2004年6月号

体内時計を修正し、翌日さわやかに起きる方法
〜〜体内時計の仕組みを知り、さわやかな目覚めを手に入れよう〜〜
 現代人はライフサイクルが「夜型」になっているのだという。確かに、夜遅くまでコンビニが開いていたり、テレビの番組が深夜遅くまであったりと、「夜型」を誘発するものは日常生活にたくさん潜んでいる。何十年も前なら「徹夜」という枕詞はマージャンか父親や母親の残業に付いていたが、現代では幼児や小学生なども深夜近くまで起きていることがあるのだという。子どもの場合は単純に夕食が遅いことや眠くないことが理由だと言うが、睡眠は成長ホルモンにも関係していて重要な役割を果たし、子どもの「夜型」は成長に悪影響を及ぼすのだそうだ。
 いうまでもなく、睡眠は大人にとっても重要なものである。ただ、長ければいいと言うのではない。いわゆる「寝過ぎ」も逆効果だという。大人の場合、最適なのは6時間から8時間くらいで、それ以下だと「寝不足」それ以上だと「寝過ぎ」だという。
 では、朝のさわやかな目覚めを手に入れるためには、どのような生活を心がければよいのだろうか。 どんな生物も「体内時計」を持っており、おおよそこれにしたがって生活している。実は、私達人間も細胞一つひとつに時計機能がついており、1日のリズムを刻んでいるのだ。だが、体内時計はそれほど正確ではなく、実際の時刻とのズレが生じる。人間の場合は体内時計の1日が24時間よりちょっと多いため、そのズレを光や気温で修正しているというのだ。中でも光は重要で「光を浴びる」ということが睡眠を左右するといわれている。特に「午前中の光を浴びる」ことが、翌日のさわやかな目覚めを導くのだという。「午前中の光を浴びる」ことによって体内時計が少し速められ、覚醒信号が体内時計のリズムと調和し、心地よい眠りとさわやかな目覚めを約束してくれる。しかし、「午後(特に夕方から夜にかけて)の光を浴びる」のは逆に体内時計を遅くしてしまうらしい。さらに悪いことに、仮に午前午後等量の光を浴びたとしても、午後の遅らせる作用のほうが強いため、結果的に体内時計は遅れてしまう。今、夜でも私たちは明るい中で生活しているので、知らず知らずのうちに体内時計が遅れてしまっているのだ。そのため、ライフサイクルが「夜型」になり、朝のさわやかな目覚めを手に入れることが難しくなっているのかもしれない。休日に昼まで寝て午後起きるという生活は翌日の目覚めを悪くさせるので、早起きをしたければ、「まず、前日の朝早起きして、体内時計をリセットしておく必要がある」のだそうだ。
 睡眠不足や昼間眠くなる方には、この「前日早起き」を実行してみてはどうでしょう。体内時計は私達の生物的なリズムですから、日常生活では切っても切り離すことが出来ないものです。逆らわずに正しく付き合っていけば本来のリズムを取り戻し、「夜型」から「朝型」になれると思います。そうすることで、疲れもとれてさわやかな目覚めを手に入れることができるのです。−参考:Newton 04年7月号−(2004年6月14日発行「塾内通信六月号」より)

2004年5月号

A bird in the hand is worth two in the bush. (明日の百より今日の五十)
Art is long, life is short.(少年老い易く学成り難し)

