案内人の学習日誌
03年4月13日〜11月23日 27項目
参加時のメモ書きをもとに書いているものもありますので、正しい引用・表現にはなっていないものがあるかもしれません。
2003年11月23日(日) 平成15年度 第2回西予文化協会連絡協議会「文化のつどい」
講演「伝承文化を見直す―郷土・民俗・伝統の再発見」
講師:大本敬久さん
県歴史文化博物館学芸員
at八幡浜市市民会館大ホール 午後1時15分〜2時15分
1時。始まったのは和太鼓演奏。そして挨拶。第1回の昨年は保内町だったと言われれてもピンとこなかったので、広報で探してみると、10月号に、10月26日保内町の文化のつどいと同時開催の形で載っています。そして、12月号に「磯崎の唐獅子や講演会が行われ」とだけ書かれていました。1時15分、パソコンとプロジェクターを使っての講演開始。
--当日配布された資料から抜粋して--
「民俗」とは「世代を越えて過去から現在に伝承された文化」のこと。ただ、世代を越えて自分たちが受け継いでいる文化は、「内的」に見ると自明のものであり、何ら珍しいものではない。ところが、「外」との比較をする視点を持つと、郷土を再評価する契機となる。それは、「個性」の気づきであり、知ることにより、そこに居住する人間としてのアイデンティティや誇りを持つ手段となる。つまり、物事を「内的」・「外的」の双方の視角で見つめる客観性が重要である。
ところが、郷土の中で世代を越えて伝承されてきた文化は、今、消滅の危機にある。次世代に生活の中の技術や知識、観念を伝えるのは困難な状況にある現在、「民俗」を伝承している世代=老人の記憶している文化は数十年後には無(ゼロ)になる可能性がある。八幡浜市穴井の「座敷雛」のように、観光客やマスコミといった他者からの「外からの眼差し」を受けることで、地元が再結集し、存続を可能としているものもあるが、すべての民俗が他者から注目されるわけではない。郷土に住む者が自ら客観的に外からの眼差しを持って、郷土文化に注目し、そして学び、認識することによって、価値を判断することが求められる。それにより、文化の伝承が可能になるといえるのである。
伝承されてきた文化に注目せず、学ぶことなく、記録もしないまま次世代を迎えると、郷土が郷土でなくなってしまうのではないか。
ちょうど1時間の講演のあと、休憩をはさんでのアトラクションでは「郷土芸能―梶谷岡唐獅子」「民舞 中山流芳寿会」「舞踏 ダンストゥルー」「合唱 八幡浜合唱団」「和太鼓 雅組」が出演。私は、昭和初期に保内町和田町に伝わったという唐獅子が偶然とは言え、ここで見られることに感動!!
なお、講師の大本敬久さんは、今回、この資料からの抜粋掲載を了承してくださると同時に新たにその講演の補足の文章を書いてくださいました。そこで、もともとの資料の全文と今回いただいた文章を新たに載せることにしました。
大本敬久さんの文章へ行く
2003年11月15日(土) 保内町歴史文化探検講座「南予の祭りと保内町の祭り」
(講師:高嶋賢二さん
伊方町町見郷土館学芸員
)at中央公民館講義室
午前10時〜正午
◇保内の祭り(秋祭り−三島神社、八幡森神社、八幡神社、客神社、八坂神社)には「牛鬼」「五ツ鹿」「唐獅子」「四つ太鼓」「お車」「御船」「相撲練り」と南予地方の特徴的な芸能・練り物がよくそろっていることが特徴としてあげられる。愛媛県全体でみたとき、民俗芸能の種類は東予・中予より南予がはるかに多く残っている。ただ、他にはあって保内にはないものもいくつかあるので気に留めておきたい。
◇保内のお祭りで見られるように、神社からご神体を神輿に移してお旅所まで渡御し、そこで一時留まって神事を執り行い、再び神社に還御する形式の祭礼を「
御旅所祭礼
」というが、これは平安時代の御霊会(都の都市化による疫病などの災いを悲劇的な死を遂げた者の霊(御霊)のしわざと考え、それを祀る法会から起こったり、京都の祇園祭がおおもとで、そこから全国へ伝播したものだ。
練り物
