ウィズアウト・リーズン
第5話
「Without Reason Phase.1」



「いい? 一生懸命勉強していい学校に入らないと、エンタープライズになんて行けないわよ。
サイエンティストになろうとするんだったら、なおさら勉強しないと……」
「サイエンティスト」という夢、これは物心ついたときから抱いていた。
あれは俺の本心からの願いではなかったが、今となってはもうどうでもいい。
あの時は、必死にサイエンティストを目指して勉強していた。とにかく、振り向いて欲しかった。俺のことを気にかけて欲しかった。
サイエンティストになることよりも、大きな願いの為に毎日机に向かっていた。
今、こうしてサイエンティストとして生きているが、ふと何もない、自然の中にたたずんでいたいと思うことがある。
子供の頃に、勉強しかする能の無かった自分に、別な目的を与える為。
勉強さえしていれば、親は振り向いてくれたが、そこには何か違うものを見ていたような気がする。自分という存在は目に映ってなかった……。
あいつ……子供ができたらどうするんだろうな。ちゃんと面倒見て欲しいけどな。
子供にとって「存在を認めてもらえない」
つまり、「構ってもらえない」ってのは、とても辛いんだから……。

 帝都リール病院前の高台。白衣の少年とネリスと呼ばれた女性、そしてティムとうり二つの少年は、自信に満ちた笑みをもって下にいる人間を見据えていた。
「今までの事が知りたかったら、僕達の後についておいでよ。命の保障はできないけどね」
 少年はまだ幼さを感じさせる顔でウィンクをして、ネリスやもう一人のティムと共に高台の陰に止めてあったエアバイクのレイディアに乗り込む。
「ふふ、少しだけ待ってあげるよ、決心が付かないようだし」
 エアバイクの眼下にいる人々は複雑な心境で少年を見つめていた。

「ラチがあかねぇな。少々荒療治になるが、行くしかなさそうだな」
 ニル・アーリッカは苛立った表情で少年の方を睨み付けていた。このテロ事件の事といい、ティムの事といい、いい加減精神的に煮詰まりつつあった彼はここで全てをはっきりさせたいと思っていた。 傍らの少年ティムももちろん連れていくつもりだった。何かに怯えるような毎日にピリオドをティム自身に打たさねばならない。
「ニル、もしかして、キミ一人で行くつもりじゃないだろうね」
 エレノア・ティルピッツの毅然とした瞳はまっすぐにニルの目を捉えていた。返答次第ではどのような行動にでるか分からない、強い威圧感を持ってニルを見据えている。
「エレノア、お前……」
 ニルは絶句してしまっていた。当初、彼はエレノアにSSへ連絡して、応援を要請しようとしていた。だが、彼女の瞳を見てしまった瞬間、言葉が出なくなってしまったのだ。二人の間に緊迫した静寂の霧が漂う。
「無茶言うなよ! まだ傷が完全に治ってるわけじゃないんだし、お前にもしもの事があったらティムをどうするつもりなんだ!」
 ニルの言葉が稲妻のように体を打つ。今、ティムが心を開く事のできる相手は彼女だけなのだ。彼女にもしもの事があったらティムは再び天涯孤独の身になってしまう。ニルはその事を一番危惧していたのだった。
「お前が、エレノアが一番望まない結果にだってなりかねないんだ。頼む、ここに残って、SSとかに連絡を取ってくれ」
 エレノアの肩に手をかける。エレノアはうつむいたまま肩を震わせてずっと黙っていた。
「エ……エレノア、サン……?」
 傍らに寝かされていたスレイヴ・ドールの少年ラーイ・グロームがか細い声をあげる。ゆっくりと上半身を起こして、エレノアに視線を向ける。
「ソウカ……エレノアッテイウンダ……」
 しばし考え込む表情をしながら小さく呟く。頭の中で今までのことがフラッシュバックを起こす。だが、駆け抜けていく光景は今までのように彼を押しつぶしたりはしなかった。「自分にもできることがある」ということを自覚した彼には襲いかかる負の感情も無意味だった。次々とやってくる感情の波を取り込み、一つ一つ克服していく。その度に自分の中の障壁が打ち崩されていった。
「オ父サン……今、分カッタヨ。僕ニ何ガ出来ルカ、ソシテ、僕ガ何ヲスルベキカッテコトヲ……」
 ラーイの表情は今までの彼とは全く違っていた。帝都にやってきた頃の悲壮感はそこには存在せず、強い意志に支えられた決意の光が満ちあふれていた。
 ラーイの瞳は白衣の少年の方にジッと向けられている。
「誰モ分カッテクレナイナンテ……ソンナコトナイ!」
 ラーイの言葉が届いたのかどうなのか、白衣の少年は冷たい笑みを返してきた。視線がぶつかる。二人はそのまま対峙していた。
 しばらくの後、少年は視線を不意に逸らす。
「もうすぐ時間だけど……どうする? 移動手段もないみたいだね」
「うるせぇ! かわいくねぇことばかり言うんじゃねぇよ!」
 少年の言葉に触発されたのか、ニルは怒声を上げる。だが、彼の言う通り移動手段がない。少年の不敵な笑みがより一層焦燥感を募らせる。奥歯を音が聞こえそうなくらい強くかみしめる。
「ニル、あたしのを使ってよ。中古の安いやつだけどね、それなりのスピードは出るから……」
 エレノアが真剣な表情でエアバイクのキーを渡す。一瞬、驚いた顔をしたニルだったが、すぐに駐機場に向けて走り出した。
 すぐにニルは少年と同じレイディアに乗って姿を現した。確かに、所々具合の悪い箇所はあっても、今は文句を言える状況ではない。
「ティム、お前も来るんだ。何かに怯えた毎日って奴を、お前自身が断ち切らなきゃならないんだよ!」
 ティムに向かって手を差し出す。うつむいたままだったティムは、エレノアの方に視線を向ける。そして、少し頷くような仕草を見せてニルの後ろへ飛び乗った。ラーイも、格納されていた翼を広げる。
「ふふ、準備も出来た事だし、行くとするかな」
 その言葉と共に少年達を乗せたエアバイクは発進した。その後を追ってニルのティムのエアバイク、それにラーイが次々に飛び立っていった。
「ニル、ティム、それにスレイヴ・ドールのあの子……絶対無事で戻ってきて、まだ、話したいことがたくさんあるんだから……」
 エレノアの視界からニル達は次々と帝都の中に溶け込んでいった。

