ウィズアウト・リーズン
第4話
「戦慄の予感」



「ラーイ、お前は私の大切な宝物だよ……」
 誰ノ声ダロウ……僕ノ頭ノ中ニ時々響イテクルコノ言葉……。
何カ、トテモ懐カシイ感ジハスルンダケド、ドコカ恐イ感ジガスル。
僕ノ事ヲ考エテクレテルノハワカルケド……ナンダカ恐イ……。
 僕ノ事ヲ「人間の為に作られた人形だ」ッテイウ人ガイル。
デモ、僕ハ人形ナンカジャナイ。チャント人間ト同ジヨウニ、考エルコトダッテ出来ルノニ……。
僕ハタダノ人形ナノ? ネェ、教エテヨ。僕ハ人間トドウ違ウノ? 僕ニ足リナイ物ッテナニ?
……ソウイエバ、アノ人ハドウシテ逃ゲナカッタノ? 自分モ殺サレルカモシレナカッタノニ……。
アノ人、スゴク怒ッテタナ……。カバッタアノ人ハ大事ナ人ダッタカモシレナイ……。
 人間ノコト……マダ、ワカラナイ。

「まだ、まだ足りない……」
 暗がりに声が響く。部屋の中には気泡の音とパソコンの冷却ファンの音が聞こえている。
「んふ……ねぇ、うまくいってるの……?」
 薄暗い中にけだるく甘い声が起きる。衣擦れの音を立てて影が影に覆い被さる。
「誤差はあっても予想の範囲、相変わらず上手くやってくれてるよ。それよりも、ねぇ……」
「ふふ、わかってるわ……」
 影は一つになって倒れ込んだ。甘い吐息だけが空虚な暗闇を満たしていた。

 帝都リール病院、午後11時55分。
「食事の前に聞いておこうか。お前の最後の望みは、一体何だ?」
 薄暗い病室の中に響く虚無的な声、表情には相変わらず虚無感をたたえている。ハーラン・ウィルバーはその腕の中にエレノア・ティルピッツを捕らえて、そう呟いた。
「あ……あたし……あたしの、望み……」
 頭がじぃんと痺れる様な感じがして、何も考えられない。必死になって抵抗すれば逃げられるかもしれない。彼女の手はナースコールのスイッチに伸びているが、ボタンを押す手に力が入らない。頭の中にいる何かが、必死に抵抗しているのが分かる。でも……。
 ナースコールが彼女の手から滑り落ちた。あぁというため息にも似た甘い声が唇からこぼれる。あたし、どうなるのかな……。
「……無いのか。少々、興ざめだが仕方がない……」
 ハーランの手がエレノアの後頭部を包み込む。いつの間にか潤んでいた目にはこの世ならざる妖しい魅力を持った顔が映っていた。 ゆっくりと近づいてくるハーランの顔。あたしはここで……そう思って、彼女は目を閉じた。でも、せめて、せめてもう一度……。
 ……しかし、彼女に来るべきものは来なかった。おそるおそる目を開けると、すぐ近くにハーランの顔があった。
「この場でもいいんだが、興ざめで食事するのは何だか味気ない。それに、お前の中にまだ誰かがいるからな。そいつをどうにかしてからでも、遅くはないさ……」
 そう言って、彼はその翼を広げた。
「一つ言っておくが、この病院、テロの目標になっているようだな。全く、食糧を無駄にする愚か者はいつの世にもいるものだ……」
 その言葉を残してハーランは姿を消した。再び病室に沈黙の帳が下りる。心臓が激しく鼓動している、もしかしたら病室にも響いているかもしれない……顔に手をやると、手が涙で濡れていた。
「あたしの、あたしの中にいる誰か……」
 奇妙な熱を帯びた彼女には、今夜眠る事が許されなさそうだった。