@お車・四つ太鼓・御船---「お車」に人形を飾っているのは、芸屋台につながる表現の趣向であろう。「四つ太鼓」は瀬戸内海を中心に西日本各地に分布している。ちなみに”布団”は他所で小袖でヤマを飾るのと同じ風流
(ふりゅう)
の趣向である。「御船」は古くからみられるが、実のところよくはわからない。A牛鬼・五ツ鹿---南予地区の特徴。ほぼセットで登場。「五ツ鹿」の起源は文献で確かなものは得られないが、よく言われるように仙台から伝わったものではあろう。 B唐獅子---太鼓・子ども・獅子の組み合わせはよく見られるが、子どもの曲打ち的なキビキビした動作はこの付近の特徴。和田町の唐獅子は昭和7年日土町梶谷岡からと言われ、瀬戸町塩成は昭和31年和田町から教わったとのこと。五つ鹿もそうだが、近隣で伝え伝わりしている。
2003年11月14日(金) 保内町欧州町づくり視察調査団報告会
at保内町文化会館サブホール
午後6時〜7時10分
町長挨拶「今、合併協議を進めて居りますが、これは今後も保内地区として続けていきたい。」/視察調査団紹介計10名/概要 9/27オランダへ 9/28「風車」、「高齢者用集合住宅」視察など 9/29ドイツへ「シーボルト博物館」視察 9/30「ビュルツブルグ市庁舎」表敬訪問、「ワイン工場」視察、ロマンチック街道、10/1ロマンチック街道、ミュンヘン市内視察 10/2ノイシュバァンシュタイン城視察、聖コロナン教会視察 10/3 エコロジカル農業施設視察 フランス・パリへ 10/4 パリ市内視察(エッフェル塔 凱旋門 シャンゼリゼ通りなど) 10/5・6 帰途/ビデオによる視察報告(映写30分くらいかな?)/研修を終えての感想/質疑なし/保内町国際交流協会会長山内照雄 閉会の挨拶「」
前に視察団10名、左に町長ほか5名、参加者30名弱といった感じ。ただ、町職員や町議会議員さんが目立っていたような・・・?という私は今回が初めて。というより、今まで先に知ることがなかったような・・・。今回は、役場のかたにお願いして前もって開催日時を知らせてもらいました。
せっかくの機会なんだから、もっともっと一般町民も参加できるよう、あるいはしてもらえるよう呼びかけたら・・・と思います。
視察団のかたがたが見てきたこと、そして感じたこと。それを今後の町づくりに具体的に生かせるよう動いてほしい。ビデオを持って各小学校を回って思いっきり感想を話すだけでも子どもたちにはいい刺激や励みになるだろうし・・・。ビデオに解説を入れていつでも見られるようにつくるだけでも資料として新たに残せる。もしこの報告会で終わるようなら、それは個人のものでしかないような・・・。一人ひとりが学んだことができるだけ公に、みんなの物になるよう、そしてなにより具体的に保内町民の今後に生かせるよう活動してほしい。
2003年11月13日(木) 第13回 八幡浜・保内合併協議会at保内町文化会館サブ・ホール
午後1時30分〜2時45分
会長挨拶「」/【報告】/【協議】前回提出(1)「農林水産」(13:37〜13:40) (2)「商工観光」(13:40〜13:42)質疑1名 (3)「学校教育」(13:48〜13:50)質疑1名 (4)「社会教育」(13:55〜13:59) 以上については「説明のとおり決定することにご異議ありませんか?」で、どうやら決定!! 今回提出(5)「一般職の職員の身分の取り扱い」(14:00〜14:10)質疑3名 (6)「各種福祉制度」(14:21〜14:39) (7)「介護保険」(14:40〜14:45) これらは次回に検討・決定の予定・・・/次回 12月18日(木)13:30〜 八幡浜市役所大会議室/副会長挨拶「」
*傍聴席には取材陣も含めて14名。ただどこまでが自分のような一般の人か不明。ぎりぎりに行った自分で傍聴人名簿では8番目ではあった。ただし、CATVカメラはCATV(2名)のみ。ということは、明らかに6名は取材陣。う〜〜〜ん・・・。
*今回は、質疑はそこそこあったような・・・。今まで何となく保内側が質問みたいな格好が多かったが、今日も・・・。ただ、「職員の身分の取り扱い」についての八幡浜の委員さんの意見をみなさんどう聞いたかは興味のあるところ・・・。以前、「新市名」や「議員の任期・報酬」について少し対立気味だった議員さんたちにもゆくゆくは関係することでもあるし・・・。
