ウィズアウト・リーズン
第6話
「Without Reason Phase.2」



僕がこの世界にやってきたのは、自分の力を試すため。
自分一人の力でどこまで戦っていけるか。それが目的だった。
ストラガルスにいたときの僕はまだ未熟だった。
目の前の出来事に対して無力だったこともあるし、感情だけで動いて手痛い報いを向けたことだってある。
そんな自分を克服するため、僕はここへやってきたんだ。昔の自分を乗り越えるために。
ここにやってきてからも色々なことがあった。 もちろん、それらの事件を僕はこの目で見てきたけど、何一つ解決できなかった。
辛かった。これほど自分が無力に思えたことはなかった。 それで、半ば投げやりな気持ちで今回のテロ事件の捜査に加わったんだ。
でも、今回は違った。いつものように目の前の状況に流されて、自分を見失うようなことはなかった。
テロに対する怒りで目を曇らせるようなことが。
それは、おそらく、あの女性がいてくれるからなんだろう。
この世界に来てから僕はずっと孤独だった。そんな僕を、あの人は大きく包み込んでくれるような気がした。
あの人と一緒にいると不思議と荒れていた心が静まってくる。今までの冒険では考えられなかったことだった。
確かに、バンドの仲間達は僕にとってかけがえのない人達なのだが、あの人はそれとはまた違っていた。
この事件が終わったらはっきり伝えよう。あの人に対する、僕の想いを。
あの人に僕がどう映っているのかは分からないけど、僕にとって、かけがえのない人なんだっていうことを……。

その決意を胸に秘め、少年は決戦の場に身を投じる。

「ふふふ、私に殺されるのが先か、爆弾で消し飛んでしまうのが先か、楽しみだねぇ……」
 妖艶な笑みを浮かべながら、広大な空間の中に女性の声が響く。
 ネリス・スレーダー、彼女の足元に崩れ落ちている少年と共謀して帝都リール地区で数々の爆弾テロを起こしてきた。そして、この少年と時期を見計らってここを撤収し、どこか遠くへ逃亡するつもりだった。そこでまた少年と共にテロ行為を続けるつもりだった。
 しかし、それも数十秒前までの考えだった。その少年、ウィル・アラリックは真紅に染まった白衣を身にまとい、彼女の手によって死への坂道を急速に転がり落ちてゆきつつあった。
「許せねぇ……ウィルもそうだが、お前はそれ以上に許せねぇ!」
 ニル・アーリッカの怒号にも似た声がネリスに対してぶつけられる。彼はウィルの境遇と過去の自分を重ねて、同情と憤慨の念を持っていた。確かに、自分にも親に認めてもらおうとする一心で脇目もふらず勉強にいそしみ、自分を失っていった事はあった。
 思いの余り身を持ち崩し、一時はサイエンティストとして生きること、いや、人間として生きていくことすら放棄しかけたこともあった。自分なんて誰にも必要とされない人間なんだ、と。
 しかし、そんな自分でも大きく包み込んでくれる人がいた。それが彼の恋人モニカ、上司パサレラ、ファズ、リトルホープ、そしてエレノアという存在だった。傷つき、疲れ果てた心を彼女らは癒してくれた。
 それがどんなに心強かったことか。彼女らの支えがなかったら、今ネリスの足元にいるのは自分だったかもしれない。それだけにウィルの行為は許し難く、なおのことネリスの行為はさらに許せなかった。これ以上、過ちを重ねさせないためにも。
「ふふ、言うじゃねぇか。俺もあんたと同じ考えだよ」
 ぞんざいな、しかしどこか暖かみを持った声が後ろからかけられる。リュート・ラグノール。彼は手にしたメガブレイドを構え直し、ネリスの方を睨み付ける。
「ネリスって言ったな。お前みたいな『自分の美しさに自信大アリ』ってやつは虫が好かねぇんだよ!」
 メガブレイドを手に大見得を切るリュート。二人のネリスはその彼を冷ややかな笑みをもって見つめている。

「まずいわね、あの人を何とかしないとウィル君が……」
 フリージア・ロマリエーナは物陰に隠れながらネリスの様子をうかがっていた。傍らにいるエレノア・ティルピッツと共に、ウィル救出のタイミングを探っているのだ。
「そうね、爆弾をなんとか解除しないと……。ネリスを倒したとしても、リールが吹き飛んでしまってはどうしようもないからね」
 リール地区にあるマザードライブ第一三号機運営に携わる者として、このリール地区は半ば生まれ故郷のように感じていた。自分でこの街を守ってみせる。エレノアはそう固く決意していた。
「フリージアさん、僕達で何とかあいつを引きつけてみます。その隙を見て、ウィル君を助け出して下さい」
 ケイリード・ウォルフィニックがフリージアに語りかける。既にリュートはメガブレイドを手にネリスと対峙している。ケイリードは軽く二人に笑いかけるとネリスに向かって走り出した。
「この状況で戦えるのは僕とラーイ君、そしてリュートさんぐらいだろう。フリージアさんやエレノアさん達はおそらく作業に回るはずだ。それならば……!」
 ケイリードは星剣「ウィアードブレイカー」を盾状に展開し、リュートの側に駆け寄った。
「へっ、へなちょこSSが出てくるとケガするぜ! 引っ込んでな!」
 視線を逸らさずにリュートが叫ぶ。口調はきついがこれも彼なりの気遣いなのだ。
「リュートさん……何とか、ネリスの気を引いて下さい。その隙にエレノアさん達が爆弾解除に向かいますから」
 ネリスに気づかれないよう、小声で呟くケイリード。リュートはそんな彼の言葉に対ししばしの思考の後、静かに頷いた。