 翌日早朝、テロ対策本部室。
 対策本部長ダレス・マッケンゼンを先頭に今回の連続テロ事件に対処しているのだが、映画館テロの事例からそこにいるSS達は、まだ見えぬ犯人像に向けて異常な執念を見せ始めていた。
「……確かに、分かりたくもないな」
 朝日が射し込む窓辺に立ってケイリード・ウォルフィニックは呟く。前の映画館テロで先頭に立って観客の避難誘導を行い、被害を最小限に留めた彼は不満そうな表情を浮かべた。
「あれだけ爆弾テロを起こしておいて、自分の行いを正当化するような奴の考え方なんて存在すら許されるべきじゃない」
 彼とて高尚な哲学者でもないし、それ程の人生経験を積んでいるわけでもない。しかし、そんな彼にだってそれなりの考え方がある。その考え方が反発を起こしているのだ。
「ケイリードさん、はっきりとした信念をお持ちなんですね」
 いきなりの言葉に驚くケイリード、声の主は柔らかい微笑みを浮かべてこちらを見ていた。フリージア・ロマリエーナ、ケイリードと急遽コンビを組んで事件へ取り組むことになった女性である。
「フ、フリージアさん、僕は、そんな……」
 顔を真っ赤にしてうろたえる彼にフリージアは再び微笑む。
「いいんですよ、ちゃんとした信念を持っている人は魅力的なんですからね」
 フリージアはその言葉に一瞬ドキッとした彼を連れてダレスの元へと急いだ。テロには迅速な対応が要求されるのだ。

「それにしても、分からないことばかりだよなぁ」
 同じ頃、一段落着いたニル・アーリッカはソファに体を沈めた。
「一段落着いた」とは例の少年ティムの世話の事だった。子供の世話など慣れていないので行動一つ一つが大変彼を消耗させてしまう。 一つ助かることといえば、ティムが一日中大人しくしているので家の中が騒がしくならないということなのだが。
「爆弾テロ事件、こいつが絡んでいることは間違いないんだけどな、それが何かが分からないんだよ……」
 ソファに身を沈めながら独り言を言う。ティムはまだベッドの中で軽い寝息をたてている。その横顔からはニルを軽々とはね飛ばした力は想像されない。エレノアが連れてきたこの少年が全ての発端になっていた。そう、エレノアを傷つけたあいつと遭うことも。
「それよりも、今はこっちのことだ。また、エレノアの所に行ってみるか。ティムもあいつになら心を開くかもしれないしな」
 そう言ってニルは立ち上がった。カロリーブロックだけで済ませようと思っていたが、ちゃんと料理しようと考えたからだった。

 対策本部会議室。帝都リール病院に仕掛けられたといわれる爆弾への対処と、それに関する諸々の打ち合わせが行われていた。
 とにかく、患者はじめ職員、その他全員を避難させた後、病院を完全閉鎖して捜索するという所までは全員考えていた。しかし、問題はここからだった。
「真相を絶対に漏らしてはならない、きっとパニックになるぞ。マスコミからさらに伝播する可能性だってあるんだからな」
「何言ってるんだ、今回は映画館と訳が違うんだぞ、医師や看護婦の協力抜きに避難がスムーズにいくはずがない。職員だけでも真相を話すべきだ!」
 あのメールの内容を外部に流すかどうか、その事でSSは二つに分かれて真っ向から対立した。一刻を争う状況での対立にダレスはいらだっていた。おそらく、病院という対処に慎重さが要求される場所を選んだのもテロリストの狙いの一つだ。このまま内部対立を続けることは奴らの思惑通りになると考えたダレスは一つの決断を下した。
「病院からの退避は職員の協力抜きには出来ん。フリージア、SSの代表として職員の説得にあたってくれ」
 ダレスの顔に犯人への怒りが静かに浮上しつつあった。
 ダレスの決断により、SSは活動を開始した。為すべき事を決めてしまえば簡単なことだ、後はそれを達成できればよい。説得の任を受けたフリージアはケイリードを連れて、車へと飛び乗った。
「本当は、わたくしは情報収集に生きてたいんだけどね……」
 フリージアはそんなことをぼやきながら車を走らせるのだった。