〜〜日英のことわざに目を向け、言葉の違いや文化の違いに触れて親しもう〜〜
 May Storm(五月の嵐)という言葉があるように、今年の5月は雨風が多い。ゴールデンウィーク後半も行楽地や行楽客にとっては、嬉しくない結果だったに違いない。
 一昔前なら「五月病」などという言葉が聞かれた。これは、進学や就職などでふるさとを離れた若者達がこのゴールデンウィーク中にふるさとに帰り、家族や友人と再会することによって、いわゆる「ホームシック」にかかり、新しい環境への適応が難しくなることを形容したものであった。最近はあまり聞かれなくなったようだ。今の世の中、携帯やメールがあって日々連絡を取り合うことができるので、「ホームシック」にかかることがないのか、はたまた、情報がふんだんにある上、昔のようにふるさとを離れるのに「一大決心」がいるとかいう時代ではなくなって、気軽に転職やら休学をして自分自身の生きる道を探ることがタブーとされなくなったためであろうか。いずれにしても、若者達の都会への憧れ(あこがれ)は今も同じだと思うが、のびのびと羽を伸ばし、青春を謳歌(おうか)しているのはうらやましい限りだ。もしかしたら、「ホームシック」はもはや死語となっているのかもしれない。
 さて、先月に引き続き、英語のことわざを表題に掲げています。テーマは「今できることを今やる」です。
 まず、A bird in the hand is worth two in the bush.ですが、日本語訳を「明日の百より今日の五十。」としていますが、「二兎を追うもの一兎をも得ず。」とも同意です。英文の直訳は「掌中に収めた一羽の鳥は林にいる2羽の鳥と同じ価値がある。」です。その真意は「明日手に入るかもしれない不確実なものより、たとえ少量でも今日確実なものを手に入れるほうがよい。」というものです。この類のたとえはイソップ物語にもあります。肉をくわえた犬が川を渡ろうと橋に差し掛かったとき、川面に映った自分自身の姿を見て、「あいつのほうが俺のよりも大きな肉をくわえているぞ。脅(おど)してあいつの肉も手に入れよう。」と思い、大きな声で「ワン!」と吠えると、くわえていた肉が川に落っこちてしまい、とうとう2つとも肉を失ってしまった。―――川に映った肉は実際にはなかったのですが。―――というお話です。洋の東西を問わず、昔から「捕らぬタヌキの皮算用」はいけないという戒め(いましめ)はあったようです。「今あることを確実に」とでも言いましょうか、勉強も同様で、努力もなしに点数だけ取れると思ってはいけませんし、とにかく「日々の努力」が勝負です。
 次のArt is long, life is short.は「少年老い易く学成り難し。」という日本語訳がついています。これは意訳で英文の直訳では「技芸は長く、人生は短い。」という意味です。古代ギリシャの医聖ヒポクラテス(460−377BC)の有名な言葉ですが、Artは今日のような「芸術、芸術作品」を意味しているのではなく、当時のギリシャの「技術系の学問全般」を意味し、「技術(学問や仕事)を極めようとすれば終わりがない、それに比べると人の一生は短いことよ」といった意味だったのですが、現在では「芸術作品はずっと後世に残り長らく存在するが、それに比べると、人生はなんと短いことか!」という意味としてとらえられています。でも、漢語の「少年老い易く学成り難し。」という言葉はまさにぴったりと来る訳です。―――「月日がたつのは早く、自分はまだ若いと思っていてもすぐに老人になってしまう。それに反して学問の研究はなかなか成し遂げられない。」の意。―――これも洋の東西を問わず昔から語り伝えられているのだから、よほど的を得た言葉だといえます。
 さあ、1学期の中間テストが近づいています。「今できることを今やる」を実行できるよう、頑張りましょう。そして、そのためには常に目標を持っていることです。努力さえすれば、「結果はあとからついてくる」はずです。「やればできる」を信じて。(2004年5月17日発行「塾内通信五月号」より)

2004年4月号

There is no royal road to learning. (学問に王道なし。)
Strike while the iron is hot. (鉄は熱いうちに打て。)