「ふ……ここで逃げるのも手だが、黙っては行かせてくれないだろうな……しかも、奴はどうも喰えない女のようだしな」
 ハーラン・ウィルバーがそんな言葉を漏らす。その傍らには陶酔しきった表情の少女パッケージ・ローズが控えていた。彼女はとろんとした虚ろな目でハーランに寄りかかっている。エレノアを見つけるためとはいえ、やっかいごとを背負い込んでしまったというのが彼の本音だった。「食事」以外のことで魅了を使う気はなかった。しかし、どういうつもりか分からないがパッケージはハーランに強い関心を持って近づいてきた。その相手をしてやったまでのこと。 それが本人の意としないところでパッケージを魅了してしまう結果になってしまったことに正直言って戸惑っているのだ。
「パッケージ、と言ったな。SSの車から道具を取ってきてやれ、その後はお前の好きにするがいい」
 パッケージはハーランの命を受け、一目散に外へと向かう。爆破まであと二十七分、ハーランは手元の時計に視線を落としていた。

「今、僕ニ出来ルコト……ソレハ、人ヲ助ケルコト。ウィルヲ守ルコト……」
 スレイヴ・ドール、ラーイ・グロームは自分の手を見つめながらそう呟いた。ずっと悩んでいた自分の力のこと、それがやっと理解できた。自分は人を守るために存在する者。自分が持つこの力は人を守るためのもの。人間の剣となり盾となる生まれてきた者、それが自分達スレイヴ・ドールという者なのだろうとこの時ラーイは悟っていた。人間の為だけに生まれ、死んでいくことに不思議と不満や反感は持たなかった。それがラーイにとっては当然であり、壊れるだけの運命しかなかった自分に出来ることを教えてくれた人間のために死ねるのならむしろ本望だった。
「オ父サン……僕ヲ作ッテクレテ本当ニアリガトウ……」
 ラーイはふと胸の中にこみ上げる不思議な思いを感じながら、クローを手に守るべき人達の所に向かっていった。
「ハ、ハーラン……?」
 エレノアはパッケージから手渡された応急処置セットを手にキョトンとしていた。しかも、それがハーランの命により渡された物という事も彼女を驚かせた。
「お前達がどこまで出来るか見てみたくなった。あのネリスと言う女の考え方には俺も同調出来ん。奴に対して戦ってみろ。それで死ぬなら、お前達人間はその程度の存在でしかないということだ……」
 ハーランの声が冷たく響く。これはネリスの姿を借りて与えられた自分達への試練なのだという思いがエレノアの中で大きくなっていった。目の前に迫る危機から、消えつつある命の火を守ること。それが出来ないなら、自分は生きている価値がない、エレノアはそう決心していた。それは傍らのフリージアとて同じことだった。こんなことで自分は死ねない。既に彼女の中で大きな存在になっているケイリードのためにも、生き残らねばならなかった。
「わたくしの前で、誰も死なせない。例え、それがテロリストであったとしても……!」
 フリージアはそう呟きながら、エレノアと共にネリスに気づかれないようにして傷つき倒れているウィルのもとへ向かった。

「ふふ、このまま待っててもいいけどね、絶望を与えてからの方が楽しいからねぇ。あなた達の顔を恐怖と苦痛に歪ませてあげる!」
 そう言って、再びネリスは襲いかかってきた。「戦友」のメモリシアで作られた分身と共に、広大な空間を飛び交いながらリュートやケイリードに向け火弾を発射してきた。
「出来るもんならやってみな! ケイリード、ついてこい!」
「言われなくたって!」
 ケイリードとリュートは同時に二人のネリスに向かっていった。本体がどちらか見分けがつかなかったが、フリージアに言ったようにネリスの気を引きつける必要があったからだった。

「エレノア、ここで待ってろ。ウィルを助けるのは、俺がやる」
 フリージアと共にウィルの救出に向かったエレノアを引き留めた声は、ニルの声だった。ニルはエレノアの手をつかんだまま、じっと彼女の目を見つめている。しばしの間、静寂の時が過ぎる。
「さっきも言ったが、お前がいなくなったらティムはどうするんだ?あいつにはお前が必要なんだ、それを忘れられたら困るんだよ……」
 ニルはエレノアの手を握り続けたまま、言葉を紡ぐ。彼にとってこのことだけは分かって欲しいのだ。傷つくのは自分だけでいい。目の前にいるエレノアや、ティムを危険にさらすことは彼にとって何より辛いことだった。まして、自暴自棄になっていた自分に安らぎと心を取り戻してくれた人を……。
「……わかったわよ、ニル。ニルはいつだってそうだもんね、あたしの事を気遣って、自分一人で問題を背負っていっちゃうんだから」
 エレノアは何故か悟りきった表情でニルに言葉を返した。そしてどこか悲しげで、諦めにも似た笑みを彼女は浮かべた。
 次の瞬間、エレノアはぐっと身を寄せて、ニルの唇に自分の唇を重ねた。エレノアは目を閉じていた。その閉じた目の奥に涙が浮かんだのを、あまりにも突然のことでエレノアの唇の柔らかな感触に頭の中が真っ白になっていたニルは不覚にも気づいていなかった。
 長い、長い時間、永遠に感じられるような時間。……どれぐらいたったのだろうか、時間にすればほんの数秒の出来事だが、二人にとっては永遠にも感じられる時の後、エレノアは唇を放した。
「……行ってきなさい、ニル。モニカさんがいたから、今まで言わなかったけど、あたしは、ニルのことが、大好きだったんだからね」
 ニルに泣き顔を見られないよう、ニルの肩をつかんで強引にフリージアのもとへ送り出した。ニルはそのまま振り向かずにフリージアのもとへと向かっていった。
「……ふられるのは、わかってたわよ。だって、ニルにはモニカさんがいる。あの人ほどニルを分かってあげられる人はいないもの」
 そんな言葉を呟きながら、ティムと共に物陰に身を隠した。
「……遅くなった。行こう」
 先程の唇の感触が忘れられないまま、ニルはエレノアから手渡された応急処置セットを持ってフリージアの前に姿を現した。フリージアはニルの顔が赤くなっていることはあえて聞かずに、ネリスの動きに気を配っていた。
 ネリスの撃ち出す火弾は時を追うごとに威力が増してきていた。先程から何度も撃ち出してきているのに、その威力は一向に衰えていなかった。華奢なネリスの体のどこからその力が生まれてくるか、全く分からなかった。