 その頃、ティムを連れたニルは帝都リール病院に姿を現していた。 「あ、ニル……ティムも、来てくれたんだ……」
 エレノアはなんだか複雑な表情で二人を迎えた。ハーランの事を二人に言うべきかどうか迷っているのだ。
「なぁエレノア、オレは少し外すから、ティムと少し話しててもらえないか? お前になら、心を開くと思うからな……」
 そう言ってニルは病室を出ていった。部屋の中にはエレノアとティムだけが残された。部屋に奇妙な沈黙の帳が下りる。
「ティム、ごめんね、あたしももう少しで退院できるから……」
 エレノアは胸元の包帯に手を当てる。傷自体はだいぶ良くなってきているが、まだ激しい動きをすることができなかった。そんな彼女に対して、ティムは軽く頷くことで意思を表示していた。
「あたしが退院したら、また、何か作ってあげるわよ。ニルの事だから、きっとカロリーブロックで済まそうとか考えてそうだしね。それに、お風呂だってちゃんと入れてもらってるのかな……?」
 あれこれと考え込むエレノア、ティムは不思議そうな表情で彼女の顔を見つめていた。
「おねぇさん……」
 部屋の中にか細く聞こえる声。ティムの視線はまっすぐにエレノアの瞳に向けられていた。ティムはベッドの側に近づいてきた。エレノアはいつかそうしたようにティムをだっこする形で優しく包み込んだ。ティムの体温が服を通して伝わってくる。何故か、とてもティムのことが愛おしく 感じられた。あたしもいつか……と心に思いながら。ティムはエレノアに身を預けながらぼんやりと病室の天井を見つめていた。
「……僕、おねぇさんと逢えて、本当に嬉しかった……」
「……え? ティム、今なんて……」
 突然の言葉の真意をつかめずに聞き直すエレノア。しかし、ティムは再び黙り込んでしまったのだった。
「どうだった? エレノア」
 しばらくしてニルが病室に戻ってきた、ティムは相変わらずうつむいて黙ったままだったが。
「うん、相変わらず、あの事については何も……」
 はっきりしない表情のエレノアに対してニルはそうか、とため息をついて近くの椅子に腰掛けた。
「爆弾テロ事件にこいつが絡んでることは確かなんだが、エレノア、何か分かるか?」
「ううん、その事に関しては何も分からないわ。ただ……」
 そこまで言った所で、彼女の頭の中に何かが生まれた、ハーランが去る時に残した言葉が。
 エレノアはニルを近くに呼んで、耳を近づけて小声で伝えた。爆弾テロの次の目標を。
「エ、エレノア、お前、その話どこから……」
 驚いた表情でエレノアを見つめるニルだったが、話の出所には彼女は決して口を割らなかった。もし、言ってしまえばどうなるか、エレノアには得体の知れない不安がつきまとっていたからだった。
「まぁ、いいさ。それだけ分かっただけでもだいぶ助けになる。テロリストの連中、今度は病人まで狙おうってのか……」
 ニルは腕組みをして犯人への怒りをあらわにしていた。
「エレノア、感謝するぜ、これでまた前に進めそうだ」
 そう言って軽くエレノアの肩をたたくとニルはティムを連れて病室を後にした。いつもなら思いっきり背中をたたいていたのに……なんて考えていたが、普段彼女も同じ様な事をしていたのだった。

