突如、帝都ブレンブルグを襲った爆弾テロ事件。それと時を同じくしてエンジニア、エレノア・
ティルピッツの前に姿を現した少年ティム。しばらく彼を家で世話しようとした矢先、第二の
爆発が帝都の夜を引き裂く。連続するテロとティムとの関係は一体何なのか。真相は未だ
暗い闇の向こう側に閉ざされていた。
○
「こ、これは……また爆弾テロ……?」 翌朝、爆発事故現場。何十人ものスペシャルセキュリティ(SS)やEP関係者が爆破された建物の前で人垣を作っていた。
「やはり……これもテロ事件のようですね。リミットボムの破片が発見されましたから」
発見された破片を回収しながらケイリード・ウォルフィニックが報告する。異世界から来た彼はこの帝国の臣民ではない。頻発するテロ等の対策のためにEP社に特別に雇われて、この帝都ブレンブルグの出入りを許されているのだ。つまり、異世界の住人であろうと彼は第四階級市民としての扱いを受けていることになる。
「それに今回は悪質です、『炎』と『弐』のメモリシアを併用して爆破の威力を高めているんですから……本来なら建物ごと吹っ飛んでもおかしくないくらいですよ」
サイエンティストの一人も手にしたファイルを見て呟く。
「そうか、他に分かったことは無いか?」
調査隊の隊長ダレス・マッケンゼンが他の部下に視線を向ける。
「もう一つあります。また建物に落書きがしてありました」
ケイリードが建物の裏手の方に歩いて行く。ダレス達もその後についてゆくと、黒く煤けた壁にペンキでこう綴られてあるのが目に飛び込んできた。「誰もわかっちゃいないんだ」と。
「なめた真似してくれるな……どこの誰だかわからないが、大層な口聞いてくれるじゃないか」
ダレスはもともとの苦い表情をさらに歪ませて言い放った。
「やはりデチーソの仕業なんでしょうか?」
「いや、違うな。俺のカンが違うと言ってるんだ」
突然の言葉に訝しがるケイリード、疑惑の目を向けられたダレスは好奇の目で彼を見つめ返した。
「ははは、カンというのは冗談だがな、違うというのは確信がある。連中は必ず『警告』と言ってメッセージを残すが、こんな幼稚くさい内容のじゃない。メモリシアテクノロジーに対する反対声明を残していって下さるのさ。これはカンじゃなく経験からの答えだ」
そう言ってダレス達は彼の豪快な笑いと共に建物の裏手を去った。
残された裏手にはまた一つ、人影があった。白銀に輝く髪を持ち、褐色の肌を黒いつなぎとジージャンで覆った少年が一人立っていた。少年は壁に描かれた文字を見上げて物憂げな表情を浮かべる。
「何故、人間ハコンナコトヲスルンダロウ……? 自分達ノ仲間ヲタメライモナク殺セルナンテ……」
少年は自分の足元に無造作に転がっている人間を見下ろして呟く。
少年の名はラーイ・グローム。だが、彼は少年であって少年ではない。人であって人ではない物……そう、スレイヴドールだった。
最初、彼は普通の人間として教育されていた。ただ、彼の世界は
本やTV、窓の外に見える風景画のような動かない日常だった。
「自分は人間ではない」それを自覚した時、彼の中に一つの疑問が生まれた。「人間ッテ、何ダ?」
自分とは違う物の感情、思想、行動、全てを彼は理解したかった。物を壊すことに意味はあるのか、人を殺すに理由があるのか、その手がかりを求めて彼はここにやってきた。
「教エテ……誰カ、僕ニ教エテヨ……」
ラーイは呪文のように何度も繰り返し、さまよい歩いていた。
「あれ、どうしたの? 今日は仕事じゃなかった?」
エレノアが玄関にいる青年に向かって声をかける。彼女の横には例の少年ティムも一緒だ。
「いや、今日はこいつに用があるんだ。エレノアはどっか遊びに行って来いよ、休みなんだろ?」
青年ニルはエレノアには目もくれず、その視線を全てティムに注いでいた。普段から何か引っかかる言い方、今回も例外ではない。