「ははは、どうしたの? もう逃げるのも辛くなってきたかい?」
 二人のネリスの笑い声がステレオのように両側から発せられる。リュートとケイリードは必死になってネリスの攻撃を避け続け、場合によっては星剣を使い受け止めてきたが、ひっきりなしに続く攻撃に少しずつ押され始めてきた。
「リュートさん、行きますよ」
「わかってるよ、SSに協力するのは今日だけだぜ!」
 そう言って、二人は隠れていた機材の陰から飛び出した。ケイリードは星剣に全てを集中し、防御態勢を取りつつネリスに向けて一気に突っ込んでいった。
「そんなことで私の火弾を防げると思ってるの!」
 ネリスの声が二重に響く。横に並び、突進してくるリュートに向けて両手を突き出す。突き出した両手に光が生まれ、みるみるうちに大きくなっていく。
「消し飛んでしまいな!」
 ネリスの宣告と共にケイリードに向け、今までの数倍の大きさの火弾が放たれる。それは、確実に星剣の盾を破壊し、ケイリードを痕跡すら残さずに殺すものだった。
「こんなの、正面から受けるつもりなんてさらさらないよ!」
 ケイリードは星剣を構えた手を傾けて盾を斜めに構え、襲い来る火弾を斜めに受け流す格好になった。
 ケイリードの腕に衝撃が走る。腕だけではない、体全体が粉々になるような痛みが走る。ここで負けてはいけない。こんな所で死ぬわけにいかない。そんな思いを胸に必死で火弾の衝撃に耐えていた。
「うおおおおおっ!」
 全身の力を振り絞って、火弾を元の方向から逸らす。それと共にケイリードの背後に隠れていたリュートが火弾を撃って無防備になっているネリスに向かって飛び出す。
「ネリス、覚悟しろ!」
「なっ……!」
 突然のことに驚くネリスはメガブレイドを手にしたリュートに火弾を撃つ間もなく、リュートに斬りつけられた。驚愕の表情のまま、固まるネリスの表情。しかし、ネリスは次の瞬間、斬りつけたリュートに向け、弱い火弾を撃ってその場を飛び去った。片方のネリスが空間に溶け込むように消えてなくなる。斬りつけられて破壊されたメモリシアもはかなく消えて無くなった。
「ちっ、斬ったのはニセモンの方かよ。どおりで手応え無いわけだ」
 リュートは苦笑いを浮かべながらネリスの方を睨み付ける。
「調子に乗るなよ……!」
 息を切らしながら、リュートの方を睨み返す。ネリスの顔に初めて焦りの色が浮かんだ瞬間だった。

「今よ! 助け出しましょう!」
 フリージアとニルがネリスの隙を見て一気に飛び出す。ネリスの攻撃が激しく、なかなか出ていけなかったが、ネリスの攻撃が半減したことによって、心を決めて飛び出していった。
 何度も破壊された機材につまずきかけたが、どうにか、血を流し虫の息になっているウィルの元へと駆けつけた。
「大丈夫、お前は絶対に死なせない。絶対に」
 二人はウィルを抱え、エレノアのもとに走り出した。
「う、ん……」
 ウィルはフリージア達の手によって、エレノアの所へ動かされた。ニルはずっと応急処置セットを持ったままだった。あの場所にいれば処置をしている間にネリスに狙い撃ちされてしまうという懸念があったからだった。
 ニルとフリージアは応急処置セットを開け、直ちに傷の処置にあたった。エレノアはウィルの手を握りしめ、ラーイもネリスの動きを警戒しながらウィルの方を見やっていた。
「ラーイって、言ったよね。お願い、ニルを守ってやって。あたしは爆弾を解除しに行ってくる。あたしにできるのはこれぐらいだし」  デジタル表記は爆破まであと二十分をきっていた。エレノアはニルの顔を見つめて一瞬微笑みのようなものを浮かべると、見つけた爆弾目指して一気に走り出した。
「よかったんですか? エレノアさんを一人で行かせて」
 フリージアが処置を続けるニルに向かって言った。
「……いいんだよ。あいつには、俺なんかよりもっとふさわしい奴がいる。確かにあいつは気のいい妹みたいで、色々助けられた。でもな、俺だって、あいつ以上に大事に思う人がいるんだから……」
 ニルは止血をしながら、そんなことを呟いていた。