 その頃、帝都リール病院前には一人の人物が姿を現していた。それはスレイヴ・ドールの少年ラーイ・グローム、彼はエレノアを傷つけてしまってからずっと後悔しているのだった。衝動的にわき上がってくる「もう一人のラーイ・グローム」と必死に戦っているのである。今のうちは抑えているその感情がいつ反乱を起こすかラーイの心は怯えているのだ。
「病院……アノ人、ココニイルノカナ……」
 不安そうな瞳で病院を見上げるラーイ。ここに来れば「あの人」に会えるかもしれない。しかし、いざ会ったところでどんな顔をして会えばいいのだろう……不安な表情の裏にはそんな感情が潜んでいるのだった。
 ラーイは躊躇しながら病院の正門の前をうろうろしていた。そうしていると、彼の目に黒っぽい人影が映った。何だろうと思って、ジッと目を凝らしてみると黒っぽい服装に身を包んだ人間が日を背にしてこちらに向かってくるのが見えてきた。
「エレノアちゃーん、待ってておくれ、今このオレ様が迎えに行ってあげるからさぁ。もう少しの辛抱だからねぇ」
 ……容姿と言動のギャップに気づいているのかいないのか。彼の名はリュート・ラグノール。しつこいようだが、彼はエレノアより一つ年下である。そのエレノアに向かって「ちゃん」付けもないような気もするがそれはそれでいいとしよう。
「しかしなぁ、この前は男の胸触っちまったからなぁ、あん時は本当にだまされたぜ。だが、エレノアちゃんなら大丈夫だからな。オレ様の魅力をもってすれば彼女だって女だし……ふふふ」
 真っ昼間からそんなことを口走っているものだからただでさえ怪しい印象を受ける服装に拍車をかけてしまうのだ。
「おう、そこのスレイヴドールのあんた、エレノアって女の人知らねぇか? ショートカットで胸がばーんとおっきい人をさ」
「イイエ……僕ハ、分カラナイ……」
 リュートはちっと舌を鳴らして病院の方に向かっていった。
「アノ人モ、病院ニ用ガアルノ? アノ人、ドコカ悪イノカナ……」
 彼に悪いところがあるとしたら思いこみの激しさかもしれないが、ラーイは前を歩くリュートについていった。リュートはそんなことも知らず愛しの「彼女」の待つ病棟への道を一歩一歩進んでいった。

「あのー、面会を申し込みたいんですが、エレノア・ティルピッツさんの病室って、何号室でしょうか?」
 普段では感じられない丁寧さで受付の女性に話しかけるリュート、あくまで表情は二枚目を気取っている。受付嬢に笑みを送りながら書類に名前や必要事項を書き込んでいく。
「リュート・ラグノールさんですね。……あの、そちらの方は?」
 受付嬢の視線が彼の後ろへと向けられる。リュートが後ろに目を向けるとそこには正門の所で会ったラーイの姿があった。
「ん? あんたもエレノアちゃんに会いにいくのか?」
 その言葉にラーイは無言でうなずいた。
「じゃ、名前教えてくれるか?」
「僕、ラーイ……ラーイ・グロームッテイイマス」
 ラーイの表情に一筋の光明が生まれる。リュートは笑ってラーイの名前を用紙に書き込んだ。
「はい、分かりました。603号室になっておりますので、渡り廊下のエレベーターを使って下さい」
 受付嬢はそう言って二人の面会を許可した。

「ア、アノ……アリガトウ、ゴザイマス……」
 廊下を歩きながらラーイは感謝の言葉をかけた。
「なぁに、困ったときはお互い様さ。困ったらオレに言えよ。だがな、エレノアちゃんの胸はオレの物だからな、横取りするなよ」
 本人がいない所で半ばパーツの切り売りのようなことが行われている事にもちろん彼女は気づいてもいない。ラーイはただ、純粋にリュートに感謝の念を抱いていた。

 その頃、一台のエアバイクが病院の前を駆け抜けていった。長い髪が風に乗ってたなびいている。
「まったく……映画館爆破するだなんて信じられないね……」
 エアバイクは病院近くのバーの前に止まった。ヘルメットを脱いで艶やかな髪が露になる。パッケージ・ローズ、彼女は「レッドバロン」のメンバーとブレンブルグを走った後、行きつけのバーに姿を現したのだった。
「マスター、ソルティードッグもらえる?」
 マスターは無言でグラスを用意し、パッケージの前に差し出される。薄く笑いを浮かべた唇を心地よい液体が濡らす。
「なんだか、病院の方が騒がしいけど、何かあったのかい?」
 パッケージの問いにマスターは首を横に振る。そう、とだけ呟いて再びグラスを傾ける。
「こないだ、爆弾テロがあったビルの近くにいたスレイヴ・ドール、何か悲しげな表情してたわね。興味あるなぁ……」
 パッケージはグラスに映った妖艶な笑みを浮かべた自分の姿を見つめていた。グラスの向こうに彼女が見る物は何なのだろう……。