「ケイリードさん、あれは……?」
 病院の外で事後処理にあたっていたフリージア・ロマリエーナの視界に次々と病院を飛び立つ二台のエアバイクとスレイヴ・ドールが映った。その様子に気づいたフリージアが傍らのケイリード・ウォルフィニックに呼びかける。
「もしかして、テロリスト……? 追跡しましょう!」
 そう言って、フリージアを連れて駐機場に走る。心の中に奇妙な不安を抱えながら二人は走った。見えないテロリストに対する恐怖と憎悪。捜査開始以来、この二つの感情に何度押し潰されそうになったことか。だが、異世界にいた頃の彼と今の彼とは何かが違っていた。少しずつ、だが確実に、襲いかかってくる物を克服していけるようになった。時々、このように自分が変わることができたかと、彼は考えることがある。自分の心が強くなった、その理由を。
「それは、きっと……」
 横を走る黒髪の女性に目を向けて、微笑んでみせる彼であった。
 駐車場にあったフリージアの車に飛び乗って、二人は追跡を開始した。目的地ははっきりしなかったが、フリージアは自信があった。リール地区にはテロを警戒して交通規制がひかれてあり、その中の一つに必ず引っかかっていると確信があったからだ。

「なんだよ! あのガキ、なんて腕してやがるんだ!」
 もう、いくつ信号を無視してしまったのだろう。もの凄いスピードでリール地区を二台のエアバイクは駆け抜けていく。ラーイはついてきているだろうか。心配になって後ろを振り向こうとしたが、少年のエアバイクを見失ってしまいそうで未だ実行できずにいた。
 また一つ、信号を無視して通り過ぎてしまった。街の中の色々なものがニルの視界に飛び込んでは消えていく。走り続けるニルの目に多くのSSのエアバイクが見えてきた。それは、前を走る少年を取り囲むとしきりに停止するように警告していた。しかし、少年のエアバイクは止まるどころか、ますます速度を上げてSSを引き離していった。
「邪魔、しない方がいいわよ……」
 少年の体を片手で支えながらネリスの白く美しい手がSSに向けられる。そして、口元で何かを呟くと彼女の手のひらからいくつもの火弾が後方のエアバイクに向けて撃ち出された。その直撃を受けたエアバイクが大破して後方についていたSSの機体に突っ込んでいく。たちまち巻き添えをくった機体が落下していった。
「ちっくしょう! 冗談じゃねぇぞ!」
 ニルの真横にいたエアバイクが大破したエアバイクの破片を受けて墜落していく。ニルはネリスの火弾によってもたらされるエアバイクの破片をかわしながら必死になって食らいついていた。それはニルのすぐ後ろを飛ぶラーイにとっても同じことだった。ただ、翼の面積が広いこともあってニルよりも細心の注意を払って飛行を続けねばならなかったからだ。そして、ティムも無我夢中でニルの背中にしがみついていた。
 それより少し前、エレノアはニルを見送った後、言い様のない不安に襲われていた。ニルの言葉に従ってSSに連絡はしたものの、やはりどうしてもまだ心残りがあるのだ。
「……ニル、あたしもなにか力になってあげたいけど……」
「おっ、我が愛しのエレノアちゃん、こんな所にいたのかぁ」