〜日英のことわざに目を向け、言葉の違いや文化の違いに触れて親しもう〜
 さあ、4月になりました。サクラの花びらが風に舞い、日差しも高くなり、明らかに冬の太陽とは違っているのが分かります。私自身、「春眠暁を覚えず」ではなく、このところあたりが明るくなるのが早まった分、目覚めも早くなりました。やはり、自然のサイクルのなせる業(わざ)でしょうか。
 新年度を迎え、一人ひとり新たな目標を立てていることと思います。もちろん、色々な面での目標があるわけですが、とりわけ学習面についてどんな目標を立てたでしょうか。一つの提案ですが、新年度にあたり、最も基本的なこと、そして、誰にでもできることとして、「今できることを今やる」ということを挙げたいと思います。これは自分自身も含めてのことですけれども、往々にして「厄介(やっかい)なことは後回し」とか「明日やろう」とか考えてしまって、「今できることを今やる」のはできない。これは簡単なようでむずかしいかもしれませんが、洋の東西を問わず、昔からこんなことは言われてきたはずだなあと思い、表題のようなことわざを思い浮かべました。ことわざは、長年人々に教訓や自戒を与えてきましたから、おのずとそのことわざの中にはそのことわざが生まれた背景やものの考え方などがあります。比較的皆さんがよく知っていると思われる表題の2つのことわざについて、英語のものと日本語のもので、比較しながら紹介してみましょう。
 There is no royal road to learning.はもともとは、There is no royal road to geometry.「幾何学に王道なし」という表現でした。ギリシャの数学者で「幾何学(きかがく)の父」と呼ばれたユークリッドの言葉です。もちろんユークリッドはギリシャ人ですから本来はギリシャ語だったのですが、これが英語に入ったのが19世紀頃だといわれています。もともとは、数学=幾何学みたいなところがあり、測量や天文に至るまで数学の分野とみなされていましたから、今で言う数学の幾何学の基礎みたいなものです。まあ、平たく言えば物事も真理を考え導き出す『哲学』と、実践に役に立つ『幾何学』という感じだったのかもしれませんが、とにかく、学問という概念の大きな部分であったことは確かでしょう。その「幾何学に王道はない。」というのは、「幾何学を志し勉学に励もうとすれば簡単には行かないよ。苦労を承知で臨みなさい。」という弟子に対する言葉であっただろうと思うのです。royal roadとは王様が行く道、つまり、王様が旅をするためにきちんと整備された「楽な道」のことです。しかし、いかに王といえども学問するときは皆と平等だったのでしょうか。それとも・・・?とかんぐりたくなりますが、それはさておき、やがて、学問が多方面に広がり、先生から教えを受け学問を身につけること(learning)一般についてもいわれることとなったとき、geometryからlearningに表現が変わったのでしょう。21世紀になってもやはり、「王道はない」と思います。それだけに、自分で身につけるということは自分自身が「身につけよう」という能動的な気持ちがあるかどうかということにはなるのですが。この点でも「今できることを今やる」という気持ちでもってすれば、できると思います。このあたりは、日英とも同じような意味として解釈できることわざです。
 さらに、Strike while the iron is hot.は鋼[ハガネ]を刀やナイフに加工するときのことを言っているのですが、もちろんこれは英語のことわざが日本語に入ってきたときそのまま翻訳したものです。ですから、使われ方は同じです。「年老いてから教育しても効果がないので、若いうちにしっかりと基本的なことを身につけておけ。」という戒めであり、転じて「物事は時機を逃さず、機会とみたらすぐに対処せよ。」という意味になっています。やはり、要は「今できることを今やる」です。 今年度の目標として、「今できることを今やる」をぜひ実行してください。3ヵ月後、半年後、1年後はきっと大きく成長していると思います。(04年4月12日発行「塾内通信4月号」より)