「やっと見つけたわよ。この、女の敵!」
 入り口の所で冷ややかに戦況を見つめていたハーランに向かって強烈な言葉が叩きつけられる。
 ルナリィス・フォートランド。実はハーランが一度「食事」目的で魅了したのだが、途中、エレノアという標的を見つけそのままになっていたのだ。
 ハーランにそのまま「捕食」されてしまう所だったのだが、彼女はその未遂で終わった現場である自室に下着姿のままほっぽりだされていた。やがて、魅了の効果が切れ、正気に戻ったルナリィスを一番最初に襲ったのは生き残ったという思いよりも、下着姿にしてそのままほっぽりだしたということに対する怒りの感情だった。
 そして、血のにじむような思いをしてハーランの後を追い、ここまで追いかけてきたのだ。
「たかが下着姿にされただけでガタガタ言うな。命が助かっただけでもありがたいと思え」
 ハーランはルナリィスに視線を向けずに、冷たく言い放った。
「うるさいうるさいうるさい! あんたねぇ、下着姿で女の子を放っておくなんて、それでも人間なの?」
「俺はデスブリンガーだ。人間などと同じにするな」
 ルナリィス全力の抗議も全く聞いていないかのように流す。もっともなことを言われて思わず言葉を詰まらせるルナリィス。
「それに『女の敵』という言葉も気にくわん。俺はお前達がカロリーブロックを食べるように食事をしているに過ぎない。色情狂や節操無しのように言われるのは心外だ。それに、あまりがさつに暴れ回るな。がさつな女はいまいち食欲がわかん」
 だめ押しのような宣告を受け、ルナリィスは固まってしまった。ハーランは興味なさそうに再び視線をネリスに向けた。
「口で言ってもダメなら、実力で分からせてやるわ!」
 そう言って、リベットナックルをつけた拳を突きつける。だが、それにもハーランは涼しい表情を崩さなかった。
「それほど血の気が多いなら十分だ。ならば、一つ教えてやる。あそこでゴーグルを頭に着けた女がいるだろう。あいつを守ってやれ。見事守り通せたら、その時はお前の話を聞く気になってやる」
 ハーランはエレノアの方を指さし、そう言い放った。エレノアはネリスの隙を見ながら徐々に爆弾の方に前進している。
「……何があるかは分からないけど、あの子を守ればいいのね。私がもう一回ここに来るまで、言い訳でも考えてなさい!」
 そう言ってルナリィスはエレノアの方に向けとび出していった。
「やれやれ、人間の女にもいろいろな奴がいるものだ……」
 そう呟くハーランの下には依然パッケージが控え続けていた。

「……これはまた、ずいぶんな仕掛けを施してくれたものね」
 エレノアは目の前の巨大な起爆装置を見上げて思わずため息をついた。普段大型機械を見慣れている彼女でもなかなかこれほどの起爆装置にはお目にかかれなかった。魔気吸収型爆弾、以前フリージアが停止に成功したものだが、今回エレノアが解除に成功する保証はどこにもなかった。
「さて、こんなきかない子供をどうやって大人しくさせるかな……」  エレノアはニッパーとラジオペンチを手にそんな笑いを浮かべていた。あと十六分、時間は半分を消化しつつあった。

 ニルとフリージアの手によるウィルの傷の処置はかなり順調だった。出血は大幅に抑えられ、あとは意識の回復を待つだけだった。 だが、それからが問題だった。ネリスに裏切られ、固く閉じてしまったウィルの心をどうやって開かせるか、それが一番の重要課題だった。ウィルを助けた理由の一つは爆弾の解除キーを聞き出すことでもあった。今、懸命にエレノアが解除作業に当たっているが、解除キーを聞き出せばより迅速に問題は解消する。目の前の危機を一つでも減らす為にもニル達に課せられた使命は重大だった。フリージアは意識の回復を待ち、ウィルの手を握り続けていた。
「こいつ、俺に似てるかもしれないな……」
 一通り傷の処置を終えたニルが一息つく。親にとっての「いい子」であり続けることで精一杯で、自分のことを振り返ることなど出来はしなかった。ウィルのように行動に出ることもなかったが。
「でもな……『嫌い』になる前に『好き』になってみたか? 世の中、逃げ回ってばかりじゃ何も解決しないぞ。それに、ティムの『生みの親』はお前だし、生きてもらいたいよな……」
 ニルは自嘲のようなセリフをウィルに向かって呟いていた。
「んぅ……おかぁ、さん……」
 ウィルがか細い声をあげる。フリージアが反応を示した。「お母さん」というセリフの驚いたのもあったのだが。
「がんばって! あなたはここで死んじゃいけない。まだこんな小さなうちから辛いことばかりだってことはわかるわ。でも、それに負けちゃダメ! 諦めちゃったら、そこで全部終わりなのよ!」
 フリージアが必死に訴えかける。ウィルはその言葉を聞いているのか、反応を示すように何度かか細い声をあげる。
「お願い……気がついて、お願いだから……」
「ん……あ、な、なぜ、僕を……」
 フリージア達の願いが通じたのか、ウィルはようやく意識を取り戻した。周りの一同にほっとした雰囲気が広がる。
「人間ニ……不可能ナコトナンテ、実ハナインジャナイカナ……」
 ラーイはふとそんなことを口走っていた。自分の前で繰り広げられる命の救出劇。信じれば、そして、希望を失わなければ不可能は存在しないと咄嗟に感じ取っていた。
「なぁ、ウィル。お前、本当は親が嫌いなわけじゃないんだろう?」
 ニルはまるで自分の子に言い聞かせるかの如く、ウィルに語りかける。これ以上、自分のように不幸な人間を増やしてはならない。
「ぼ、僕、僕は……」
 呼吸も絶え絶えで弱々しいものだったが、ウィルは確かに答えを返していた。少しずつ、少しずつ、心を開いていければいい。