 声の主はハンターのリュート・ラグノール、この連続テロ事件が起こってからというもの、どういう理由かは今一つ分からないがエレノアに対し強い好意を示していた。しきりに彼女を捜していたのだが、ここに来てようやくご対面と相成ったわけである。
「おっと、質問される前に答えてあげよう。俺の名はリュート・ラグノール、リュートでいい。いろいろ訳ありであんたに協力してやることになったんだ」
 キョトンとしたエレノアを前にさらにリュートは言葉を続ける。「それでだ、あんた、さっき飛んでいった連中が心配じゃないかい? よかったら、あんたを連中の所に連れてってあげてもいいんだぜ」
 それを聞いたエレノアの表情が一気に明るくなる。ここからニルのいる所に連れていってくれるのなら、例えデチーソからの提案であっても今の彼女なら受け入れたであろう。返事を言うよりも早く、エレノアは首を縦に振っていた。
「よし、そうなったら善は急げだ。俺のエアバイクに乗りな!」
 彼女に会うまでのリュートからはおよそ想像もできないような頼もしい言葉と共に彼はエアバイクに乗り込む。遅れてエレノアもリュートの背中に掴まるようにしてエアバイクに跨った。
「落ちると危ねぇからな、しっかりつかまってろよ!」
 出力全開の急発進に驚いたエレノアがリュートの背中に強くしがみつく。リュートは背中に当たるエレノアの柔らかく豊かな胸の感触に、この上ない至福の一時を味わっていた。リュート・ラグノール当年とって一九才、人生で有数の幸福を彼はかみしめている。
「ああ、俺の選択に間違いはなかった!」
 吹きすさぶ強風の中で彼はそんなことを叫ぶのだった。

 少年をニルよりも後方から追いかける形になるケイリードとフリージアはSSのエンブレムが書かれたエアバイクの残骸を避けながら車を進めていた。
「フリージアさん、これって……」
 ケイリードが外の光景に思わず眉をひそめる。少年が通った後には何台ものエアバイクが黒煙を上げながら炎上していたのだ。
「とんでもないことするわね……。命を粗末に扱う奴なんて絶対に許さないんだから……!」
 フリージアの目はまだ見ぬ犯人への怒りでいっぱいになっていた。フリージアが初めて見せる怒りの表情に、ケイリードは驚きを隠せなかった。自分を生んでくれた親に対して感謝をしている彼女にしてみれば、自分が与えられた命を軽々しく扱うようなことは絶対に許せなかった。
「人の命を軽々しく傷つけたり、奪うなんて……」
 今日のフリージアは今までにない強い怒りの感情が表れていた。助手席に座るケイリードはそんな表情の彼女に対して声をかけることが出来なかった。

 遠くからエアバイクの音が聞こえてくる。パッケージ・ローズは昼間だというのにいつものバーでドライマティーニを傾けて、特有の妖艶な笑みを浮かべていた。
「ふふ、スレイヴ・ドールのあの子、来たみたいね……」
 グラスを傾けて残っていた液体をもう一度口に運ぶと、彼女は椅子から立ち上がった。
「これから、面白くなりそう……」
 カウンターの向こう側にいるマスターにマティーニの代金を払うと、マスターは無言でエアバイクのキーを渡した。キーを渡す時、マスターとパッケージの視線がぶつかる。
「欲しい物は必ず手に入れるのが私の主義だからね」
 そう、独り言のように呟くと、彼女は扉から外へと出ていった。

