向こうに翼飛機の格納庫があります、そこから脱出しましょう!」
 ミーシャが先頭に立って誘導する。目標は遠くに見える格納庫のみ!

「みなさん、大丈夫ですか?」
 大型の翼飛機の操縦桿をジオが握る。ラシェルが無事ならば操縦をしてもらうはずだったが、先ほどから意識が戻らないでいた。
 眼下には夢想の大海原が広がっている。この海面に「クインティア」が捕らわれるのも時間の問題だろう。
「行きます!」
 ジオの言葉と共に翼飛機は格納庫を走る。早くしなければ、墜落の巻き添えになることは必至だった。
 充分に加速がついたところで一気に操縦桿を引く。翼飛機は沈みゆく戦艦を後に大空へと舞い上がっていった。

 後ろを見ると、炎上しながら崩落する「クインティア」の無惨な姿。天空を住処としようとしていたはずのそれは、引力の呪縛に捕らえられ、大地の虜囚へと堕ちようとしていた。
「危なかったですね、サラさん」
「ええ、でも、ラシェルが……」
 ラシェルの命脈は今にも尽きかけようとしている。サラの懸命の治療も彼を完全に死の淵から救うことは出来なかった。
「ラシェルさん、絶対に、死なせはしません!」
 ジオの想いに答えたかのように翼飛機は一気に加速した。

「ラシェル、傷の方はどう?」
「うん、もう、かなり良くなったよ。サラさんやミーシャが一生懸命手当してくれたから……」
 あの日から2週間後、ラシェルは奇跡的に死の淵から生還していた。
「もう、あの時は大変だったのよ。ジオさんやリゼリアさんまで徹夜でがんばってくれたんだから。もちろん、ロディさんも」
 ミーシャの言葉にラシェルは照れて小さく笑う。
「ふふっ……みんなどうしてるかな……」
 ラシェルが呟く。すると、部屋の扉をノックする音が聞こえてきた。
「ラシェルさん、いらっしゃいます?」
 扉から現れたのはジオだった、軽くミーシャに礼をして部屋に入る。
「ラシェルさん、すっかり良くなったみたいですね」
「ええ、これもジオさん達のおかげですよ」
 ジオは窓際の壁にもたれかかって一息つく。
「リゼリアさん達は今どうしてるんでしょうかね?」
「確か……サラさんは帝国に戻ったし、リゼリアさんは人助けの旅。私は……ワルキューレを目指して、修行に出てみようと思ってます」
「そうですか……皆さん、頑張ってるんですね……」
 ジオの言葉にラシェルは一つ息を吐く。回りの人間達もそれぞれの道へと進んでいくということを感じていた。それはラシェルやミーシャとて同じ事であるが。
「ロディさんは? 最近、タスケンにいないようですけど」
「ロディですか?また、女の人でもナンパしてるんじゃないかな……?」  キョトンとするジオをよそにラシェルとミーシャはクスッと笑う。それを見てラシェルはベッドから降りて部屋の窓を大きく開いた。
「今日もいい天気ですね……気分いいや」
 ラシェルは澄み渡った青空の空気をいっぱいに吸い込む。青く澄み渡った空は彼の一番好きな物だった。見ているだけで吸い込まれそうな空は以前の戦いを忘れさせるほど穏やかだった。
「ラシェルさんはこれからどうするんですか?」
 ジオの問いに彼はこれ以上ない純粋な笑顔を見せて答える。
「僕は……機導術を通してパジャルメルの人々に尽くしてあげたいと思ってるんです。特に、機導術は悪用され続けてきましたから……。今回の事で、どんな便利な物でも使い方一つで人を不幸にも幸福にも変えてしまうって事を痛いほど学びました。間違った方向に機導術が使われないためにも僕は……また旅にでようと思います」
「ラシェルさんらしいですね……がんばってください。でも、その前にもうちょっとだけ素直になってみてもいいんじゃないですか……?」
 ジオはラシェルの顔をみて子供っぽく笑う。今度はラシェルの方がキョトンとする番だった。
「ふふっ、今は気づかなくても、いつかはきっと……ね」
 ようやくジオの言葉を理解したのかラシェルは顔を真っ赤にさせた。
「ジ、ジオさん! なんて事言うんですか!」
 ラシェルの言葉にミーシャも頬を染めてうつむく。しかし、その顔には笑顔があふれていた。
「旅に出るのは……もう少し後でもいいみたいだね……」
 ちょっとだけふくれて見せたラシェルだったがすぐに笑顔に戻ってミーシャの方に向き直った。ミーシャも満面の笑みで返してくれる。ジオはそんな二人を満足そうに見つめて、もう一度外に目を移す。タスケンの空はどこまでも青く、澄み渡っていた。まるで、これからの未来を象徴しているかのように高く、どこまでも。

「クインティア・ロード」 完