「さて、これを登れば目指すエレノアちゃんのいる病室に一直線だ」
 エレベーターの前でリュートが得意げな顔でラーイに説明する。ラーイは初めて見る様々な人間達に好奇の目を向けていた。
「イロイロナ人ガイルンデスネ……」
 ラーイの言葉にリュートは笑顔でうなづく。
「ああ、病院って所は本当にいろんな連中がやってくるのさ。まぁ、ここに来るのはある程度金のある連中だけで、パラサイトやあんたみたいなスレイヴ・ドールは縁のない場所だからな」
 何故か悲しげな表情をしたリュートにラーイは気づいただろうか。エレベーターが下りてくるまでの間、普段とは違った表情でたたずんでいた。エレベーターが五、四、三とゆっくりと降下してくる。
 しかし、エレベーターは二階で止まったまま動かなくなった。
「おい、どうなってるんだ、これ!」
 リュートが抗議する。そんな中、病院の慌ただしさにラーイは気がついた。職員の動きに何か不自然なものを感じたのだ。いや、職員だけではない、職員の他には見慣れた制服、そう、SSの姿があったのだ。
「フリージアさん、ここが終わったら四階に取りかかって下さい!」
 廊下の奥から声が聞こえてくる。病院に派遣されたケイリードの声だった。ケイリードはバインダーを片手に次々と指揮を出した。
「あの、すいません、ハンターの方ですか?」
 ラーイ達の方にケイリードが近づいてくる。ケイリードは自分の名前を名乗った後、ある提案をした。
「すいませんが、我々SSに協力して頂けませんか? 病院から人々を避難させるには人手が足りないんです!」
「何言ってやがるんだ!またお前らSSの片棒をオレ達に担がせようってのか? そうはいくかって……」
 そう言ってケイリードにつかみかかろうとしたリュートを止める者がいた。ラーイである。
「ソノ仕事……人間ノ為ニナルンデスカ?」
 ラーイの問いにケイリードはうなづいた。ラーイの顔に決意の火が灯る。
「ヤラセテクダサイ、僕、人間ノコトヲモットヨク知リタイカラ!」
 初めて見せるラーイの表情に触発されたのか、リュートも嫌々ながら協力するはめになった。ケイリードは説明のために他のSSを呼んで、自分は他の部署を探るためにまた走り出したのだった。

 こちらは病院内でも最も重要な魔気配送室、マザードライブから送られてきたエネルギーは全てここに集められた後で病院内へ配送されていく。
「爆弾を仕掛けるとしたらここね……ここがやられたら全てダメになっちゃうから」
 フリージアは爆弾処理班として病院内をくまなく検証していた。病室を探り、事務室を調べ、薬品庫を探しても、発見できなかった。思い当たる場所はここしか残されていなかった。
 巨大な機械がうなり声をあげている。それに対応するように大型の冷却ファンが回っている。まるで巨大な生物の中に迷い込んだような感覚さえ覚えるような部屋だった。
「あるとしたら、おそらくはこの部屋なんだけど……」
 フリージアは部屋の奥の方に進んでいった所に一際大きな魔気配送機が据え付けてあった。そして、そこにはこれ見よがしに新型の、彼女が兵器庫で一度だけ見た爆弾が取り付けられていたのだった。
「ふふ、犯人が誰だか分からないけど、結構なことやってくれるじゃない。こんな大層な爆弾使ってくれるなんてね……」
 フリージアは皮肉めいた笑みを浮かべて爆弾へと向かっていった。魔気吸収型の爆弾。メモリシアや魔気を直接爆発力に結びつける爆弾である。魔気を無尽蔵に吸収するようになっているので、物理上いくらでも爆発力は強くなる。昨日のうちから設置されたとするならば、相当量の魔気を吸収しているだろう。絶対に、爆発させてはならなかった。
「さぁ、テロリストとの知恵比べ、始めましょうか」
 フリージアは傍らに置いた工具を手に、長い知恵比べの闘技場へ足を踏み入れたのだった。