 ネリスの攻撃は全てのSS車両を破壊するまで続いた。ニルやラーイの後ろには、撃墜されたエアバイクや大破した車両の数々が続いていた。前を行くネリスはエアバイクの残骸に蔑みの瞳を向けると再び少年の方に向き直った。
「ナゼ、ナゼコンナニ、人間ハタメライモナク、人間ヲ殺セルノ……? 僕ニハ、分カラナイ……」
 リール病院での出来事から人の温かさに触れたラーイであったが、目の前では次々と人が傷つけられ、死に直面している。彼の頭の中は混乱していた。軽々しく人を傷つけられると思えば、他人を身を呈してかばったりするようなことがある、このような両極端な現象が今の彼ではまだ理解できていなかった。
「ダカラッテ、簡単ニ命ヲ奪ウナンテ事ハ許サレナインダ!」
 以前のラーイならば、悩むだけで自分をどんどん追い込んでしまっていたが、今の彼は違う。自分で考え、自分で行動し、自分で答えを導き出すことが出来るように不完全とはいえ、「自分で何かできる」ということを学んだ彼が手にした物は大きかった。

 病院から飛び立つこと十数分、少年のエアバイクはリール地区の外れにある既に使われなくなっていた研究所に舞い降りた。それを見て、ニルとティム、そしてラーイが次々と跡地に降下する。少年はネリスと「もう一人の」ティムを降ろすと、入り口のカードリーダーにIDを通す。すると、扉は音もなく開き、少年を招き入れた。ネリスと「もう一人の」ティムが少年の後に続く。
「あれ? ここまで来て恐くなったかい?」
 ドアの所で少年が挑発する。ニルは爆発しそうになる怒りを抑え込むと、ティムとラーイを連れて少年の方に向かって歩き出した。
「一つ頼みがある、俺も極力何とかするが、もしもの時はティムを守ってやってくれ。エレノアを悲しませたくないんでな」
 ニルの言葉にラーイは無言で頷いた。その瞳には、守るべき者がいる人間の強さが感じられた。
「……どうして、どうしてあたしなんかに関わるの?」
 リュートの背中にしがみつきながらエレノアが声をかける。
「似てるんだよ、あんたがさ……」
 リュートは不意に悲しげな表情を浮かべて、聞こえるかどうかの小さな声で呟いた。
 エレノアが入院する原因となった、ラーイの襲撃。あの現場を彼は直接この目で見つめていた。身を呈してニルをかばったエレノアの姿に、今はもういないリュートの姉メルカ・ラグノールの姿が重なって見えたからだった。
リュートの目の前で彼の家族全員が惨殺されたあの日、姉メルカもこうやって自らの体を盾にして昔日のリュートを守ったのだ。最愛の姉メルカの命と引き替えに助かったことをリュートは強く悔やんだ。メルカに対しては単なる姉弟愛以上の感情を抱いていた彼にとって、彼女を失ったことは今現在においても依然彼の心にトラウマとなって癒されずに残っているのだった。あの時も、本当ならばメルカをかばって自分が死ぬつもりだったし、彼自身そのことに悔いは無かった。しかし、現実は反対にメルカは死に、リュートはこうして生き延びている。もう、誰にも自分と同じ様な辛い思いはさせたくない、その思いを胸に、彼はエレノアに対して関わり続けてきたのだった。
「だから、あんたにも、あんたがかばった人にも辛い思いはさせたくないんだよ……」
 背中にしがみついているエレノアには、彼の悲しげな表情と僅かな涙の意味が理解されたのだろうか……? すっかり黙ってしまったリュートに疑問を感じながらも、今はこの人を信じようという思いが強まっていた。

 破壊されたSS車両をついて行って、フリージア達はなんとか少年の向かった研究所にたどり着いた。まるで他人の死体を踏んでいるような気がして彼女は憤りを感じていた。
「フリージアさん……ここみたいですね、交信にあったエアバイクが止まってますから」
 ケイリードが建物の前に止まっている二台のエアバイクを見つめながら言う。そのうち一台は彼の仲間を次々と傷つけていったネリスの乗る機体だったのだが。
「ここね……テロをこれ以上広げてたまるもんですか」
 そう言ってみたところ、入り口の扉は固く閉ざされていて彼女達を拒んでいるのだ。これを何とかしない限り彼らに道はない。
 扉の前で立ちつくす二人に対して扉は何も答えない。探した限りここ以外にここに入り口はないようだった。焦燥感が二人の間に広がっていた。