「どうした! 息があがってきてるぜ、もう体力切れか!」
「さっきからうるさいわね、もう少し教養深いことは言えないの?」  リュートとネリスは軽口を叩き合いながら互いを牽制していた。両者とも既に相当量の体力を消耗して、リュートに至ってはケイリードの援護がなければとっくの間に地面に倒れ伏していただろう。
「これ……早めに『戦友』のメモリシアを破壊しておいたから良かったものの、もし残ってたら……」
 そう思うとケイリードは背筋がぞっとする。あの時のような大型火弾をこれ以上受けてはとてもじゃないが体がいくつあっても足りるものではない。
「餞別にでも聞いてやるよ、てめぇがウィルを利用した理由ってのを聞いてやろうじゃないか。ショタコンの類じゃないって事ぐらいはわかるんだがな!」
 長期戦になれば体力だけでなく、精神力も大きく削られる。こんな軽口でも叩かねばとてもやっていられない。
「ふん、いいわ。教えてあげる。私はね、この世の中が嫌いなのよ。嘘と欺瞞と偽善に満ちたこの世界が。安っぽいヒューマニズムを掲げるような奴が嫌いだった。いや、この世界に存在するもの全てが嫌いだったのよ」
 そう言っている間にもネリスは攻撃の手を緩めない。戦闘開始直後とさほど変わらない威力の火弾が二人に目がけ撃ち出されている。
「それに私の両親も、私のことが嫌いだったようね。私を見る目が全然冷たかったもの。私は誰にも必要とされてない。だから、私は決心した。この帝都、いや、この世界に存在する人間やスレイヴ・ドールをまとめて消し去ってやろうと。そこに現れたのがあの子ってだけよ! 利用できるものは、何だって利用するだけのことなの」
 ネリスの声が広大な空間に響く。それはこの世界に対するたった一人の宣戦布告文であり、全世界に対する憎しみの発露だった。
「……哀れな奴。せめて、僕達の手でその暴走を止めてみせる!」
 ケイリードはネリスの言葉を聞いて、怒りと言うよりはむしろ悲しみを感じて、星剣を構え直した。ストラガルスで気づき、ステラマリスで確信した、全てがあり続けること自体に存在意義があり、それを否定する者達を止めるために自分の力が存在すると言う事に。 リュートもメガブレイドを構えてネリスに飛びかかっていった。ここまで来たら、どちらかが倒れるまでこの戦いは続くのだろう。

 一方、エレノアは一人で爆弾の処理作業についていた。火弾の衝突によって起きる、他の機材の小爆発やスパークで何カ所かケガをしているが、こんなことで作業を中断するわけにはいかない。
「あと十分か……そろそろきつくなってきたわね」
 エレノアは独り言を呟きながら作業を続ける。本心を言えば、ここを放り出して逃げ出したい気持ちでいっぱいなのだ。しかし、ここを逃げ出したところでネリスのテロが終息する保証はどこにもない。過ちの輪はどこかで断ち切らねばならない。その思いが、ここに彼女を引き留める要因の一つだった。
「ああ、あなたね、エレノアさんって」
 背後から若い女性の声が聞こえる。振り返ってみるとそこにはルナリィスが苦笑いを浮かべながら立っていた。
「あの『女の敵』があなたの事を守ってやれって。私の方も色々あってね、協力させてもらうわよ」
 そう言ってルナリィスはにっこりと笑ってみせた。それに対し、エレノアはハーランがここまで自分に関わってくる理由がなんなのか知りたくもあった。大方は「捕食」目的なのだろうが。

「可能性、希望ヲ捨テタラダメダヨ。人間ハ、イクラデモヤリ直ス事ガデキルンカラ……」
 ラーイの言葉がウィルの胸に突き刺さる。ウィルの中ではずっと葛藤が続いていた。このまま黙り続けて、自分の聖域と共に最期を迎えるか。それとも、爆弾を止めるコードを教えて、もう一度歩みを進めるか。その二つで彼の心は揺れ動いていた。
「でも……テロ事件を起こした僕なんて、誰も受け入れてくれない。みんなが見てるのは一人の人間としてじゃなく、連続爆破テロ犯人ウィル・アラリックとしての僕しか……」
「いや、違うわ。今は誰も信じられないかもしれない。信じたくないかもしれない。でも、今だけは、この時だけはこのわたくしを信じて。あなたを守ってあげる。どんな辛いことがあっても守ってあげる。だから、少しだけでいい、人を信じて!」
 フリージアの真摯な瞳に見つめられ、ウィルはそれ以上の言葉を発することが出来なかった。ウィル・アラリックには人生最大の決断が今、迫られているのだ。
「……悲しい戦いなのね。誰にも認められないからといって、テロ行為で人の目を引きつけようとするなんて。それに対して立ち向かうって事も……」
 ルナリィスがふとそんな言葉を漏らす。爆弾処理に当たるエレノアもその事はニルから聞いて充分承知していた。「親に構ってもらえない子供の辛さ」については、ニルはまさにその証人だった。常日頃から「子供ができたら充分に世話してやれ」とは言われていたことだった。その機会がいつ、エレノアに訪れるのか言った本人も全く確証が持てなかったのだが。
「結局は、親の問題なのかしらね……」