2003年11月2日(日) 日土小学校見学会およびミニシンポジウム
午前9時30分〜10時30分 見学会 午前10時30分〜11時45分 ミニシンポジウム
コーディネーター:曲田清維(愛媛大学)
パネラー:花田佳明(神戸芸術工科大学) 原 政治(八幡浜建築士会)
菊池勝徳(木霊の学校日土会) 主催:NPO木の建築フォーラム
すみません。時間ができたら少し書き入れます。
2003年10月25日(土) 保内町歴史文化探検講座「『御沙汰書写』を読む」
講師:井上 淳さん
(県歴史文化博物館学芸員)
ところ:保内町中央公民館
午前10時〜正午
江戸時代の末期、商品経済が発達。米だけでなく、現金になるものに宇和島藩が興味を持ったのは、紙についで蝋だった。その蝋について「保内町誌」から要約すると、1776年保内組・矢野組12人に青蝋(櫨の実を搾った製品)での運上銀を課徴している。1784年都築与左衛門を世話人(青蝋を買い上げ、大阪問屋で売りさばく役目)に任命。宇和島藩の特産品として保内組地方が櫨の主生産地となったことがうかがえる。1856(安政3)年、蝋座が銘々小口の売りでは不利益。大阪屋敷で一括して問屋と交渉してほしいと申し出があった。
というようなことを理解したうえで、実際の古文書の読みを行いました。
2003年10月18日(土) ミニ・フォーラム「残し伝えてわらぐろ文化」
at宇和町岩城公民館北側圃場
午前10時〜午後4時
午前中は、開会の挨拶
(双海町の若松さん−「59年生きてきました。いろいろなところで話をしてきましたが、こうしてたんぼの中で話をするのははじめてです。」)
に続いて 各地区(山田、西山田など)による「わらぐろ制作」(大分県安心院町では「わらこづみ」江藤ご夫妻) そして、参加者たちもいくつかのグループに分かれて実際に制作。これで、午前中は終了。
藁を運ぶのに歩くと足元を蛙が跳ねたりしていました。昼食は真新しい青竹を切った器に新米のおにぎりが3個とお味噌汁。地元の主婦・三好さんらが100個つくったという「さんだわら」を敷いて、青空のもと、とてもおいしくいただきました。
午後は、1時からカメラマン藤田洋三さんが基調講演。「足元の宝物探し」を始めての全国あるき。そして出会うのは、わたしたちの先祖たちとともに生きてきた知恵や手の技が作り出してきたもの。そこには「共生の循環」があったという。西洋文化はたかだか日本に入って百数十年。それより営々と続けて来ている稲作・土の文化にこそ学ぶものがあるはず。
いろいろ刺激的な話だったのに、このくらいにしかまとめられない。
2時30分からパネルディスカッション。ステージには○安心院町グリーンツーリズム研究会代表宮田静一さん、○五十崎町みそぎをいろいろ話す会代表河畠登紀さん、○宇和町わらぐろの会代表上甲清さん。そしてオブザーバーに藤田さん、コーディネーター岡崎直司さん。
上甲さん
・・・一度消えたわらぐろを復活させたのはかつての宇和小学校が「米博物館」になった15年前、当時の館長さんに頼まれてのことだったとのこと。4年前、安心院町の「わらこづみ」大会に参加。昨年、「宇和わらぐろの会」を発足させ、かつての風景をとりもどそうと活動している。とにかく、会としては人数も少ないし財政的にも苦しいので、来年度の町並み博に照準をあわせた「全国わらぐろ大会(予定)」では協力のほど、よろしく願いしますと強調。
河畠さん
・・・「みそぎのいろいろ話す会」を昭和62年に立ち上げ、月一度集まって雑談。そんな話の中で、地域の資源を再認識しようと「お大師まいり」に参加したり、平成元年から棚田での新米をつかった「おにぎりパーティー」も始めた。これに町内外の方が多く参加してくださるようになった。そこで、昨年は一年がかりでつくった棚田についての「紙(手すき和紙)しばい」を披露したとのこと。ここまでやってこれたのは「あえて問題を問題としない」こととか、「つっこんだ話ができる人を増やしてきた」こととか、一緒に活動している人もあれこれいらっしゃるけど「いわゆる批判・非難をしない」とかのコツを話してくださった。