「ふふっ、僕の聖域へようこそ……」
 少年は乾いた笑みを浮かべながら自らの世界に客人を招き入れた。ネリスと「もう一人の」ティムも一緒に少年についていた。少年に招かれた部屋には、中央に置かれた巨大な多くの水槽とそれに接続された制御装置が据え付けられてあった。そして、その横に簡素なベッドが置かれていた。制御装置のモニターから出る光が少年の顔を青く不気味に照らし出す。
「そういえば、僕の名前をまだ言ってなかったね。僕の名前は、ウィル、ウィル・アラリックって言うんだ」
 ウィルと名乗った少年は、ゆっくりとした足取りで制御装置の周りを歩き出した。回想のためにすっと目を閉じながら。

「……ダメね、わたくしの腕じゃこれ以上どうすることも……」
 扉の前で手にした工具を投げ出して、ため息をつく。電子ロックがかかった扉に対し何とか開けようと挑戦したのだが、どうしても上手くいかなかった。ケイリードの力をもってすれば扉を破壊することも出来るかもしれないが、相手を無駄に刺激するような行為はこの場では出来なかった。
「おっ、着いたみたいだぜ、あの建物みたいだな」
 ケイリード達にやや遅れてリュートとエレノアの乗るエアバイクが到着した。エレノアの胸の感触を味わえなくなったのが少々残念なリュートだったのだが、気を取り直して扉の前にいる二人のSSの所へと歩いていった。
「いよお! いつぞやのSSじゃねぇか、どうかしたかい?」
 ケイリード達に向かって大きな声を張り上げる。元々SSに対してはいい感情を持っていなかったが、映画館での一件以来ますますその思いは強くなっていた。リュートの声に思わずムッとしてしまうケイリード。
「……大きな声出さなくても聞こえてます。そんな元気があるんでしたら、この電子ロックの一つでも解除してやって下さいよ」
 いらついた表情と声をリュートに対してぶつける。本来温厚な性格である彼もこんな状況ではどうしても声を荒げてしまう。しかし、対するリュートの方も電子ロックなどの技術関係に関してはほとんど知識が無かったので「押してもダメなら、ぶっ壊す」というある意味無茶苦茶な考え方をしていた。
「電子ロックなら、あたしが何とかするわ。今ここでロックを解除できるのはあたししかいないもの」
 そう言って、エレノアが後ろから進み出る。電子ロックなどの精密機械に関してはまさに彼女はエキスパートであった。工具さえ揃っていれば、大体のロックは彼女の技術で十分対応することが可能だった。幸いにして、工具類はフリージアの乗ってきたSSの車両に搭載されている物を使うことで何とかなりそうだった。
「ニル、ティム……待っててね、あたしも今行くから……」
 決意に満ちた表情でエレノアは工具を手にし、電子ロックとの戦いに乗り込んでいったのだった。

「おや、仲間が来たみたいだね」
 ウィルが目の前のモニターをのぞき込んで呟く。
 手元にあるパネルをいくつか操作して、ニル達の近くにあるモニターにもその映像が映し出された。
「エ、エレノア、あいつ、なんで……?」
 驚きと共に、嬉しさと落胆の奇妙に入り混じった感情がこみ上げてきた。自分のことを心配して駆けつけてくれたことは嬉しいのだが、彼女を傷つけたくないというニルの配慮が無になってしまったことがどうも彼の感情を傷つけてしまった。
「どうするの? 私が行って、皆殺しにしてきてもいいけどね……」
 整った顔立ちに妖艶な笑みを浮かべながら残酷なセリフをネリスの真紅の唇が紡ぎ出す。その美しい外見からはおよそ想像できない冷酷な感情が彼女に存在しているのだろう。そう考えると、まだ人間慣れしていないラーイやティムなどは過剰に恐れを抱いてしまうのだ。
「いや、これ以上手を汚すことはないよ。その手は、僕のためだけに使って欲しいんだから……」
 半ば陶酔の中にあるような声でネリスに向かって語りかけた。メモリシアも使った形跡が感じられない先ほどの火弾を撃ち出した手は相変わらず白く美しい形を保ったままだった。
「あの人達が来るまで待ってあげるさ、それぐらいの余裕があっても怒られはしないんだから……ね」
 そう言うとウィルは笑みを浮かべて再びモニターに視線を戻した。