「あのねぇ! 今のあたしはティムの保護者なのよ、ティムを一人にしてのこのこと遊んでなんかいられないの!」
怒鳴るエレノアをよそにニルは頭の中で一言呟いてみた。
「(やれやれ……強情な所は相変わらずだな……誰に似たんだか)それで用件なんだが、こいつを今日一日貸してくれないか? エレノアはどうでもいいんだがな」
ニルはやっとエレノアに顔を向けて言った。少年の保護者は即座に息を大きく吸い込んで言葉をぶつけようとしていた。
「『何言ってんの、あたしもついてくわよ!』って言っても構わないぞ。オレは『エレノアはどうでもいい』って言ったんだからな」
エレノアは大きく息を吸い込んだそのままの顔で固まっていた。
二人は歩いて先を行くニルの後をついていった。途中、例のビル爆破テロの現場にさしかかった。現場の中にこそ立ち入ることは出来ないが、歩道は最小限の規制で通行できるようになっていた。黒く煤けた、崩れかけたむき出しのコンクリートを見上げてティムはエレノアにしがみついた。体は細かく震え、足をガクガクさせながら唯一のよりどころをしっかりと抱きしめていた。
「恐い……恐いよ……」
しがみついたティムが涙声で繰り返す。エレノアは怯えるティムを抱き上げて落ち着かせようと必死だ。
「ほらぁ、あたしがいるから大丈夫だって言ったでしょ。だから、泣くんじゃないの、男の子でしょ」
エレノアが一生懸命あやすが、ずっとティムは怯えきってジーパンの裾を力一杯つかんでいる。ちょうど、その様子をビルの陰から見ていた人影があった。いや、厳密に言う「人影」ではなかった。
「科学者……科学者……僕ノ……僕ノ……敵!」
人影、そう、まさに影のような物が音も立てずにそばにいたニルの方へと走って行く。右手には黒く塗ったクローを付けたナックルが鈍い光を放っていた。そして、無言でニルの背後に近づきその拳を振り上げた。反射した光が影の顔を照らした。まだ、少年の顔。
「ねぇ、ニル……!」
次の瞬間、ニルの危機を察知したエレノアが彼に体当たりを喰らわせた。不意をつかれたニルの体は地面へと投げ出された。
「いてて……何すんだ……」
彼は次の言葉を言う前に体勢を立て直して走り出していた。爪は彼をかばった女性を非情にも切り裂いていたのだった。
「てめぇ! エレノアに……何しやがるんだ!」
とっさにニルは黒い襲撃者に銃口を向けていた。襲撃者の顔を日の光が照らし出す。まだ、あどけなさを残した少年の顔。
「動くなよ! 動いたら、どうなるか分かってるんだろうな!」
ニルの声が響きわたる。表情はまさに「怒り」そのものだった。
襲撃者は構えを崩したまま茫然と相手の顔を見つめていた。
「ア、ア、ソ、ソンナ……」
襲撃者の肩がわなわなと震える。両手を胸の前に抱き、がたがたと全身を震わせる。表情は歪み、動揺を隠せずにいた。
「ソンナ……ボ、僕ハ……僕ハ……」
緊迫感と動揺。今、この場にはその二つしか存在していない。
「ウワアァァァァッ!」
次の瞬間、黒い翼を広げた襲撃者は信じられないスピードで彼方へと飛び去ってしまった。
「エレノア!」
沈黙の呪縛が解けたニルがエレノアに駆け寄る。爪は彼女の左腕から胸の中央を引き裂いていた。出血は予想以上にひどく、辺りに赤い点の数々を形成し始めていた。苦痛が全身を駆けめぐる。
「大丈夫か! しっかりしろ! エレノア!」
「ニ、ニル……意外と……かっこ、いい……じゃない……」
エレノアは息も絶え絶えになりながらニルの顔を見上げた。いつも見慣れたはずの顔なのに、今日はとても頼もしく見えていた。
「あたしの……前で、カッコつけても、知ってるんだからね……」
勝ち気なエレノアの表情が歪む。ニルはエレノアの手を握りながらまっすぐ彼女の目を見ている。
「しっかりしろ! 今、病院に連れてってやるからな!」
ニルはエレノアを抱き上げるとティムを連れて走り出していた。
帝都リール病院、そこにエレノアは運び込まれた。幸い、傷は深くなく、命に別状は無かったとのことだった。ニルは病院の待合室でティムを連れてたたずんでいた。