 ウィルは未だに悩み続けていた。爆破までは残り七分、このまま黙り続けているべきか、それとも……。
「本当に、本当に、僕を……守って、くれるの?」
 ウィルは消え入りそうに小さな声で呟く。それに対しフリージアは満面の笑みを持ってそれに応えた。
「大丈夫、あなたは私が守るわ。どんなことからも」
「……悪いけど、僕を、爆弾の所まで連れていってもらえる?」
 ウィルは何か吹っ切ったような表情でそう言った。

「そろそろ、まずいわね……。でも、ニル達が助かるなら、まだいいよね。あたし一人で済むのなら」
 もう、何本目の配線を切断したろうか。エレノアの足元には色とりどりのビニールに覆われた銅線の切れ端が散らばっていた。爆破まで残り五分、今からの脱出はほぼ間に合わないだろう。ならば、自分以外の命を一人でも救えるように、目の前の爆弾を抑えようと決意していた。こんな所で死ぬのは本望ではないが、自分の想いを告げることができたから、心残りはティムのことを除いては存在しなかった。
「ニル、ティム、手料理作ってあげられそうにないね……」
 エレノアの頬を涙が一筋、伝う。そして、冷たい床に一滴、二滴と落下していった。まるで命の滴のような、涙が。

 リュートとケイリードはほとんど満身創痍の状態になっていた。既に星剣は火弾を防ぐだけの防御力を失い、ケイリード自身も数度の直撃を受けて全身傷だらけになっていた。リュートも傷を負っていることにかわりはなかったが、持ち前の気迫でなんとか持ちこたえていた。
「もう限界かな? そろそろ爆弾も爆発する頃だからね」
 ネリスは相変わらず冷ややかな表情で二人を見つめていた。彼女にとって既にウィルのことはどうでも良くなっていた。さっきは隙をつかれてウィルを救出されてしまったが、どうせ意識を取り戻したとしても、ウィルの閉ざされた心を開くのは自分にしかできないと決めてかかっていたからだった。
「ケイリード、お前は大丈夫か?」
「少なくとも、医学的には健康とは言えませんね……」
 こいつ、少しはモノが言えるようになったじゃないかとリュートは思ったものだった。状況はどうも二人にとって不利だった。
「爆弾の方、どうでしょうかね」
「さぁな、知らねぇよ。だが、俺は悔いはないぜ。俺が認めた仲間達と一緒に死ねるなら、それほど悪い話じゃないしな」
 ケイリードとリュートは肩で息をしながら、そんなことを言い合っていた。
「僕は、こんな所で死ねません。フリージアさんを悲しませたくない。フリージアさんを失うわけにもいかないですから」
 ケイリードはそう言って軽く笑いを浮かべるとネリス目がけ斬りかかっていった。
「そうだよな。愛する人を失うことなんて辛いことを、これ以上させたくないな」
 リュートも自分のことを思い起こし笑っていた。

 カウントダウンは刻一刻と進んでいた。デジタル表記は既に三分をきっていた。いつ終わるとも知れない、先の見えない作業にエレノアは焦燥感を募らせていた。
「そろそろ、お別れかな……。あたし、幸せだったよ……」
 再び、エレノアの頬を涙が伝う。別に、悲壮感は無かった。しかし、この涙はどこからでてくるのだろう。胸の奥のこの感情の高まりは何なのだろうか。
 その時だった、エレノアの肩に誰かの手が置かれたのは。
「遅くなった。解除コードが分かったぞ!」
「なによ、早かったじゃない」
 エレノアは声の主、ニルに背を向けたままそう言った。今の顔は、とても見せられない。

「待ってて、正面から突破しようとしてもダメなんだ……」
 ウィルはエレノアから携帯型コンピューターを受け取ると、傷の苦痛に耐えながらキーボードをたたき始めた。その横顔には、幼さを感じさせない、何か、気迫のようなものが張りつめていた。エレノアを始め、周りの人間はじっとその様子を見つめている。
「僕を……僕を、癒してくれたのはネリスだけだったのに……」
 ウィルがふとそんな言葉を呟く。元々友人の出来ない環境にいた彼は必死になって親の関心をひこうとした。その為に自分はどんなことでもした。しかし、彼の親はとうとうウィルの方を振り向いてくれなかった。
 彼は失意のどん底に沈んだ。誰も自分を必要としてくれない。自分に何の価値も見いだせず、自室に閉じこもりっきりになる日々が続いた。誰にも出会うことのない、孤独で暗い日々が続いた。
 そんな時に現れたのがネリスだった。彼女はウィルの閉ざされた心を優しく、柔らかく包んでくれた。ウィルは生まれて初めて自分を認めてくれる人に出会ったことで、目の前の世界が一気に明るくなった。自分を認めてくれる人がいてくれるだけで。
 ネリスとの幸せな日々が続いていたある日のこと。
「自分を認めてくれなかった人々を見返してやらない?」
 そこで、彼は決心した。ネリスのもたらした技術と、ウィルの知識、そして両者の暗い過去の望まざる出会いだった。