 何本かの配線を繋ぎかえ、携帯用のコンピュータで数行ほどの命令を与える。この作業を何度か繰り返す。そして、何度目かのエンターキーを押した瞬間、かたくなに閉ざされていた扉は音も無く開いて、エレノア達を受け入れた。
「すげぇ……やっぱり、俺が見込んだだけあるな……」
 腕組みをしていたリュートが思わず感嘆の声を漏らす。扉が開いたのを見て、フリージアとケイリードの表情も一気に明るくなった。 扉の向こう側が、不気味に四人を手招きしていた。
「おい、テロリストめ、あんたらの企みもここまでだぜ」
 ニルがウィルを見据えて言い放つ。今までの連続テロの直接の犯人であるという確証はないが、十中八九ウィルやネリスが関わっていることは間違いない。だから、テロリストと彼らを呼んだのだ。
「ここまで……? はは、どうせみんな消し去ってあげるから同じことさ。みんな、嫌いだから……」
 ウィルは遠くを見つめるようにニルから視線を逸らす。「みんな、嫌い」と言った瞬間に一瞬ウィルの表情が曇ったのにニルは気がついていた。やはり、こいつは何か関係があるとニルは確信した。

 数分後、ケイリードを先頭にして、フリージア、リュート、そしてエレノアが次々とウィルのいる部屋へと入り込んできた。
「やっと、来たみたいだね。待ちくたびれたよ」
 ウィルがやれやれといった感じで、ため息混じりに言い放つ。
「お前がテロ犯人か!」
 ケイリードが腰にさした星剣に手をかけて威嚇する。
「……だとしたら、どうする? この場で斬って捨てるかい?」
 挑発するようなその言葉にケイリードは逆上して、ウィル目がけ飛びかかっていった。しかし、次の瞬間、ネリスの手から発射された火弾がケイリードの体を直撃して、彼の体は山積みになった資材の中に派手に突っ込む形になってしまった。
「ケイリードさん!」
 慌てて駆け寄るフリージア。しかし、ケイリードは口の周りについた血を手で拭いながらウィルを睨み付ける。ウィルは相変わらず不敵な笑みをもってニル達を見据えていた。
「ふふ、それじゃ、じっくりと教えてあげるよ。僕達が何故こんな事をしたのかをね」
「その話、俺にも聞かせてもらおうじゃないか……」
 その声に一同の視線が集まる。声の主は陶酔しきった表情の少女を連れてエレノアの背後から姿を現した。
「また会ったな、エレノア」
 エレノアは声の主の姿を見て、驚きを隠せなかった。デスブリンガーハーラン・ウィルバー。エレノアが入院中、「食事」という目的で接近してきたのが彼だった。
「無駄に命を奪うなんてことは、俺達にとっても迷惑なんだ。テロを起こす大義名分とやらを聞いてやろうじゃないか。幸い、今の俺は食事の後で機嫌がいい」
 陶酔しきった少女というのはパッケージだった。ウィルやネリスの事を探っていたハーランの前に、同じように調査を進めていたパッケージが姿を現したのだ。エレノアの魂を頂くのが今の彼の目的なので、パッケージの魂はまだ奪っていない。ただ、魅了の効果を残すために若干の行為はしてあるのだが。
「そうかい、なら教えてあげるよ。簡単なことさ。僕は『構って欲し』かったんだよ」
 一連のテロ行為のあまりに安直な動機に、みな一瞬あ然とした。
「僕は、小さな頃から優秀だった。エンターカレッジにいるような奴らよりも僕はずっと優秀だった。でも、親は僕に全く関心を示してくれなかった。僕をまるで空気のようにしか感じてくれなかった。だから、僕は決心したんだ。気づかせてやる、僕の方にみんなを振り向かせるようなことをやってやるということを……」
 テロの動機を切々と語るウィル。その姿からは、外見相応の傷つきやすい少年の内面が露になっていた。
「幸いにも僕には、『自爆』のメモリシアがいくつかあった。使用者の体内エネルギーを使って爆破することは簡単なことだった。だけど、そんな風に使える人間がいない。ならば、ということで、このネリスから意志を持たないクローニングの技術を学んだのさ」