宮田さん
・・・30年前、宇佐市からぶどうをつくるために安心院に入った専業農家。その後、ぶどう農家が約半数になるという現実をばねに平成8年に「安心院町グリーンツーリズム研究会」を立ち上げ、「広報部」「アグリ部」「環境美化部」「企画開発部」「農泊部」などが自主的に活動してきている。それをささえているのが、会員420名のうち、地元180名、他は240名の応援団。とにかく、継続して行うには「境界をつくってはダメ!」「グリーンツーリズムは農家自身が自分で値段をつける一つの手段だと思っている。、今の農家では人を泊めない限り新しいお金は落ちない。そして、会では過疎という言葉のないドイツで本物を学ぼうと毎月お金を積み立てて研修にも行っている。」「とにかく人が資源の活動。足でなく手を引っ張り合おう とやってきた。」 と話をまとめられました。
活動を続けてきている方々のお話というのは、本当に熱い。お一人お一人のお話をもっともっと聞きたいと思いました。
資料:愛媛新聞2003年10月21日付「取材財前線−GT
宇和支局岩本仁
」「わらぐろ伝えていこう−宇和でフォーラム」
参考:安心院町グリーンツーリズム研究会HPはhttp://www3.coara.or.jp/~ajimu/ です。
2003年10月8日(木) 八幡浜・保内合併協議会at八幡浜市役所5階大会議室
午後1時30分〜3時15分
会長挨拶「」/報告/【前回提出】地域審議会(39〜)/上・下水道(40〜質疑1名 Q:「当面とは?」 A:「合併後2,3年後には」)/国際交流関係・姉妹都市関係(45〜)/人権対策業務(47〜)/公共施設業務(50〜)/【今回提出】新市の名称(1:51〜小委員会委員長報告・事務局説明・質疑3名〜2:19)/農林水産業務(19〜31質疑1名〜36休憩〜45)/商工観光業務(45〜)/学校教育業務(54〜)/社会教育業務(3:01〜質疑1名「図書の貸し出し数の違いについて」〜3:12)/その他-次回協議会2003年11月13日(木)13:30〜 /副会長挨拶「」/閉会
*ほとんどが事務局の説明で、司会進行(会長)の「質疑ございませんか」「なしと認めます。これで、確認・決定してよろしゅうございますか。」「決定いたします。」で進んで行く。
*新市名についてのときは、さすがに、EBCとITVのカメラが質問者を映していた。そしてこの議案が終わると、ガチャガチャとかたづけてバタンと帰っていった。
*一般の傍聴はやはり2,3名だろうか?そういえば、八西CATVがいなかったような・・・。
*今日は、休憩(八幡浜の委員からの希望)が入ったくらいだから久し振りに長かったことになるのかな。それでも、実質1時間半。わたしたちの町づくりの話しだもの、もっともっと・・・と思う。
2003年10月4日(土) 保内町歴史文化探検講座「民具を楽しく学ぼう」
午前10時〜12時
講師:県埋蔵文化財調査センター 沖野新一さん
1、民具で心豊かに(生活必需品として使用すれば民具 ことわざの中にある民具、語源を知ると 例「おせっかい」「おはちがまわる」) 2、いろんな見方をすると新たな発見が(村上水軍旗の刺繍に見える呪符・・・魔除け) 3、民具から世界が、歴史が見えてくる 4、民具から地域性を読み取る(カリサワ・カリサオ、オイコ・ニワク、鍬(スキ)を例に、松山市のビデオを見ながら) 5、保内の民具を調べよう(実際に資料室へ行って→二階にかなりの資料があるのには驚いた。三英傑として顕彰している富澤赤黄男、前田山英五郎、二宮敬作らの関係資料はもちろん、古写真、さまざまな農具や生活用品、解体時に取り除け保存した棟瓦などなど) 参加:15名
2003年9月22日(月) 保内町議会定例会議(第2日 一般質問)
午前9時30分〜午前11時56分 午後1時〜午後1時50分
傍聴者一般 3名 取材3名(八西、南海日々、愛媛) 役場職員6名くらい?