「ちょ、ちょっと、何の騒ぎ?」
 6階の603号室。エレノアは辺りの騒がしさにベッドから飛び起きた。胸の傷が少し痛んだが、そんなことは気にしていない。
「病院から患者を避難させることになったんです、あなたも職員の指示に従って退避して下さい!」
 エレノアは内心ニルと、あのハーランに感謝しながら周りの手荷物を持って廊下に出ていった。時計を見ると十一時二十五分、爆破までの時間は刻々と迫っていた。
 ニルは病院の前にティムと一緒に立っていた。次々と病院から避難してくる人たちを見ながらエレノアが言った事を再確認するのだった。
「テロリストの奴……ずいぶんと大がかりなことやってくれたな」
 ティムは相変わらずニルのズボンの裾をつかんで震えていた。
 だんだんと避難してくる数が増えてくるのを見て、ニルは場所を他に移した。爆発の影響を避けるため、病院からある程度離れようと思ったからだ。
 避難場所になった広場を望む高台に立って避難してくる人を見ていた。広場に出てくるのは比較的軽い患者らしかった。さっきから救急車が玄関の前で列をなしている。
 避難してくる人の中にエレノアの姿を探していた。人々の中から一人を探すというのは困難だったがちゃんと避難できたかどうしても気になってしまうのだ。
「ん? あ、あいつ、なんでこんな所にいるんだ?」
 エレノアより先にニルの目に止まったのは彼女が入院する原因を作った「あいつ」ラーイ・グロームの事だった。その姿を確認してニルは走り出していた。あいつには一度きちんと話をつけておかねばならない、高台を駆け下りながらそんな決意を秘めていた。

「ヨシ、コッチハ終ワリダナ……」
 ファイルを手にラーイは呟く。彼は今までにない充実感を感じていた。「自分にも出来ることがある」これを実感しただけでもラーイには充分過ぎる収穫があった。
 そんな中、ふと視線を脇にそらす。すると、自分が一番良く知っている「あの人」がこっちに近づいて来るのが見えていた。ガタンとファイルが手を滑り落ちる。ラーイはその場から動けずにいた。
「おい、そこのあんた。オレの顔に見覚えがないか?」
 ニルの厳しい声が稲妻のようにラーイの体を打つ。ラーイは震えて言葉一つも発せられなかった。
「ア、ア、アナ、タハ……」
 ニルの視線はまっすぐにラーイの瞳を捉えていた。片方は怒り、もう片方は怯えの視線を。
「あの時、エレノアを襲ったってのは分かってるんだぞ!」
「ア、ア、アア……」
 ラーイはがたがた震えながら両手で顔を覆った。あの時の事が頭の中でフラッシュバックを起こす。テロ現場であの二人を見た事、もう一人の自分に支配された事、気がついた時には血塗られたクローを手にして震えていた事。様々な光景が頭の中に浮かんで彼を支配しようとした。
「ハァッ、ア、グ、ア……」
 頭を抱え、崩れ落ちるラーイ。ニルもさすがに不安になってラーイの体を揺すった。
「回路の不具合か? いや、論理思考系の混乱が起こってるな……」  ニルの中のサイエンティストが冷静に診断を下す。目の前でもだえ苦しむラーイに憎しみ以外の不思議な感情が芽生えてきた。
「……オレもエレノアの事は言えないか」
 ニルの顔から不思議な笑みがこぼれた。