「僕はネリスが大好きだった。恋人とかじゃなくて、純粋に僕を認めてくれたってことだけでもネリスは僕にとって大事な人だった。でも、でも、ネリスは……」
 キーボードを叩く目に涙が溜まる。そして、最後のキーを叩く。そのまま、ウィルは肩を落としてすすり泣き始めた。
「大丈夫、心配ないから。あなたは、わたくしが守ってあげる」
 声を殺して泣き続けるウィルの肩を、フリージアが優しく抱く。ウィルはただ、フリージアの胸の中で泣き続けていた。

 異変は、静かに、だが突然に発生した。それまで作動していた機器や計器が次々に停止していったのだ。次々と停止していく機器。そして、最後には爆弾もそのカウントダウンを停止した。残り時間は一分を切っていた。
「な、そ、そんな、あの子が、ウィルが……」
 ネリスは信じられないという表情で爆弾の方を見ていた。そこには、フリージアに抱かれたウィルの姿がはっきりと見てとれた。
 ネリスの顔に自嘲じみた、諦めにも似た表情が浮かぶ。
「どうやら、これまでのようね。でも、私は、一人で死なないわ。証拠は、少しでも消しておかないとね……」
 すると、ネリスは不意に目を閉じて念を集中した。ネリスの体がほのかに赤く光り出す。
「私は、私は、一人じゃ死なない!」
「しまった!」
 危機に気づいた二人がネリスの体を斬りつけるのと、爆弾に向けて最後の渾身の一撃を放ったのは、ほぼ同時だった。
「ネリス……」
「ふ、ふふふ、これでもう、みんな、消えてなくなるのよ……」
 ネリスは二人の剣を体で受け止めたまま、その美しい肢体を真紅に染めて、何かを呟いた後絶命した。世の中に孤独な戦いを始めた女性の最期だった。ケイリードもリュートも、ただ無言だった。

 一方、ネリスが放った火弾はどんどん速度を増して、ウィル達の方に向かっていった。フリージア達がそれに気づいた時には、既に避けきれない所まで火弾が迫っていた。
「フリージアさん!」
 向かってくる火弾から逃がすように、エレノアはウィルを抱えたままのフリージアを突き飛ばした。「あの時」と同じように。自分の命で一人でも多くの命を救えるなら彼女にとって本望だった。
 そして、轟音と激しい熱と共に目の前が真っ赤に染まった。
「……え?」
 しかし、エレノアの体には衝撃が来なかった。おそるおそる目を開けると、そこにはエレノアをかばって直撃を受け、全身ボロボロになってしまったラーイの姿があった。
「ラ、ラーイ?」
「エレノアサン……今、分カッタヨ。コレガ、『人ヲ守ル』ッテコトナンダネ……」
 そこまで言って、ラーイはガックリと両膝をついて崩れ落ちた。「あの時」エレノアがニルをかばった理由をようやくラーイは理解した。ずっと、ラーイにとって分からなかった問題が解決された。
「コレデ、オ父サンノ所ニ行ケルンダネ……」
「ラーイ! しっかりしろ、ラーイ!」
 薄れゆくラーイの意識には何度も彼の名を呼ぶ声が聞こえていた。それだけ自分を心配してくれる人がいてくれることが分かっただけでも、彼は満足だった。

「……考えてみると、ネリスも辛かったんだな。自分を必要としてくれる人がどこかにいるってことが分からなかったからな」
 外に出て、ニルはふと呟いた。結局は自分が「生きていてもしょうがない」という呪縛から逃れられたかどうかということだった。 それが、ウィルとネリスで対照的な結果を生みだしてしまったのだとこの時ニルは考えていた。ネリスもそれに気づけば、少しは幸せだったろうと。

「……僕、僕は、これからどうしたらいいの……?」
 エレノアの脇で、か細い声でティムが呟いた。自分の出生、自分が「作られたもの」だったという事実が、ティムの胸を締め付けていた。これから、何を頼りに生きていけばよいのだろうか。
 爆弾テロ事件が終わったなら、自分もエレノアの元を去らねばならないと、ティムは思い悩んでいた。
 それを察したエレノアはしゃがんでティムと目を合わせた。
「どうしたの、ティム? 今まで通り、家にいていいのよ」
 至極当然のようにエレノアは言う。ティムはそのまま信じられないと言った表情で立ち尽くしていた。そんなティムをエレノアは抱きかかえて、微笑んでみせる。
「気の済むまで、ずっといていいのよ。ティムがどんな生まれだろうと、あたしは気にしないよ。ティムはティムだから。ティムが『作られた』人間であっても、キミ自身は変わりがないんだからさ」
 余りのことに顔がぼうっとしているティムの頬に軽くキスをすると、もう一度ティムを強く抱きしめた。
「おねぇさん、ありがとう……」
 いつか聞いたこの言葉を、彼女ははっきりと聞き取っていた。
 ティムはこの時、生まれて初めての幸福を確かに感じ取っていた。