清家議員(9:31〜9:41)町長(〜)途中54分に照明のトラブル→10時30分まで休憩(〜34)再質問(34〜47)町長、税務課長、総務課長、企画財政課長、産業課長(〜11:00)再々質問(〜02)産業課長
魚崎議員(11:02〜11:10) 町長(〜11:21) 再質問(11:22〜11:29) 町長(〜11:32)
竹岡議員(11:32〜11:40) 町長、教育長(〜11:56)
休憩
午後 私は遅れて午後1時12分に入室。すでに竹岡議員の再質問は終わり、宮竹議員が質問中。
宮竹議員(〜13:17) 町長(〜25) 再質問(〜28) 町長、福祉課長、企画財政課長(〜31)
清水議員(31〜33) 町長(〜37) 再質問(〜39) 一般質問終わります
議案第23号「公共下水道事業」最終処理場建設に関しての予算の話か?
住議長の「質疑ありませんか?」の声に「なし」と「はい」が同時にあり、清家議員が質問。これに建設課長答弁。再び清家議員。そして町長、建設課長が答弁。「討論ありませんか」「なし」「採決します。異議ありませんか」「異議なし」
でも、なしの声って一人くらいに思うのだが・・・
午後1時50分終了 「散会します」の声。
[断り] 24日最終日でしたが、私は用事で傍聴できず。議案の採決が行われたり、各委員会の委員長報告があったはず。概略は「保内町のホームページ 議会だより」で知ることができます。
2003年9月14日(日) 第31回学習会「佐島に渡る」午前9時〜午後2時
学習会会員11名と岡崎さんら4名(藤田さん、越智さん、小林さん)の計15名で渡りました。川之石港から15分ほどで佐島北側、゚煉瓦の雁木に上陸。挨拶のあとすぐに藪を抜け反対側の゚の砂浜へ。少し西へ歩けば海に向かって伸びた゚の岩場。その黒い塊・塊・塊・・・の光景に絶句。さきほどの黒い砂浜とはちがい、こちらは黒い岩場が続く。その広さ、大きさに30年足らずとは言え、かなりの量の製錬が行なわれたことがわかる。岩場に立って覗き込みとわずかに”カメノテ”あたりは付着しているものの、あとは何もない。この南側の海岸で思い思いに時間を過ごし、元の場所にもどって少し早めの昼食。食後、東側の海岸をたどって崩れかかった建物の方へ。丸窓が印象に残るレンガの建物。レジャー施設の名残?の浴場跡などなど・・・。この無人島・佐島は明治26年〜大正9年の「製錬所」の゚、戦後のものと思われるロケット型の溶鉱炉? 昭和33年頃の「佐島パ−ク」の関連の建物などがいくらかずつ残っているだけに興味・関心が尽きない。それだけ、謎が残る厄介なところでもあるのですが・・・。帰りはお願いして、子亀を待つ母亀が岩になったと語り伝えられる「亀岩」の近くにも回ってもらいました。天気よし、波よし、人もよしの半日でした。参加者のみなさん、ありがとうございました。(協力:天野釣り具さん)
資料:2001年9月8日付愛媛新聞「取材最前線 佐島を歩く
八幡浜支社多田良介
」
資料:1998年発行の季刊「アトラス」第8号p.22〜25「嗚呼、佐島行進曲」
八幡浜史談会副会長
菊池住幸
2003年9月11日(木) 保内町議会定例会議(第1日)
午前9時30分〜正午 午後1時20分〜不明
町長挨拶(30〜45)/視察研修旅行報告(1)総務文教委員会-魚崎議員(46〜58)(2)産建福祉委員会-清水議員(58〜03)/教育委員選任について(04〜質疑1人〜13)/土地改良事業の施行について(13〜17)/10時40分まで休憩/水道事業会計決算認定について-水道課長説明(40〜00)監査委員報告(00〜05)質疑3人(〜30)/決算審査特別委員会設置について(31〜00) 申し訳ありませんが、午前中のみの傍聴で、午後は行くことができませんでした。午後は/平成14年度保内町一般会計および特別会計決算認定について/平成15年度保内町一般会計補正予算など5つの議案を一括上程/となっています。
傍聴は私一人。取材は八西CATVから2人。