2004年3月号

お天道様とともに「モノを育てる」過程を楽しむ
〜チンゲンサイ作りから学ぶ「成長」と「充足」、それをささえる太陽の恵みに感謝しながら〜
 この歳まで畑仕事には縁がなく、野菜は食べても自分で作ったことはなかった。それが、去年「チンゲンサイ」を植えた。種はごま粒よりも小さく黒っぽいので、パラパラと畑にまいてもどこにまいたのかがわからぬほどだった。肥料をまき、水をかけ、あとはお天道様のご機嫌に任せることにした。
 1週間がたち、2週間がたち、芽生えを心待ちにするのだが、いっこうに目を出さない。「えらい時間がかかるなあ。もう生えんのやろか?」と思っていた。そして、あきらめかけたころ、やっとちっちゃな緑の粒くらいにみえる芽が土のあちらこちらから飛び出していた。「やったー。」これで芽が出た。あとはひたすら大きく成長するのを待つだけだ。芽が出ると、楽しみは倍増した。どのくらい成長しているかを確かめたくて、ついつい畑に足を運んでしまう。「あの小さかった葉っぱがこれくらいになった。」と喜んでみたり、雨が降らない日が続くと、「大丈夫かな。」と心配してみたり。そして、感心するのだ。「お天道様はえらい!」と。
 理科で『植物の成長』とかを学んでも『光合成』という言葉を知っていても、それは頭の中の知識でしかなく実感に乏しい。ところが、このチンゲンサイを育ててみると、根から水や養分をぐんぐん吸収している、葉っぱでは太陽の光を浴びて光合成をし、次への成長のエネルギーを貯える、そんなことが実感できるのだ。そして、太陽の恵みの偉大さも。何事も太陽がコントロール権を握っている。雨を降らすのも、光を与えるのも。そして、これが肝心なのだが、「充足---何が足りなくてもダメだ---ということ」である。
 例えば、まず畑で大事なのは「土」だ。乾いてぽろぽろの土ではダメで、しっとりしていかにも栄養たっぷりといったふわふわしている土がいい。土は『土台』ともいわれるように、ものごとの基礎、基盤となるものだ。植物を育て、支えるものだ。土がよくないといい物は育たない。次に、水や無機物といった成長を促すものが適度に必要だ。これが欠けると、十分な成長ができないからだ。そしてもう一つ重要なものが、太陽からのエネルギー。これは、光を与える以外にも熱を与えてくれる。二次的なことまで含めると、気象や環境条件を左右したりもするものだ。地球が太陽のエネルギーの恩恵を十分に与えられた星であることはよく知られている。わたしたち人間も含めて、地球上の生物たちがその恩恵にあずかっているのだから。
 そう考えると、「野菜を育てる」という一つの過程が、何かを成し遂げるときの過程につながるような気がしてきた。肝心かなめのお天道様の恵みをいただき、そのときそのときに必要になる栄養分を吸収し、成長していくというその過程は、私たち一人ひとりにも通じるところがあると思う。一生懸命に何かの目標に向かって力を注ぐ。そのときそのときに応じて必要な知識や経験を身につけ、「ここぞ」と思うときにそのエネルギーは最大限に放出され、見事な花を咲かせる。やがて、それが実をつけ次へのステップアップへと道を開いてくれる。毎日お天道様の下で暮らせる幸せがそこにはある。
 「チンゲンサイ」はどんな料理にも持って来いだ。重宝する。調理のためにまだ畑の土が付いている根を切り落とし、丁寧に水洗いをする。そして、ざくざくと包丁を入れると、その切れ目から青い匂いが漂う。みずみずしい草の臭いだ。スーパーで買ってきたチンゲンサイでは味わえない瞬間がそこにはある。また、植えてみたくなった。お天道様、お願い、今度もよろしくね。

 春が近づいたり、寒さが呼び戻されたりと、天候不順が続きます。そんな中、わが家の桜も満開になりました。だんだん春めいてきます。学年の締めくくりや卒業を迎え、一区切りつくときですね。そんなときですから、「充足」ということばの意味も一人一人の解釈があると思います。(2004年3月11日発行「塾内通信3月号」より)