「なぁ、ティム。お前、大丈夫か?」
「うん……今は……」
聞こえるか、聞こえないか、すれすれの声でティムが呟く。
「そうか……お前は強いんだな……」
珍しく弱気になっているニル。仕方のないこととはいえ、結果としてエレノアを傷つけてしまった事が彼の胸を締め付けていた。
「それにしても、あいつは何者なんだ? 見たところスレイヴドールの様だったが……」
ふと頭に浮かんだ疑問を振り払って、彼がティムを呼んだ本来の目的を果たそうと席を立った。
少年ティムの腕にあるアザの検証である。
その頃、異世界からの捜索者ケイリードは第一のテロ現場である高速道と第二のテロ現場の市街地とにおける共通点を調べていた。
「両方とも時限式の爆弾による爆破、高速道の時はあらかじめバスなんかに仕掛けておいた物がそこで爆発した形になってるし、建物の時は直接仕掛けてあったっていうことか……」
調査本部に詰めているケイリードは昼夜を問わず事件資料とにらめっこを続けていたのだ、大好きなバンドの練習にもここの所全然顔を出していない。メンバーはさぞかし自分の事を恨んでいるなと苦笑いをしながらコーヒーカップを傾けた。
「でもなぁ、犯人像がいまいち浮かんでこないんだよな。普通は意味もなくテロを起こすことはあまりないんだけど、今回は訳の分からないメッセージが残されてるから……」
頭の中に浮かんでは消える犯人像が何とももどかしかった。
「初めに考えるべきことは、現場のメッセージだよな。『みんな、嫌いだ』『誰もわかっちゃいないんだ』なーんかあるとは思うんだけどな……」
いい加減煮詰まってきたケイリードは再度爆破現場に足を運ぶことにした。「困った時はとにかく現場に行け」というダレスの言葉を参考にして、ケイリードは現場に足を踏み入れた。懐中電灯を持って丹念に調査を進める。その時、闇の底に何か動く物があるのを彼は目撃した。
「誰だ!そこで何をしてる!」
その声にむっくりと反応する黒い物体、それは黒ずくめの服装をした人だった。その男の名はリュート・ラグノール。全くの個人的な動機からこの事件を追っているのだ。
「爆破の原因が本当に爆弾なのかってことでな……」
独り言を呟きながらのそのそと現場を動き回る姿は何だか気分があまり良くなかった。なまじ顔が良いだけに余計に不気味な雰囲気を醸し出していた。
「そんなこと関係ないだろ、早く立ち去れ!」
ケイリードの強い口調にリュートはまたゆっくりと現場を後にしていた。ケイリードは大きくため息をついて再び調査を始めた。
夜道を歩きながらまたリュートはぶつぶつと心に思うことを口に出していった。
「なんだよな……この俺様のあふれんばかりの知恵があれば小役人どもに頼らずに済んだものを……この天才をなんだと思ってるんだ」
その多くは悲しいかな愚痴の類であった。幸いなことに周りに人がいなかったので被害を及ぼすことはなかったが。
「そういえば、あのエンジニアの女の子、エレノアって言ったよな。顔は割と幼いのにあの胸と言ったら……」
いきなりその端正な顔の下からスケベ心丸出しの顔が現れた。人間の表情はかくも変わるものかと実感させられる。
「いいなぁ、大きくて、柔らかそうで……」
彼はエレノアが一才年上であることはもはや眼中にない。
「あんな子に『一緒にお風呂入らない?』なんて言われたら……もう、俺泣いちゃうよなぁ、『エレノアちゃーん』みたいな感じで」
一通りエレノア、というよりも彼女の胸に対する思いを吐露したリュートは甘いため息をつくと、夜の街へと消えていったのだった。
「見た所からして変なんだが、それが何なのかって言われるとなぁ」
モニターの前で腕を組んでぐっと体を反らしてみる。自分の職場である魔導機械開発部でニルはティムのアザについて調査していた。
サーモグラフィー、CTスキャン、組織の顕微鏡検査など様々な角度から調査しても機械からはただのアザであるという回答が帰ってくるだけであった。