「エレノア、今度は聞かせてもらえるな。気持ちの整理はついているだろう」
 エレノアの前に立ったのはハーラン。彼にとっては待ち続けた瞬間が訪れようとしていた。ニルに一瞬笑いかけたエレノアは毅然とした、しかしどこか悲しみを含んだ表情でハーランに向き直った。
「……ニルにはあたしの想いを告げた。でも、ティムのことはまだ残ってる。あの子には、あたしが必要なの。あの子を放ったまま、あたしは死ねないわ」
「そうか」
 エレノアはハーランの瞳を見つめたままそう言い放った。しばしの沈黙の後、ハーランはエレノアの体を抱き寄せ、ゆっくりと彼女と唇を重ねた。
 全身から力が抜けていく感じ。どんどん意識が遠くなっていく。彼女の体の中からゆっくりと「生きる力」失われていく気がする。
 そして、一人では立っていられなくなった所で不意にエレノアはハーランの呪縛から解放された。
「お前を必要としている人間がまだいるのなら、そいつのために生きてやれ。俺はデスブリンガーだ。俺は、死ぬべき者の前に現れる存在なのだからな」
 そう言って、ハーランはその場を立ち去った。いつの間にか、彼の魅力にとりつかれたパッケージがその後を愛おしそうについていった。
「ハーラン、あなた……」
 エレノアはニルに体を支えられながら、遠ざかっていくハーランの姿をぼんやりと見つめていた。

 数日後、ニルはボロボロになったラーイの体を抱えて、とあるスレイヴドールの研究所へ向かっていた。
「……しっかしまぁ、こいつも変なことばっかり学んでくれるよな。全く、誰に似たんだか。まるで誰かさんの生き写しじゃねぇかよ」  ラーイの体は火弾の直撃を受けて既に使いものにならないくらいダメージを受けていたが、データを司る頭部は奇跡的にほとんどダメージを受けていなかったので、親心のようなものを出したニルによって、再生できるように各SS基地やSD研究所を奔走していたのだ。せっかく、自分に出来ることを見つけたラーイにしてやれることはこれぐらいしかないとニルは思っていたからだった。
「……と、いうわけでお願いできないでしょうか?」
 ニルは研究所の主任に向かって尋ねてみた。
「うーん、ボディは相当破壊されてますし、戦闘用として再び用いるのは厳しいでしょうね……」
 主任の言葉にニルはがっかりしていた。ここもダメなのだろうか。
「ただ、レスキュー用の試作型ボディがあるんで、そちらの方に提供していただけるなら、経験を積んだデータを流用できるので、より有益かと思うのですが」
「そうなんですか? それなら、そっちの方に使ってやって下さい。こいつもその方が喜ぶと思うので」
 ニルは安心したような表情を浮かべ、主任と固く握手を交わした。
「よかったな……。お前の思い、無駄にはしないからな」
 ニルの言葉がラーイに聞こえているのだろうか。ラーイがふと、笑いかけたようなそんな気がしていた。

「よかったですね、ウィル君のケガの経過も順調らしいですよ」
 昼下がりの公園に声が通る。公園の散歩道を歩く人影が二人。
 言わずと知れたケイリードとフリージアだった。公園の中を歩く二人の姿は正に恋人同士だった。ケイリードにしてみれば、自分は異世界から来た人間なのだ。その彼を何の抵抗もなく、受け入れたフリージアには感謝の気持ちを抱きつつも、疑問に思う点があった。
「あの、フリージアさん。僕のこと、どう思ってますか?」
「ん? 何をいまさら、そんなこと聞くの?」
 フリージアは怪訝な表情でケイリードの顔を見つめる。
「い、いや、だって、フリージアさん、僕が異世界から来たってことに何の不信感や嫌悪感を抱いてなかったじゃないですか」
「ふふっ、そんなことだったの? わたくしはそんなこと全然気にしてないわよ。ケイリードさんも気にすることなかったのに」
 フリージアは軽く悪戯っぽい笑みを浮かべて言葉を続ける。
「それともなにかしら、逆にわたくしが異世界の人間だったとしたら、ケイリードさんはわたくしをふっていたの?」
「い、いや、そんな……」
 言葉に詰まったケイリードは顔を真っ赤にしてうつむいてしまう。それを見てフリージアはまた微笑んでみせる。
「そうでしょ、結局は生まれなんて関係ないのよ。ウィル君はウィル君だし、ケイリードさんはケイリードさん。そんなのに固執して、自分自身を見失ってしまう方が嫌だとわたくしは思うけどね」
 フリージアは大きく体を伸ばしながら、そう言った。ケイリードはただ無言で彼女の言葉にうなづくだけだった。確かにそう言えるかもしれない。まだまだ、自分も修行が足りないんだなと彼は心の中で呟いていた。
「ところで、ケイリードさん。約束、覚えてる?」
「えっ……? 約束?」
 突然のフリージアの言葉にケイリードは必死になって記憶の糸を探っていた。様々なことが頭の中で再生されるが、どうしても思い出せない。彼は頭を抱えて思い出そうと努力してみた。
「この世界を案内してあげるって言ってたじゃない。ほら、早くしないと置いてっちゃうわよ」
 ケイリードはフリージアに手を引かれて歩き出す。
「これじゃ、ライブに誘うのはまだ先になるのかなぁ……」
 ケイリードの手には、しわくちゃになったチケットが一枚。それも、彼のバンドが出演するライブ、特別席のチケットが。
 昼下がりの柔らかな日差しが二人を包んでいた。心地よい風が頬を撫でてゆく。異世界からの恋人との思いで作りはまだ始まったばかり。二人の恋もまた、ここから始まっていくのだ。

第6話 終