2004年2月号

「武士道」と現代の日本人像の狭間(はざま)で失われつつあるもの
  〜Bushido-The Soul of Japan-An Exposition of Japanese Thought〜by Inazo Nitobe

  トムクルーズが感銘を受け、話題の映画「ラスト・サムライ」のきっかけともなった著作
 昨年末にアメリカ映画"The Last Samurai"[邦題:ラストサムライ]が話題になった。主演を務めたハリウッド俳優トム=クルーズが来日した際、映画制作のきっかけとなったものは何かを尋ねられ、新渡戸稲造の著作"Bushido"を読んで感銘を受け、映画制作を思い立ったことが明かされた。その後、今年に入り、新渡戸稲造の名前とともにその著作"Bushido"は映画の人気とともに一躍脚光を浴びたのである。
 新渡戸稲造といえば、5千円札でおなじみの人物だがその人物像は聖徳太子ほどポピュラーではない。だが、彼は明治期における日本の中で「日本がどのように進むべきか」を真剣に考えた国際人のひとりであったことは間違いない。"Bushido"は日本語で書かれたものではなく、その題が示すとおり、英語で書かれたものである。彼は、1899年に合衆国ペンシルヴァニア州で著作のためのペンを執っている。今から約100年前、20世紀を目前にし、彼は「国際化」を見据えて、日本人の日本人たるべき姿を追究したのである。彼は、歴史や封建制度をはじめ、文学、仏教、神道、哲学、儒教、キリスト教などなど、多角的な方面から日本人の精神構造を支えているものを分析し、「正義、礼儀、忠誠、訓練、教育」、そして「女子の地位」までも範疇(はんちゅう)に収め、己を律する道徳観がいかにして生まれたかを考察している。日本で生まれ、日本の教育を受け、少なからずもまだ封建制度の武士の面影を残していた時期に自らを振り返りつつ、西洋人にもわかるように、いやむしろ西洋人の疑問に答えるべくして英語での著作を試みたのである。彼は序文で次のように書いている。(英語を母語とするラフカディオハーンやヒューフレイザー夫人、サーアーネストサトウ、チェンバレン教授が日本に関する著作を英語でなさっているのに、と前置きしながら)
 I have often thought, ---"Had I their gift of language, I would present the cause of Japan in more eloquent terms!(「もし私に彼らと同等の語学の才能があったなら、もっと説得力のある言葉で日本の主義をあらわすことができるだろうになあ!」と私はよく思ったものでした。)
 彼が嘆いているのは「言葉でうまく説明できないもどかしさ」なのだろう。特に、倫理観を伴う言葉や言葉そのものに宿る雰囲気、言葉が醸(かも)し出す力などは異言語では出ないことがわかってるがゆえに、歯がゆいのかもしれない。100年後、トム=クルーズが「これだ!」とひらめき、感銘したように、彼の著作は彼の嘆きなど吹き飛ばしてしまうほど、綿密で素晴らしい。その切り口は100年以上経った今でも、十分に新鮮であり、その語り口は西洋の技術を消化し、日本人らしい目の細かさを十分に発揮している。そういった面ではとても日本人らしい。だが、広い視野からただ1点の獲物を追うごとくに、的確かつずばりと焦点をつかみとる手法は西洋らしい面だとも思えるのだ。やはり、そこに「国際人」としての彼の見識があったのだろう。
 彼は、今の日本人を想像し得たであろうか。国際化の波にどっぷりと浸かった日本。そして、食を筆頭に衣、住までもを平気で他所から借りて日常を過ごしている日本人。きっと、彼には想像できなかったであろう。日本の精神構造は一朝一夕に培(つちか)われたものではなく、長い年月の間に脈々と受け継がれてきたはずなのだから、そうやすやすと廃れるはずがないと考えるだろう。しかし、現実に今の日本を見渡せばどうだろうか。ビックリして腰を抜かすに違いない。今の日本人に欠けているもの、それは、"Bushido"ではないだろうか。少なくとも、その精神は失われてつつあるのではないか。根底にいや、DNAの中にはまだかすかに残って入るだろう。表面には現れないだけで。だから今こそ、日本人たるべき姿を復活し、国際化の波をうまくとらえて泳ぎきらなければならない。そのためには「教育」だと彼も説いている。いっそのこと、英語の教科書を彼の"Bushido"にしてはどうだろうか。己を律する道徳観も同時に学べて一石二鳥ではあるまいか。私はトム=クルーズの映画はまだ見ていないが、"Bushido"は読む価値あり!と思います。講談社から対訳の文庫本もありますから、是非、読んでみてください。(2004年2月16日発行「塾内通信」より)