 そう言って、隣のネリスに目を向ける。妖しい、淫猥な笑みを浮かべてウィルを見やった。
「生命エネルギーさえ手に入ればあとは簡単だった。リミットボムを持たせれば、命令一つで自爆してくれる。証拠も残さずにね」
 ウィルの言っていることに間違いは無かった。確かにリミットボムで爆弾テロは行われた。問題はそれを設置した犯人像がつかめなかったことだった。見つからないのも当然だった。なぜなら、設置した当人はリミットボムと一緒に「自爆」のメモリシアで砕け散っているのだから。
「そこにいるティムも本当はそうして生まれてきた一人だった。しかし、そいつは何を間違ったのか、スラム街に迷い込んでしまい、そのまま行方不明になっていたんだ」
 ニルの服をつかんだまま震えているティムにウィルの視線が向けられる。スラム街に迷い込んだ後、何かの拍子で自分の命令を忘れ、街をさまよっていたところをエレノアと出会ったことになるのだ。
「……黙って聞いてりゃ……ふざけんじゃねぇ!」
 今までの沈黙を破ってニルが声を荒げる。ウィルの話を聞いて、今まで鬱積していた感情が一気に爆発したのだ。
「構ってもらえないからって、甘えてんじゃねぇよ! 確かに頭は優秀かもしれんが、やることは最低じゃねぇか!」
 怒りに身を震わせて、悪鬼のような形相でウィルを睨み付ける。その凄みに一瞬、ウィルが怯んだ。
「人ガ分カッテクレナインジャナイ、君ガ分カロウトシナイダケナンジャナイノ? イツマデモ待ッテバカリジャ、何モ出来ッコナインダカラ!」
 ニルに代わってラーイが声をあげる。人間というものが分かりかけてきたラーイにとって精一杯の主張をウィルにぶつける。
「でも、もう遅いよ。僕は現に爆弾テロを起こしている。みんなは僕を受け入れてなんてくれない。だから、みんな、消し去ってあげるよ。僕はまた、どこか違う所でまたやり直すことにするさ」
 そう言うと、手元のパネルを数カ所操作した。すると、地鳴りのような音と共にこの建物全体が大きく揺れ始めたのだ。
「証拠は消さないとならないからね。この建物と周囲数百ミュールをまとめて消し去ってあげるよ」
 ウィルの手により、この建物の地下に設置した大型の爆破装置が活動を始めたのだ。爆発すれば、多大な被害と犠牲者が出るだろう。絶対に爆破させてはならなかった。
「解除キーは僕かネリスしか知らない。君達が解くには時間がかかり過ぎる。いずれにせよ、万事休すだね」
 そう言うと、きびすを返してネリスの方に向き直った。しかし、ネリスはいつもとは違った笑みでウィルを見つめていた。そして。「え……? な、なぜ? なぜ、僕を……一緒に逃げるはず……」 ウィルに向けられた手から火弾が少年の体を貫いていた。ウィルは白衣と床を真紅に染めて、その場に崩れ落ちた。幸いにも、即死には至っていないようだが……。
「証拠を残さないって、言ったわよね。それは私も同じこと。あなたみたいな子供についてこられるとかえって迷惑なのよ」
 ネリスはそう言うと、「戦友」のメモリシアで作り出した自分の分身と共に、ラーイ達に攻撃を開始した。
「このまま逃げてもいいけど、あなた達が生き残ると後々面倒だからね、ここで皆殺しにしてあげる!」
 次々と襲いかかってくるネリスの火弾を避けながら、各人は自分の為すべき事を考えた。目の前のネリスを倒すのが先か、それとも爆弾を止めるのが先か。さらには裏切られ、虫の息になっているウィルを助けるか。爆破までは残り三十分、それまでに成し得ることをやり遂げねば全ては無駄になってしまうのだ。
 今、自分に出来ることとは……? 何をするべきなのか?
 襲い来る火弾の雨の中、それぞれに決断が迫られているのだ。
 広い空間の中には、「二人の」ネリスの笑い声が響いていた。

第5話 終