 魔気配送機が不気味な音をたてて動いている。その中で一人、フリージアが黙々と処理作業を続けていた。
 ふぅ、と長く息を吐く。爆弾処理に失敗は許されない。前回の一件で本当なら死んでいた。今、ここにいる私はあの人によって救われた命なんだと自分に言い聞かせて処理にあたっていた。
「これを止めないと、わたくしはまだ死んだままなのよ……」
 ニッパーでまた一つコードを切る。時計に目をやる。11時50分、このままいけば大丈夫だった。。
「ケイリードさんに、約束したからね……」
 今の自分は一人ではない。そんな気が彼女にしていた。
 最後の二本が目の前に伸びている。あとは、これを切るのみ。
「ふふ、出来の悪い映画の見過ぎよね……」
 昔よく見たテレビのドラマにあったこんな光景が彼女の頭の中をよぎった。確か、あの時は「赤」のコードだったような気がする。目の前のコードも赤だった、だが、もう一本も赤のコードであった。
「本当に、出来の悪い映画よね……」
 フリージアは目の前の現実に皮肉な笑みを浮かべた。さて左か、右か、彼女に決断が迫られていた。カウントダウンが進む。
 彼女は目を閉じて両方のコードを手に取った。頭の中でより赤いと感じる物を彼女は選びだそうとした。そして、彼女の目が開いた。コードにニッパーをあてる。そして、パチンという音。しばらくの後、爆弾は沈黙していた。
 体から力が抜けていくのが分かる。しばらく、この部屋から出られそうになかった。

「……止まったようね」
「ふふ、じゃ、そろそろいこうか」
 まだ幼さを残した声が発せられる。そして、ゆっくりと身を起こした傍らの人間と部屋を出るのだった。

 爆弾停止の知らせはすぐに避難を指揮していたSSへともたらされた。SSの中に安堵感が流れる。ケイリードも緊張していた気分を解放した。
「よかったですね……フリージアさん」
 ケイリードはそんなことを考えながら避難患者を病院に戻す手配に着手したのだった。

「爆弾が止まったか。テロリストめ、目論見が外れて残念だったな」
 ニルが悪態をつく。彼の肩にはぐったりしたラーイの体が預けられていた。向こうからエレノアとティムが近づいてきた。
「エレノア、無事だったんだな」
「ニルだって、無理しちゃって……」
 お互いに笑ってみせる。しかし、エレノアの目はその隣の物に向けられた。
「ニ、ニル、その、スレイヴ・ドールって……」
 ニルは黙ってうなずく。エレノアがあの時の事を思い出して震えていた。
「分かってる。オレもエレノアの事が言えなくなったな……」
 そう言って再び笑ってみせる。エレノアはどう対処していいのか分からないままラーイの体を見つめていた。
「そういえば、ティムも無事だったんだね、よかった……」
 エレノアはティムの体を抱きしめた。ティムが顔を赤くしながらエレノアの体に身を預けていた。
「ふふ、お前、そんなに人に慣れるようになったとはね……」
 背後から女の声が聞こえる。振り向くとそこには白衣を着た少年と、スーツに身を包んだ妙齢の女性、そして、ティムとそっくりな少年が立っていた。
「あんた達、僕の計画を邪魔してくれるなんて大層なことやってくれるじゃないか。命が惜しかったらこれ以上関わらない方がいいぞ」
 白衣の少年は挑発するように切れ長の瞳を輝かせた。
「何言ってんのよ!勝手に人の命を奪うようなテロなんて許されるわけないじゃない!」
 エレノアの叫びに少年はバカにしたような仕草をとる。
「これだから誰も分かっちゃいないのさ、所詮、僕のことを分かってくれるのはこのネリスだけさ」
 そう言って傍らの女性に身を寄せる。エレノアはそんな彼に嫌悪感しか抱かなかった。
「まぁいいさ、命が惜しくなかったら僕らの後についておいでよ。全く命の保証は無いけどね」
 白衣の少年は笑いながら背中を向けて立ち去った。
 二人のティムはお互いをジッと見つめていた。ただ、一つは怯え、一つは自信に満ちた視線ではあったのだが。

第4話 終