2004年1月号

「千の風になって」  〜I am a thousand winds that blow〜
    「死」からみつめる「命」とは
 「千の風になって」という英詩をご存知でしょうか。
 もともと英国の若者の作とも、米国の兵士の作とも言われていますが、はっきりとした作者はわかっていません。 2003年8月28日の朝日新聞の『天声人語』で、この詩を翻訳し、曲にしたものが取り上げられました。曲を作ったのは芥川賞作家の新井満です。その後、ラジオでも取り上げられたりと話題になりました。話題が話題を呼び、ついにはその曲を収めたCD(新井氏本人が歌っている)や詩集が発売されたり、映画の主題歌になったりもしました。
 新井氏は、故郷の親友の奥さんの1周忌のためにこの曲を作り披露、自分でCDを制作したものを遺族に贈ったのだそうです。その奥さんを偲ぶために仲間で作った詩集のなかに この英詩があり、それに感動して、彼は翻訳・作曲をしたそうです。
 英詩を右に載せました(略)が、これは9・11米国同時多発テロで父親を亡くした11歳の少女がその1周忌に朗読したこともあり、身近な人の「死」を嘆き悲しむ人々の心を癒すものとして、多くに引用されたそうです。
 「死んだらお星様になるんだよ。」なんて言っていたときもあったけど、「何が」という具体的なものではなく、土に返るというか、周りの空気のような存在になってしまうのではないだろうか。それは心の中に思い出として残されている場合もあるし、大自然という生命を育むものとして活力ともなりえるような存在になる場合もある。だからこそ、「お墓の前では泣かないで。私はそこに眠っているのではないですから。」というフレーズも単なる慰めではない。「死」はその人一人ひとりにとっては最期かもしれないけど、「命」は連綿とつながっているし、生きとし生けるものへのエネルギーの移り変わりのような気がしてくる。親しい人を亡くせば、その悲しみは何にも代えがたいだろう。だが、「死」を経験することにより、はっきりとする「命」というものがあるのではないか。
「死」の持つ意味や失うものはそれぞれに違うかもしれない。でも、それがその人が生きていた証でもある。そして、「命」そのものを意識することになる。一人一人の命、自然の中のさまざまな命の営み、愛するものへの色々な感情。「死」は「命」を終えることではなく、「命」を受け渡す瞬間なのではないか。そう、「千の風になって」悪いものは吹き飛ばしてくれるかもしれないし、よい便りを運んでくれるかもしれない。自然と涙が出る。今日も北風が吹いている。顔に当たると痛い。痛いから生きている。生きているから「死」を悼むのかもしれない。

 年頭にあたり、「千の風になって」という詩を知ってもらいたいと思いました。なぜかというと、新しい年になって「新しい風」を感じてほしいからです。自分の「命」を見つめてほしいと思いました。いろんな感じ方や考え方、人生を決めるときの瞬間に吹く風、それを感じてもらいたいと思いました。風は時には柔らかく、豊穣をもたらしてくれるでしょう。時には厳しく、試練を与えてくれるでしょう。でもどちらの風も私たちを見守ってくれる「千の風」なのではないでしょうか。(2004年1月13日発行「塾内通信」より)


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