ウィズアウト・リーズン
第1話
「街に生きる人々」



嫌い。みんなみんな嫌い。みんな無くなっちゃえばいい。あれも、これも、みんな。全部壊れて
無くなってしまえ。ここにいる理由なんて考える必要もない。みんなこれからいなくなるん
だから。恐がる必要なんて全くない。みんな後についてきてくれるよ。独りになるのが恐いん
だろ? 人と違ったことをするのが嫌なんだろ? 他の人たちとの違いにしがみついている
のに自分たちではみんなと同じでないと不安でしょうがなくなる。人との違いを主張しながら、
自分たちではそれを望まない。結局、みんな同じなんだ。
 ……大丈夫。そんな心配、明日からはしなくて済むようになる。みんなみんな、消し去って
あげるから。心配しなくていいよ……。
 その日は朝から雨だった。いつものように街の動脈に血液が流れ、またいつものように静脈を通って帰って くる。そのはずだった。
 突如、動脈の一点に光が生まれる。続いてそれは轟音と高熱の火球を生みだし、辺り一帯を
呑み込んだ。あちこちからうめき声や叫び声が聞こえてくる。そこらじゅう瓦礫や炎上した
車やエアバイク、そして元は人間だった物体がころがっている。街の動脈に、今日は本物の
血液が流れていた。冷たい雨は、それら全てを洗い流して、誰も知らないどこかへと連れ
去っていく。地獄絵図の外れのビルにはこんな落書きが残されていた。

「みんな、嫌いだ」

「白昼堂々爆弾テロ、死者18人、負傷者137人、史上まれに見る凶悪犯罪に市民は
恐怖に包まれている……か」
 翌日、帝都ブレンブルク市リール地区。この帝国ブレンバルドのもう一つの支配者
エンタープライズ社が進める「13THプラン」の参加者、エンジニアであるエレノア・
ティルピッツは送られてきたニュースを片手に遅めの朝食をとっているところだった。
「物騒な世の中になったわね、あたしの勤めてる所もなんだか治安が良くないし……。
こんなんだと働く気もくじけちゃうなぁ……」
 コーヒーを飲み干して、ため息を一つつくと着替えのために別室に入った。数分後、
部屋から出てきた彼女はジーンズの上下に身を包み、頭には親からもらった大切なゴーグル
を付け家を出ていった。

 マザードライブ建設計画「13THプラン」も始まり、今の彼女は恋よりも仕事に生きる典型的な
キャリアウーマンであった。 だが、たまには仕事に疲れる時もある。友人に頼まれて子供を
預かった事もあったが、あの時の幸福感が今でも残っている。
「さてと、買い物も済ませたし、後は愛しい我が家に帰るだけか」
 大きな買い物袋を抱えて家路につこうとしたその時、視界の隅に止まる物があった。
「あれ、今、何か動いたような……」
 ビルとビルの間の狭い道、埃っぽく煤けた都会の裏側への道、そこにうずくまっている
一つの塊。
「なんだろう?まさか、爆弾じゃないよね……」
 ゆっくりと近づいてみる。一歩、二歩、だんだん近づくと正体が何だか分かってくる。
人だ。それも子供。汚いぼろ切れをまとってビルの陰に震えながらうずくまっている。
胸には小さな猫が一匹、飼い主と同じように震えながら小さくなっていた。
「ねぇ、キミ、どうしたの?」
 子供は顔をあげた。青い瞳がずっとあたしを見つめていた。