「組織上では何の異常もないのか……だったら何が影響してるんだ?」
もうしばらくこの神経戦を戦わなければならないかと思うと胃が抗議の声をあげるのを彼は身を持って知っている。時計を見ると既に午前一時を回っていた。コーヒーを飲もうとして手を伸ばした時、眠っていたティムが目を覚ましたのか、ニルの所にやってきた。
「眠れないのか?」
ティムがうなずくとニルは少年を膝の上にのせた。
「なぁ、一体お前ってどんな奴なんだ? お前が黙り込んでるから、オレも計器もお手上げじゃないか。エレノアがケガしてショックってのは分かるけど、だんまり決められちゃうとなぁ……」
ティムの髪を撫でながら半ば自嘲気味に呟く。目を閉じると、あの時の様子が目に浮かんでくる。エレノアを切り裂いたあの爪の黒さ、彼女の白いトレーナーを染めた血の鮮やかな赤、たくさんの色が目の奥で空間をパステル画の様に塗りあげてゆく。
「エレノアの奴、一体何考えてるんだか……拾ったのが犬や猫じゃないってのを自覚してたんだろうかな。世話好きってのは分かるがお陰でお前はケガしちまうし、オレだってこいつのアザと格闘せにゃならんときてるし……退院したらなんかうまい物食わせてもらわなきゃなぁ、お前もそう思うだろ?」
ニルの言葉に対してティムは相変わらず暗い表情をしていた。
「……いいさ、いずれお前にも分かる時が来るんだからな」
暗闇の中、さらに黒い物が路地裏でうずくまっていた。
「ウウ……僕ハ……僕ハ……」
暗闇の中から聞こえてきたのはラーイの声、昼間エレノアを襲った襲撃者の正体は彼だった。あの時、自分の中から沸き起こる衝動を抑えきれずに飛び出してしまった。その後は良く覚えていない。飛び出した瞬間、頭の中が真っ白になって……。
「科学者、カ……」
一人になった時から、頭の中に棲みついた黒いモヤ。それが何なのかは解らない。ただ、頭の中の誰かが叫んでいる。普段は大人しくしている。鏡のように静かな精神の湖の下に眠っていて、ずっと動きを見せない。だが、きっかけ一つで何かが爆発する。湖の底に眠っていた物が浮上してきて、恐ろしい形相で睨みつけてくる。
「何デ……人間ハ、アンナニ脆イ物ナンダロウ……」
真っ白になった頭の片隅にそんな思いが残っていた。彼にしてみれば決して全力とはいえない一撃があれ程の傷をもたらす物だとは彼も正直思っていなかった。いや、そういうよりは「加減」という単語自体をまだ完全に理解していないのだ。「何事にも『全力』であたる」というのを字面そのままに行動しているのだった。
彼は周りの物を「無」に還してしまう自分の力が嫌いだった。こんな力なんて無くなればいいと何度も思った。だが、それは叶わなかった。実際に彼は人を傷つけてしまった。物を壊した時、人を傷つけた時、心の奥底に走るこの痛みは何だろう? 時々、自分の拳を見つめてそう呟くときがある。心の中を吹き荒れた暴風が残していった物の正体を彼は知りたいのだ。
「モット、モット教エテ……人間ノ事、僕ニ教エテヨ……」
純粋な知識欲が何をもたらすか、誰も教えてはくれない。答えは遠い暗闇の向こうにあるはず、きっとあるはずだった。
「僕ハ……ドウシタライイノ……?誰カ、教エテ……」
暗い街角に再び雨が降り出し始めた。
「もう……爆弾騒ぎはあるし、現場に行ったらおかしな奴には遭うし、こっちの世界はどうなってんだよ……」
ソファの中で何かの電子音が聞こえた。初めは無視していたが、長く続くのでEメールだろうと思い、ゆっくりと体を起こした。
「何だよ……これ以上働かせようってもそうはいかないぞ」
モニターを見た瞬間、彼は固まった。そして、彼はバネに弾かれたように全速力でダレスの元へと部屋を飛び出した。
残されたモニターにはこう表示されていた。
『明日、リール地区に三つある映画館を爆破する。なお、爆破する映画館は一つとは限らない』
第2話 終