次回は22日に一般質問。24日最終日です。
2003年9月5日(金) 八幡浜・保内合併協議会at保内町文化会館
午後2時30分〜3時20分
合併協議会活動状況(31〜34)/【前回提出】建設事業業務(34〜36 質疑〜40)/都市計画業務(40〜44質疑なし)/【今回提出】地域審議会について(44〜54質疑なし)/上・下水道業務(54〜05質疑なし)/国際交流関係・姉妹都市関係(06〜09質疑なし)/人権対策業務(10〜18質疑なし)/公共施設業務(19〜20質疑なし)
一般の傍聴者はおそらく2,3名。あとは報道の人たち。
次回協議会10月9日(木)13:30〜八幡浜市役所
2003年8月28日(木) 伊方町町見郷土館「大いなる草履
〜境界の想像力〜
」
大草履製作中の豊富な写真や特別につくってもらったという大草履が3つ, 同時に供えられるものと一緒に展示してありました。他の地域へも取材に行っており、他所との比較もできるところがおもしろい。ここの企画展のありがたいところは、丁寧につくられた「展示解説シート」。いつも A4 4ページの中にとてもよくまとめられています。
資料:2003年7月10日付愛媛新聞「伊方・町見郷土館 巨大草履履く人だ〜れ?」
資料:2003年7月21日付愛媛新聞えひめのあんな話こんな話「境界の大草履」
2003年8月24日(日) 歴史文化博物館 民俗講座「芝居絵馬−描かれた名場面」
講師:博物館主任学芸員 宮瀬温子さん
大三島町を例に取り上げたが、ここには芝居絵馬が全142点中45点と多い。江戸時代から祭りのときには、市がたち、芝居興行があったという記録があり、それだけ芝居を見る機会が多く、芝居の知識を持った人、親しんでいる人たちが多かったことがうかがえる。
画題が判明している40点を見たとき、絵馬に描かれた歌舞伎には、江戸時代以前の時代が舞台の作品である「時代物」で、文楽が原作の作品「義太夫物」がほとんど。神社への奉納物である絵馬には、忠義や親子の情愛を描いた物がふさわしいという考えがあったのではないだろうか?
資料:2003年7月4日付愛媛新聞「お堂に勇壮船絵馬 12日から県歴博で展示」
資料:2003年7月7日付愛媛新聞「牛若丸・弁慶」も登場 県内の絵馬32点展示 県歴博文化博物館
資料:2003年8月11日〜16日愛媛新聞「えひめ絵馬物語」全6回連載
2003年8月16日(土) 八幡浜・江戸岡小学校「さよなら学び舎集会」
記念講演:岡崎 直司さん
”今地元にいる職人・今手に入る材料。そして何よりも自分の知恵”で最高のものを目指した。 (W氏)
資料:2003年8月15日付愛媛新聞「消える先駆的木造建築 松村氏設計の江戸岡小校舎」
資料:2003年8月17日付愛媛新聞「さよなら学舎 取り壊しの八幡浜・江戸岡小」
2003年8月12日(火) 清水町地区公共下水道工事説明会:午後7時〜清水町集会所
放送で「各戸1名は出席しましょう」の言い方だったから行ってみると、”清水町地区の清水町”。私は”川東”のほうだから、知っている顔がほとんどないのにびっくりやら恥ずかしいやら・・・。(1)区長挨拶 (2)建設課長挨拶 (3)自己紹介 (4)工事請負業者紹介 (5)工事概要説明(ア)全体工事概要について (イ)工事工程説明について (ウ)交通規制の説明について (エ)家屋事前調査・事後調査について (オ)公共ます設置について (カ)その他 (6)その他
メモしたことだけ書いておきます。・平均2m50p掘る ・管径150の塩ビパイプを埋める ・1ヶ月に4〜12m掘り進む
2003年8月9日(土) 三瓶町にて「岡田学校」
朝立地区町あるき(鏝絵が描かれた袖壁があったり、飾り瓦のいいものがあったり)→蔵貫浦で昼食「さつま汁」定食:「めだかの里」→二及・海瓶館(旧中井診療所)で懇談会
”「世論づくり」、「話題づくり」 そのノウハウがきちんとある人が必要。