それが、あたしとあの子との出会いだった。

「だからってこんなの拾ってきたって言うのかよ……」
「『拾ってきた』ってことないでしょ! 道路の隅で凍えてる子供を見かけても『そのまま
死んでしまえ』って言うの?」
 ここはエレノアの自宅。エレノア曰く「あくまでもちょっとしたお友達」というサイエン
ティスト、ニル・アーリッカが訪れていて、ずっとこんな会話が続いていたのだった。
「いくら世話好きだからって、今回はちょっと異常だぜ。警察とか治安維持局の連中が
例のテロ事件でピリピリしてる時にどこの誰かも分からないようなガキを家に連れ込む
なんてよ……」
 路上で「あの子」と逢った後、エレノアはその子を自分の家に連れてきていた。その子は
小さな少年だった。年の頃は七才か八才、大きな青い瞳が印象的な子だった。一緒に連れていた猫も
彼女の家にいる。今は部屋の隅で丸くなって眠っていた。
「とにかく、しばらくあたしはこの子を預かるわ。詳しい事もまだ分からないけど、この子だって
親がいるんだろうから見つけてあげたいしね」
「あのなぁ、もしかしてパラサイトの奴らかも知れないんだぞ。フォーリナーの人間でも維持局の
奴らから睨まれるんだから、ましてや市民権のないあいつらを家にかくまったとあっちゃだなぁ」
「いいんだよ! 第一、維持局の奴らなんかに渡してごらん、おもちゃみたいに弄ばれて虫けら
のように殺されるのがオチなんだから、こうしてあたしんちでしばらく預かった方がこの子のため
にだってずーーーっとなるんだから!」
 エレノアの気合いの入った熱弁にニルは半ば降参して、また半分はあきれかえってため息を
一つついた。
「ああ、わかった、わかった。ボーズ、しばらくこの「おばちゃん」の所にお世話になりな。顔は
大したこと無いが胸の大きさと料理の腕だけは一人前だ、うまいもん食わせてもらうんだぞ」
 ニルはそこまで言うと子供の頭を撫でて玄関を出ていった。残されたエレノアは言い難い
怒りをひたすら押さえ込んでいた。
「……そういえば、キミの名前、まだ聞いてなかったね」
 ニルが帰った後、部屋の片づけを始めたエレノアが呟いた。
「ねぇ、キミなんて名前?あたしはエレノアっていうんだけど」
 ソファに座ったままうつむいているその子に尋ねる。しかし彼は閉ざされた口を開こうとは
しなかった。ボサボサの銀髪が彼の頭に重くのしかかっていた。
「お姉さんに教えてくれない?最初の名前でもいいからさぁ」
 しゃがみ込んで彼の目と同じ高さに合わせて語りかける。彼女は銀髪の向こうにあるはずの
透き通った青い瞳をじっと見据えていた。
「……ティム」
 やがて、沈黙に耐えきれなくなったかのように、彼は今にも消え入りそうなか細い声で
呟いた。
「ティム、ティムって言うんだね。そうかぁ……」
 エレノアはティムの肩に手を置いて、なぜか感傷に浸っていた。その理由は、まだ彼女にしか
分からないのであったが。
「よし、わかった。詳しい事は明日にしよう、今日はキミの名前が分かっただけで十分だもんね」
 そして、小柄なティムの体をひょいと持ち上げた途端、彼女はあることに気づいた。
「あーっ、体泥だらけじゃない、うわぁ、あたしの作業服まで……」
 エレノアはティムが着ていた服のせいで服のあちこちにそれと分かる汚れが彼女の体中に
べったりとこびりついていた。
「ああっ、もう!」
 半ばやけ気味になって作業服を洗濯機の中に放り込むと彼女はスタスタとティムの手を
引いて歩き出した。
「ほら、一緒に来な。お風呂入れてあげるから……。どっちにしろそんな泥だらけの服で
いつまでもいられると部屋汚れちゃうからね」
「お風呂」と言う単語にティムは顔を真っ赤にしていたが、彼女の方は全くそんな事を気に
するわけでもなく一足先に浴室の中へと向かっていったのだった。
 東洋式のお湯をなみなみと満たした浴槽の中にエレノアとティムはつかっていた。浴槽の
二人は顔が赤くなっていた。片方は温かいお湯のせいで、もう片方はお湯の温度など関係
なかったという違いはあるにせよ。さらにエレノアの胸がティムの背中に当たってますます
真っ赤になっていた。
「ねぇ、ティムってさぁ、どこからきたの?」
「……わからない」
 小声で呟くティム。表情は相変わらずボサボサの銀髪の向こうに閉ざされている。
「じゃぁ、お父さんとか、お母さんは?」
「…………」
 この問いに返事もなしにティムはうつむいた。
「ティム……教えてくれない?」
 エレノアはティムの銀色の髪を撫でながら呟く。温かいお湯がティムの閉ざされた心を
少しづつ溶かしていくように感じた。
「……まだ、言いたくない」
「……そう、わかった。でも、話したくなったらいつでも言ってね」
 エレノアの言葉に少年は声もなくうなづくだけだった。
「よし、体洗ってあげるからね」
 ざばっと音を立てて浴槽から体を起こすと、彼女の目にある物が止まった。ティムの
二の腕に小さな三角形を組み合わせたようなアザが出来ているのを。
「あれ、なんだろう……?」
 まだ引っかかるところはあるが、今はさして気にとめず、記憶の奥にしまい込んでおく
ことにした。

 風呂から上がって、ソファに座っていたティムはいつの間にか眠ってしまっていた。
エレノアは微笑んで毛布をかけてあげた。
「ふふっ、やっぱりどんな子供も寝てるときはかわいいんだよなぁ。……どうして、大人に
なるとこんなに歪んじゃうんだろう……」
 しばらくして、明日の仕事のために早く寝ようとしてティムを抱きあげて寝室に向かった。
 その時、地の底から響くような轟音と共に部屋が大きく揺れた。
 エレノアはティムを抱いたままカーテンを開けて外を見た。すると、400メートル程先の
建物のあちこちから火の手があがっていた。
「こ、これは……また爆弾テロ……?」
 窓の外に見える火の手をティムは複雑な表情で見つめていた……。

第一話 終