地道な活動を続けていれば、見る人は見てくれている。”(O氏)
2003年7月19日(土) 保内町社会教育課主催「歴史文化探検講座」(3)
磯崎の石造物を訪ねて 講師:歴史文化博物館学芸員 土居聡朋さん
磯崎は江戸時代宇和島藩のもっとも北側・瀬戸内海側の港として栄えた所。特に、松山や九州との中継地点として栄えた。
今日は、16ヶ所ほど石造物を見ていきながら磯崎が栄えていた様子をご覧いただきたい。
二宮敬作公園(ミニ四国32番〜36番)→客神社(手水石、鳥居、狛犬など)→通玄寺(道標、供養塔など)→小道(五輪塔など)→磯崎港(石波戸、渡米橋、神社跡など)→ダイモン(五輪塔など)→堂の坂(五輪塔など)→大師堂(宝篋印塔など)
2003年7月13日(日) ”濱知の会”主催 「八幡浜の近代化遺産を訪ねて」
講師:岡崎 直司さん
集合:八幡浜市役所→分譲団地造成石垣・海望園(p.52)→八幡浜第一防空壕跡(p.186)→上田酒造場(p.74)→向灘郵便局(p.138)→竹屋旅館(p.166)→旧青木石油・青木運輸事務所→解散(引き続き 伊予銀行八幡浜支店など)
*( )内は「愛媛温故紀行」掲載ページ数
資料:2003年7月15日付愛媛新聞「八幡浜 市民ら近代化遺産を散策」
2003年7月5日(土) 第30回学習会 新居浜銅山記念館などを訪ねて
講師:岡崎 直司さん
5日の新居浜行きはOさん、Oさん、Nさん、木村の4人が保内から、伊予市から岡崎さんと他2名の方が同行してくださいました。「愛媛温故紀行」のページにしたがって振り返ってみます。富士タクシー(9人乗り)で8時出発。p.110山根グランド⇒別子銅山記念館⇒p.111旧広瀬邸⇒広瀬歴史記念館(両方とも広く見れば広瀬公園)⇒マイントピア別子で昼食⇒(p.107端出場水力発電所)⇒(p.119住友倶楽部)⇒p.113住友銀行新居浜支店(現在 歴史資料館)⇒p.114別子銅山星越地区の山田社宅、選鉱場、下部鉄道星越駅など・・・。記念館や資料館の充実した展示には圧倒されました。現物あり、写真あり、レプリカあり・・・とさまざまな方法で別子銅山の歴史や規模・内容を教えてくれます。ほんとにただただ圧倒されっぱなし・・・。そんな中、広瀬邸のガラスを多用し、採光部を大きくとった部屋のつくりにのびのびし、広瀬邸から広瀬歴史記念館への煉瓦塀に沿って歩いた小道にほっとしたり・・・。午後に見た歴史資料館は小ぶりながら味のある洋風建築の建物でしたし、山田社宅では別の意味での住友の大きさを感じました。
資料:2003年4月20日〜24日愛媛新聞「高く一楼を築き 広瀬邸重文指定」その他19日24日にも関連記事あり。
2003年6月21日(土) 保内町社会教育課主催「歴史文化探検講座」(2)
八幡浜市文化財めぐり 講師:市民図書館館長 岩本義孝さん
梅之堂三尊仏(阿弥陀如来、観世音菩薩・勢至菩薩)→市民図書館郷土資料室(二宮忠八)→忠八生誕地(矢野町に標柱)→八幡神社→大法寺(西山禾山和尚,平櫛田中作「禾山笑」の木彫)
資料:2003年4月17日付愛媛新聞 重文「阿弥陀如来三尊仏」ご開帳 八幡浜
資料:2003年4月18日付愛媛新聞 二宮忠八多芸ぶり紹介 八幡浜市民図書館で特別展
2003年6月15日(日) 日土町公民館主催(2)「氷室を訪ねて」
講師:水本 孝志さん
資料:平成6年2月17日付愛媛新聞 「日土を歩く」(11)−氷室(中)
2003年5月24日(土) 保内町中央公民館主催「平家谷自然観察会」
講師:水本 孝志さん
2003年5月17日(土) 保内町社会教育課主催「歴史文化探検講座」(1)
「保内町の遺跡2」をもとに 講師:県埋蔵文化財調査センター 多田 仁さん
須川丸山遺跡の発掘調査と報告まで
2003年5月3日(土) 第29回学習会 「スライド上映 近代化遺産について」
講師:岡崎 直司さん
2003年4月13日(日) 日土公民館主催(1)「鹿島神社 巨木・銘木を見る」
講師:水本 孝志さん